第19話 勇者は誰の部屋に籠るか話し合う

 ネイサン、民夫たみお憑郎つきろうの三人は三階から一階まで降り、食堂へと歩みを進めた。

 食堂では先程の騒動は収束しており、人数も少なくなっていた。

 ネイサンはその中に居る、椅子にちょこんと座っている女の子と目が合った。


「あんた達、戻って来たのね!」


 その女の子は便よすがである。


「あぁ、憑郎もちゃんといるぞ」


 ネイサンは憑郎の背中を優しく押し、便の前に出した。


「便さん、こんにちは」

「えぇ、憑郎、こんにちは。まだ居てくれて嬉しいわ」


 二人はお互いに挨拶をし、軽く会釈をした。

 そんな二人の小さなやり取りが終わると民夫が本題に入った。


「便さん、育代さんって今何処にいるか分かりますか?」


 すると、便の顔が少し曇った。

 何か悪い事でも起きているのだろうか……。


「今、育代さんは特転とくてん隊の所に出掛けたばかりで、ここには居ないわよ」

「そうでしたか……。これは参りましたね」


 便の話を聞くや否や、民夫の顔も憑郎の顔も曇ってしまった。

 唯一、状況を把握出来ていないネイサンが皆んなに訊いた。


「なぁ、特転隊ってなんだ?」

「あ、そういえば勇さんにはお話してませんでしたね。ごめんなさい」


 民夫は一度ネイサンの方を向き、特転隊について話し始めた。


「特転隊とは『特殊転生警備隊』の略称です。

 主に僕達の様な特殊転生者、逆転生者を対象に警備してくれる方々です」

「なるほど。主にどんな事をしているんだ?」

「基本は転生者に関する事件を解決しています。今回の憑郎さんの件が良い例ですね」


 ネイサンの心は少し複雑になった。

 今回の憑郎の件は良くない、悪い話であるはずなのに、良い例と言われてしまっているのだ。

 思わずネイサンは憑郎の方を向いてしまった。

 が、当の本人は首を傾げるのみであった。


「ただ、転生者が絡んでいる事件なんて、そう頻繁に起こらないわ」


 民夫の話を続けたのは便であった。


「だから、基本は災害などの人命救助とかが主な仕事ね」

「アハハ、最後は便さんに取られてしまいました」


 民夫は笑いながら頭を掻いた。

 そして、一つ付け足した。


「ここ日本では自衛隊に似ている組織、という認識で良いと思います」

「分かった。自衛隊というのもよく分からないが、そういう組織があるんだな」


 ネイサンはまた一つ、この世界の仕組みを理解した。

 そして、今必要な事を便に訊いた。


「ところで、帰ってくるのにどれ位掛かるんだ?」


 すると便は腕を組み、首を傾げ、困惑の表情を表した。


「……分からないわ。早ければ四時間、遅ければ八時間という所かしら」

「そうですね。それ位は掛かると思います」


 便の困った顔が民夫に伝染した。

 よく見ると憑郎の顔も不安で暗くなっていた。


「それまでは下手に動けない……という事か」


 状況を把握したネイサンは、自分の非力さに失望していた。

 この何も出来ないという空白の時間。

 何もせずにいても、連れて行かれるのを待つのみ。

 だからと言って下手に動いても、見つかって連れて行かれてしまうかもしれない。

 ある意味、八方塞がりな状態なのである。

 ネイサンは思わず右手の拳を強く握った。


「取り敢えず、自室に籠っていたら?」


 便が一つ提案をした。


「そうですね。それが一番かもしれませんね」


 民夫が便の提案に便乗した。

 憑郎も何も発しなかったが、首を縦に揺らしていた。

 ネイサンもその案には賛成であった。


「では、僕は自分の部屋で育代さんを待ってます」

「あ、僕と勇さんも一緒に行きますよ」

「え……」


 ネイサンは戦慄した。

 あの幽霊がいる部屋に何時間も籠っていなければならない。

 幽霊が嫌いな人にとっては、拷問と同じである。

 ネイサンは全身に大粒の汗をかき始めた。


「勇さん、どうしましたか?」


 民夫が純粋な目でネイサンに訊いてくる。


(コイツ、本当は分かって言ってるだろ)


 そんな疑念がネイサンの頭をよぎった。


「ちょっとあんた、どうしたの?顔が真っ白よ!」


 便は育代が早く帰って来れないという、さっきの話と同じ位困惑した顔で訊いてきた。


「……いや、俺……」


 思わずネイサンはどもってしまった。

 皆んなの前で情けない所は見せたく無い。

 だからと言って、幽霊を我慢する精神力も持ち合わせていない。

 頭の中で拮抗して渦巻いているのだ。


「俺……幽霊が苦手なんだ……」


 幽霊の勝利である。


「はぁー!?」


 ネイサンの突然のカミングアウトに便は叫んだ。


「あんた勇者だったのに、幽霊が苦手だったの!?」

「仕方ないだろ!あいつら殴れないんだから!」

「基準が殴れるか殴れないかなの!?」

「当たり前だろ!」

「当たり前じゃないわよ!」


 ネイサンと便による、激しい言い争いが繰り広げられた。

 それにより二人は謎の疲労感に襲われていた。


 そんな二人の掛け合いを側から見ていた民夫と憑郎は、一度お互いの顔を見てからクスクスと笑い始めた。


「なんだか二人共、とても仲が良いですね」


 憑郎がニコニコしながら呟くと、ネイサンと便が同時に叫んだ。


「「そんな事無い!」」

「ほら、息もぴったり」


 今度は民夫が二人をおちょくった。

 再び、ネイサンと便が顔を見合わせて唸っていたが、ネイサンが一度大きなため息を吐き、この不毛な戦いに終止符が打たれた。


「分かった……。俺が我慢すれば良いんだろ?」


 ネイサンは全てを諦め、事が進むのを優先した。

 側から見ると、今のネイサンには黒いオーラが漏れ出している事間違いなしだろう。

 そんな中、一つの小さな声が聞こえてきた。


「あのー……」


 憑郎が申し訳無さそうに声を発し、小さく手を上げていた。

 ネイサン達三人は同時に憑郎の方を向いた。


「別に僕の部屋に籠らなくても良いのでは……」

「「「あっ……」」」


 そう、別に憑郎の部屋でなければいけない、という事ではないのだ。

 誰の部屋でも特に問題は生じないのだ。


 憑郎を除くネイサン達三人は、『憑郎の部屋で育代を待たなければいけない』という、固定観念に捉われ過ぎていたのだ。


「そ、そうだよ……そうだよな!別に憑郎の部屋じゃなくても問題無いよな!」


 急にネイサンは憑郎の肩をガシッと掴んだ。

 そして、ネイサンは水を得た魚の如く、生き生きし始めた。

 その圧力に気圧され、憑郎は一歩後ろに退いた。


「確かに憑郎の言う通りね。誰の部屋に居ようが、外に出なければ良いだけだもの」


 便が憑郎の話に補足を入れる感じで話した。


「うーん、ちょっと残念ですね」


 民夫の顔は皆んなとは反対に、何故か暗かった。


「勇さんの怖がってる所、見たかったな〜……」

「……民夫、あんた偶にとんでもなく根性が捻じ曲がった発言するわよね」

「いや〜、それ程でもないですよ!」

「別に褒めてないわよ」


 民夫の発言に便はただ呆れる他無かった。

 そして、民夫の対象であるネイサンは、尚も興奮しながら憑郎に何かを発していた。

 多分、民夫の話した内容は聞こえていない様子。


 さすがにこれ以上は憑郎が可哀想と思った便は、ネイサンの膝裏にカックンと膝を入れた。

 体勢を崩したネイサンは、「うぉっ!」という声と共に崩れ落ちた。


「勇、そろそろ落ち着きなさい」

「す、すまん……流石に興奮し過ぎだったな」


 我に帰ったネイサンは、自分の体を立たせて皆んなに謝った。

 ネイサンの身だしなみを整えて終えた後、民夫が口を開いた。


「では、どなたの部屋で待ちますか?」


 現段階での最重要な質問である。

 この質問にいち早く応えたのは、ネイサンであった。


「俺の部屋はダメだな」

「どうしてですか?」


 ネイサンの応えに、憑郎が純粋に疑問を投げかけた。


「座る家具が無いんだ」

「あー、なるほど」


 どうやら憑郎は納得してくれたようだ。


「便さんの部屋はどうですか?」


 民夫は次に便の部屋が使えるか尋ねた。


「あたしの部屋もダメだと思うわ。床に実験器具が所狭しに置いてあるし、劇物ともあるし……」

「いや、掃除しろよ」

「……だって掃除面倒だし、そこに器具があると便利なんだもの……」


 便の声はドンドンと小さいものになっていき、最終的に消えいった。


(ダメだ、この人常識はあるけど、ズボラ過ぎる)


 ネイサンは心の中でツッコミを入れずにはいられなかった。


「そうなると、残るは民夫さんの部屋だけですね」

「そうなりますね」


 そう、ネイサン・便・憑郎の部屋がダメな今、民夫の部屋しか希望は残されていないのだ。


「民夫……大丈夫か?」


 ネイサンは恐る恐る民夫に尋ねた。

 すると民夫は、


「大丈夫ですよ!皆さんのお部屋と比べると、少し質素ではありますが」


 民夫は快諾してくれた。

 思わずネイサンは小さくガッツポーズを取ってしまった。


「それじゃあ、これから民夫の部屋に行こう!」


 ネイサンは一言放つと、一向は民夫の部屋へと歩みを進めた。


「あ、待って!」


 ネイサン達三人の後ろに居た便が叫んだ。


「どうしたんだ?」

「育代さんが帰って来たら、民夫の部屋に来て欲しいってキッチンの人に伝えておくわ」


 そう、このまま行ってしまっては育代が帰って来た事が分からない。

 便の言い分は最もである。


「確かにそうですね。便さん、お願いしても良いですか?」

「えぇ、良いわよ。先に行ってて」


 こうして一時的にではあるが、四人は別行動を始めた。

 ネイサン達三人は民夫の部屋に。

 便は一度キッチンに居る人に言伝をしてから、民夫の部屋へと向かう事になった。

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