第69話 スマイル・ハート

 帰ろうとしていた圭一と真司は、セキによってソファの奥まで押し戻され、ハクとセキに挟まれて逃げようがない位置に座った。暴力団の組員に見えるセキの登場で、空気がガラリと変わった事をふたりは感じた。

「おい……なんだよこれ」

圭一が真司に聞いた。

「知らないよ、俺が聞きたい……」

真司も何が何だか分からず答えた。

「男だってわかった途端手のひら返し、お前らの〈女〉神話マジうぜえわ」

ハクが本気で気持ち悪いものを見る目つきを見せた。

「通りすがりのギャル2人と撮った写メだけで引っ掛かるなんて、単純で助かったわぁ、もっとも、ブログやってて写真アップするって言っただけで、知らない人とノリノリで写真撮る子達が普段の相手なんだろうから、しょうがないけどねー」

まみは呆れて言った。

「いったいおまえら、何だよ? 何が目的なんだよ!」

ハクとまみが言った事に対して、〈マル暴〉絡みの〈美人局〉とは違うと感じた圭一は、冷や汗が背中を伝い、気持ちが悪くなってきた。

「さあなあ、人体実験じゃね?」

ハクはバーボンを注ぎながら無関心そうに言った。

「何だよそれ、正気か? 警察沙汰じゃんかよ!」

真司が恐怖心を抑えて声高に叫んだ。

「こんな事して、親父に知れたらタダじゃ済まないぞ!」

圭一も負けずに声を上げたが、それを聞いたハクとまみとセキは顔を見合わせて、一斉に吹き出した。

「おーっ、もーっ、ウケる。パパ出て来ちゃったよパパ!」

腹を抱えて笑うハク。

「ママは? ママも出て来る⁈ 圭一く〜ん、いくちゅ〜? みっちゅー?」

まみも笑いこける。

「……ダセ」

セキは小さく言った。

あからさまに馬鹿にされて笑われたので、圭一は恥ずかしさと怒りで、眩暈を覚えた。

「俺たちをどうするんだよ……」

真司が青い顔を向けて小さい声で聞いた。

「生皮穿いだりしねえから、大人しくしとけ」

セキがタバコに火を付けて何気に言ったのだか、それが逆に恐怖を呼び、圭一と真司はギョとした。

「臓器売買とかもしねえしな」

ハクが脅しに拍車をかけた。

「そうそう、もう直ぐ薬が効いて来る筈だから、静かにね〜」

まみが鼻歌混じりに、自分用カルピスサワーを作ってる。

「く、薬……⁈」

圭一と真司が同時に喋った。

「そー。圭一くんのカバンに入ってたヤツ〜、気付かなかった?」

さっきから頭がクラクラしてたのは、そのせいだと気がついた真司は焦った。

最初にまみが自分に擦り寄って来たのは、カバンからそれを盗む為だったのだと、完全に嵌められたと圭一は悟った。

「ましゃ……さいしょっ、しょの……」

薬が舌に効き出し呂律が回らない圭一。

「最初のビールに3錠ずつ混ぜといたの、なかなか飲み干さないから、気が付かれたのかと思って心配しちゃった、でもふたりとも、バカ舌の色ボケで良かった〜っ」

「1錠でも効くのに……3倍かよ」

ハクが呆れて呟いた。

圭一と真司は襲いくる眠けに抵抗したが、周りの声が聞き取れなくなってくると、ふたりの目の焦点が合わなくなり、全く動かなくなった。

「……落ちたな」

セキが煙草の火を揉み消し、新しい煙草に火をつけた。

「さて長居は無用。と、その前に。こいつの奢りだよな?」

ハクは真司の懐を探って財布を出した。

「ひーふー、と、これで足りるか。まみ、お前このふたり連れ出して先に出ろ、手ぇ離すなよ」

札を取り出した財布を真司の後元に戻し、大の男ふたりをゆっくりと立たせる様に先導した。すると驚く事に圭一と真司は拙い足取りながら歩き出した。

「すっご〜い、本当に歩いてる〜! これで意識ないの? マジで?」

まみは意識が飛んでる筈の人間が、夢遊病者の様に歩いてる姿に驚いた。

「だからさ、これ使って意識のないとこでやられても、一緒に歩いてホテルに入ってたら『合意の上』になんだぞ? こーゆー薬持ち歩いてる奴らに、遠慮要らねってわかんだろ」

「うん、ヤバいね」

と言いつつも、大の男ふたりの間に入り、支えつつ面白がってるまみにハクの白い目が飛ぶ。

「何喜んでんだよ、さっさと行けって」

「え〜、サキちゃんのケチいー。あ、でもぉ、いおみくん待ってなくて良いの?」

まみが弾む声を出してハク達に聞いた。

「あいつなら、買い物行くって先に行っちまったぞ」

男ふたりを抱えながら浮き足出すまみに、セキが返答した。

「買い物ってなによ?」

ハクが不思議そうな顔で言うと、セキは肩をすくめ分からないとゼスチャーで答えた。

「やーん、まみも一緒に買い物行きたかったーっ、今から追いかけたい〜」

まみが地団駄を踏んで悔しがった。

「それ無理。コイツら自然に表に連れ出せる女子は、お前か北斗晶しかいねぇだろ」

意識混濁してる大の男ふたりを、支えて歩く腕力があるのは、普通の男子でも無理だとのたまうハク。

今にもこの場を突破して追いかけそうなまみに注意した。

「えええ〜? なによ北斗晶って! 失礼しちゃうっ」

北斗晶が代名詞になる事に、憤りを感じる女子寄り男子。

「じゃあジャガー横田な」

ハクが真面目な顔で訂正した。

「……何故に吉田沙保里が出ないかは置いといて、ジャガー横田でランクアップした気がするけど、DV男の一時の優しさに丸め込まれてる感あるのは何でなの」

人類最強女子の吉田沙保里、女子プロレスラーの北斗晶とジャガー横田に横並びで、メンバーがチート過ぎて笑えない〜からの、女子扱いで心をくすぐられて、怒れない複雑な乙女心解放中のニューハーフ(工事前)である。

「気のせい気のせい。とにかく、〈防犯カメラに女と歩いて店から出る男二人〉演出してくれよ」

「もう〜! サキちゃんがまみの恋の邪魔する〜、助けて、いおみく〜ん」

神様お願い、的に一臣に助けを求めるまみ。

「ああ、はいはい。じゃあ早くいけばそれだけ早く、愛しの〈いおみくん〉に会えんじゃね?」

「きゃーん!」

ハクはまみを急かして部屋から追い出し、まみも早く行けば早く一臣に会えると喜んで、両脇のふたりの男を持ち上げ急いで歩いた。

「カレリンかよ……」

その姿を見たセキは、迷わず人類最強男子の名を言った。



「え〜、そんな役やだなぁ」

まみが楽屋で化粧を落としながら、ハクに不満を述べた。

流衣が出発した次の日の金曜日の夜、もう十二時をまわり既に日付は土曜日になっていた。

場所は繁華街の国分町、にあるビルの三階。『玉姫伝』はゲイバー兼、ニューハーフバーのショーパブである。ショーがメインではあるが、客を無限別に後ろからハリセンでぶっ叩く芸を披露し、濃いドラァグクイーン的なメイクをしたオカマに叩かれて喜ぶ客と、それを見て盛り上がる客席一体型パブなのである。

「何で? 龍希なら朝飯前だろ?」

ハクは小学生の同級生でスポ少のチームメイトだった西條龍希に話を持ちかけていた。

 小6で150センチに届かない身長から繰り出される、時速70キロ越えの的中率の高い龍希のアタックは、敵から『トルネード・アタック』と命名され、回転のかかったボールは掴みにくく、アタック成功率は8割は超え、それを支えたのは発達した上腕二頭筋と背筋で全国大会でその名を知れた猛者である。そして今だに筋肉は落ちず、それらを隠すために肩からゆったりシルエットの服しか着れない龍希こと源氏名まみ。

「だからぁ、できる出来ないじゃなくてぇ、そーゆー犯罪ギリギリの事って好きじゃないもん」

「相手の奴らの方がギリギリどころか、犯罪もんなんだから、そこ気にしなくてよくね?」

ハクは楽屋の鏡の前にいるまみの隣に座り、何とか説得しようとする。

「だからさー、そのナンパ師ってのがそもそも大嫌いなのよね、アイツらアタシらみたいなマイノリティを、作り物の極悪不良品みたいな目で見るんだもん、ほんっと失礼しちゃう!」

「それ利害関係一致してね?」

「してな〜いっ、関わりたくな〜いっ、見たくな〜い」

「でもさ、お前小さくて女にしか見えないし、ドッヂボール引退した後、中学でハンドボールやって、筋肉増強してるから、いざとなったらそいつら締め上げられんだろ?」

「ハク……それ褒めてないし、ギリギリ悪口だかんね?」

「お前が適任なんだって、頼むよ」

「まみはそんな事やりたく無いでーす!」

「マジか〜」

そこまでハッキリと断られると、もう仕方ないと諦めるハクに、開け放されている楽屋の扉にノックする音が聞こえて、振り返ると一臣が立っていた。

「悪い、龍希がどうしてもやりたく無いって、きかないんだよ」

龍希から離れて一臣に近づいて行き、断られた事を告げる。

「そうか、仕方ないね」

ナンパ師のふたりを後顧の憂いなく誘き出す為に、女装できる男子が最適だと考えた一臣は、ハクの友達にニューハーフがいると聞いて、最良な作戦だと思って頼んでみることにしたがその本人に断られ、他の方法に切り替えることにした。

「あのさ……提案だけどさ」

ハクが一臣の顔色を見ながら恐る恐る聞いた。

「なに?」

「流衣が帰ってくるのを待って、この役やって貰うのはどうかなって……」

女子が関わると危険だからと立てた作戦を、根底から覆す提案をしてしまうハク。

「……ハク、おまえを蝋人形にしてやろうか」

一臣は無表情でハクを脅した。

「いえ。失言であります」

「だよね」

以前の一臣ならいざ知らず、感情が戻っていることを分かった上での無表情の脅迫は、ハクには脅しではなく、有言実行予告に聞こえた。

「これが一番効果的だと思ったけど、出来ないなら最初の予定通り、強制的に拉致るしかないかな」

「何だ、それならそれで行こうぜ」

ハクがホッとした様に胸を撫で下ろすと、後ろからトントンと肩を叩かれ、思わず振り返った。

「お話中にごめんなさい。ハク様、こちらの夢の中で逢えるような、美丈夫で凛々しい殿方はお友達かしら?」

振り返ったそこには、ハート型の潤んだ瞳で一臣をガン見してる龍希がいた。

「ハクさま……?」

あっという間にあざとい女子に変わった龍希に、変わり身が早過ぎで気持ち悪いとハクは思った。

「コイツが、その例のナンパ野郎共をおびき出したいって、言い出したんだわ」

ハクが親指で一臣を刺して言った。

「それはもう良い、帰ろうハク」

一臣はハクを促して出ようとした。

「まみにやらせて!」

一臣の腕にガシッと縋りついて引き留める龍希。

「そんなのは朝飯前の夕飯後! まみにかかれば、ナンパ男なんてチョチョイのチョイ! アコギな真似はおやめなさい! オープンハートで採れたてパッカーン、希望の力と未来の光、華麗に羽ばたく愛の心、光の使者! スマイル・マミにおまかせよ!」

ガツッとポーズを決めウインクする、スマイル・マミ。

「なにその歴代プリキュアちゃんぽん」

ハクの目覚まし、日曜日のヒーロータイム。

「真ん中『はなかっぱ』だけど」

受験生の朝食タイムでお馴染みだったアニメは、一臣に静かに注釈を入れさせる。

「あんなぁ龍希、おまえさっきまであんなに嫌がってたのにどうしたよ?」

「良い質問ね。たった今、聖なるゴルゴタの丘からアガベーを聖剣に注げとの神のお告げがありました。いざゆかん、愛の戦士」

ジャンヌダルク・ポーズで決めるマミ。

「博愛主義に瞬間移動すんのは勝手だが、キリスト教じゃ、ソドムの男は火炙りじゃね? バチカンから狙撃されねえように気ぃつけな」

一目惚れと素直に言わない同級生に、学童で得た漫画知識を披露しそれとなく釘を刺す。

「世界一小さい国バチカンの諜報サンタ機関アリアンザは、世界一優秀だからね」

父のパソコンの、ウキペディアが友達だったマニア小僧。

「いや〜ん、でもでもでもでも! 狙撃されてもいい! その役やってみた〜い! いい?」

ハクと一臣のツッコミなど、まるで効いてないオッパッピイまみは、一臣にすがり面と向かって頼み込む。

「……それは、どうも」

一臣は素直に同意した。

「ステキ……真正面から見るとますますいい男……。まみの乙女心がキュンキュンしちゃう、ああんもうっ、こんなに刺激を受けたら、奥深く眠っている男の狩猟本能が疼いてゲットしたくなっちゃう♡」

「結局、おまえ〈男〉と〈女〉どっちなん?」

ハクの素朴な疑問は完全に無視された。









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