第68話 スティング

「あー、も〜シンジくん、おそ〜い!」

「カラオケの個室に入って行くと、さっき真司の携帯の写メに写っていた真ん中の娘がカルピスをテーブルに置いて出迎える為に立ち上がった。

「この人がシンジくんの言ってた友達?」

「そ、圭一っての、よろしく、まみちゃん?」

道すがら真司に教わった名前を口にする圭一。

「よろしくで〜す」

160前後の身長で、ドロップショルダーの薄いピンクニットのワンピースを着て、潤んだパッチリとした瞳で、男好きする薄めのメイクをした、軽そうな女子を見て、圭一は直ぐにハードルの低さを感じ取り、楽勝ムードに高揚した。

「ちょっとシンジく〜ん。圭一くんカッコいいじゃん! 誰〜? 俺より劣るって言ったのーっ」

「へー、真司がそんな事を……」

圭一は咎める様な視線を真司に送り、横目で明るめボブで肉厚的な女のボディを確認した。

「え〜、まみちゃん、それ言うのルール違反じゃ無い?」

真司はまみをやんわり咎める口振りで言った。

「どうしてえ、だってホントの事じゃなーいっ、そんなこと言うなら、まみ、圭一くんに乗り換えちゃおうかな」

まみは小さく舌を出して、真司から離れると圭一の横に座り、すかさず腕にしがみついた。

「そりゃないよまみちゃん、俺のこと好みって言ってたのに」

真司は本気半分でむくれて見せた。

「言ったけど、さっきシンジくん、しょぼいこと言ったし〜、まみ、せこい人キラーい」

まみは益々圭一に縋りつき、圭一は勝ち誇った様な顔をする。

「俺せこくないよ、もう今日は全部俺が奢っちゃうし、まみちゃんのワガママ聞いちゃうよ? それで許してよ、ね?」

「え〜、じゃあ、許しちゃおっかなぁ」

奢りの一言が聞いたのか、まみは気を許した様にニマッと笑った。

「そうこなくっちゃあ!」

真司は後々の事を期待して喜んだ。

「あ、そうだ。2人とも飲み物頼んだ?」

「いや、来たばっかだし」

圭一が言った。

「もしかして、二人とも直接部屋に来たの? ここ最初の一杯は受付カウンターで頼む仕組みなんだ」

「そうなの?」

真司が驚いた顔で聞き返した。

「まみちゃん飲んでるの、カルピスサワー?」

「ううん、がちカルピ。まみお酒弱いもん」

「そうなの? 可愛いね。俺ビールが良いな」

「じゃあ俺も」

真司が無難にビールを選ぶと圭一も続いた。

「オッケー。待っててね」

まみはいそいそと注文をしに受付に向かった。

その軽い足取りを見て圭一が真司に話しかけた。

「……さっきの、お前に奢らす為の芝居じゃないか?」

「そのくらいの方が、簡単に持って行けていいんじゃないの、後は酩酊しない程度に酔わせるだけじゃん?」

「うわっ、お前タチ悪いな」

「圭一様ほどじゃありませんが」

ふたりは、やはり犯罪ギリギリのラインで女遊びをするのを良しとして、またそれを楽しんでいた。


「お待たせ〜!」

まみが生ビールを二つ持って帰ってきた。

「サンキュー。まみちゃん気がきくね」

真司は優しげな笑顔でまみを迎える。

「今ね、サキちゃんから連絡あって、今こっちに向かってるって、あと10分はかかるみたいだからぁ、先に乾杯しちゃお?」

「まみちゃんさ、カルピスで乾杯なくね? 少しアルコール入れようよ」

圭一が提案する。

「えー、少しって、どうやって?」

「ジャーン」

真司がポケットから、携帯ボトルを取り出した。

「ええ、びっくりぃ、それって、お酒?」

「20度の焼酎だから水みたいなもんだよ。少しだけ入れて雰囲気出そうよ」

「んー、ほんとに少し?」

「こんくらいね」

真司はカルピスの入ったグラスに、ペットボトルのキャップ一杯分の分量を注いだ。

「あ、そんくらいなら、大丈夫かな」

まみが安心した様に笑った。

「じゃ、この出逢いにカンパーイ!」

「かんぱ〜い!」

軽く盛り上げる真司の音頭でグラスを合わせて、真司と圭一はビールをゴクっと飲み、まみはグラスを握る様に持ってチビチビと口に含んだ。

「ところで、サキちゃんってどんな娘?」

おそらく自分の相手だろう女の情報を仕入れたい圭一が聞いた。

「サキちゃんはね、まみよりノリが良くってー、ふわふわの髪がキュートな子なの、居酒屋でバイトしてるから毎日遅いの」

「ああ、だからこの時間なんだ、十二時過ぎてるのに頑張るね、サキちゃん」

会話しながら、いつのまにかピッチャーでカルピスを頼み、二杯目は焼酎の濃度を濃くする真司。

「なんかさっきから、まみばっかり飲んでる気がする〜、二人ともビール減ってないよ〜!」

「そんな事無いよ、呑んでるよ、ほら」

圭一はジョッキを上げて見せると、3分の1残っていた。

「ほらー。まだ残ってる! 二人ともまみよりお酒弱いの〜? そーれーとーもー」

「まみちゃんもう酔ってんの? 本当にお酒弱いんだ」

圭一が真司と顔を見合わせた。

「それともー、酔うと出来なくなっちゃうタイプ?」

まみは上目遣いに、ふたりを見比べるように目を送った。

「へー」

真司が感嘆の声を漏らした。

「ひょっとしたら、まみちゃん物分かりのいいタイプ?」

圭一はニヤけた笑顔で言った。

「んふふっ。まみね、酔った男の人とHするの大好き」

真司と圭一はまた顔を見合わせて、今度は隠さずにニヤリと笑った。

「じゃあ、遠慮なく呑んじゃおうかな」

真司はそう言うと、残ったビールを飲み干し、圭一もそれに続き、直ぐにおかわりのビールを注文した。

「それでぇ、まみの担当はどっち〜?」

まみは酔って艶っぽく二人に問いかけた。

「俺、俺」

真司が手を挙げ立候補した。

「えーっ、真司くんなのぉ」

「ダメなの?」

真司が不安気な顔をする。

「うーんそうだなぁ、今日奢ってくれるって言うしぃ、真司くんでいいかな?」

「そう来なくっちゃあ、まみちゃん最高!」

「良いよな真司は可愛い子が相手で、俺はサキちゃんいちから口説くとするかな?」

見た目が良い圭一は、口説いてフラれたことがないのか、自身が漂った言い方をする。

「てかマジでサキちゃんってどんな娘? 乗れる娘?」

真司が気になってることを口にすると、まみは答えようと口を開いた。

「あー! やっとサキちゃん到着ー!」

言う前にドアのガラス窓から友人を目撃。すかさず大声と手招きで呼んだ。

ガチャとドアが開き、真司と圭一は同時に入口に注目。

そこに飛び込んできた人物を見て、ふたりは驚愕する。入口扉の上枠を屈んで入るくらいの長身、長髪で黒いレザージャケットを着た男だった。

「よっ、まみ、久しぶり」

ハクは、まみに軽く手を挙げて挨拶する。

「え、えっ、サキちゃん? コレが⁈」

真司の声がうわずる。

「そうでーす。まみのお友達のサキちゃんでーす! もーっ、遅いよー」

久々に会う友人に喜ぶまみ。

「いやいや、抱き付かなくて良いから。で、今日

奢ってくれるという奇特なお兄さんはこちら?」

と言って圭一に向かって手を向けるハク。

「ちがーうっ、そっちはお友達の圭一くん。こっちが奢ってくれる真司くん」

まみが真司に向かって、ハクの向きを動かした。

「あ、あの、サキってみさきとかの略じゃあ……」

真司が豆食らった鳩の様な顔で言った。 

「ああ、オレ佐々木だけど、ささきのサキ。よろしく〜っ」

「ひどいよまみちゃん、友達って男なの?」

「え〜? まみ、友達が女の子なんて一言も言ってないしー」

側で見ていた圭一は “やられた” と思った。

「つーかまみさ、お前に奢ってくれる男よく見つけたなー、お前〈枠〉じゃん?」

ハクは感心していった。

「枠……? なに〈枠〉って?」

真司がほうけた表情を晒す。

「ザルってまだ引っ掛かっとこあんだろ? それが何もねーから〈枠〉」

真司は騙された事に徐々に気付き、今更ながら冷や汗をかいた。

「……ちょっと真司と話して良いかな」

「どうぞどうぞ」

ハクはメニューを見ながら返事した。

「こいつらタカリだよ」

「わりぃ、変なのに引っ掛かっちまって……」

圭一は酒をタカるカップルに引っ掛かったと思った、逃げるにしても、ガタイの良い彼氏に殴られたら大事になってしまうと踏んで、直ぐに逃げるのは得策ではないと思った。

「いや、暴力団関係の美人局なら強面が来る筈だけど、そんな感じじゃ無さそうだ、このまま乗ったふりして、飲ませて酔わせて隙見て逃げようぜ」

「それしかないよな……」

真司は圭一の提案に頷いた。

「ふたりでコソコソしちゃって、なんとか談話かなー密約かなー? まさか、逃げちゃったりするソーダンかなー?」

ハクはふたりに釘を刺す体でマジな声を出した。

「いやまさか〜、こうなったら呑んで盛り上がろうぜ!」

真司はわざとらしく声を張り上げた。

脛に傷持つナンパ師たちは、ここで女に警察に駆け込まれるとマズイことを重々承知の上。ことを穏便に済ませる為に普通の飲み会の体でやり過ごす決心をしたのだ。

「サキちゃん何飲むー? まみはこのままカルピスサワー」

言いながら真司の携帯ボトルを取り上げて、自分のコップに全て注いだ。勿論アルコールとカルピスの量は逆転した。

「ここ飲み放? それアルコール半分だからいらねーわ。悪いけどバーボンボトルで注文してくんね? ジムビームでいいから、二本ね」

ハクはサラッと言う。

「ボ、ボトル?」

真司が吃って固まったので、ハクは自ら注文の為に受話器を取る。

「えー、サキちゃんボトルいっちゃうの? じゃあまみも! 真司クーン眞露ボトルでお願ーい、出来れば25度ね、あとカルピとウーロンピッチャーで!」

「オーライ」

ここで酒豪伝説を作る勢いのまみとハクに、冷や汗が脂汗に変わる真司と圭一は、軽い眩暈に襲われた。

「真司くんたちはー? 飲まないのぉ、全然減ってないよー?」

追加で来たビールにほとんど手をつけてないふたりにまみは言う。

そこに頼んだ物たちが到着し、運んできた店員が一瞬躊躇した。

「全部飲むから大丈夫でーす。あ、店員さんも混ざっちゃう?」

まみが軽くウインクしながら店員に向かって残さないアピールした。

「いや、そこじゃねえだろ。吐かねーし、汚さねーよ」

ハクが店員の憂いを晴らすと、店員は苦笑いしながら頭を下げて出て行った。

「んじゃ改めて、かんぱ〜い!」

新しく作ったサワーで盛り上がるまみとハクに対して、形だけグラスを合わせる圭一と真司。

「ほら〜、2人とも全然飲んでない〜」

乾杯の音頭に合わせても、ビールに口を付けないふたりにまみは言った。

「いや、俺たちはもう十分だよ」

「俺ら酒強くないしさ」

圭一と真司が、さっきまでとは別人の態度をとった。

「えーつまんな〜い。まみ、先に酔った方とHしようと思ってたのに〜」

まみの戯言にナンパ師達は少し色めいた。

「マジ?」

「ひょっとしたらまみちゃん4Pありなの?」

真司と圭一は好奇心に火がついたのか、身を乗り出した。

「え〜、あー、4Pかあ……」

まみはハクをマジっと見つめた。

「サキちゃんも参加する?」

「いや、遠慮するわ、何が悲しくて龍希のケツに突っ込まなきゃなんないのよ?」

ハクはラクリッツ・シュネッケングミ、『通称世界一不味いグミ』を、初めて味わったように顔を歪めた。

「はあ⁈」

圭一と真司は同時に驚きの声を上げた。

「もー、サキちゃんたら、あたしの本名呼ばないでよ」

アルコール濃度が高いカルピスサワーを、まみは水の如く飲み込んだ。

「お前男かよ!」

驚く真司はまみに向かって言った。

「そうよ?」

まみはあっけらかんと答えた。

「なっ……騙したのかよ!」

真司の声は怒りで震えた。

「イヤーん。サキちゃん聞いた? まみ褒められた〜! 女子にしか見えないって!」

「はいはい」

ショットグラスにバーボンを注ぎクッと煽る。

「か〜っ! このこの鼻の奥から脳天に突き抜ける感じ、たまんねー! タダ酒美味え」

ハクは純粋に自分の世界に浸っていた。

「真司、帰るぞ」

女相手じゃ無ければ関係ないと、見切りを付けた圭一は真司を促した。

ガチャ。

 出ようとした扉が開き一人の男が立ち塞がった。

肩を揺さぶり入ってきた男の風貌に、圭一と真司は戦慄を覚えた。

 ハンチング帽に色付き眼鏡をかけ、痩せこけて突き出た頬骨、一瞥しただけで目に焼きつく程の威圧感を醸し出し、組関係者にしか見えない背の高い男は、ふたりを押し戻した。


「まー、そう急がず、取り敢えず座れや」


セキはふたりの男を元居た席に座らせると、ふたりの動きを封じる様にどかりと腰を下ろした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る