〈2〉
「それって――」
脳裏を懐かしい面影がよぎり、わたしは息を呑んだ。
「答え合わせの続きは兄さんたちに会ってからだ」
カロンにいさんに促されるまま、のろのろと歩きだす。
とんでもない手がかりに頭の中がぐちゃぐちゃだ。意識を切り替える間もなく目的地に着いてしまった。
通されたのは〈上の城〉の最上階、国王夫妻の御座所の一室だ。ごく私的な居間という印象で、装飾や調度品はあたたかみのある色合いで揃えられている。
壁の一面は大きな窓扉になっていて、冬の陽が射しこんでいた。
やわらかな光を背負い、この国の王と王妃が佇んでいた。
部屋の外で待機しているというカロンにいさんに送りだされ、わたしはひとり国王夫妻の前で立ち尽くした。
われに返って慌てて頭を下げると、深みのある男性の声が聞こえた。
「顔を――上げてくれ。近くに来て、よく顔を見せてくれないか」
父の声によく似ている。親子なのだから当然だと思い、ああ、これが兄の声なのだと無性に泣きたくなった。
崩れそうな膝に力を入れて体を起こす。
豊かな黒髪を背で束ねた男性と、美しい栗毛の小柄な女性が寄り添い合っていた。ふたりとも壮年というには若々しい。
男性の甘やかだが精悍さを併せ持つ容貌は父そっくりに思えたが、猫めいた金緑色の瞳は母譲りだ。上背に欠けるが鍛えられた体躯を黒色の
隣の女性は、まるで少女のように可憐だ。
白く透ける膚と艶やかなくちびる、濃褐色のまなざしは気品を湛えながらどこか物憂い。たっぷりとした巻き毛を結い上げ、銀鼠色のドレスの襟元から水鳥のようにほっそりとした首を晒している。
その
なんとか脚を動かして進みでると、大きな両手が伸びて頬を包みこんだ。
「大きくなったなぁ」
男性が――アレクにいさまが笑み崩れた。
「最後に会ったのは四つのころだったな。いつも親父に抱っこされてた甘ったれのちびすけが、自分の脚で会いにくるまででっかくなっちまった」
思いがけず砕けた口調に戸惑っていると、アレクにいさまは息を詰まらせたような表情でわたしを抱きしめた。
「無事でよかった。怖い思いをさせて、すまなかった」
嘘偽りのない、心からの安堵と謝罪の言葉だった。
幼いころ何よりも大好きだった母の抱擁が、歩き疲れてはせがんだ父の大きな背中がよみがえり、わたしはたまらず兄を抱き返していた。
「にいさま」
「そう呼んでくれるのか」
「だって、にいさまはわたしのにいさまでしょう?」
わたしは泣き笑いながら言った。
「孤児院のにいさんねえさんから、アレクにいさまのことを山ほど聞かされたわ。みんな決まって言うの、本当のにいさまがいるなんて羨ましいって」
孤児ばかりの環境で、実の両親と兄がいるわたしはどうしようもなく異質だった。血を分けた兄の存在は、希望にも似た支えのひとつだった。
「だから、会えて嬉しい。本当に嬉しいのよ」
「――ありがとう」
アレクにいさまはわたしの背を撫で、そっと抱擁を解いた。
「リカ」
歌うように澄んだ声。歩み寄る栗毛の女性――ユーリ先生に向き直った。
繊手が肩に置かれ、労りをこめて撫でさする。先生の両目は潤んでいた。
「手紙を読みましたよ。敵陣の中でよく耐え忍び、少しでも多くの情報を届けようと努めてくれましたね。おかげでより有効な策を練ることができました」
「先生……」
「父君と母君はご無事です。おふたりは王家の離宮で保護して、母君には必要な治療を受けていただいています。孤児院も警護の兵が守っていますから、安心してちょうだい」
先生の言葉に張り詰めていた最後の糸が切れ、わたしはへなへなと座りこんだ。
「リカ!?」
慌てふためく兄夫婦の前で、子どもに返ったように声を張り上げて泣いた。マイアさんにしてもらった化粧が台無しになるのもかわまず、ただただ泣きじゃくる。
たおやかな両腕にそっと抱き寄せられた。
先生の胸からは、清かな花の香りがした。
「ご両親や孤児院を守ろうと、ずっとがんばってきてくれたのね。本当にありがとう。すぐに助けてあげられなくてごめんなさい」
あやすように背中をさすれ、わたしはしゃくり上げながら何度も頷いた。
「あなたに話したいことがあるの。聞いてもらえるかしら?」
ひとしきり経って嗚咽が治まったころ、やさしく問いかけられる。
絹の手巾で涙を拭われたわたしは、気恥ずかしさに俯いて「はい」と応えた。
小さな卓を囲むように配置された布張りの長椅子まで案内され、先生と並んで腰を下ろす。
「さて」卓を挟んで斜向かいに座ったアレクにいさまが身を乗りだした。
「話の内容は主に三つだ。おまえに王妹だという事実を知らせずにいた理由と、今回の騒動の原因。それから――おまえの今後について」
今後。トゥスタのローゼリカであるわたしの、これからについて。
わたしにひたと据えられた金緑色の瞳を見つめ返す。
「教えてください」
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