オレの元カノから脅迫メッセージが届いたんだが

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オレの元カノから脅迫メッセージが届いたんだが

「おーい、遥香はるかー。いるかー?」

 妹の部屋の扉を二回ノックしながら呼び掛ける。

 待つことしばし、扉がわずかに開かれ、隙間から中三の我が妹が怪訝けげんそうに顔を覗かせた。

「どしたの、おにい。なんか用?」

 ああ、いた。やっぱりいた。

 そりゃまあ、いるに決まってるんだよなあ。

「いや、別に用はないんだが……。ちゃんと家にいるかと思ってさ。所在確認ってやつ」

「はあ? いるに決まってるじゃん。ついさっきまで夕飯いっしょに食べてたでしょ? 大丈夫? アルツハイマー?」

「今日の夕飯がロールキャベツだったのは覚えてるから、アルツハイマーじゃないと思うぞ。……まあ、いるならいいんだ、いるなら」

 ここで、迷惑そうだった妹の顔がちょっと心配そうな表情に変わった。

「ほんと、どうしたの? もしかして急性妹中毒にでもなった? 私の顔見ないと死んじゃう体になった?」

「慢性兄中毒の妹がいるから遺伝的に可能性はあるかもしれないが、今は違うぞ」

 ドゲッ、と脚を蹴られた。しかもかなり本気で。

「さっさと出てけ、バカアニキ!」

「いってぇ! 待て待て! オレだってこんなもの見なきゃ、夜の八時に妹の部屋に凸したりしない!」

 そう言って、オレは妹の顔前にスマホの画面を突きつけた。

 表示されているのは、Line のメッセージ画面。



  オマエの妹はあずかった。 19:47



「…………なにこれ?」

 眉をひそめながら画面を覗き込んだ妹が、ポツリと呟く。

「なんだろうな?」

「いや、私に訊かれても……」

 思わず顔を見合わせるオレと妹。オレが首をかしげて見せれば、妹は人差し指をこめかみにあてて目を細める。

 家の廊下で兄妹がパントマイムを演じている様は、端から見ればさぞ滑稽な光景だろう。

「このプロフィールアイコンって、清美ちゃんだよね?」

「ああ」

「なんで自分の彼女から脅迫文が送られてくるの? バカなの?」

「オレがバカかどうかは関係なくない? あと、もう彼女じゃない」

「は?」

 清美は高ニの春から付き合い始めたオレの彼女だ。妹とも仲が良くて、家に遊びに来たときなんか、オレより妹と話してる時間のほうが長かったりしたくらいだ。

 なのについ先日、三ヶ月以上続いたその関係が突然終わりを告げた。

「別れたの?」

「うん」

「いつ?」

「……先週」

「バカなの?」

「だからオレがバカかどうかは関係な……。いや、この件に関しては可能性あるのか?」

 思わず腕組みしながら考え込むオレを見て、妹が呆れたように盛大なため息をついた。

「はあ。お兄みたいな中の下スペック男子が、あんなカワイイ彼女をむざむざ放流するなんて……」

「放流したのはオレじゃないけどな」

「ああ、されたのか」

 納得! みたいな顔で頷くな。こいつムカつく。

「まあ、そこらへんは後で詮議せんぎしよう。それで、この謎の犯行声明はなんなの?」

「オレが訊きたいよ。オレ、オマエ以外に妹いないよね?」

「やっぱりアルツハイマーか……」

「なあ。念のため、ちょっと親父おやじに隠し子いないか訊いてきてくれない?」

「……やだよ! そんな家庭崩壊待ったなしのお問い合わせ」

 その妹の反応を見てピンときた。

「そうか。これは我が飯野家に亀裂を入れようとするあいつの陰謀だったのか……」

「なに、そのタワマン最上階からスポイトで毒を垂らすような回りくどい陰謀は?」

 そして妹は腰に手をあてると、オレが手にしたスマホをピッと指差した。

「バカなこと言ってないで、とにかく返信してみなよ。清美ちゃんの方からメッセくれてるんだから」

「返信って、なんて?」

 これは、この状況下では当然の疑問だろう。

 元カノからの「お前の妹はあずかった」というメッセージに、いったいなんて返事をすればいいんだ? しかも当の妹の前で。あまりに非日常的、かつ荒唐無稽すぎて、返す言葉が浮かばない。

 そして妹自身も、この難題を即時解決とはいかないらしかった。

「し、知らないよそんなこと! 自分の元カノのことなんだから自分で考えれば!?」

 ひどい。仕事を無茶振りしてくるクセに、助言やサポートをまったくしない無能上司みたいだ。

 しかたなく、しばらく沈思黙考するオレ。

 そして意を決し、スマホの画面をポチポチと操作する。



         商品到着のご連絡、まことにありがとうござ

        います。

         尚、返品につきましてはいっさい受付はいた

      20:11 しかねますので、あしからずご了承下さいませ。 



「誰が商品か。誰が」

 後ろからスマホの画面を覗き見していた妹にチョークスリーパーをかけられた。頸骨がミシミシとイヤな音を立てる。

「待て、ちょっと待て」

 必死のタップの甲斐あって、やっと妹の締め付けが緩んだ。

「これはあいつの目的を探ろうとだな……」

「こういう時に相手の目的を探るんなら、『そちらの要求を聞こうか』とか返すのが普通なんじゃないかな!?」

 そんな妹の抗議の声をさえぎるように、Line の着信メロディーが廊下に響き渡った。



  申し訳ありません。間違えました。

  オマエの妹のハートはあずかった。 20:13



「やだ、清美ちゃんてばイケメン!」

「うわあ。なんて礼儀正しい脅迫文」

 二人の反応の温度差がひどかった。

 まあそれはさておき、とりあえずいまだ清美の目的が不明なので、再度メッセージを送ってみることにする。



         商品到着のご連絡、まことにありがとうござ

        います。

         尚、返品につきましてはいっさい受付はいた

        しかねます。クーリングオフ制度につきまして

        も対象外となりますので、あしからずご了承下

    20:15  さいませ。



「しないよ!? 清美ちゃんは私のハートをクーリングオフしたりしないよ!?」

「オマエ、どんだけあいつのこと好きなの? 百合なの?」

 そこに、再度Line の着信メロディー。



  度々申し訳ありません。また間違え

  ました。

  オマエの妹のお気に入りパンツはあ

  ずかった。            20:18



「な、なんだとおぉぉぉぉぉぉぉーーー!!!」

 衝撃の内容に思わず絶叫した。

「なんでお兄が動揺してんの?」

「だ、だっておま……!!! あのライムグリーンのカワイイのが敵の手に落ちたんだぞ! オマエこそなんでそんな冷静なん……」

 言い終わる前に、ガキッと喉元を掴まれる。

「なんで私のお気に入りパンツのことを知っている? コロすぞ」

「す……すいま……すいません」

 もしあの時Line の着信がなかったら、オレの気道は完全に潰されていたに違いない。



  妹のパンツの命が惜しければ今日の

  20:30、身代金300円を持って公園前

  のコンビニまでこい。

  こちらの要求が通らなかった場合、

  妹のパンツは明日、うちの学校の校

  庭で校旗と共にはためくことになる。 20:22



「鬼か貴様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!!」

「落ちついてお兄! あったから! あのパンツ、ちゃんとクローゼットにあったからあああ!!!」

 その妹の叫びは、オレの耳には届かなかった。

 オレは財布をひっつかむと、夜の町へと駆け出した。




 それから二日後のこと。

 オレは妹の部屋の床に正座させられていた。目の前には、脚を組んでベッドに腰かけた我が妹様。

「お兄。聞いたよ、この前の騒ぎの裏話」

 妹のオレを射貫かんとするような視線と冷たい声に、身動き一つままならない。

「どこからお耳に入りましたか、その話」

「清美ちゃんから電話きた」

 まあ、予想どおりだった。ていうか、妹がこの話を知るルートは他にない。

「まあ、清美ちゃんは喜んでたけどね。お兄とまた話せるようになったって」

 そこでいったん言葉を区切り、妹はオレをジロリとすがめた。

「……まったく、こんなののどこがイイんだか」

 失礼な。オレにだって色々とイイとこあるでしょ? 妹のパンツを逐一把握してるほど妹思いなとことかさ。

「それよりお兄、どういうこと?」

「どういうこと、とは?」

「彼女から『別れよう』ってLine 来て、なんで『分かった』の一言で済ませられるワケ?」

「え? だって清美が別れたいって言ったから……」

「いやいやいや。別れたい理由訊いたり、引き止めたりするでしょ、普通」

 なんか、リードを木に絡めて動けなくなった犬を見るような目を向けられた。

「でもさ、理由訊いたって向こうの気持ち変わるワケじゃないし、引き止めたりしたらウザがられるかな~って……」

「……どうしてくれよう、このバカアニキ」

「そういうこと、低い声でボソッと言うな。割と素でコワい」

 あの夜、コンビニの前で目を潤ませて立っていた清美から聞いたところでは、先週の別れ話はオレの気持ちを試すためのフェイクだったんだそうな。別れたいと言われたオレが、どれだけ必死に自分を引き止めるか、みたいな。

 ところが予想に反してオレがあっさり承諾したため、引っ込みがつかなくなったらしい。

「にしてもさ、別れ話がウソだって説明しようとするのは分かるけど、呼び出す手段が脅迫ってなんなの。しかも一週間も経ってから」

「たとえウソでも、自分から別れようって言っちゃったんだよ? 気まずいに決まってるじゃん。そういうの分かんないからダメダメなんだよ、お兄」

 なんか、木に絡まったリードをほどこうとして、自分の首にリードを絡めてしまった犬を見るような目を向けられた。

「だいたい清美ちゃんをそんなに不安にさせたのって、お兄がワールドクラスのヘタレだったせいだからね?」

 脚を組み替えた妹が、ずいとこっちに身を乗り出してくる。

「どうせお兄のことだからエッチはまだだと思ってたけど、まさか3ヶ月も付き合って手しかつないでなかったなんて。そりゃ清美ちゃんだって不安になるよ」

 ああ、そうかあ。

 女のコってそうなのかあ。

 他の男がどうなのか知らんけど、オレからしたら大切なものほど迂闊に手を触れられないんだよなあ。

 けれど、そんな弁解したところで妹に火だるまにされるのは目に見えてること。オレは黙って目を逸らし、鼻の頭を搔いてごまかした。




 それから二週間。夏休みに入ってしばらく経ったある日の午後。

 ベッドに寝転んで動画サイトでゲームの攻略動画を漁っていると、部屋のドアがノックされた。

「誰ー? 入っていいよ〜」

 ベッドから起き上がるのも面倒くさい。オレは動かん。働かん。

「お兄、いるー?」

 意外なことに、入ってきたのは妹だった。コイツがオレの部屋に来るなんてこと、滅多にないんだが。

「どした? なんか用か?」

「いや、別に用はないんだけどさ……。ちゃんと家にいるかと思って。所在確認ってやつ」

「はあ? いるに決まってるだろ。ついさっきリビングですれ違ったろ? 大丈夫? アルツハイマー?」

「さっきリビングで麦茶飲んだのは覚えてるから、アルツハイマーじゃないと思うよ。ていうか、私だってこんなもの見なきゃ、お兄の部屋に凸したりしないよ」

 そう言って、妹がスマホの画面をずいと向けてきた。

 表示されているのは、Line のメッセージ画面。



  オマエの兄はあずかった。 14:31



「……オマエ、彼氏にいったい何したの?」

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