第21話 勇者は護衛を任される
ネイサン、
自分達がどんな事をしてきたか、どんな日常を過ごしてきたかなど、各々がやってきた話を心置きなく話した。
辺りがだんだんと暗くなり、民夫が部屋の電気を付けた。
それと同時に壁に掛かっている時計を確認すると、時は既に午後6時を指していた。
どうやら4、5時間程、喋っていたのだった。
「育代さん、やっぱり遅いわね……」
便がボソッと独り言の様に呟いた。
その顔には不安という文字が浮き出ている様に見えた。
「やっぱり、特転隊も色んな事件が同時に起こって大変なのかもしれませんね」
憑郎の顔にも悲しみに暮れている表情が見てとれた。
「大丈夫ですよ!そろそろ帰って来ると思いますよ!」
便や憑郎とは違い、民夫だけは努めて明るく、笑顔でポジティブであった。
しかし、ネイサンは気付いていた。
(民夫、ちょっと無理してるな)
そう、一見明るく振る舞っている様に思えるが、少し笑顔が引き攣っているのが垣間見えた。
何かしらの不安がやはりあるのだろう。
「民夫……」
「はい、
「無理、するんじゃないぞ」
「……」
ネイサンが民夫に一つ忠告をすると、民夫は押し黙ってしまった。
どうやら図星だったようだ。
良くは無いと思いながらも、ネイサンは更に追い討ちをかけた。
「作人の事、だろ?」
「あはは、分かっちゃいますか」
「あぁ、なんとなくだがな」
民夫は愛想笑いをした後、直ぐに顔を下に向き、両手を祈る様に折り畳んだ。
便や憑郎もさっきと変わらず、暗い顔のままであった。
どうやらこの二人も作人の事は十分知っている様子だ。
この空間の中で作人を知らないのは、ネイサンただ一人だけである。
「なぁ、作人の事をもっと詳しくーーー」
ネイサンが最後まで言おうとした時、玄関が少し騒がしい事に気が付いた。
全員立ち上がり、警戒態勢に入った。
玄関のドアがドゴンと低い音を立てて閉まり、廊下をドタドタと駆ける音が近づいてきた。
そして、廊下とリビングを繋ぐドアがバァンと急に開かれた。
「皆さんっ!」
ドアから現れた人物は、女の子であった。
…いや、女性と言った方が良いのだろうか。
その女性は髪の毛をポニーテールにしており、何故か割烹着を着ていた。
大分急いで来たのだろう、呼吸がかなり乱れていた。
「ノドカちゃん!?」
女性の次に声を発したのは便であった。
どうやらお互いに知り合いの様だ。
便がその女性の元に駆け寄り、背中を軽く触った。
「どうしたの?そんなに急いで」
「ハァ…ハァ…すみません。今、やっと育代おばあちゃんが帰って来ました!」
その言葉にネイサン達四人に電撃が走った。
これからどうするのかが決まったのだ。
四人は示し合した訳でもないのに、お互いの顔を見合い、そして頷き合った。
ネイサンは一言、言い放った。
「よし、これから育代さんの所に行こう」
『ノドカ』と呼ばれた女性を含む、ネイサン達五人は食堂へと駆け足で向かった。
食堂に近づくにつれ金属の音が大きくなり、色んな匂いが混じり始めていた。
なんだか複雑な匂いではあったが、嫌な感じは一切無かった。
食堂に着くと人が全然居ない事にすぐ気が付いた。
いや、正確に言うとある一つのテーブルの椅子に座っている人が二人いた。
二人共、背格好は
しかも、ラグビー選手の様にガッチリとした体格をしていた。
そして服……というより、何か防具の様な物を身につけていた。
「……もしかして」
民夫が椅子に座っている二人の後ろ姿を見た瞬間、再びその二人に向かって走って行った。
その足音で気付いたのか、二人共こちらを振り返った。
一人は口髭を蓄えており、目が開いているのか開いていないのか分からなかった。
もう一人は青年っぽく、眼鏡を掛けていた。
「おぉ、民夫君!久しぶりだな」
口髭を蓄えている人が大声で話しかけてきた。
「民夫、久しぶり」
もう一人の青年の方も、片手を軽く上げて民夫の名前を呼んだ。
どうやら、この二人の人物と民夫は仲が良い様である。
民夫は二人の元へと着くと、何かお互いに話していた。
内容はキッチンで料理をしている音でかき消され、どんな事を話しているかは分からなかった。
民夫以外の四人も、椅子に座っている二人の元へと歩いて行った。
民夫達の会話が聞き取れる位まで近づいた。
「いや〜、まさかまたお会い出来るとは思いませんでしたよ!」
どうやら民夫は少し興奮している様子であった。
何か、英雄的な人物なのだろうか……この二人は。
ネイサン達が近づいてきた事に気が付いた民夫は、ネイサン達の方を振り返った。
「み、皆さん……すみません」
民夫は興奮し過ぎた事が恥ずかしかったのか、少し照れながら謝った。
「いや、こんな所に英雄が二人もいるんだから、民夫の気持ちも分かるわよ」
便が冷静に民夫のフォローをした。
憑郎も言葉にはしていなかったが、目を物凄く輝かせていた。
どうやらこの二人、ここ日本では本当に英雄の様な存在である事が分かった。
「あ、また勇さんを置いてけぼりにしてしまいましたね、すみません」
民夫がそう言うと、髭を蓄えた人を手で指しながら紹介を始めた。
「この方は
民夫のボルテージがどんどん上がって行った。
「民夫君、誉めすぎだぜ!」
剛は少し照れながら頭を掻いていた。
「まぁ、俺はそう言う人間だ。よろしくな!」
「よ、よろしく……」
なんだか暑く苦しい人であるのと、なんだか昨日こんな人と一緒に居たな、と思い出したネイサンであった。
民夫は剛の紹介が終わると、今度はその隣にいる眼鏡を掛けた人物を紹介し始めた。
「そしてこちらの方は、
民夫のボルテージは更に熱が入り、頭から湯気が出そうな勢いであった。
「民夫、少し落ち着いた方が良い」
「ご、ごめんなさい…」
弾銃郎はゆっくりと低い声で、民夫を落ち着かせた。
何故だかその声は心の底から安心する事が出来る、不思議な声質であった。
「民夫が紹介してくれた通り、特転隊・副隊長を務めている明晰だ。よろしく頼む」
「あぁ、よろしく」
明晰から握手を求められ、ネイサンはそれに倣って握手をした。
その手はとても大きくゴツゴツしており、握り潰されたらひとたまりもないと直感で感じたネイサンであった。
民夫が剛と弾銃郎の紹介を終えると、今度はネイサンの隣まで来た。
そして、ネイサンの紹介を始めた。
「剛さん、弾銃郎さん。こちらはラノベでの名前はネイサンと言い、日本名では
ネイサンの紹介をする民夫は、また変にボルテージが上がっていた。
「なるほどなるほど、勇って言うんだな!良い名前だ!よろしくな!」
「勇というんだな。うん、俺も良い名前だと思う。今後ともよろしく」
「よろしく」
三人はお互いに挨拶をし合った。
ネイサンは心の中で、日本名を褒められた事が嬉しかったりした。
「さて、お互いの自己紹介が終わった所で、育代さんが何処にいるか分かりますか?」
便が特転隊の二人に質問すると、剛がキッチンを指差しながら答えた。
「あぁ、育代さんならキッチンで料理の準備をしてるぞ。ほら見てみな」
全員がキッチンの方を向くと、確かにキッチンには育代の姿があり、忙しなく料理をしていた。
夕飯の準備をしているのだ。
「わぁー!育代おばあちゃん、待ってー!」
急にノドカが大声を発しながら、走ってキッチンの方へ行ってしまった。
あの様子からすると、料理の準備をしている最中に育代が帰ってきて、料理をほっぽってネイサン達に伝えてくれたのが分かった。
ネイサン達もキッチンの前まで歩いて行く事にした。
キッチンの前まで来ると、育代とノドカの話声が聞こえた。
「ノドカちゃん、料理をそのままにしちゃダメじゃよ」
「ごめんなさい、おばあちゃん…。でも、おばあちゃんが帰ってきた事をいち早く便さん達に伝えたくて……」
「そんなのわしが行ったのに」
「ダメだよ!おばあちゃん、特転隊の所に行ってたんだから疲れてるでしょ?」
「それはそうじゃが……」
なんだか微笑ましい会話が広がっていた。
ネイサン達がキッチンに近づくと、育代がこっちの方を向いた。
「おぉ、待っておったぞ」
「それはこちらの台詞ですよ、育代さん」
民夫が笑顔で少し意地悪っぽく返した。
「カッカッカ、確かにそうじゃな」
しかし、育代は別段気にしてはいなさそうであった。
「それで育代さん、これから俺はどうしたらいいんですか!?」
憑郎が我慢の限界だったのか、育代に危機迫る勢いで訊いた。
「まあまあ、憑郎。おぬしの焦る気持ちは十分に分かる。じゃが、一度深呼吸をしよう」
育代が深呼吸を提案した。
すると、何故かその場にいる全員が同時にスーッハーッと深呼吸をしていた。
「憑郎、落ち着いたかい?」
「は、はい…。ありがとうございます」
どうやら憑郎の頭は冷えた様だ。
育代が一度咳払いをすると、これからの事を話してくれた。
「今回の件、特転隊の人と話し合った結果、そこにいる拳田と明晰が護衛に付く事に決定した」
「「なんだって!?」」
「「なんですって!?」」
民夫、便、憑郎、ノドカの四人が同時に叫んだ。
どうやら、とんでもない事が起こっているらしい。
「ちょ、ちょっと待って下さい……。一体どういう…」
憑郎の声はとてつもなく震えていた。
それは不安から来る物なのか、それとも違う物なのか……。
「まあまあ、話は最後まで聴く物じゃ。勿論、二人同時で護衛するのではなく、交代制で護衛に付く形となったのじゃ」
「うん、確かに二人同時では効率が悪くなるな」
ネイサンはその話にただ頷くばかりであった。
「じゃが今回の件、一筋縄では行かないかもしれん……」
「そ、それはどういう……」
便が恐る恐る訊いてみた。
その顔には汗が滴っていた。
育代の顔も苦い顔になっていた。
「奴ら、新しい仲間を引き入れて悪事を働いているらしいんだ」
「新しい仲間?」
育代の代わりに答えたのは剛であった。
思わずネイサンは言葉が漏れ出てしまった。
「あぁ、身元はまだ分からないが、明らかに今までの奴らとは違う動き方をしている奴がいるんだ」
次に答えたのは弾銃郎であった。
「だから英雄である二人が憑郎さんの護衛に付くんですね……。なんだか、面倒な事になり始めていますね」
民夫が独り言を呟くかの様な、小さい声で話した。
「ど、どうしよう……どうしたら良いんだ……」
憑郎はこの世の終わりかの様な精神状態に陥っていた。
気持ちは分からなくもない。
ただでさえ厄介な連中であるのに、更に厄介な奴が加わったのだ。
「鬼に金棒」「虎に翼」とはよく言ったものだ。
その場に居る全員がお葬式の様な暗いムードになった。
「そこでじゃ!」
育代がそのムードをぶち壊す様な、鋭い言い方で言い放った。
俯き掛けていた全員の顔が育代に向かった。
「拳田と明晰以外にも護衛をしてもらおうと考えたのじゃ」
「なるほど。で、それは誰がやるんだ?」
ネイサンは純粋な疑問を育代にぶつけた。
すると育代が直ぐに応えてくれた。
「おぬしと民夫の二人じゃ」
「あぁ、なるほど!俺と民夫なら時間もあるし…………て、何っ!?」
突然のカミングアウトであった。
育代のさも当然の様な言い方にネイサンも自然と言葉が出ていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!あまりにも突然過ぎるぞ!?」
どんどん状況を飲み込めなくなっていったネイサンは、一度民夫にも訊いてみた。
「民夫、お前はそれで良いのか?」
「え、僕ですか?全然良いですよ!」
「二つ返事でOKしたよ、コイツ!」
民夫は育代の提案に同意した。
「まぁ、おぬしの言い分も分からない訳でもない。突然言い渡したわしも悪い」
「あ、いや……すまない」
急に冷静になったネイサン。
「勿論、ずっと護衛をしろとは言わん。一緒に居れる時だけで十分じゃ。……頼まれてはくれんかのぉ?」
育代は物凄く申し訳なさそうに頼んだ。
ネイサンは頭の中で、育代の事をズルいと思った。
こんな状況の中、断れるはずがない。
断ったらどんだけ酷いものか……。
しかし、正直な所、ネイサンは初めから断ろうとは考えていなかった。
いや、断る理由が見つからなかったのだ。
だから、ネイサンは育代の目を真っ直ぐに見つめた。
「分かった。やってみるよ」
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