第20話 勇者はお宅訪問をする

 ネイサン、民夫たみお憑郎つきろうの三人は民夫の部屋である201号室に歩みを進めていた。

 そして、一人別行動をしている便よすがは、キッチンに居る人に言伝をしてから来る形となった。


「そう言えば、民夫さんのお部屋って入った事ないですね」


 民夫の部屋に行く途中、憑郎が急に口を開いた。


「確かに、片手で数えられる位の人数しか入れた事がないですね」


 民夫は歩きながら実際に右手で指を折りながら数えていた。


「それじゃあ、滅多に入れない貴重な体験が出来るって事か」

「そういう事になりますね」


 ネイサンは何気なくその話に入り込んだ。

 しかし、実は内心ワクワクしていた。

 民夫という未だに正体が掴めない人物が、一体どんな部屋に住んでいるのか。

 楽しみで仕方がなかった。




 三人は民夫の部屋である201号室の前まで来た。

 ドアは何の変哲も無い、黒を基調とした金属である。

 今のところ何も面白味が無い。


 民夫がポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。

 右に回すのと同時にガチャという音が廊下に響き渡った。

 鍵を引き抜き、ドアノブを下に押して手前に引くと玄関が見えた。


 玄関はドアとは正反対で白を基調としており、清潔感があった。

 左側には靴入れが備え付けられており、その上に緑色の小さなマットが敷かれていた。

 更に小さなマットの上には、三種類の違う花がそれぞれ違う鉢植えに植えられていた。


(なんだか民夫っぽいな)


 ネイサンは口に出さず、頭の中で呟いた。


「あ、ここで靴を脱いで下さい」


 民夫の説明に従い、ネイサンと憑郎は靴を脱いで部屋に上がった。


 部屋に上がるとそこは廊下であり、正面の扉の他に左右一つずつ扉が建て付けられていた。

 正面の扉と左の扉は木製の扉であり、右の扉だけ上下に曇りガラスが嵌め込まれた扉であった。


 ネイサンがどの扉を開ければ良いのか訊こうとした時、既に民夫の口が開いていた。


「右の扉がユニットバスで、左の扉が僕の寝室です。で、正面の扉がリビングに繋がってます」

「あ、ありがとう……」


 もしかして、民夫は頭の中で考えている事が読めるのではないか……。

 そう錯覚させる程、的確に説明してくれた。


 ネイサンは他の扉を開ける事無く、正面の扉を開けて入った。

 中に入ると民夫の言う通り、リビングに通じていた。

 目の前には長方形の机が置かれており、真ん中がガラスで出来ていた。

 その机を中心に三方向に椅子やソファが置かれていた。


 左側を見てみるとキッチンが見えた。

 ペニンシュラキッチンと言われるキッチンである。

 色んなキッチン道具が壁に立て掛けており、料理が出来る感じが伺えた。


 今度は右側を見てみると、なんと6畳程の畳の部屋が広がっていた。

 畳は綺麗に清掃されており、ほつれやカビなどは一切無く、イグサ特有の香りが部屋を埋め尽くしていた。

 初めて見る部屋に、ネイサンは戸惑いと好奇心が同時に湧き出て来た。


「取り敢えず、適当な椅子に座って下さい」


 催促されたネイサンと憑郎は、対面する横長のソファにそれぞれ座った。

 民夫も座るのかと思ったが、一人キッチンの方へと歩いて行った。

 そして、徐に冷蔵庫を開けた。


「……あ、麦茶しかない。勇(いさみ)さん、憑郎さん、麦茶でも大丈夫ですか?」

「ぼ、僕はお構いなく……」


 憑郎は一言話すと民夫の部屋をキョロキョロと忙しなく見回した。

 なんだか不審に思ったネイサンは訊いてみる事にした。


「憑郎、どうした?なんだか挙動不審だぞ」

「え、あっ……いや、友人の部屋に入るとなんだか緊張しちゃうんですよね」

「あー、なんだかソワソワするよな」

「そうなんですよ。だから、ついお部屋の中を見回したくなっちゃうんですよ」


 そう言いながら、ずっと部屋を見回す憑郎。

 いや、俺と話す時は緊張しなくても良いだろ、と思うネイサン。

 そして、三人分の麦茶を持ってくる民夫であった。


 民夫が憑郎の隣に座り、三人はやっと落ち着く事が出来た。


「ふぅ〜、やっと座れました!」


 民夫は何気なく呟いた。


「民夫さん、麦茶ありがとうございます」

「民夫、ありがとう。いただきます」


 ネイサンと憑郎は一口、グビッと麦茶を喉に流し込んだ。

 火照っていた体が徐々にひんやりしていく、この感覚が心地良く感じた。


「……美味い」


 思わずネイサンの口から、言葉が漏れ出してしまった。


「それは良かったです!」


 民夫はそんなネイサンをニコニコしながら見ていた。

 ネイサンは民夫の顔を一度見る。

 そして、憑郎の顔も見たがその顔は悲しみの顔をしていた。

 さっきまで部屋をキョロキョロと見回していた憑郎が、今はコップの中に入っている麦茶を見てばかりいた。

 ネイサンの視線から読み取ったのか、民夫も憑郎の様子に気がついた。


「憑郎さん、どうかされましたか?」

「!?」


 不意に質問された憑郎はハッと驚き、思わず頭を上げて二人の顔を交互に見てしまった。

 そして、再び自分の持っているコップに視線を戻してしまった。


「なんだか、申し訳ないな……と。そう思ってしまって」

「いえ、そんな事思わなくてもーーー」


 民夫が全て良い終わる前に、玄関からドタドタと物音が聞こえてきた。

 そして、


「ごめん、遅くなったわ!」


 廊下とリビングを繋げる扉が勢い良く開かれた。

 便であった。

 かなり急いで来たらしく、額に大粒の汗が出ていた。


「キッチンにいる人に言伝だけしようと思ったら、ちょっとだけ試食をしちゃって……だから遅くなったわ、ごめんなさい!」


 便は頭を下げて謝った。


「便さん、大丈夫ですよ。頭を上げてください」

「そ、そうですよ。遅くなってなんかいないですよ」


 民夫と憑郎は努めて便のフォローをした。

 許しを得て、頭を上げた便。

 その顔を見た瞬間、ネイサン達三人は同時に腹を抱えて笑った。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」


 一人状況が分かっていない便。

 ネイサンは笑いながら便に理由を話した。


「便、ここに付いてるぞ」


 ネイサンはそう言いながら、自分の頬を指差した。

 便はネイサンに指摘された頬に、指を滑らせて触ってみた。

 すると、指に頬の感触ではない、少し粘度のある物に触れた。

 それを指で摘んで取ってみた。


「……あっ」


 それはご飯粒であった。

 ご飯粒を見た瞬間、便の顔はみるみる赤くなり、今にも湯気が出そうな程であった。


「便さん、ご飯美味しかったですか?」


 民夫は揚げ足を取る様な、少し意地悪な事を言った。


「う、うるさいわねっ!美味しかったわよっ!」


 便は涙をうるうるさせ、怒りながらご飯の感想を述べた。

 言い終えた後、フンッと鼻を鳴らし、腕を組んで頬を膨らませていた。

 毎度思うがこんな人間が35歳とは思えない……。

 そう思うネイサンであった。


「便さん、ごめんなさい。そこの椅子でゆっくりしてもらって構いません。今、麦茶を持ってきますね」

「……ん、ありがと」


 民夫はからかってしまった事をちゃんと誤り、便の麦茶を作りにキッチンへと向かった。

 そして、便は少し不貞腐れながらも、民夫の言われた通り、一人用の椅子にちょこんと座った。


「皆さん、色々と巻き込んでしまってごめんなさい……」


 憑郎は座ったまま頭を下げ、今回の件で三人に謝罪をした。

 それもそのはず。

 今回の件、ネイサン、民夫、便は直接的な関係は無いのだ。

 関係があるのは憑郎、ただ一人だけなのだ。

 しかし、


「憑郎、今回の様な話、あたし達三人は直接的な関係は無くても、間接的な関係はあるわ」

「えっ……」


 便がキッパリと断言をした。

 その目はさっきうるうるしていた目ではなく、鋭く力強く自信に満ち溢れた目をしていた。


「そうですよ!確かに今回は憑郎さんが狙われています。ですが、次に狙われるのは僕達かもしれません」

「!?」


 民夫が便の麦茶を持ってきながら、便の言葉に便乗した。

 その言葉に憑郎は気が付いた。

 そう、この件は憑郎だけの問題ではない。

 転生者全員が関わっている話なのだ。

 ネイサンも今の二人の話を聞いて、一つ気付いた事があった。


「それに今回の件で、もしかしたら作人に会えるかもしれないしな」


 ネイサンは憑郎の隣に座る民夫の顔を見ながら話すと、民夫もネイサンの方を向き、無言で首を縦に振った。


「だから、巻き込んだとか謝らなくて大丈夫ですよ」


 民夫が優しいトーンでゆっくり憑郎に語りかけた。


「民夫さん、便さん、勇さん……本当にありがとうございます」


 憑郎は声を震わせながら、三人に感謝を述べた。

 彼の中では恐怖や申し訳なさなどが、未だに渦巻いているのだろう。

 しかし、ネイサン達三人の温かい言葉がそれらを優しく溶かし、その溶けた物質が涙として流れかけているのだ。


「さて」


 民夫が急に口を開き、パンッと両手を叩いた。


「育代さんが帰ってくるまで、何かお話をしましょう!」

「そうね、その方が気が紛れるわ」


 便が民夫の提案に賛成した。

 勿論、ネイサンもその提案には賛成である。

 しかし直ぐに言葉にはせず、一度憑郎の方を向いてみた。

 何故か憑郎もネイサンの方を向いていた。

 憑郎の顔には涙を堪えている様子は無かった。

 数秒後、この偶然にネイサンと憑郎はお互いに少し笑った。

 そして、ネイサンは民夫の顔を向くと、一言だけ言った。


「あぁ、俺も憑郎も賛成だ」

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