第6話 勇者は愉快な仲間達に出会う②

「さて、次はーーー」


 便よすがの衝撃的な紹介が終わり、何事も無かったかの様に民夫たみおは次に行こうとしていた。

 ネイサンは未だに頭の中が混乱していたが、民夫と時は待ってくれなかった。


「キョダイさんの紹介をしましょうか」


 民夫は言いながら、身長が4m程ある男性の方を向いた。


「……」


 背の高い男性は何も発さず、ただ何処か宙を向くばかりであった。


「お、おい。大丈夫か?」


 さすがにネイサンも心配になった。

 自分よりも緊張しているのではないかと。


「……」


 それでも尚、何も喋らない男性。

 顔の表情すら全く変わらない。


「その男は何も喋らないわよ」


 便は目を瞑っており、腕を組みながら一言放った。


「何も、喋らない?」

「えぇ、そうよ。何せその男、ラノベでは巨人族だったからね」

「……巨人族?」


 ネイサンはまたしても混乱した。

 巨人族?

 では、人間では無いのか?

 そんな困惑している事が顔に出ていたのか、すかさず民夫が補足してくれた。


「キョダイさんはラノベでは確かに巨人族です。ですが、ここに転生した時に人間に生まれ変わったみたいなんです。ただ巨人族と人間では声帯が違うみたいで、上手く言葉に出来ないんですよ……」


 民夫が事細かく、背の高い男性が話せない理由を教えてくれた。


「なるほど、そんな理由で話せなかったのか……ん?」


 背の高い男性が話せない事に納得したネイサン。

 しかし、一つ引っかかる事があった。


「ちょっと待て。この人が話せないのを知ってたのに、どうしてすぐに教えてくれなかったんだ?」


 そう、知っているのであれば直ぐに教えてくれれば良かったのに。

 そしたら、この不毛で無駄な時間を過ごさなくて良かったのだ。

 そんなネイサンの質問に民夫は応えた。


「ちょっと面白そうだったから、泳がせてみただけです!」


 満面の笑み、屈託の無い純粋な笑顔であった。

 民夫の周りに黒い星がキラキラ光ってる様に見えた。

 その笑顔を向けられたネイサンは怒る気力を削がれ、もはや呆れるしかなかった。


「では、僭越せんえつながら僕がキョダイさんの紹介をさせてもらいます」


 民夫は一度、背の高い男の方を向いた。

 すると、背の高い男はコクンと一回頷いた。


(言葉は分かるんだな)


 ネイサンは頭の中でそんな事を考えながら、民夫の話を聞いた。


「この方はラノベではタダ・デッカイ=タイタンという名前でーーー」

(もうちょっと名前考えてあげろよ)

「日本での名前は巨内きょだい 其丈それだけと呼ばれています」

(いや、もうちょっと名前考えてあげろよ!)


 もうツッコミが止まらないネイサン。

 民夫による巨内の紹介はまだ続く。


「巨内さんはこの通り背がとても高く顔も怖いですが、とても心優しい方なんですよ」

「まぁ、さっき椅子を用意してくれたからな」

「いえいえ、僕が言っているのはそれだけではありません。動物や植物、特に虫に優しいんです!」


 民夫はまるで子供の様に巨内に向かって両手を突き出し、星の様にキラキラと手を振った。


「へぇー、そうなのか。外見とは裏腹に優しいんだな」


 ネイサンが巨内の方を向くと、体や顔は全く変わっていなかった。

 が、ほんのり頬が赤く見えた気がした。


「巨内さんの大まかな紹介はこれで終わりで良いですか?」

「俺は分かった」

「……」


 巨内も頷いた。


「では、最後にカジロさんですね」


 カジロと呼ばれた男性、もといお爺さん。

 それはあの髪や髭がくしゃくしゃな人である。


「カジロさん、自己紹介お願いします」

「……」

「あれ、カジロさん?」


 民夫に呼ばれたカジロと言うお爺さんは、巨内同様、何の反応も示さなかった。


「ちょっと、カジロの爺さん、呼ばれてるよ!」


 便は呼びながら肩を揺らした。

 その顔は少し焦っている様にも見えた。


(そう言えば俺が二階に居た時、かなり騒がしかったはすだ。なのに自己紹介をしている時は逆に静かだったな……え、もしかして!?)


 ネイサンは心配になった。

 この心配というのは「生命の危機」と言う訳ではなく、「面倒な事になる」という心配である。


「ちょっと、本当にどうしたのよ!カジロの爺さん!」


 便は揺するのをやめ、肩を一発パチンッと叩いてみた。

 そんな方法で起きる訳がないとネイサンは思った。


「……むにゃ……?」


 ネイサンの心配は当たった。

 ただ寝ているだけであった。

 ネイサンは頭を抱える他無かった。


(この人、育代いくよさんと同じタイプだ!)


 この人ちょっと苦手かも、と感じたネイサンであった。


「カジロさん、しっかりしてくださいよ〜。ヒヤヒヤしたじゃないですか!」

「いや〜、すまんすまん。急に眠くなってしまってな!ガーハッハッハ!」

「まったく…仕方ない人ですね」


 あの民夫もカジロのお爺さんには呆れていた。

 しかし、その顔には若干の笑顔が含まれていた。


「大体、そのゴーグルをしてるからいけないのよ!」


 便はカジロのお爺さんがずっと掛けているゴーグルに突っかかった。


「いやいや、嬢ちゃん。これが無いと生きていけんのだ!」

「どうしてなんだ?」


 ネイサンは会話に加わった。


「これは俺にとって商売道具の一つなんだ」


 言っている意味が全く分からない。

 ネイサンは思わず民夫の方を振り向いて、無言で助けを呼んだ。

 民夫はやれやれと言わんばかりに首を振った。


「カジロさん、取り敢えず、自己紹介をお願いしても良いですか?」


 民夫はカジロのお爺さんに優しく話しかけた。


「おぉーそうじゃった。俺の名は鍛冶炉かじろ。武器や防具を作ったり修繕したりする、鍛冶屋の人間だ!」

「ほぅ、なんでも出来るのか」

「おうよ!武器や防具ならな!」


 ネイサンは感心していた。

 さっきまで心配になる程に色々酷かった人であるが、話を聞く限り良い人ではありそうだ。


「鍛冶炉さんはラノベではとても凄い人なんですよ!」


 民夫が少し興奮気味に話しかけてきた。


「主人公の剣である、エクスカリバーを唯一作れて修繕出来る人なんです」


 どうやら、腕も確からしい。


「ただ……」


 民夫の表情が少し暗くなった。


「ただ…どうした?」


 ネイサンも少し心配になった。

 何か思い病気でも患っているのではないかと…。


「……物忘れが酷いんです」


 ネイサンは思わずガクッと崩れ落ちそうになった。


「物忘れかよ!もっと重い病気だと思ったよ!」


 ネイサンは叫んでいた。

 いや、ツッコんでいた。


「いやいや、鍛冶炉さんをみてくださいよ。病気をしている様に見えますか?」


 ネイサンは民夫に言われ、一度、鍛冶炉を直視してみる。


「……うん、している様には見えないな」

「ですよね」


 納得せざるを得なかった。


「そう言えば」


 ネイサンが話を元に戻そうと話し始めた。


「さっき、ゴーグルが商売道具と言ったのは鍛冶屋だからということか?」

「あぁ、そうだ!火の粉が目に入らない様にな」


 点と点が線で結ばれた。

 しかし、またしても疑問点が生まれた。


「でも、ずっとしないといけない訳でもないだろ」

「それはそんなんだが……落ち着かないのだ。だがーーー」


 そう言うと、鍛冶炉は徐にゴーグルに手を掛けた。


「どうしてもと言うのであれば、外してやろう」


 ゴーグルを外し、鍛冶炉の目が露わになった。

 その途端、全ての思考が止まる事となった。


「えっ!」


 その瞳には空があった。

 どこまでもどこまでも広く、雲一つ無く澄み渡っていた。

 まるで、邪念という思想が初めから無かったかのように。

 思わず吸い込まれそうになるあおい瞳であった。

 ネイサンは思わず固まっていた。

 あまりの驚きで何のアクションも起こせなかったのだ。


 鍛冶炉がもう一度ゴーグルを掛けると、それと同時にネイサンも動ける様になった。


「え、今の何?なんであんなに綺麗な目をしてるんだ!?」


 ネイサンは民夫に問い質(ただ)した。


「僕にもわかりませんよ」


 それはそうだ。

 『生まれ持った体である』が正しい答えだろう。


「なんでこんなに癖の強い奴しかいないんだよ……」


 ネイサンは思わず吐露してしまった。

 それに追い討ちをかけるように民夫が鍛冶炉について補足した。


「あ、そういえば、鍛冶炉さんの名前なんですが、鍛冶炉という苗字だけで名前が分からないんですよ」

「どうしてだ?」

「作者の方が名前を付け忘れた、という話を聞いた事があります」

「なんだそれ……」

「あと、さっきも言いましたが、鍛冶炉さん自身も物忘れが酷くて覚えていないみたいです」

「ダメだこりゃ……」


 ツッコミと不安と心配が増える一方であるネイサンであった。




「さて、これでこちら四人の自己紹介は終わりました。最後にあなたですね」


 民夫がネイサンに話のバトンを渡した。


「そうだな」


 ネイサンは一度、椅子に座りながら姿勢を正した。


「俺の名前はネイサン。その……ここでの名前はまだ付けられていない」

「……ネイサン?もしかして、あのネイサンですか!?」

「ど、どのネイサンか分からないが、多分、そのネイサンだ」


 民夫の目が光り輝き出し、純粋で憧れの眼差しをネイサンに向けた。

 別に悪い気はしなかったが、同時に面倒になりそうだと思ってしまった。


「民夫、あんた知ってるの?」

「はい、勿論!何度もあのラノベは読み返しましたから」


 便が訊くと民夫は椅子から立ち上がった。

 どうやら民夫のみ、ネイサンが出ているラノベを読んでいる様であった。

 しかも民夫の言葉からして、かなりのファンである。


「それで、ラノベではどの位置に居たの?」


 便がネイサンの方を向いて質問をした。

 しかし、その質問の答えはネイサンからは語られなかった。


「勿論、勇者ですよ!」


 民夫であった。

 ネイサンも『ゆ』までは発音していたが、民夫の声で掻き消されてしまった。


「へぇー、勇者だったんだ」


 便は少しだけネイサンに興味を示した。


「どんな武器を使ってたんだ?」


 鍛治炉が鍛冶屋ならではの質問をしてきた。


「色んな武器を使ってきたな。最後に使ってた武器は確かーーー」

「『滅剣・ラグナロク』ですね」

「……」


 またしても質問に答えたのは民夫であった。

 その時の民夫の顔はまるで自分の事の様に話していた。

 ネイサンは不服ではあったが、実は内心助かっていた。

 何故なら武器の名前を忘れていたからである。


「ラグナロクか!良い武器使ってたじゃねーか!」


 ガーハッハッハと鍛冶炉は高らかに笑い、その笑いがエントランスホール全てに反響した。

 鍛治炉の笑いをよそに、巨内がネイサンに目で何かを訴え掛けていた。

 ネイサンも巨内の目を見てみたが、やはり分かる訳が無かった。

 しかし……。


「あ、巨人族なら出て来ましたよ」

「えっ?」


 ネイサンは急いで民夫の方を振り向き、そしてまた巨内の方を向いた。


「……今の質問、合ってるのか?」

「……」


 巨内は何も言わず、ただ右手でOKのサインを出した。


「合ってるのかよ!」




 夜の7時。

 まだ太陽は完全に沈んではいなかったが、大分暗くなっていた。

 約1時間程、質問攻めにあっていたネイサンは、疲れてはいたが不思議と嫌な疲れは無かった。

 というのも、変な質問が一つも無かったからである。


 ぐ〜っ……


 不意に誰かのお腹が鳴った。

 エントランスホールに小さく響く、とても可愛らしい音。

 犯人はもはや明確であった。

 一人、顔を俯きながらフルフルと震えていたのだ。

 便である。

 ネイサンは思わずクスッと笑ってしまった。


「わ、笑うな!」


 怒られたネイサンであるが、怒られた気がしなかった。

 それはやっぱり背格好が原因なのだろう。


「そういえば、そろそろ夕飯の時間ですね。ネイサンさん、一緒に食べませんか?」

「良いのか?」

「はい、勿論です!皆さんも良いですよね?」


 民夫が他三人にも訊くとほぼ同時に全員が頷いた。


「では、皆さんで食堂に行きましょう」


 民夫の一言で全員が立ち上がり、一階正面の通路へと歩き、食堂へ向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る