第9話 勇者は過去を語る

 次第に賑やかになっていく食堂。

 ある所では盃を交わし合い、ある所では一人で細々と食べている人がいた。

 多種多様な人たちで賑わっていた。


 そんな中、一番初めに食堂に入ってきたネイサン達は料理を食べ終わり、ラノベ談義をしていた。


「そういえば、ネイサンさんはどうして亡くなったんですか?」

「えっ?」


 いきなり民夫たみおがとんでもない質問をして来た。

 さすがのネイサンも呆気に取られ、暫く二の句が継げなかった。


「その様子ですと、これも育代さんから何も聞かされていないみたいですね」


 民夫はネイサンの慌てふためく姿を見て察した。


「あの人、良い人ではあるんだけど、いっつも重要な事言い忘れてるわよね」


 腕組みをしながら便よすがは頬を少し膨らませていた。

 とても35歳には見えない。


「まぁ、あの人もかなりの高齢だ。言い忘れたりもするだろ。……ところで、俺は今何歳だ?」


 鍛冶炉かじろが最もらしい事を言っていたのに、最後で台無しだ。

 この人いつも一言多いな、とネイサンは心の中で呟いた。


「……」


 巨内きょだいは何も発せず、顔の表情も変えず、ただ何処か宙を見ていた。

 もう特にコメントが無いネイサンである。


「実は僕たち全員、ラノベの中で死んでいる設定なんです」

「!?」


 突然の衝撃がネイサンを襲った。

 全員、死んでいる。

 民夫は今、確かにそう言った。

 一度、自分の中で言葉を噛み締めた。

 そして理解した瞬間、ネイサンは辺りをザッと見回した。

 食堂内では今も色んな人で賑わっている。

 人数は大体50人……いや、100人近くいるだろう。


「も、もしかして、ここにいる人全員……」

「えぇ、そうよ。皆んな死んでるわ。いえ、正確には死んだわ」


 冷静に答えたのは便であった。

 あまりにも冷静沈着で冷たい声に、ネイサンは寒気を覚えた。


「そうか、死んでここに来た人は俺だけじゃなかったんだな」


 ネイサンが小さく呟く。

 それは呟くというより、独り言のようなものであった。

 そして、ごく自然な流れでネイサンは自分の死を語った。


「俺は天寿を全うして死んだんだ。要は寿命で死んだ。何歳だったかな、覚えてない。覚えてないくらい生きたな」

「そうなんですね。寿命で亡くなったのであれば、僕と一緒ですね!」


 民夫も自然な流れで自分の死を打ち明けた。


「僕も寿命で死んだんです。ただ、他の方と比べるとかなり短いんです」

「どれくらい短いんだ?」

「僕は31歳で死にました」

「31歳!?」


 これまた驚愕の事実である。

 寿命の長さが30歳前後。

 日本史が好きな方ならお分かりでしょう。

 日本での寿命の長さが30歳前後。

 これは江戸時代や奈良時代の頃の平均寿命と同じである。


「あら、30歳じゃなかったかしら?」


 便が絶妙にどうでも良い事を問い正した。


「いえ、31歳ですよ」

「あら、そうだったのね。間違えて覚えてたわ」


 民夫は便に向かって笑顔を向けていた。

 その笑顔を向けられた便の顔には、なんとなく焦りが見えていた。

 ……この民夫の笑顔には、恐怖が含まれている。


「そういう便はどうやって死んだんだ?」

「えっ?」


 ネイサンに不意を突かれた便は、キョトンとした。

 すると、便の代わりに民夫が何故か話してくれた。


「確か便さんは爆発事故に巻き込まれて亡くなったかと……」

「爆発事故だとっ!?」


 ラノベらしからぬ単語が現れた。

 普通であれば寿命や戦死が多い。

 あってもまぁ交通事故である。

 しかし、便の死因は『爆発』事故である。


「い、一体何があったんだ……」


 ネイサンは便を見て少し戦慄した。

 この女、やはりただの幼女では無い。


「何って……ただ、あたしの実験が失敗しただけよ」

「実験?」


 便がテーブルに両手で頬杖を突いて話し始めた。


「あたしはね、魔法使いでもあり科学者でもあったのよ。ある日、魔法と科学を融合させた魔科学の研究をしてた時に、誤って強力な魔法を使っちゃったのよ。で、その爆発に巻き込まれて死んじゃった。それだけの話よ」


 さも当たり前の様に話す便。

 しかし、言っている事は壮大であり、壮絶な終わりであった。

 便の話を聞いたネイサンは、便の見る目が少し変化した。


「便、あんた意外と凄かったんだな」

「意外とって何よ!」


 ネイサンの純粋な感想に、便は握り拳を作らずにはいられなかった。




「そうだ、巨内と鍛冶炉はどんな終わり方だったんだ?」


 ネイサンが思い出したかの様に訊いた。

 すると、今回も民夫が巨内に関して話し始めた。


「巨内さんは確か……『どっかに頭をぶつけて、当たり所が悪くてそのまま亡くなった』だと思います」

「………」


 民夫や便と違い、巨内の死因はとんでもなく曖昧で、とてつもなく可哀想なものであった。

 今、呆れて物が言えない、と言う事をネイサンは実感している。


「そうでしたよね?巨内さん」


 民夫が巨内にこの話が合っているか訊いた。

 すると、巨内は何も言わずただ二回頷くだけであった。

 この巨内という人物は、ラノベの中でも日本の中でも、ことごとく可哀想な人なんだなと、ネイサンは感じた。


「鍛冶炉さんは……えーっと、何でしたっけ?」


 民夫が珍しく説明出来なかった。

 鍛冶炉の死因は複雑な死なのだろうか、それともやっぱり……。


「俺の死因か?……そんなもん覚えとらんっ!」

(案の定だな!)


 鍛冶炉は得意気に言い放ち、ガーバッハッハと豪快に笑い散らかした。


「そもそも、鍛冶炉の爺さんって詳しく書かれずにいきなり死んだんじゃなかったっけ?」


 便が記憶の断片を話した。


「あぁ!そうでした!」


 民夫が右手で拳を作り、左手の掌をポンっと軽く叩いた。


「作者の人が鍛冶炉さんの存在を忘れていて、そのまま死亡扱いにしちゃったんですよ!」

(思ってた以上に可哀想じゃん!)


 ネイサンは少し慣れて来たのか、ツッコミ(心の余裕)が自然と出来ていた。




「なんだか、皆んな色んな事を経てここに辿り着いたんだな……」


 ネイサンがふと、何気なく呟いた。


「そうですね。人の数だけ物語がありますからね」


 民夫が優しく、落ち着いた声でネイサンの呟きに続いた。


「なんだか、ここにいる4人だけでなく、色んな人の話も聞いてみたくなったな」

「フフッ、それも面白いかもしれないわね」


 便は笑みを浮かべ、巨内きょだいはネイサンの顔を見ながら、縦に一回頷いた。


「ふぁ〜……なんだか眠くなって来たな」


 ネイサンが大きな欠伸あくびを一回した。

 それはそうだ。

 今日だけで色んな事が起こったのだ。

 疲労で眠くなるのは無理もない。


「おっ、寝る前にちゃんと風呂に入るんだぞ!」


 鍛冶炉が子供に注意する様な言い方で、風呂に入るよう促した。




「………フロってなんだ?」




「「「え………」」」

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