第3話 勇者は電車に乗る

 一冊のライトノベルを読んだネイサンは涙を流した。

 その内容とは、ネイサンの幼き頃や勇者になる為の修行など、苦しくも楽しかった話であった。

 そして、同時にネイサンは己が「ラノベ勇者」である事を悟った。


 まもるから貸してもらったハンカチでネイサンは涙を拭った。


「あ、そのハンカチ使い終わったら返してくださいね」


 ネイサンは護の言いつけ通り、涙を拭ったハンカチを護に返した。

 護は「コレクションが増えた」と気持ち悪い事を言っていたが、ネイサンの耳には届いていなかった。


「さて、勇者ネイサンよ。そろそろここを出て移動するぞ」


 育代いくよがネイサンに呼びかけた。

 しかし、これに反応したのは護であった。


「あ、育代さん。帰るんですね!」

「そろそろ帰らないと、夕飯の支度が間に合わないからね」

「あー、あの人数ですからね……」


 護は顔を引きらせた。

 何か嫌な物を見る様な顔であった。


「どうしてそんな顔をするんだ?」


 ネイサンは純粋な疑問をぶつけた。


「え、あ、いやー……行ってみると分かりますよ!」


 はぐらかされた。

 怪しい……明らかに怪しい。

 ネイサンの警戒心は元に戻りかけた。




 ネイサンと育代は護に見送られながら店を後にした。

 勿論、一階に降りる時もエレベーターを使い、ネイサンは再び気持ち悪くなったのは言うまでもない。


 秋葉原の大通りを歩いている時、警戒心が戻りかけているネイサンはまた純粋に訊ねた。


「育代さん、今度は何処に行くんだ?」

「………」


 育代は何も話してくれなかった。

 ただ、ひたすらに杖を突きながら歩くばかりである。


「はぁー」


 ネイサンは深いため息も洩らした。

 ここまで話が通じないと病んでしまう。

 そう思い始めていた。


 暫く歩き、辿り着いた場所は地下へと続く場所であった。

 ネイサンは急に寒気を感じた。

 何かとてつもない力を持った『何か』が居そうだと。

 そんな恐れ慄くネイサンをよそに、育代はドンドンと階段を降って行った。


「い、育代さん!?行ってはダメだ!何か……何かとてつもない者が!」

「なーにを言っとるんだね。そんなモンいる訳ないじゃろ。良いから黙って付いてきなさい」


 何故かネイサンは叱られた。

 背中に冷たい汗を滴らせながら、仕方なく育代に付いて行く事にした。




 ある程度降り、ある程度歩くとネイサンの目には門が映った。

 その門の高さはネイサンの腰くらいあり、何故か通れる所と通れない所があった。


「育代さん、あの門は何ですか?」

「何って……改札じゃよ」

「カイ、サツ?」


 ネイサン達は電車に乗ろうとしていた。


「カイサツって何だっ!?何かモンスターが出てくるんじゃ!」

「何も出て来んって。良いからわしにならって通って来なさい。あと、これも渡しておく」


 育代にカードを手渡されたネイサン。

 そのカードをよく見ると、「Melon《メロン》」と印字されていた。


「え、ちょ、待って!」


 ネイサンの呼び止めも虚しく、育代は改札まで行くとピッと音を立てて通過した。


「おい、早く来んかい!」


 育代がネイサンを急かす。

 一度、ネイサンは育代に手渡されたカードを見てみる。

 色々と不安が募った。


「えーい、畜生!」


 ネイサンは意を決して改札へ向かった。

 早足で改札まで行き、育代がやってたようにカードを所定の位置に置いた。

 しかし、


 ピンポーン


 ネイサンは改札に阻まれてしまった。


「何っ!?ぐぁはっ!」


 早足で歩いていた為、改札の扉に思いっきりぶつかってしまった。

 勢いがあり過ぎてしまったせいか、前へ倒れ込んで顔面から落ち、そのまま改札を通り抜けてしまった。

 その一連の行動を見た育代が一言。


「あ、すまん、それさっきわしが使ってチャージするの忘れとった」

「ふざ……けるな」


 ネイサンはそのまま力無く倒れ込んだ。



 ネイサンはなんとか改札を通り抜けた。

 勿論、駅員さんに助けてもらいながら。

 やっと電車のホームに辿り着いた二人は、電車が来るまでベンチで座る事にした。


「育代さん、本当に一体何処に行こうとしてるんだ?」

「……六本木じゃ」

「ロッポンギ?」


 ネイサンは想像してみた。

 六本の木が等間隔で生えており、その中で人々が群れている様を。


「それは闘技場か?」

「んな訳あるか」

「では牢獄?」

「だから違う」

「では妖精が住む神聖な場所?」

「おぬしの想像はわしを超え過ぎて、もうよく分からん。六本木とは場所の名前じゃよ。地名じゃ」

「地名、か……」


 その後二人は会話をせず、黙って電車を待っていた。




 暫くするとホーム内に曲が流れ始めた。


「ん?この曲はなんだ?」

「そろそろ電車が来る音じゃよ」

「デンシャ?それはなんーーー」


 ファーン!


 ネイサンが「何だ」と言い終わる前に、右から警笛を鳴らしながら電車がやって来た。

 煌々こうこうとライトを光らせ、風を切りながらホームに入って来る。


 ブオォーッ!という、電車が通った後に出来る風にネイサンは圧倒されていた。

 ネイサンは両腕を顔の前まで持ってきて、風を防ぎながら言った。


「な、なんだこのスピードは!?こんな物が突然やって来たら避けられないぞ!」

「いや、避ける必要ないじゃろ」


 育代が正解である。

 電車のスピードが徐々に遅くなり、大きかった音と強かった風も徐々に弱くなっていった。

 それに安心したのかネイサンも腕を下ろし、次に何が来ても大丈夫なように心の準備をしていた。

 動いていた電車が遂に止まった。

 電車の中には大勢の人が乗っており、それを見たネイサンは生唾を飲んだ。


 プシューッ!


 ついに電車の扉が開かれた。

 そして、大勢の群衆が電車から降りてきたのだ!


 ゾロゾロゾロゾロ…!

 ドタドタドタドタ…!


「ちょ、一度にこんな降りて来るものなのか!?」


 次々と電車内から降りてくる群衆にネイサンは圧倒され、なかなか電車に乗る事が出来なかった。

 むしろ、押し返されて電車から遠ざかって行く。


「す、すまない!乗らせてくれ!乗らせてくれー!痛っ!?今足踏んだやつ誰だっ!」


 無慈悲な叫びが足音で霧散した。

 やっと降りる人が居なくなり、やっと乗る事が出来るネイサンは既にゼーゼーと息を吐いていた。

 その時、ネイサンは一つ忘れていた。

 あの人混みの中、育代さんが何処に行ったのかを。


「育代さん?何処にいるんだ!」


 駅のホームでただ一人、育代を探すネイサン。

 少し心細くなったネイサンであったがその心配も虚しく、電車内から声が聞こえてきた。


「おぬし何をやってる、早く入らんか!」

「……」


 ネイサンは何も言わず、真顔で電車に乗った。


 プルルルルルッ……


 プシューッ!


 扉が閉まり、電車は徐々に動き出した。

 電車に乗ったネイサンはホームで叫んでいた事を思い出し、急に恥ずかしくなった。


(我ながら何をやっているんだ……ん?)


 耳を澄ましてみると電車内でクスクスと笑う声が聞こえてきた。

 その声を辿ってみると、その場にいるほとんどの人が笑った顔をこちらに向けていた。

 更に恥ずかしくなったネイサンは、優先席に座っている育代の隣に逃げ込むかの様に座った。


「育代さん、どうして俺を置いて行ったんですか!?」


 育代は何の反応も示さなかった。


「育代さん?」


 今度は少し優しく話しかけたが、やはり何の反応も無かった。

 心配に思ったネイサンは少し語気を強めて言った


「ちょ、育代さん、どうしたーーー」

「……ぐがっ……ぐぅ……ぐぅ……」


 ただただ疲れて寝ていただけであった。

 ネイサンは小さく舌打ちをした。


(まったく、なんなんだこの人は)


 ネイサンは仕方なく育代を寝かせてあげた。

 そして、自分は腕組みをしながら六本木まで行くのであった。

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