ラノベ勇者は日本に転生して仲間と共にスローライフを楽しみます

齋藤 リョウスケ

第一章・転生編

第1話 勇者は日本に転生する

 ある世界のある王国のある屋敷のとある一室。

 そこにはベッドに横たわっている老人が1人と、それを取り囲む大勢の人々で群がっていた。


 老人の名はネイサン。

 ココダーヨ王国の勇者である。

 世界を支配しようとしていた大魔王・メチャワールを4人の仲間達と共に見事倒した勇者である。


「兄さん…兄さん…!」


 ネイサンを呼ぶ声の主は、ネイサンの右手を両手で包み込んだ。


「おぉ、その声は我が弟…ニイサンじゃな」


 ネイサンの弟、ニイサンである。

 ニイサンは普通の人より体がとても弱いが、誰よりもネイサンを慕(した)い、そして、誰よりもネイサンを兄として、勇者として誇りに思っていた。


「ニイサン、そろそろ行かなくてはならない」

「うっ…うっ…」

「泣くでない、誰もが通る道なのだ」


 ネイサンは咽び泣くニイサンを慰めた。

 しかし、それでも尚ニイサンは泣き止む事は無かった。

 何故なのか……


 今まさに、ネイサンは天寿てんじゅを全うしようとしていたのだ!


「ネイサン様!」


 ニイサンでは無い誰かが、急にネイサンのもう片方の手を握ってきた。

 その声は女性のものであり、手の感触は程よく柔らかかった。


「ん?……その声はもしや……セラか?」

「はい、そうです。ネイサン様」


 片方の手を握ってきた人物は、かつてネイサンと共にメチャワールを倒した一人、エルフ族で白魔道士のセラであった。


「ハハッ…この世を去る前にかつての仲間に会えるとは……もう、思い残す事は無いな」

「そんな事…そんな事、言わないでください、ネイサン様!」


 セラが泣き叫ぶと、周りに居た群衆も一斉にワッと泣き始めた。


 群衆が泣いていると、部屋の扉が急に開かれた。

 そこから何人かの甲冑を着た兵士と、赤いマントと王冠を被った青年が現れた。


「あ、新しい国王様だっ!」


 群衆の中の一人がそう叫ぶと、人々は海が割れたかの様に分かれた。

 そして、全員座り込み、頭を平伏ひれふした。


「……皆の衆、頭を上げてもらって構いません」


 新国王の優しい声色が群衆の頭を上げさせた。


「あー、有難き幸せ……」


 群衆の誰かが小声で囁いた。

 新国王はネイサンが寝ているベッドの前まで歩き始めた。

 ザッザッザッという小気味良い足音が聞こえる。

 ベッドの前まで来ると、急に立膝をついた。


「勇者ネイサン様…」

「今度は国王様かい?ダメですよ、貴方は立膝をついてはいけない」

「ですが…」

「ですが、ではありません」

「……分かりました」


 新国王は仕方なくネイサンの言う事に従った。


「ハッハッハ、チル君、君はまだまだ幼いね」

「貴方と父がとても偉大過ぎるのですよ」

「そう言ってくれると、私も君の父も喜ぶよ」


 ネイサンとチルは共に微笑んだ。

 が、すぐにチルの顔は悲しみへと沈んだ。


「……ネイサン様、私は国王として民を導けるか分かりません。不安で仕方がないのです」

「大丈夫…自分を信じなさい。そして、周りの皆んなを信じなさい」


 ネイサンはニイサンの方を向き、


「私は自分を信じ、勇者になった」


 今度はセラの方を向き、


「そして、皆んなを信じたからメチャワールを倒せたのだ」


 そして、最後にチルに顔を向けた。


「だから、君も国王として己を信じ、そして、皆んなを信じれば良い」

「ネイサン様…ありがとうございます!」


 チルはネイサンに感謝を述べ、そして、心の中でネイサンの言葉を復唱した。


「フゥー……」


 ネイサンは大きく一息を吐いた。

 同時に頭を枕にボフッと置いた。


「さて、私もそろそろ時間だ」

「に、兄さん…もう行ってしまうのか?」


 目を赤く腫らしたニイサンが悲しげに訊く。

 すると、ネイサンはニイサンの方を向いた。


「あぁ、すまないがそろそろ…みたいだ」


 そして、ネイサンは天井を向き、


「では…行ってくる」


 たった一言、小さく、囁くように目を閉じながら添えた。


「兄さん…兄さん……!」

「ネイサン様っ!」


 ニイサンとセラとその他の群衆の泣き叫ぶ声が聞こえる。


(あぁ、私はこんなにも愛されていたのか。最後に知れて良かった)


 そして、こう思った。


(もし…もし生まれ変われるのであれば、また人間でありたい)


 ネイサンは願った。

 強く強く願った…。


 いつしか、皆んなの声がだんだん遠くなり、ネイサンは悠久の眠りについた。




(……な、なんだ…凄く眩しいぞ。俺は天寿を全うし、深い眠りについたはずだぞ。……ん?俺?)


 悠久の眠りに就いたはずのネイサンであったが、突然目の前が明るくなった事と自らの一人称に混乱した。


(目を、開いてみるか…)


 ネイサンは意を決して目をカッと開いてみた。


「!?」


 ネイサンの眼前に広がる風景は、かつてネイサンが生活していた風景は何一つ無かった。

 それはあまりにも未来的過ぎるものである。


(ここは…何処なんだ!?)


 一度、自分の位置から動かず、ぐるっと回ってみた。

 色んな人々が行き交っていた。

 ネイサンが生きていた頃に似ている半袖半ズボンの服装もあれば、格式が高そうな服装で手に革のバッグを持っている人もいた。


(髪の毛を緑色に染めて、鶏冠とさかみたいにしている人もいるが……あれはおしゃれか?)


 ネイサンはこれ以上、深く考えるのをやめた。


 ふと、自分の格好を見てみると、白いTシャツを着ており、その上に水色のシャツを羽織っていた。

 ズボンは七分丈の薄茶色のパンツ、というかなりラフな格好であった。

 ネイサンは自分の格好にも少し驚いたが、特に気にしない事にした。


 もう一度、建物に着目してぐるっと回ってみるた。

 やはりネイサンが知るような物は無く、大きな建物がずらっと建っていた。


 ガタンガタンッ…ガタンガタンッ…!


(今度はなんだ!?凄く大きい音がしたぞ!)


 ネイサンは音がする方を向いた。

 そこにも大きな建物がそびえ立っていた。


(ん?あれは……)


 その大きな建物には大きい文字が書かれていた。

 それはネイサンの知る文字ではなかったが、何故かネイサンはそれが読めた。


(あき……は……ばら……?)


 ネイサンは首を傾げた。

 それは自分が知らないはずの文字を読めた事と、その文字の意味にである。


(おかしい。俺はこんな文字、見たこと無いはずだ……あと、なんでこんなに暑いんだ!)


 建物から目を逸らし、太陽に目をやってみた。


(俺が生きていた頃の日差しと同じはずなのに…なんて暑さだ…!)


 さすがに眩しく思い、ネイサンはもう一度『あきはばら』と書かれた建物の方を見てみた。


(うーん、よくわからん。ここが天国なのか地獄なのかすら……)


 ネイサンが考察していると、後ろからしわがれた声が聞こえてきた。


「おい、おぬし…」


 ネイサンはまだ考察していた。


「おい、そこに立っているおぬし…」


(いや、そうではないはず…)


「おい、聞こえてんだろっ!この餓鬼がっ!」

「んっ、何!?ガキだと!?」


 ネイサンはすぐさま臨戦態勢をとった。

 ガキとは鬼の三兄弟で、ネイサン達を苦しめたボス的存在である。


「ガキ!何処にいる!……ん?」


 ネイサンが後ろを振り向くと、そこには一人の老婆が杖を突き、腰を曲げて立っていた。


「やっとこっちを向いたか、全く…」


 老婆は大きなため息を一つ吐いた。

 そして一言、ネイサンに告げた。




「あんた…ラノベ勇者、じゃろ」

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