第18話 勇者は安否を確かめる

 周りは騒然となった。

 ある人は怒り、ある人は悲しみ、ある人は叫んでいた。

 そんな中、一人ネイサンは冷静であった。

 憑郎つきろうという人物とそこまで関係が無い為なのか、その場にいる人とは逆に冷静であった。


民夫たみお、一度憑郎の所に行かないか?」

「……」


 ネイサンは民夫に提案をしたが民夫は無反応であった。

 民夫の顔をよく見ると目が泳いでおり、唇が震えていた。

 更に注意深く聞くと、その口からは声が発せられていた。


「僕があの時、ちゃんと気付いていれば……気づいてあげていたら」


 民夫は我を忘れ、ブツブツと自分を責めていた。

 これではいけないと思ったネイサンは、民夫の顔を両手で無理矢理自分に向けた。


「民夫!しっかりしろ民夫!」


 ネイサンは民夫に向かって叫んだ。

 すると、民夫は目をぱちくりさせ我に返った。


「……す、すみません、いさみさん」

「大丈夫か?」

「は、はい!」


 ネイサンはもう一度、民夫の目を見た。

 その目はさっきとは違い、真っ直ぐネイサンの目を見ていた。

 問題無いと見たネイサンは、また同じ提案をした。


「民夫、今から憑郎の部屋に行ってみないか?」

「!?はいっ、行ってみましょう!」


 民夫の目から輝きが戻ってきていた。

 そして、今にも動きたくてウズウズしていた。

 ネイサンも今すぐ動きたかったが、一つ確認したい事があった。


育代いくよさん、便よすが、一緒に行くか?」


 ネイサンが二人に訊いた。

 しかし、育代は首を横に振った。


「いや、わしはここに残って事態を収拾しなきゃならん」

「そうか、なら仕方ないな。便はどうする?」

「育代さん一人じゃ大変だと思うわ。あたしもここに残って育代さんのバックアップをするわ」

「分かった。それじゃあ、頼んだ!」

「えぇ、任せて」

「おぬしらも気をつけるんじゃぞ!」


 育代、便と別れる事になったネイサンと民夫はテレビに群がる群衆を掻き分け、急いで憑郎の部屋へと向かう事にした。




 エントランスホールまで来たネイサンと民夫。


(そういえば、憑郎の部屋が分からないな)

「民夫、憑郎の部屋は何号室だ?」


 ネイサンが民夫に訊くと、民夫は少し考え込んだ。


「えっと……何階だったかな……」


 民夫は腕を組み、目を閉じて思い出していた。

 かなり焦っている様に見える。


「大丈夫、ゆっくり思い出せ」


 ネイサンはそんな民夫に優しく、ゆっくり声を掛けた。

 その効果もあったのか、民夫は急に顔を上げた。


「確か、306号室だったと思います!」

「306号室……てことは、三階か!急いで上ろう!」


 二人は勢いよく二階、三階へと上がって行った。


(憑郎さん、お願いですから居てください!)


 民夫は心の中で何回も連呼した。




 一階から三階まで休む事なく、階段を上がってきた二人。

 二人共息が切れているがそれよりも仲間の安否を優先し、再び憑郎の部屋である306号室へと走った。


 扉の前に着くとそこには紫色をした扉が立て掛けられていた。

 注意深く見てみると所々黒いシミが付いていた。

『不気味』や『気色悪い』という言葉が、見事に当てはまる印象であった。


「はぁ…はぁ…この部屋で合ってるか?」

「は、はいぃ……ここで合ってます」


 本当に急いで駆けつけた二人。

 息も絶え絶えではあったが、やはり安否が気になる。

 ネイサンはドアノブをガッと掴み、時計回りで捻った。


 キィィ………


 不気味さが増す音と共に、ドアは簡単に開いてしまった。


 キィィ……バタン


 ネイサンは中に入らず、一度ドアを閉めてしまった。

 そして、民夫の方を向いた。


「……おい、大丈夫なのか?」

「な、何がですか?」

「鍵が開いてるぞ」

「確かにおかしいですね。憑郎さんはいつも戸締りはしているはずです」


 会話がここで終わった。

 仕方なくネイサンはまたドアの方を向き、扉を開けた。


 キィィ………


 不気味な不協和音が辺りに反響する。

 なんだか恐怖も倍増する気がしてきた。

 すると、ネイサンの背中に冷たくゾワゾワしたモノが這いずった。


 キィィ…バタン


 思わずネイサンは中に入らず、またドアを閉めてしまった。


「……おい、本当に大丈夫なのか?」


 ネイサンの額には大粒の汗が噴き出ていた。


「な、何がですか?」


 そんなネイサンの焦る表情を見た民夫にも、額に大粒の汗をかいていた。


「今、背中に冷たい物が……」

「あ〜、憑郎さんのお部屋ですからね。いらっしゃると思いますよ」

「いや、いらっしゃったらダメなんだよ!」


 ネイサンと民夫がガミガミ言い合いをしていると、二人の背後から一つの影が近づいていた。

 その影は音もなく、気配もなく近づいてきた。


「あの……何やってるんですか?」


 影はか細くて小さな声であり、しかし、優しい中低音の声であった。


「お化けが出たーーー!」


 ネイサンは大きな声を出し、咄嗟に民夫の背中に隠れた。


「わわっ!勇さん、大丈夫ですよ」


 民夫の背中に隠れてしまったネイサン。

 そんなネイサンを民夫はまるで子供をあやす様に落ち着かせた。


「勇さん、よく見てください。憑郎さんですよ」

「えっ?」


 民夫の背中からチラッと覗いて見たネイサン。

 民夫の言う通り、目の前に立つその影は憑郎であった。


 憑郎の格好はかなりラフな格好であった。

 Tシャツに短パン、サンダルであり、手にはコンビニで何か買ったのであろう、ビニール袋をぶら下げていた。


 ネイサンは民夫の背中から離れ、一度咳払いをしてから話し始めた。


「すまない、みっともない所を見せたな」


 ネイサンは何も無かったかの様に、極めて平然を装った。


「いや、今更そんな冷静を装わなくても……」


 憑郎が小さく消え入りそうな声でツッコミを入れた。

 そんなネイサンと憑郎を見ていた民夫は、クスクスと笑っていた。


「……何笑ってるんだよ」

「いえ、なんでもありませんよ!」


 クスクス笑っていた民夫に、ネイサンは突っ掛かった。

 が、その頬は仄かに赤らんでいた。


 そんな中、置いてけぼりになりかけていた憑郎が、勇気を振り絞って話しかけた。


「あのー……お話の最中、すみません。何か僕に用ですか」

「「ーーーあっ!」」


 その声で重要な要件を思い出した二人。


「そ、そうだった!憑郎、君に重要な話があるんだ!」


 ネイサンが勢いよく話し始めた。

 その危機迫る気迫に憑郎は一瞬後ろに仰け反った。

 仰け反るのと同時に、ビニール袋を持っていない方の手を掴まれた。

 その手は民夫の物であった。


「憑郎さん、落ち着いて聞いてください」

「……わ、分かった」


 すると民夫は一度深呼吸を入れた。

 憑郎も頭から一筋の汗を垂らし、思わず唾を飲み込んだ。


「憑郎さん、あなたの生みの親である亡骸(なきがい)さんが今、行方不明になっています」

「えっ……」


 民夫は余命宣告でもするような、冷たくゆっくりと相手に伝わる様に話した。

 そんな余命宣告を受けた憑郎は持っていたビニール袋を床に落とした。

 ドサッという音と共に、中に入っていた料理が零れ落ちた。


「お、おい、大丈夫か?」


 ネイサンも憑郎の肩に手を置いた。

 憑郎の白かった顔が更に白くなり、肩も凄く冷たく震えていた。


「は、はい……大丈夫です。民夫さん……そ、それは本当なのですか?」

「はい、今緊急のニュースで流れていました」

「そ、そんな……」


 憑郎は顔を俯き、今にも泣きそうな声であった。


「俺は……俺はどうしたら良いんだ」


 弱々しく、小さな声は困惑していた。

 それはそうだ。

 いきなり、『あなたの余命はあと一ヶ月です』と宣告されたのと同じ事である。

 これで冷静でいられるのは普通ではない。


「大丈夫ですっ!」


 暗くなる一方である中、声を上げたのは民夫であった。

 その声はネイサンの顔を民夫に振り向かせ、憑郎の俯いた顔を上げさせた。


「憑郎さん、僕達がいます!だから安心してください!」


 民夫の顔にはいつもの笑顔は無く、真剣な眼差しで憑郎を見ていた。

 その目の奥では何かが光り輝いていた。

 何故だか分からないが、どこか安心する感覚を覚えた。


「本当に……本当に大丈夫でしょうか?」


 それでもやはり、当の本人である憑郎はどこか心配であった。


「憑郎、多分大丈夫だと思うぞ」


 ネイサンは民夫に便乗する事にした。

 今はその方が事を進めやすいと思ったのだ。


「俺にも理由が分からないが、民夫がここまで言ったんだ。何かしらそう言える根拠があるはずだ」

「勇さん……」

「……」


 ネイサンの言葉に民夫は感動していた。

 ここまで信頼してくれているとは思っていなかったのだ。

 そんな二人からの言葉を受けた憑郎は再び顔を俯かせてしまい、遂には何も話さなくなってしまった。

 しかし、話さなくなった理由は不安からでは無かった。

 これから生きる為に、気持ちを整理していたのだ。

 そして、憑郎は口を開いた。


「民夫さん……俺は助けを求めても良いのでしょうか?」

「はい、勿論です!」

「……ウッ……」


 俯く憑郎の顔から一粒の雫が流れ落ちた。

 その雫が床にピチャッと落ちた瞬間、憑郎の顔が上がった。


「民夫さん、勇さん…俺を、俺を助けてください!」


 憑郎は顔を泣き腫らしながら、民夫に助けを求めた。

 同時に民夫に掴まれていない方の手で、民夫の腕を掴んだ。


 彼にとって『助けを乞う』という行動は、相当な勇気が必要だったのだろう。

 いや、他の人を巻き込みたくなかったから、『助けを乞う』という行動に勇気が必要だったのかもしれない。


「はい、絶対に助けます!」


 民夫も大きな声で、一つ宣言をした。

 その声は元気であり、力強く、心の奥底から安心出来る声であった。

 ネイサンも元気づけられた気がした。




 憑郎が泣き終えるまでに、五分も掛からなかった。

 泣き腫らした目はまだ赤かったが、その目から涙は流れ落ちていなかった。


「すみません、お騒がせしました」

「大丈夫ですよ。憑郎さん、もう大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 憑郎が一言謝罪をすると民夫が優しく応えた。

 もう大丈夫だと感じたネイサンは、次の行動を促す事にした。


「それで民夫、これからまずどうするんだ?」

「そうですね、まずは育代さんの所に戻りましょう」

「そうなると食堂か?」

「はい、多分そのはずです。行きましょう!」


 ネイサン達三人は育代がいるであろう、食堂へと足を運ぶ事にした。




 食堂に行く前に、憑郎は買ってきたビニール袋を拾い上げ、自分の部屋に置きに行った。

 そして、ガチャと音をさせながら鍵を閉めた。

 その時、民夫は一つ重要な事を思い出した。

 それは憑郎が部屋にいるか確認していた時の事である。


「あっ、憑郎さん。そういえば、さっきドアの鍵が開いていたのですが」

「あぁ、また開いていたのか……」

「また?」


 ネイサンが訝しげに訊く。


「最近、また違う子が住み着いてしまって……」

「違う、子……?」

「その子が凄く悪戯いたずら好きなんですよ」


 憑郎は肩をガックシ落としていた。

 それと同時にネイサンの背筋が凍り始めた。


「へぇ〜、今何処にいるとか分かりますか?」


 民夫は全く気にせず質問をした。


「今ですか?今は勇さんの後ろに居ますよ」

「ギィヤァーーー!!!」


 ネイサンは猛ダッシュでその場から離脱した。

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