第15話 勇者はニュースを知る①
無事に買い物から帰ってきたネイサンと
小説荘の玄関を開けて入ると、エントランスホールで
民夫が間髪入れずに便に話しかけた。
「あ、便さん!」
「あら、民夫にネイサンじゃない……て、民夫、その頭はどうしたの?」
便はネイサン達の方を振り向くと、民夫の頭に異常をきたしている事に気付いた。
民夫の頭には、アニメの様な大きなたんこぶがぷっくり膨れ上がっていたのだ。
「い、いや〜なんでもないですよ」
民夫は無理矢理、笑顔を努めていた。
「コイツが悪い」
反対にネイサンはムスッとして、自分の部屋に戻ろうとした。
「ど、どういう事よ……」
心配でオロオロしていた便に、民夫が説明した。
「僕と
……あ、因みに勇さんというのは、ネイサンさんの日本名です!」
「う、うん……情報過多」
便が右手を顔の前まで持ってきて、ストップの指示をした。
その顔は呆れ顔であった。
「あんた、新しい人をそんなにおちょくらないの。あんたの悪い癖よ」
「すみませーん」
「あと、サラッととんでもない情報を出さないの」
「すみませーん」
(はぁ、まったく反省しているんだか……)
民夫の態度に呆れる便。
そして、全く反省していない民夫であった。
「ほら、民夫も勇の所に行かないといけないんじゃない?」
「あ、そうでした!では、僕はこれで失礼します」
民夫は再びキラキラした笑顔を便に向け、急いでネイサンの元へ向かった。
「……民夫も相変わらずね。あんな事があったのに」
走ってネイサンの所に行った民夫は、なんとか部屋に入る前のネイサンと合流した。
「すみません、勇さん。少し便さんと話してました」
「あぁ、大丈夫。問題ない」
ネイサンはそれだけ言うと、ドアノブを回して部屋に入った。
民夫もすかさず入った。
閉められる前に……。
「さて、買ってきた物をどうしますか?」
部屋に入ってすぐ、民夫がネイサンに訊いた。
「そうだな……。それじゃあ、民夫は服を畳んでくれないか?」
「分かりました。畳んだ服はどうしますか?」
「寝室にあるベッドの上に置いておいてくれ。まだクローゼットとかタンスが無いんだ」
「そうでしたか、それは少し不便ですね」
民夫は少し考え込んだが、ある事を思いついて顔をパッと明るくした。
「僕の部屋に使ってないタンスがあるんですが、良かったらあげますよ!」
「えっ、それはありがたいがーーー」
「今から持ってきますね!」
「ちょ、待っーーー」
ネイサンが少し待てと言い終える前に、民夫は部屋から出て行ってしまった。
「やれやれ……」
ネイサンは呆れ果て、取り敢えず自分の買って来た物を整理する事にした。
五分程経った頃、ネイサンの部屋のドアが急に開かれた。
そこには半透明のプラスチックケースを持った民夫が立っていた。
「ただいま戻りました!」
元気良く、一言言い放った。
「持ってきてくれるのは嬉しいが、早くやってもらっても良いか?」
冷静に民夫の対処をするネイサン。
既に三分のニは片付け終わっていた。
「分かりました〜」
民夫は返事をして寝室へ行った。
(任せたけど、大丈夫だろうか……)
ネイサンの不安は増すばかりであった。
が、そんな不安とは裏腹に民夫は三十秒程で戻ってきた。
「勇さん、終わりましたよ!」
「はぁっ!?」
ネイサンは驚愕した。
上下どちらも五着ずつ買ったはずなのに、もう戻ってきたのである。
ネイサンの計算では、早くても三分から四分程である。
「ちょっと待て、見させてもらう」
「どうぞどうぞ」
ネイサンは自分の目で確かめるべく、寝室へと歩いた。
寝室にはベッドの真反対に、民夫が持ってきたプラスチックのタンスが置かれていた。
半透明ではあるが、中身はちゃんと見えなかった。
ネイサンはタンスの前まで行き、恐る恐る引いてみた。
「う、嘘だろ……!?」
そこにはさっき買ってきた服が綺麗に畳まれていた。
まるで、店から崩さずそのまま持ってきたかのように。
「民夫、この服って確か袋にグチャグチャで入れたよな」
「はい、そうですよ」
「あの短時間で折り畳んだのか?」
「はい、勿論」
「……」
「どうかしましたか?」
「……お前、有能だな。性格以外」
「それはどうも〜」
民夫はアハハと言いながら、頭を掻いていた。
「よし、これで終わりだな」
買ってきた物を全て整理したネイサンは一息吐いた。
「しかし、これじゃあ買い物に行った気がしないな」
買ってきた物は主に、寝室やユニットバス、キッチン周りであった為、このだだっ広い100畳の部屋は変わり映えしなかった。
「うーん、そうですね……。家具を買ったら変わるとは思うんですけどね」
民夫も少し困った顔になっていた。
珍しい顔であった為、ネイサンは民夫にバレない程度にガン見した。
「まぁ、取り敢えず、お腹が空いたので食堂に行きませんか?」
民夫が提案した瞬間、ググゥー!という音が鳴った。
どうやら、ネイサンの腹からの音である。
「…うん、そうしよう」
少しネイサンは照れていた。
そんなネイサンを見た民夫はいたずらっ子の様な笑みを浮かべていた。
12時半頃
食堂は朝と同じ位の賑やかさであった。
「結構賑わってるな」
ネイサンがボソッと一言漏らした。
「皆さん、この時間になるとお腹が減りますからね。……おっ?」
民夫が朝とは違う場所に気が付いた。
明らかに違う為、ネイサンでも気がついた。
それはテレビに齧り付いて見ている人が多かったのだ。
その場所にいる人だけ誰も飲まず食わず、誰も話さず、ただひたすらに食い入る様に見るばかりであった。
まさに陸の孤島、異様な光景であった。
「民夫。あそこだけおかしいぞ」
「えぇ、そうみたいですね」
ネイサンが一度民夫の顔を見た…。
「ーーー!?」
ネイサンの目に映った民夫の表情は、いつもの民夫では無かった。
顔は真剣その物であり、瞳には怒りや憎悪の様な負のエネルギーに満ち溢れている、そんな感じであった。
「お、おいっ!民夫!」
さすがのネイサンも心配、というより底知れぬ恐怖が、足の底から這い上がってくる感覚に襲われた為、急いで民夫の肩を揺すった。
「ーーーはっ!?」
肩を思いっきり揺すられた民夫は、一瞬で元の顔に戻った。
「……大丈夫か?」
「え、えぇ」
「……」
「……」
二人の間に少し気まずい空気が流れ始めた。
重い……空気に元素番号82番、記号はPbである『鉛』でも入れられたかの様に重い。
「……あんた達、何やってんのよ?」
ふと声がした方角を見ると、そこにはネイサンも見知った人が座っていた。
便であった。
「便さん、さっきぶりですね」
「えぇ、そうね」
民夫の口調がいつものものに戻った。
そこにネイサンは少し安堵した。
「あんた達もお腹が減ったんでしょ?早く注文して食べたらどう?」
「そ、そうですね!さぁ、行きましょう、勇さん」
「あ、あぁ」
便に急かされたネイサンと民夫は急いでキッチンへも続く列に並んだ。
(民夫……やっぱりまだ根に持ってるのね)
民夫の動揺とさっきの民夫の表情を陰から見ていた便。
テーブルに向かって大きな溜息を吐いた。
(勇……まだ昨日の今日だというのに、大丈夫かしら)
便は頬杖を突きながら、これからのネイサンの心配をした。
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