第16話 勇者はニュースを知る②

 今日の昼食はネイサンも民夫たみおも生姜焼き定食にした。

 トレーを持ち、それからご飯やサラダなどが配られていき、そして最後に生姜焼きが配られた。


「ちゃんと物は買えたのかい?」


 ネイサンは急に話しかけられたので顔を上げてみると、そこには生姜焼きを配っている育代いくよの姿があった。


「あぁ、ちゃんと買えたぞ。その代わり一万円丁度使ったけどな」

「そうかいそうかい、それは良かった」


 育代の顔には笑みが溢れていた。

 なんだか微笑ましく思い、ネイサンの顔にも自然と笑みがこぼれた。


「それじゃ、ちゃんと食べて力を付けるんじゃぞ。ほれ、これはおまけじゃ」


 そう言って、育代はネイサンのトレーの上に乗っている生姜焼きに更に肉を二枚追加した。


「……あ、ありがとう」


 ネイサンは素直にお礼を言ったが、なんとなく裏がありそうで怖いとも思った。




 全ての料理を配られたネイサンは便よすがが座っている机まで歩いた。

 そこには先に座っていた民夫も居た。


いさみさんも来ましたね。では、頂きましょう」


 民夫がそう言うと、二人共手を合わせた。


「「いただきます」」


 ネイサンは初めに生姜焼きに手を付けた。

 表面には昨日食べた醤油の様な色合いと輝き加減。

 しかし、微かに香る醤油ではない違う香り。

 嫌な感覚は全くなく、寧ろ相乗効果により更に食欲をそそられる。


「……んぐっ……!」


 喉が鳴る音。

 早く口の中に入れて楽しみたい。

 馳せる気持ちが毎秒毎秒大きくなっていった。

 ネイサンは口を広げ、生姜焼きを口に放り込んだ。


「ーーー!?」


 ネイサンの体に電流の様な物が走った。

 醤油の香ばしい香り。

 そして生姜による他では形容出来ない、鼻をスーッと抜ける爽やかさ。

 最後にニンニクによるガツンとくる後味。

 全てが相まっており、口の中では祭りが開催されていた。


 この生姜焼きの味を知ってしまったネイサンは、箸を休める事をやめた。

 いや、止まらないが正確かもしれない。

 そんなネイサンを側から見ていた民夫と便は、心から安心していた。




「「ごちそうさまでした」」


 二人は10分程度で食べ終えてしまった。

 特にネイサンは一度も箸を休めず、ものの5分でほぼ食べ終わっていた状態であった。


「今日も一杯食べましたね!」

「うっ……ちょっと食べ過ぎたかもしれんがな」

「あんたは早く食べ過ぎよ」


 ネイサンは腹を一度ポンっと叩いた。

 そんなネイサンに便は一喝した。


「確かにそうだな……今度からは気をつけよう……うっ!」


 一瞬戻しかけたネイサンであった。

 そんなネイサンであったが、ふと民夫の方を向いた。


「……」


 民夫の視線はテレビに向いていた。

 目は見えなかったが、多分さっきと同じ様な目をしているに違いない。


「民夫」

「……えっ?あっ、はい!なんでしょう?」

「あれが気になるのか?」

「……はい、そうです」


 民夫は俯いてしまった。

 図星なのだろう。


「見に行ってくれば良いんじゃないか?」

「ですが、勇さんがーーー」

「俺の事は大丈夫。民夫にとってあれは重要な事なんだろ?」

「ーーー!?」


 民夫の顔には一瞬驚きの顔に変化した。

 しかし、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「ありがとうございます!では、お言葉に甘えて、ちょっと行ってきます」


 それだけ言い残し、立ち上がってテレビの方へ向かった。


「それじゃ、あたしもちょっと見てこようかな」


 便も民夫と同じく、立ち上がって……いや、まだ座っている……いや、立ち上がってテレビへと向かった。




 民夫と便がテレビの方へ行ってしまった為、取り残されたネイサンは途方に暮れていた。


(どうしてそんなに気になるんだ?)


 ネイサンの疑問は最もである。

 そんなに惹かれるほど魅力的なのだろうか?

 仕方なくテレビに向かう二人の背中を見続けた。


「やっぱり気になるんじゃろ」


 ネイサンの背後から突然声が発せられた。

 一瞬ビクンとなったネイサンは素早く振り向くと、そこにはキッチンから出てきた育代が立っていた。


「あの件以来、皆んな戦々恐々となっとるからの」


 育代は喋りながらネイサンの向かい側、民夫が座っていた椅子に座った。


「あの件、てなんだ?」


 ネイサンが育代の顔を見ながら質問した。


「それを話す前に、まずはこの世界の事を一つ教えておこう」


 育代が咳払いをしてから話し始めた。


「この世界では、ラノベ勇者とそのラノベ勇者の生みの親が会ってはならないのだ」

「……」


 ネイサンは育代が言っている意味が理解出来なかった。


「育代さん、すまない。よく分からなかった」

「まぁ、普通はそうなる。安心しなされ」


 育代はまた咳払いをし、ネイサンの顔を真剣に向いた。


「今から約20年前の話じゃ。

 突如として、この地に謎の男が急に現れたのだ。

 当時は身元が分からず、とんでもない人間が現れたと大騒ぎでおったわい。

 その男の話を聞くと、ある本の主人公の話と一致したのじゃ。

 これがラノベ勇者の誕生じゃ」


 育代はゆっくりと丁寧に話した。

 ネイサンはそれに応える様に、所々で頷いていた。


「このラノベ勇者の誕生を皮切りに、色んな勇者が現れ始めたのじゃ」

「色んな勇者?例えば?」

「アニメーション映画やゲームの主人公とかじゃよ」


 ネイサンは訊いたのは良かったのだが、映画やゲームという単語を知らなかった。

 よって何を言っているのか分からなかった。


「とにかく、色んな物の勇者や主人公達が増えたのじゃ。そして、ここからが問題なのじゃ……」


 育代は一度ここで区切り、深呼吸をした。

 そんな育代を見たネイサンは息を飲んだ。


「自分を創った人間に会いたいと思ったラノベ勇者は作者の元へ行ったのじゃ。

 そして、見事出会う事に成功した。

 じゃが、同時にある現象も起こったのじゃ」

「ある現象?」


 ネイサンは話の腰を折りたくなかったが、思わず声が出てしまった。


「ラノベ勇者が光に包まれ……消えてしまったのじゃ……」

「ーーー!?」


 あまりにも突拍子の無い話に、ネイサンは驚いた。

 現実離れした話も甚だしい。

 あまりにもあり得ない話であった。

 しかし、育代の話はまだ終わらなかった。


「その後、消えたラノベ勇者を日本中……いや、世界中探したが最終的に見つからなかったのじゃ。」

「そう……なのか」

「更に悪い事に、そのラノベ勇者の作者自ら命を絶ったのじゃ」

「な、なんだって!?」


 ネイサンは思わず叫びながら立ってしまった。


「まあまあ、静まれ静まれ」


 育代は興奮しているネイサンを宥めた。

 ネイサンは自分がヒートアップしている事に気付き、静かに椅子に座った。


「どうしてその作者は命を絶ったんだ?」

「うぬ、実はその作者が命を絶つ前に遺書を書いておったのだ。

 その遺書には、ラノベ勇者がいなくなったショックと、本が書けなくなってしまった事が書かれておった」


 育代は悲しい顔なり、視線が少し下を向いてしまった。


「こんな悲しい事があったのにも関わらず、自分を創った作者に会いたい、そんな勇者達が後を絶たなかったのじゃ。

 そして勇者達は皆消え、作者もまた皆自ら命を散らしたのじゃ」

「……」


 遂にネイサンは何も言えなくなってしまった。

 あまりにも残酷で悲惨な内容であった。

 自分を創ってくれた人間に会えない、お礼を言えないなんて……。


「じゃがな、政府が新たな法律を創ったのじゃ」

「法律?」


 ネイサンは法律というものを知らなかった。

 育代は一度頭を抱えながら考えた。


「……まぁ、約束事、という解釈で良いじゃろ」

「なるほど」


 ネイサンは大きく頷いた。


「政府が創った法律とは、『転生法』というものじゃ」

「テンセイホウ?」

「そうじゃ。この『転生法』とは簡単に言うと、逆転生をした勇者達を速やかに保護し、作者等に会わせてはならぬ、という物じゃ。分かるかの?」


 本当に簡単である為、さすがのネイサンもこれには頷いた。


「という事は、今俺は保護されている、という事なのか?」

「まぁそういう事じゃ」

「それは良かった」

「因みにじゃが、わしは逆転生した者を見分ける事が出来る資格、『逆転生者探査資格』の皆伝を持っとるのじゃよ!」

「そ、そうなのか……」


 突然、自慢話をした育代はカッカッカと高笑いをしだした。

 逆にネイサンの方は、少し引き気味であった。


「だが、どうしてその事と皆んなが集まってるあれや、『あの件』とか言われている物に関係するんだ」

「それはじゃのうーーー」


 育代が先を言おうとしたが、違う声に遮られてしまった。


「悪もまた、ここに蔓延はびこっているのですよ」


 その声の主は民夫であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る