第2話 勇者は己を知る

 名も知らず突然現れた老婆が言い放った言葉に、ネイサンは戸惑いを隠せなかった。


「俺が…ラノベ勇者…?」


 勇者は勇者と分かるが、ネイサンは『ラノベ』の意味が分からなかった。

 それもそのはずである。

 ネイサンが生きていた時、ライトノベルなんて物は無かったからである。


「そう、ラノベ勇者。…あんた勇者ネイサンじゃろ?」

「あ、あぁ、そうだが。どうして俺の名前を知っている?……まさか、魔王の生き残りか!?」


 ネイサンは背中から剣を抜こうとした。

 が、持っている訳がなく、背中を掻きたい人みたいな動作をしてしまった。

 仕方なく魔法で対抗しようと、左人差し指を顔の前に突き立てた。


「炎の化身よ…我に力を…」

「それは…火球の魔法じゃな」

「なっ!?」


 ネイサンは詠唱を途中で止めた。


「な、何故、それも知っている!?」


 動揺を隠せないネイサンは、右足を一歩、老婆から退けた。

 老婆の表情は何一つ変わらなかった。

 それが不気味さを増していた。


「そりゃ、おぬし。有名じゃからのー」


 そして、老婆はゆっくりと後ろを向き、


「わしに付いて来なさい」


 一言、ネイサンに言った。

 しかし、ネイサンは躊躇った。

 見ず知らずの人に着いて来いと言われても……。


「大丈夫。わしはおぬしの敵じゃない。ここは一つ、黙ってわしに付いてきなさい」

「くっ……わ、分かった」


 ネイサンは仕方なく、老婆の後ろを付いていく事にした。




 老婆と一緒にネイサンは大きな通りに出た。

 その通りは左右に大きな建物がそびえ立っていた。

 ネイサンは今にも崩れ落ちて来るのではないか、という錯覚に陥りそうになった。


(この建物、よく建っているな)


 ネイサンは感心していた。

 そして、ネイサンは建物だけでなく、再び行き交う人々に着目した。


(ん?…あ、あれは!?名だたる王家の者でしか雇うことが出来ない人!どうしてこんな所に!?)


 メイドである。


(あの人はなんだ?さっき見た大きい看板と同じ人がいる!)


 コスプレイヤーである。


(な、なんだあの人は…?眼鏡をして、チェック柄を着たシャツの人…背中のカバンに何か刺さっているぞ)


 一昔前のオタクである。




「着いたぞ」


 老婆がネイサンに告げると、そこは大きな建物の一つであった。

 上の看板に文字が書いてあったが、意味は全く分からなかった。


「さぁ、中に入ってみなさい」

「……」


 老婆に促され、渋々ネイサンはその建物の中に入った。




 中は大通り同様、男女関係なく色んな人々で賑わっていた。

 見渡してみると、色んな物が陳列しており、そのどれもにキャラクターが描かれていた。


「このカップ欲しー!」

「このCD探してたやつだ!」

「ラナたんのグッズ発見!ぐふふ……」


 本当に様々な声で溢れかえっていた。

 男女のカップルや目的の物を買いに来た者、そして、見るからに怪しい者まで。


(なんだろう…最後のやつだけは近づかないようにしよう)


 背中に嫌な寒気を感じたネイサンはそう誓った。


「ところでご老人、どうして俺をここに連れてきたんだ?」


 ネイサンが疑問に思っていた事を、老婆に訊ねてみた。

 しかし、老婆は聞こえなかったのか、ネイサンの質問には答えなかった。


「取り敢えず、二階へ上がるぞ」


 そうしてそそくさとエレベーターに乗った。

 ネイサンも慌てて、扉が閉まりそうなエレベーターに乗った。




 ブゥーン……




(うっ……なんだこの乗り物は。変な感覚で気持ち悪くなったぞ)


 エレベーターから降りたネイサンは少し気持ち悪くなり、思わず膝をついてしまった。

 そんな事もいざ知らず、老婆はまたそそくさと本の山まで歩いて行った。

 すると、奥から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。


「あ、育代いくよさん!」


 奥から現れた声の正体は男性で、20代半ばから30代前半くらいの歳だろう。

 とても背が高く、なかなかの色男であった。


「おやおや、まもる君。ごきげんよう」


 男は「まもる」という名前であるのと、老婆の名前が「いくよ」であることが判明した。


「ごきげんよう。育代さん、まだ新刊は出てないですよ。今日はどうされたんですか?」

「今日の目的は本ではないのじゃよ、ほれ」


 育代は手に持っている杖でネイサンを指した。


「も、もしかして…」


 ネイサンの顔を見た護は、ジリジリと詰め寄ってきた。

 底知れぬ恐怖を感じたネイサンは、へたり込みながら後ろに後退った。

 しかし護の方が一歩早く、ネイサンは捕まってしまった。


「もしかして、勇者ネイサン様ですかっ!?」

「え、あ、あぁ、そうだが……」


 すると、護は一度下を向き、再びネイサンの顔を見た。

 それと同時にネイサンの両手を掴んだ。

 その時の護の顔は、喜びに満ちていた。


わたくし、貴方のお話が凄く好きなんです!まさかお会い出来るだなんてっ…!」


 護は、生粋のオタクであった。


「あぁ、まさか自分の好きなキャラにこうして出会えるなんて…ブツブツ……」

「護君、水を差して申し訳ないのだが、そろそろ本題に行かせてくれんかの」

「ーーーハッ!そうでした」


 目をキラキラ輝かしていた護は、育代に急かされ我に返った。


「すみません、ネイサン様」


 護がネイサンの手を引き、ネイサンを立たせた。


「ここで話すのもなんですから、お店のバックヤードで話しましょう。育代さん、それで大丈夫ですか?」


 護が育代に許可も求めると、育代も左手でOKサインを出した。


「では、ネイサン様、育代さん。ご案内致します」


 護を先頭に、ネイサンと育代は店のバックヤードまで付いて行った。




 バックヤードの中はこれといって怪しい所はなく、ただ本や物で溢れかえっていた。

 護が物の山から、ある一つの物を取り出した。


「ネイサン様、この本を少しお読み下さい」


 それは一冊の単行本、ライトノベル小説であった。


「これは、書物か。だが俺は文字が読めないぞ」

「大丈夫です。必ず読めると思いますよ」


 ネイサンは護を一度睨んだが、仕方なくそのラノベを読んでみる事にした。


 本の表紙には剣を持った男性が描かれており、『どこにも無い、ここだけの世界』と書かれていた。


(これは書物の表題なのだろうか)


 そんな疑問を持ちながら、ペラっとページを捲ってみた。


「こ、これは…!?」


 適当に開いたページには、ネイサンや他の人の事が事細かく書かれていた。

 幼少期のネイサンとニイサンの事まで書かれている。

 ネイサンは懐かしく思い、暫く読み耽(ふけ)たくなった。


「懐かしい。そういえば、こんな事もあったな……」


 ネイサンはつい本音を洩らしてしまった。




 一体、どれくらいの時間が経ったであろうか。

 30分、いや、1時間?それとも、2時間?

 それ程にまで、時間の感覚が無くなっていた。


 ネイサンは一番初めから読みはじめ、なんと最後まで読み切ってしまった。

 そして、本をそっと閉じた。

 その目には涙が溢れており、頬に一筋の涙が流れていた。


「ネイサン様、こちらを」


 護がすかさず猫柄のハンカチをネイサンに渡した。


「護さん…ありがとう」


 ネイサンは護に感謝を述べ、素直にそのハンカチで涙を拭った。


「あぁ、本当に懐かしい。俺の幼かった頃の話が出てくるとは。あの頃は何をしても、全て苦しかった…」

「私も泣きながら読んでいました」


 護は涙が出ないよう我慢していたのか、声が少し掠れていた。

 そんな空気の中、ずっと待っていた育代がネイサンに訊ねた。


「それで勇者ネイサン、この本の物語に出てくる人物はおぬしで間違いないかね?」

「……あぁ、このネイサンは俺の事だ」

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