第4話 勇者はマンションに住む

「次は〜、六本木〜、六本木です」


 六本木まで電車で移動していたネイサンと育代いくよ

 なんとか六本木まで無事に来る事が出来た。

 六本木に着いた事に気がついたネイサンは、育代の肩を優しく揺らした。


「育代さん、もう六本木だぞ。そろそろ起きろ」

「んにゃ……もう六本木かい?」


 育代が目を覚まし、寝ぼけまなこを擦った。

 そしてネイサンの方を向いた。


「……」

「ど、どうした?」

「あんた誰じゃ?」

「……」


 育代は寝ぼけている。

 仕方なくネイサンは自分の名前を言う事にした。


「ネイサンです」

「姉さん?」

「ネイサンです!」

「あー勇者ネイサンね。覚えとる覚えとる」

「……」


 ネイサンは突然不安になった。

 果たして本当にこの人に付いてきて良かったのか。

 機械音が徐々に弱々しくなり、電車の速さも比例して徐々に遅くなっていく。

 そして電車は規定の位置で完璧に止まった。


 プシューッ!


 電車の扉が勢いよく開いた。

 開いたのと同時に多くの群衆が電車から降りた。

 ネイサン達もその流れに沿って六本木の地へと降り立った。

 改札でネイサンは再びまごついたが、さっきよりはスムーズに通り抜ける事が出来た。


 ピンポーン


「おや、これはポイントカードじゃった」


 今度は育代が改札に阻まれた。




 地上に出る前に育代がお手洗いに行ったり、飲み物を買ったりとなかなか地上には出れなかった。

 ネイサンは早く地上に出たくて、ずっとソワソワしていた。

 ようやく地上に出るとネイサンは秋葉原とはまた違う感動を覚えた。

 大きな建物や人々はもちろん、何よりも驚いたのは『車』である。

 電車同様、その速さに驚いたのだ。


「あんな速い物がこんなにも!いつ殺されてもおかしくないじゃないか!」

「そうじゃな。だが皆んなちゃんと免許証を持っとるから大丈夫じゃよ」

「そ、そうか。なるほど……」


 ネイサンはこの国、いや、この世界について少し知れたのであった。


 育代を先頭に二人はただただ歩いていた。

 建物、人、音楽や物。

 その全てがネイサンにとっては新鮮であり、驚きの連続であった。


 すると育代が思い出したかの様に突然ネイサンに語りかけた。


「あ〜、そうそう。六本木を代表する建物を一つだけ教えておこう。六本木フィルズじゃ」


 育代が杖で大きな建物、『六本木フィルズ』を指した。

 その建物はネイサンが今まで見てきた建物の中で一番大きかった。


「こんな所にこんな大きな建物を建てて大丈夫なのか?もっと城壁のような壁とかをーーー」

「そんなもんいらん」

「敵の砲弾が飛んできたらどうするんだ?」

「ここはそんな時代じゃない!」


 そろそろこの二人のやりとりも慣れて来た頃だろう。


「育代さん、中には何があるんだ?」

「うぬ、色んな店が立ち並び、料理も食べられるぞ」

「なるほど」

「あと、ホテルもあるみたいじゃぞ」

「ほてる?」

「宿泊が出来る、ということじゃ」

「あぁ、それなら分かった」


 ネイサンの語学力のステータスが1上がった。


「さて、もう少し歩くからんじゃないぞ」

?よく分からないが俺ならまだ歩けるぞ」


 六本木フィルズを後にし、二人は再び歩き始めた。




 10分、いや15分程歩いただろうか。

 育代の歩くスピードに合わせて、ネイサンも歩いていた。


「この国は本当に大きいな。それに何処に行っても賑やかだ」


 いつまでも続く都会の喧騒に、さすがのネイサンも慣れ始めていた。


「まぁ、この東京は日本の中心であるからな。何処行ってもうるさいぞ」


 育代は少し呆れながら応えた。


「俺は賑やかなのは嫌いじゃないが、うるさいのは嫌だな」

「どちらにしたって同じ事じゃないかい?」


 訝しげに訊く育代。

 しかし、ネイサンは臆せず『賑やか』と『うるさい』の持論を展開しだした。


「確かに一見どちらも同じ様な言い回しではあるが括り方が違う。

『賑やか』というのは活気があり、人の声や物に楽しさが含まれている。大衆酒場が良い例だな!

 一方『うるさい』とは『賑やか』も含む、大きな括りだ。活気のある賑やかだけでなく、その反対である怒号や悲鳴なども含まれる。俺はこれが嫌なんだ!

 良い例としてはだなーーー」

「うるさい、着いたぞ」

「誰がうるさいだ!……て、これは!?」


 ネイサンの熱い持論を育代は一言ピシャリと言い、無駄に長い展開が強制終了した。

 納得出来ないネイサンであったが、目の前の光景を見て自分の持論なんてどうでも良くなった。

 その光景とは……


 正面には大きくて黒い鋼鉄の大門があり、左右にはレンガの壁がそびえ立っていた。

 中に入ると庭があり、真ん中には立派な噴水がたたずんでいる。

 庭には菜園があったり花壇があったりと、色とりどりの植物がしっかりと手入れされていた。

 そして、嫌でも目に入る館。

 まるで中世ヨーロッパの城を彷彿させる建造である。

 ネイサンは大門の前で大きく叫んだ。


「な、なんだこの建物は!まるで、この場所だけ違う建物と入れ替わったような……。場違いにも程がある!」


 ネイサンが正直に感想を言い放った。

 それは馬鹿にしている訳ではなく、正真正銘ネイサンから出てきた素直な感想であった。


「なかなか面白いじゃろ?」


 育代が豪快にカッカッカと笑った。

 しかし、ネイサンは一度冷静になって考えた。


「いや、やっぱり場違いだろ」

「……そうじゃな」


 育代もまた、一度冷静になった。

 時として、冷静になるとは残酷である。




 ネイサンと育代は大門をくぐり抜け、館に向かって歩いていた。


「育代さん、少し疑問に思ったんだが、ここの全体はどれくらいの大きさなんだ?」

「うーぬ、わしもちゃんとは知らん。だが業者の人間が東京ドーム8個分とか言ってたの〜」

「な、なるほど」

「ま、東京ドームの大きさなんか知らんがの!」


 育代はまたカッカッカと笑っていた。

 そしてネイサンの頭の中では、また違う疑問が生まれていた。


(東京ドームってなんだ……?)




 館の扉まで歩いて来た二人。

 育代はポケットから小さな鍵を取り出して鍵穴に差し入れ回した。

 カチッという子気味良い音がその空間に響き渡り反響した。

 そしてドアノブを回し、外開きのドアを引いた。


「さぁ、勇者ネイサン。お入り下さい」


 育代が館に入る様、催促してきた。

 ネイサンはいきなり育代の口調が変わった事に寒気を覚え、思わず背筋を伸ばしていた。


「お、お邪魔する……」


 緊張しながらネイサンは館に入った。




 館はネイサンが思っている以上に広かった。

 白を基調とした壁で、床には高級そうな赤いカーペットが所狭しに敷かれていた。

 そのカーペットの上には八つの鉄製のテーブルと、そのテーブル一つにつき四つの鉄製の椅子がまばらに置かれていた。


 一階は左右に大きな通路が続いており、正面にも通路があった。

 正面の通路をよく見るとドアが無く、中が丸見えであった。


 そして正面両側には二階、三階へと上がれる階段があった。

 しかし二階以上はどういう構造になっているのか、ネイサンが今いる場所からは皆目見当がつかなかった。


「小説荘へようこそ。勇者ネイサン」


 ネイサンの後ろでドアを閉め、鍵を掛けた育代が語りかけた。

 それはまるでRPGでよく見かける、怪しい老婆の口調その物であった。


「小説荘?」

「この館の名前じゃよ」


 育代の口調は戻った。

 しかし、なんだか疲れたような口調であった。


「さて、おぬしの部屋は……206号室やったな。そこの椅子にでも腰掛けて待っとれ」


 それだけを言い残し、育代は右側の通路へ歩き、直ぐ側の扉へと入っていった。

 残されたネイサンは育代の言いつけ通り、一番近い椅子に腰掛けた。


(なんだか、落ち着かないな)


 ネイサンは右足を貧乏ゆすりしながら育代を待つ事にした。




 1、2分という短い時間で育代は戻ってきた。

 育代の右手にはさっき持っていた玄関の鍵とは違う、少し大きめな鍵が握られていた。

 ネイサンは自然と椅子から立ち上がり、育代に近づいた。

 育代もネイサンの前まで歩くと鍵を差し出し、ネイサンに渡した。


「これがおぬしの部屋の鍵じゃ。んじゃ、部屋まで案内してやろう」

「……頼む」


 育代はそれだけ言うと、また先行して歩き始めた。

 ネイサンは育代にギリギリ聞こえる程度の声で呟いた。

 どうやらネイサンの部屋は二階らしく、育代が階段を一段一段、マイペースにゆっくりと上り始めた。

 ネイサンも仕方なくそのスピードに合わせて上り始めた。




 二階に上がると一階同様、左右に大きい通路があった。

 一階と違う所は正面に当たる通路にドアが建て付けられていた。

 特に何の変哲も無いドアであるが、何となく禍々まがまがしさもあり、ネイサンは近づかなかった。


 ネイサンと育代は入り口正面から見て右側の通路を歩いた。

 通路を歩いていると左右にドアがあり、それぞれドアの装飾や大きさが異なっている事に気が付いた。

 そしてどのドアの隣にも表札があった。


「これ、全部誰か住んでるのか?」

「いや全部ではない。空き部屋もあるぞ」


 これだけ大きい館だ。

 空き部屋があっても不思議ではない。


「さて、ネイサン。今日からここがおぬしの部屋じゃ」


 二人が行き着いた場所には木調のドアが立て付けられていた。

 何の変哲も無く、全く面白味が無い。

 しかし素朴な感じがしてネイサンは少し懐かしく、そしてどことなく安心した。

 ネイサンはさっき育代から渡された鍵を鍵穴に差し入れて、そのロックを解除した。

 そしてドアノブを軽く掴んで捻って引いた。

 キィという不協和音が鼓膜を少しだけ震わせた。


「うわーっ!」


 ネイサンは驚いた。

 部屋の壁や床は石材で出来ており、木の支柱や暖炉など中世ヨーロッパを彷彿とさせた。

 それはネイサンが元々住んでいた家にとても近かったのだ。


 ネイサンは素直にこの部屋を気に入った。

 しかし、ネイサンには気になる点があった。

 一つは中の広さである。

 部屋の外側から広さを考えると、大きく見積もっても18畳くらいしか無いはずなのだが、この部屋は100畳くらいあるのである。


 そして、二つ目は窓である。

 この部屋から窓を覗くとなると館の中心を見る事になり、普通であれば何も見えないはずである。

 しかし今、目の前に広がる窓の景色を見ると果てしなく緑の平原が広がっており、色んな動植物が共存していた。


「な、なんだこの空間はっ!?」


 ネイサンは思わず自分が思っている事を吐露した。

 その声に驚いたのか、窓の外にいる動物達が一斉に動き始めた。


「この空間は住む人間に合わせて変化するんじゃ。ここは今、おぬしに合わせた部屋という事じゃ」


 それは突拍子もない発言であった。

 住む人によって部屋の構造が変わる?

 ネイサンは色々と疑問に思ったが、さっきから一番気になる質問を育代にした。


「ちょっと待て!さっき少し思ったが、ここが俺の部屋ってどういう事だ?」

「そのままの意味じゃよ。今日からおぬしもこの『小説荘』の一員になったということじゃ」

「は、はぁ……」


 今一度、ネイサンはこれから住む部屋をひと回り見聞してみた。

 石畳の床。

 丸い木のテーブルと椅子。

 そして、暖炉など。

 ネイサンにとってはまるで、昔住んでいた家とそっくりであった。

 ……勿論、部屋の広さは違うが。


「どうだい、気に入ったかね?」

「あぁ、多分好きになれそうな部屋だ」

「それは良かった」


 各々違う意味ではあったが、二人はそれぞれ安堵した。


「さて、わしはそろそろ夕飯の支度をしないといかん。おぬしは一度、一階のエントランスホールにでも行くと良い」

「ん?何故だ?」

「おぬしと同じ境遇の者がここには一杯おる。話してみるとよい」

「同じ……境遇の者?」


「そう、おぬしと同じく、ラノベ勇者達じゃよ」

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