第14話 勇者は買い物へ出向く

 食堂を後にし、買い物へ行こうとしていたネイサンと民夫たみお

 しかし、育代いくよから貰った封筒を一度部屋に置いてくる事にした。




 ガチャ!


「へぇ〜、ここがいさみさんの部屋なんですね!」


 民夫はネイサンの部屋に入るや否や、ザッと見聞し始めた。


「民夫……あまり動き回らないでくれ」


 ネイサンはこの部屋を気に入ってはいたが、誰かを入れたいとは微塵にも思っていなかった。

 ましてや、民夫なんかに……。


「どうしてですか?凄く広くて良いじゃないですか!」


 そんなネイサンの気持ちなんか微塵も分かっちゃいない民夫は、何も置かれていない空間に独りポツンと立っていた。


「いや、普通に恥ずかしい……」

「どうして?」

「だってここは住む人によって空間が変わるんだろ?俺、何人と住むつもりなんだよ」

「別に気にする事無いと思いますよ!こんな事だって出来ますよ」


 そう言って、民夫は両腕を肩まで持っていき、床と並行になる様にピンと伸ばした。

 そして、その場でグルグル回り始めた。

 ……まるで五歳児のくらいの行動である。

 そんな民夫の行動に呆れたネイサンは、封筒から『保険証』を取り出し、一万円札が入っているポケットに入れた。

 そして封筒を机の上に置き、最後に民夫に冷たい言葉を一言。


「……置いていくぞ」


 それだけを残してネイサンは部屋を出て行った。


「あー、待ってくださいよ!……あ痛っ!」


 ネイサンに本気で置いていかれそうだと感じた民夫。

 直ぐに追いかけようとしたが目を回してしまった為、その場で転んでしまった。




 その後、なんとかネイサンに追いついた民夫。

 二人は小説荘を出て大門を潜り抜けた。


「で、民夫。何処で買い物をするんだ?」


 土地勘が全くないネイサンは、当然の疑問を民夫に呈した。


「ここから少し歩いた所にありますよ」


 そう言って、民夫は二歩先を歩いた。


「僕がちゃんと案内します。さぁ、行きましょう!」




 街の雰囲気は昨日と変わらず賑わっていた。

 人々が行き交い、会話をする。

 道路に車が走る音。

 昨日ここに来たネイサンにとって、まだ新鮮な感覚であった。


 目的地に着くまでに色んな所を民夫が教えてくれた。

 ここの喫茶店のコーヒーが美味しい、ここの肉屋は安くて美味しい、ここのビルの最上階に住んでる人は実はある事件の黒幕、などなど……。

 ネイサンに色んな事を教えていた民夫の顔は、ずっと笑顔を絶やさなかった。


 更に暫く歩いて行くと車の交通量が少なくなり、行き交う人々の年齢層が上がっていった。

 街の賑わいは次第に落ち着き始め、なんとなく気品溢れる静かな街に移ろえていった。

 そんな中でも、民夫の笑顔だけは全く変わらなかった。


「あら、民夫ちゃん!」


 急に民夫の名前が呼ばれた。

 呼ばれた方を向くとそこには小柄でお洒落な装いをし、いかにもお婆様というような人が立っていた。


「あっ!ご無沙汰してます!」


 声を掛けた貴婦人と民夫はどうやら知り合いの様だった。

 二人は少し世間話をしてからネイサンの自己紹介をし、そして別れの挨拶を交わした。


「民夫、やっぱり顔が広いな」

「いや〜、ただお喋りが好きなだけですよ」


 ネイサンは民夫のこのスキルに感心した。




 目的の場所に着くまでに、ネイサン達は五回も声を掛けられた。

 その内の四回は民夫の知り合いであり、他一回は道案内であった。

 全てに対応した二人は約一時間半掛けて目的地に着いた。


「ここが……目的地なのか?」

「はい、そうですよ」


 ネイサン達の目の前には、小説荘とほぼ同等の大きさの建物が立ちはだかっていた。

 その建物の上には大きい文字で『ION《イオン》』と書かれていた。


「さぁ、入りましょう!」


 民夫は何故か張り切っていた。

 ネイサンは少し呆れていたが安心はしていた。




「ーーーなっ!?」


 中に入った途端、ネイサンは驚愕した。

 大勢の人と立ち並ぶ店、そして装飾。

 そのどれも初めてであるネイサンは圧倒させられた。


「これが、店なのか?」

「正確にはショッピングモールですね」


 民夫は丁寧に教えた。


「こんな場所、初めてだ……」

「フフッ、そうだと思いました」


 民夫はネイサンのリアクションに思わず吹いてしまった。


「取り敢えず、雑貨を見て回りましょう」


 民夫がまた先導して歩き始めた。

 ネイサンはまだ圧倒されていたが、民夫の後ろについていった。


 民夫の言った通り、雑貨類のお店を中心に回る二人。

 王道の雑貨屋や少しマイナーな雑貨屋など、色んな場所を歩き回った。


「なぁ、民夫。これは何だ?」

「これはペンですね。ここを取ると使えるんですよ」

「なるほど」


「おい、民夫。なんか変な石が売ってるぞ」

「それは岩塩ですね。料理に入れたりするんですよ」

「これをそのまま!?」

「いや、勿論削ってですよ!」


「民夫、これはーーー」

「流石に私もこれは分かりませんね……」

「……」


 わちゃわちゃしながらも楽しんだネイサン達。

 勿論、雑貨屋だけでなく服屋などのウィンドウショッピングも楽しんだ。

 ネイサンはその中で、真ん中に『俺は陰キャ』と書かれた服を凄く気に入ったらしく、思わず買ってしまった。


 IONから出てきた二人は、外の新鮮な空気を十分に吸い込んで吐いた。


「気持ちの良い買い物が出来ましたね、勇さん」

「あぁ、そうだな。お陰で色んな物を買ったけどな」


 日本へ旅行に来た外国人の様な買い物をした二人。

 二人共、両手が塞がる程買い物をしたが、使った金額は一万円ジャストという、奇跡の買い物をした。


「さて、そろそろ帰りましょうか」

「そうしよう。なんだか腹も減ってきたしな」


 そうして、二人は小説荘へと帰る事にした。

 帰る途中、再び民夫が先導して帰っていたのだが、ネイサンは一つ気付いた事があった。


「なぁ、民夫。この道、来た時には通らなかったぞ」


 そう、来た道を戻っているのではなく、また違う道を使って帰っているのである。

 不安に思っているネイサンをよそに、民夫は笑顔で歩いていた。


「大丈夫ですよ、私に任せてください!」


 民夫は振り返えり、ネイサンに笑顔を向けた。

 勿論、黒い星を散らつかせながらである。

 ネイサンは民夫に信頼を寄せてはいるが、半分不安でどうしようもなかった。




 2分程歩いただろうか。

 ネイサンの不安は一瞬にして露と消えた。

 何故なら、二人の眼前には見知った場所が広がっていた。


 小説荘である。


 なんとIONは小説荘の裏にあったのである。

 あまりにも小説荘が大きかった為、正面からではIONが全く見えなかったのである。


「さぁ、勇さん。着きましたよ!」

「おい、こら待て」


 ネイサンはドスの効いた声で民夫に迫った。

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