第24話 勇者は護衛をする 一日目①

 憑郎の護衛を任命されてから一夜が明けた。

 ネイサン、民夫たみお憑郎つきろうの三人は一度エントランスホールに集まり、それから食堂へと足を運んだ。


 食堂には人が20人程おり、少しだけ賑わっていた。

 特に……というより、やはりテレビの前は人が多かった。

 しかしネイサン達は特に気にもせず、そのままキッチンの方へと歩いた。


 キッチンには育代いくよがのんびりと立っていた。

 そして、その奥では何かを作っている和(のどか)の後ろ姿もあった。


「育代さん、おはようございます!」


 民夫が大きな声で挨拶をすると、育代がネイサン達の方に顔を向けた。


「おぉ、おはよう」


 育代はゆっくりと挨拶を返した。

 それに続く様に憑郎、ネイサンの順で挨拶をした。


「育代さん、おはようございます」

「育代さん、おはよう」

「……きゃっ!」


 ネイサンが育代に挨拶した時、奥で何か作っていた和が叫び声を上げた。

 よく見ると和は箸を落としていた。


「和、大丈夫かい?」

「う、うん…大丈夫!ありがとう、おばあちゃん」


 和は落とした箸を持ち上げ、流し台まで歩いて来た。

 その時、和の顔を見てみると、頬がほんのりと赤らんでいた。


(ど、どうしよう……。勇さんに変な所見られちゃった……!)


 和は心の中で恥ずかしさを爆発させていた。


「和、おはよう」


 しかし、そんな和の気持ちを察する気が0のネイサンは、いきなり和に挨拶をした。

 すると和はまたしても「ひゃいっ!」なんていう変な声を出してしまい、左手で口を覆ってしまった。

 しかし挨拶をされた事に気付き、慌てて口から手を離してネイサンに挨拶をした。


「い、勇さん!おひゃようごじゃいます!」


 焦り過ぎて呂律が上手く回らない和であった。

 その場にいる和以外の四人は腹を抱えながら笑い、和はというと下を向きながら「うぅー…」と唸りながらモジモジしていた。




 暫くして、和は自分の弁当を作っていたという事でその場を後にした。


「さて、今日は何にするんじゃ?」


 育代がネイサン達に朝食を何にするか訊くと、民夫が逆に質問をした。


「今日のお勧めとかありますか?」

「うーぬ、今日も暑いからお茶漬けなんてどうじゃ?」

「お茶漬けっ!良いですね!」


 民夫のテンションが一気に上がった。

 ネイサンは憑郎の顔を見てみると、どうやら憑郎も嬉しい様であった。

 一人どんな料理か分かっていないネイサンであったが、内心楽しみであった。




 配られたお茶漬けをトレーの上に乗せ、育代と別れた三人は同じテーブルに座る事にした。


「「「いただきます」」」


 三人が同時に挨拶をし、同時に食べ始めた。

 ネイサンは一度お茶漬けを口に含んだ。


「ーーー!?」


 ネイサンは驚愕した。

 口に含んだ瞬間、出汁や海苔の風味がネイサンを襲ったのである。

 一瞬何が起こったのか分からなかったネイサンは、再びお茶漬けを口に含んだ。

 またしても襲われるネイサン。

 それをずっと繰り返している内にいつの間にか完食していた。

 残念ではあったが、また食べられると信じて、ネイサンは「ごちそうさま」と言って食事を終わらせた。




「そう言えば、昨日話していませんでしたが、今日は何処に行ってみたいですか?」


 食後に民夫が昨日話すべき話を展開した。


「そう言えば忘れていましたね。勇さんは何かリクエストありますか?」

「行きたい場所、か……」


 憑郎も丁寧にネイサンに訊いた。

 しかし、転生してまだ三日目。

 行きたい場所と言われても、何処にどんな場所があるかなんて分かるはずもない…。

 しかし、ネイサンには欲しい物があった。


「行きたい場所は特に無いが家具が欲しいな」


 あの100畳も空間があるのに、置かれている物と言えば、机、椅子、暖炉、そして少し離れた場所にアイランドキッチン。

 これでは家具が欲しくなるのは当たり前である。

 そんなネイサンがポツリと呟くと、民夫が大きく反応した。


「そうですそうです!家具を買いに行きましょうよ!」


 民夫が立ち上がって言い放った。

 いきなりの大声で、ネイサンと憑郎は少し後ろに退いた。


「お、おい、いきなり大声を出すな……」

「あ…す、すみません」


 ネイサンが民夫を叱ると民夫は頬を少し赤らめ、恥ずかしそうにしながら椅子に座った。

 民夫が椅子に座ったのと同時に、憑郎が口を開いた。


「僕も家具を買うのは良いと思いますよ。具体的にどんな物が欲しいんですか?」

「ほ、欲しい物か……。ちゃんとは考えてなかったな」


 憑郎の質問にネイサンは少し唸った。

 そう、家具は欲しいのだがどんな家具があるか知らないのである。

 そこでネイサンは考えた。


「行く先々で買いたい物を買う、でも良いか?」


 ネイサンがそう言うと民夫と憑郎は互いに顔を見合わせ、同時に一回だけ首を縦に振った。

 そして、二人はネイサンに顔を向けた。


「その場で買いたい物を買う……良いですね!」

「はい、良いと思いますよ」


 民夫と憑郎はネイサンの意見に同調した。

 どうやら一日目の行動が決まった様である。


「では、善は急げです。早速行きましょう!」


 民夫は右手で拳を作り、その手を上に突き出した。




 ネイサン達三人は食堂を後にし、エントランスホールに着いた。

 エントランスホールには人が全く居なかったが、一人だけ椅子に座っている人が居た。

 民夫はその椅子に座っている人物に挨拶をした。


「あ、ごうさん。おはようございます」

「おぉ、三人共、おはよう!」


 椅子に座っていた人物、それは特転隊の隊長である剛であった。

 剛の格好は、昨日とはあまり変化が見られない。

 しかし、剛の手をよく見ると、指先が出ている黒いグローブを装着していた。

 所謂いわゆる、穴あきグローブという物である。


「剛さん、おはよう。今日も暑いのにどうしてグローブなんてしてるんだ?」


 ネイサンは軽く挨拶をすると、グローブについて訊いてみた。


「ん、これか?これはだな〜……」


 剛がそう言いながら、自分の右ポケットから何かを取り出した。

 取り出した物がカチカチと金属の音を鳴らしていた。


「こうする為だ!」


 徐に取り出した物を自分の手に装着した。

 それは銀色に光り輝く『メリケンサック』であった。


「それは何だ?」


 剣でしか戦って来なかったネイサンは、メリケンサックがどういう代物かよく分からなかった……。


「これは『メリケンサック』って言う物だ。『ナックルダスター』とも言うな。こういう風に手にはめて、あとは殴るだけだ」


 剛は言い終わるのと同時に、右腕でネイサンの顔にストレートパンチで殴り掛かった。

 が、顔面スレスレの所で拳が止まった。

 ブォン、という物凄い風圧がネイサンの顔を襲う。


「勇君、分かったかい?」

「あ、あぁ……十二分に分かったよ……」


 屈託の無い笑顔で理解させた剛。

 剛の拳から繰り出された風圧に恐れ慄き、冷や汗が滝の様に止まらないネイサンであった。


「さて、俺の武器の話は置いといて……。これからどうするか決めたかい?」


 剛が今日の日程について三人に訊くと、憑郎が答えてくれた。


「今日は勇さんの部屋に置く、家具を買いに行こうと思ってます」

「なるほど、家具か。で、何処で買うんだ?」


 剛がどの店で買うか訊いて来ると、ネイサンと憑郎は少し戸惑ってしまった。

 そう、どの店で家具を買うかまでは決めていなかったのである。

 しかし、この質問に対して民夫がすかさず答えた。


「『IKEYO《イケヨ》』で買おうと思ってます!」


『IKEYO』とは海外のメーカーであり、多くの場所で出店している。

 世界最大の家具名店の一つである。


「IKEYOかー。この近くとなるとーーー」

「渋谷だと思います」

「渋谷か……」


 憑郎が渋谷と言った瞬間、剛の顔が少し曇った。

 どうやら何か訳有りの様である。


「何か問題でもあるのか?」


 ネイサンは純粋に剛に訊いた。


「いや、問題という程の問題では無いんだが……」


 剛は何か躊躇していた。

 しどろもどろな返答であり、終いには口籠もってしまった。

 しかし、この話を何故か民夫が続けて話し出した。


「剛さん、オープン初日に起きた事件を拳一つで解決したんですよ!」


 どうやら剛の英雄伝説の一つである。


 民夫の話を要約すると、IKEYO渋谷店のオープン初日に、計画的なテロ活動が行われ、200名近く人が人質として囚われてしまった。

 テロリスト達は興奮状態であり、下手に手を出すと人質が殺されかねない状況であった。

 そんな中、ただ一人勇猛かつ果敢に店内に強行突破した人物がいた。

 それが剛であった。

 剛は次々とテロリスト達を殴り、戦闘不能にさせた。

 結果、人質は全員一つの怪我も無く解放され、テロリスト達は全員現行犯で逮捕された。


 民夫はこの話を約十分程、早口で捲し立てた。

 少し興奮気味である。


「剛さんにそんな話があったのか」


 ネイサンは剛について、改めて深い関心を抱いた。


「ねっ?凄くないですか!?凄くないですか!?」


 訂正、『少し』ではなく『かなり』興奮気味である。


「いや〜、俺としちゃ、当然の事をしただけだ」


 剛は民夫から話された英雄譚が少し恥ずかしかったのか、後頭部を掻きながら言った。


「で、剛さんの話と渋谷の「IKEYO』に行けない理由って何か共通点あったか?」


 ネイサンが本来の話に軌道修正した。

 そう、剛の英雄譚は確かに素晴らしい物であるが、渋谷のIKEYOに行けない理由にならないのである。


「はぁ〜……」


 剛は何かを諦めたのか、一度深いため息を吐き、口を開いて話してくれた。


「俺があそこに行くと、前に進めなくなるんだ」

「ど、どう言う事だ?」

「大きな人集りが出来て、買い物どころじゃ無くなるんだ」

「……」


 ネイサンは納得してしまった。

 剛は『生きる英雄』である為、その姿を一目拝もうと思う人は多い。

 よって人集りができ、買い物などしている場合ではなくなってしまうのである。


「じゃ、じゃあ、何処で買い物を……」


 憑郎から絶望めいた台詞がこぼれ落ちた。


「……そうだ、船橋のIKEYOに行きましょう!」


 民夫が急にそう叫び出した。

 思わず民夫以外の三人は体をビクッとさせた。


「船橋であれば、そこまで人集りは出来ないと思います」

「……ふむ、確かに人集りは出来ないかもしれんな」


 剛も民夫の提案に賛成した。

 憑郎も手をポンっと叩いていた。

 またしても何も知らないネイサンであった。


「よし、ならこれから船橋のIKEYOに行こう!」


 剛が一言、大きな声で掛け声をかけた。


「はい、行きましょう!」

「剛さん、よろしくお願いします」


 民夫と憑郎も各々に喋り出した。


「ところで何だがーーー」


 剛は何やら気がついた事があったらしく、ネイサン達三人に一つ訊いた。


「金は持ってるのか?」

「「「あっ……」」」


 そう、場所による問題だけでなく、お金の問題もあったのだ。


「俺、一文無しだぞ?」

「僕も今は懐が少し……憑郎さんは?」

「僕も今は生活が厳しいです……」

「お前ら、金の問題完全に忘れてたんだな……」


 誰一人お金を持っていない事に気がついた一同。

 再び辺りがどんよりし始めた。

 もう買い物に行く事は出来ないのか……。

 そう思った時。


「皆様、お困りの様ですわね!」


 突如、エントランスホールに女性の声が響き渡った。


「だ、誰だっ!?」


 ネイサンは叫んで辺りを見回した。

 一階にはそれらしい人物は見当たらなかった。

 二階だと思って顔を向けると、そこには真っ赤なドレスを着飾り、真っ赤なハットを被っている人物が立っていた。


「お、お前はーーー」


『お前は誰だ』と言い終わる前に、民夫がその人物の名前を叫んだ。


「トミカさんっ!?」

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