第5話 勇者は愉快な仲間達に出会う①

 自分以外にもラノベ勇者がいる事を知ったネイサン。

 自分と同じような人間がいる事に少し興味を持った。

 一体、どんな人達なのか……。


 夕飯の支度をすると言って、育代は早々にネイサンの部屋から去って行った。

 残されたネイサンは何をする当てもなく、育代に言われた通りエントランスホールまで行ってみる事にした。




「ん?なんだか一階が騒がしいな」


 エントランスホールに向かう途中、二階にいるのにも関わらず、複数人の声が二階にいるネイサンの耳に届いた。

 男性、女性、どちらもいるようだ。

 二階から一階のエントランスホールが見える所まで来ると、そこには男性が三人と女性……というより女の子が一人、一つのテーブルを囲んで座っていた。


(なんだか、あそこだけ異質な空間が広がってるな)


 そうなのである。

 女の子一人に男性が三人。

 男性の内、一人はとんでもなく大きく、立ったら4mくらいはあるだろう。

 そして、一人は髪はくしゃくしゃで顎髭もくしゃくしゃ。

 ゴーグルみたいな物を掛けており、更に筋骨隆々な老人である。

 最後の一人は、麦わら帽子の紐を首に掛けており、首にはタオルが巻かれている。

 こんな暑い時期だというのに長袖長ズボンであった。

 ネイサンが一階にいる四人を凝視していると、麦わら帽子の男性がネイサンに気がついた。


「あっ!新しい方がお見えになりましたよ!」


 麦わら帽子の男性は叫ぶとまではいかないが、大きく活発な声を上げた。

 それに釣られて他三人もネイサンの方を向いた。


「やっと来たわね」

「……」

「ガッハッハ!良い顔つきしてるじゃねーか!」


 一人喋っていないが、それぞれが声を出した。

 ネイサンはかなり戸惑っていた。

 その戸惑いに感づいたのか、麦わら帽子の男性がネイサンに向かって声を掛けてくれた。


「降りて一緒にお話しませんか?」


 一瞬考えたネイサンであるが、ここは素直に従う事にした。


「あ、あぁ……分かった」


 まだ戸惑ってはいたものの、ネイサンは話しかけてくれた事に安心しつつ、心の中で感謝していた。




 ネイサンが一階に降りると、背の高い男が違う所から椅子を一つ持ってきていた。


「……」


 背の高い男は何も言わず、椅子の背もたれの部分を持ち、ネイサンに座るように目で訴えた。


「あ、ありがとう……」


 背の高い男の鋭い眼光に圧倒されるネイサン。

 素直にネイサンは椅子に座った。

 鉄のひんやりとした冷たさが、ネイサンの履いているズボン越しからでも感じ取れた。


「もしかして、緊張されてますか?」


 麦わら帽子の男性がネイサンの顔を覗きながら訊いてきた。

 その顔はとても綺麗な顔立ちをしており、可愛らしい顔であった。


(うっ!違う意味で緊張してきたな……この人は男、この人は男、この人は男!)


 綺麗な人への免疫があまりないネイサンであった。


「あ、あぁ、少し緊張している……」

「では、一緒に深呼吸をしましょう!せーのっ!」


「「「「「スーッ、ハーッ!」」」」」


 麦わら帽子の男性の掛け声と共に、何故かその場にいる全員が深呼吸をしていた。


「どうですか?少し楽になりましたか?」


 麦わら帽子の男性が笑顔で訊いてくる。


「あぁ、大分楽になった」


 この発言に嘘は全くないが、まだ少しドキドキはしていた。


「では、ここにいる人だけでも自己紹介をしましょう」


 麦わら帽子の男性が自己紹介を取り仕切った。


「では、僕から自己紹介させてください」


 麦わら帽子の男性が椅子を引き、その場に立ち上がった。


「僕の名前はラノベでは『ファーム・ハズバン』と言います。そして、日本での名前は『大久農おおくの 民夫たみお』と呼ばれています。気軽に民夫と呼んでください!」


 民夫はネイサンに向かって、快活な声で自己紹介をした。

 しかし、ネイサンには気になる点が一つあった。


「少し良いか?そのラノベでの名前は分かるが、『日本での』というのはなんだ?」


 そう、この民夫という人物には名前が二つあるのだ。

『ファーム・ハズバン』と『大久農 民夫』の二つである。


「あれ?もしかして、まだ育代さんから聞かされていませんか?」

「ああ」

「そうでしたか、それは失礼しました」


 民夫は一度、わざとらしい咳払いをすると説明をし始めた。


「この世界ではラノベでの名前の他に、日本名を付けてもらっているんです」

「どうしてだ?」

「それには……まぁ深い事情があるのですが、これはまたの機会にしましょう」


 民夫の顔は笑顔で輝いていた。

 ネイサンは納得出来なかったが、余程深い事情であるのを感じ取り、これ以上詮索しなかった。


「おっと、自己紹介はまだ終わってませんでしたね。僕は農業が得意ですので、農業で何かありましたら僕に言ってください!」


 それだけを言うと、民夫は女の子の方を向いた。


「僕の自己紹介はこれで終わりです。次、ヨスガさんお願いしても良いですか?」

「えぇ、良いわよ」


 民夫は椅子に座り、代わりにヨスガと呼ばれた女の子が立ち上がった。

 いや、本当に立ち上がったのか疑問であった。

 何せ、座っていても立っていても同じ身長であったからである。


「あたしの名は『ひじり 便よすが』。ラノベでの名は……言いたくないわ」

「どうしてだ?」

「……」


 ネイサンの純粋な質問に対し、便は何も言わなかった。

 その代わり、民夫がネイサンの耳元で話してくれた。


「便さんの名前を違う言葉に換えると、ホーリー・○ット。つまり、汚い言葉になっちゃうんです」

「なるほど、そういうことか」


 もう少しなんとかならなかったのか、と心の中でネイサンは呟いた。


「それじゃあ、何と呼べば良いんだ?」

「よすが、で良いわ」

「分かった、よろしく便」

「えぇ、こちらこそよろしく。あ、そうそう、あたし、この背格好だけど35歳だから」

「ん………あ、えっ!?」


 それは突然のカミングアウトであった。

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