第67話 ロックオン

「……疲れた」

ハクは夜中過ぎにアパートに帰ると、玄関扉の上にある壁部分に取り付けたフックに鍵をブラ下げた。背の高いハクにしか出来ない芸当である。

 古い1Kアパートの8畳の和室は、畳の他に家具を置く為の板張りのスペースが有り、実質10畳の広さがあるが、それでもキングサイズの真新しいベットは半分以上部屋を占領している。ハクはそこに転がるように横たわると、ドッと疲労感に襲われた。

「一臣の奴は殴り損ねるし “黒ひげ” の設定読み間違えるし散々だわ」

佐々木琥珀は『時玄』の従業員だがアルバイトである。ひとりで暮らしていけてはいるが、漠然と足りない分を趣味と実益を兼ねて、スロットライターとして小銭を稼いでいる。今日は流衣を見送りに行く為に、仕込みをマスターに任せたまでは良かった、しかし時間に余裕があった為に朝イチスロットを打ちに行くという、スロッターのサガを出してしまい、かなり後悔していた。

「5.5.1じゃ無くて5.5.6って何だよっ」

スロットの設定は1〜6まで、1が辛くて6が甘い確率。本来は6設定が一番出る筈が、1設定が連チャンし、6設定が単発オンリーの事もある。機械の癖もさることながら、打ち込む人間のバイオリズムの相性もあり、科学よりオカルトが作用するおかしな現場なのである。

そしてハクは奇数設定と相性が良いので、そこを狙って行ったのだが見事に外した。

「朝イチ爆死で原稿料溶かしてどうすんだよ! おかしいと思いながらも全ツッパするオレ、しょーもない馬鹿っ!」

途中で設定の読み間違いに気が付きながらも、『もしかしたら』と思いそのままGOして玉砕。常日頃から一ミリも成長して無い自分に、無性に腹が立った。


「ライター辞めっかな……収支合わねーし、スロットやめてパチンコに行くかっ、って同じだっつーの!」

ひとり寂しくノリツッコミをかます。

「はあ……」

毒付いてもスッキリとはせず、大きくため息をついた。

「〈流衣ちゃんの踊りは素敵よ〉……か」

今日の流衣と先生の会話を聞いて思うところがあったハクは、一臣と流衣の今後のことを考えてしまった。

流衣あいつはそんなに才能あるんか……そんじゃあ、箔をつける為に留学して勉強して、一・二年で帰って来てバレエ教師やる、的な単純な話じゃねえよな。これからどうなんだろう……あいつら」

事の重さにようやく気がついたハク。ポケットから煙草を出して吸おうとしたが、寝タバコはしない主義のハクは、起き上がるのが面倒だと思う気持ちが勝ち、ベットサイドにある折り畳みテーブルに投げるように置いた。


——コンクールが駄目で留学出来なくて、流衣がずっと日本に居るパターンが一番良いんだろうが、んな事願うわけいかねーし、それだと後から燻って引き摺るヤツだし、んで入賞とかして留学が決まったとして、アイツ帰って来んのかね……。


「ヨーロッパで仕事すんならそのまま永住パターンらしいじゃねーの……いずれ帰って来るったって、10年? 20年? 遠距離ったって限度ってもんがあらあ、……時期的にも距離的にも無理過ぎだわ」

ハクは声に出さないと考えがまとまらないのか、

天井相手にボヤく。


「あー……」


思わず残念な声を出してしまうハク。


「どっちに転んでも、バッドエンディング的な予感ハンパねえ……宜しくねえな、どーなん? オレは好きな女出来たことねーからよう分からん。だいたい、国分町でキャバクラのボーイやってっ時、恋と性欲の区別ついてねえって、夜職のお姉様に説教くらったもんな」

リア充とは程遠い自分に、身長のせいか老け顔のせいか16歳でも水商売に身を置いても、誰にも疑惑の目を持たれなかった頃の自分に、思いを巡らせた。

「女子だって金と良い男の前だと、16歳の男子の性欲のスイッチと変わんねーだろって思うけど、それ言ったらいきなり非難されるから我慢したよな。店ん中で色んなことに巻き込まれたけど、特にしんどいのは女のケンカだし、最終形態は人のせいにして終わんだよな、何だよあの身勝手さ……。『女同士のケンカの仲裁に入る時は切腹する覚悟しろ』って言われて、立場弱いだけでオレのせいにされて、言い訳出来ねえから、『化粧の濃い戦国武将っすね』って、ツッコミ入れたら水ぶっかけられたな……女の怖さを知った16の夏だわ。……待てよ何の話だっけ」

辛辣な経験でも、華やかだった自分の黄金期を思い出し、懐かしむ直前に話が湾曲し始めたことに気がついたハク。

「そうだ一臣と流衣の話だったな。何っつーか、あいつらまだスタート地点にも居ねえし、それよりも何よりも、一臣の考えが変わらんことにはどうもならねー……」

……コン。

小さい物が落ちた音が聞こえた。

「ん?」

ハクは辺りを見渡すと、さっき煙草を置いたテーブルの下に金属の輪っかが落ちていた。

「これ……前に無くしたクロムハーツの財布の備品……? 何でここに……どっから落ちた??」

拾い上げてじっと見つめ、何処から落ちたのかと、ハクはぐるりと顔を動かした、洋服類は収納ボックスに入れて押入れに突っ込んである、家具はベットとテーブルだけ、つい最近ベッドを手に入れるまでは万年床で、そこで金属をなくすことすら難しいというのに、今度は勝手に落ちて来たと、不思議な面持ちで首を捻った。

そこへ携帯が鳴り、ハクは悟空がカメハメ波を打つ瞬間にCMに入った時の気分を味わう。

「噂をすれば……」

一臣からの着信。

ハクは何だが嫌な予感がした、そこで携帯のボタンを押して通話に出ると

「……只今この電話は、電源が入ってないか、電波の届かない場所に居ます。発信音の後に、ご用件をお話しください」

携帯でよく聞く文言で現状回避した。

しかし一臣は無反応で無言。

沈黙に耐えられなくなったハク。

「ぴー……」

思わず効果音を己で出す暴挙に出る。

『……気が済んだ?』

一臣の冷静なひと言が返って来た。

「臣くんなんか嫌いよ」

ハクが言い返す。

『流衣の口真似で、許されると思うなよ』

ハクの誤魔化しは一臣には通用しなかった。

「……何のようだよ」

渋々ハクが答えた。

『頼みがあるんだけど』

「頼み?」

一臣が自分に頼みとは珍しい事もあるもんだ、とハクは思った。


 仙台の繁華街、国分町の一角にある五階建てのビルの脇の小道にある裏路地に、BAR〈K's〉という名の小さな店のカウンターに、背広をカジュアルに着崩し腕にはデイトナ、いかにも上品な外見のモテ顔の男が、静かにカクテルを傾けていた。

「圭一、こっちに居たのか」

その男に話しかけたのは、アパレル系の雰囲気を醸し出す、タグホイヤーの腕時計をつけ、黒いパーカーとビンテージデニムを着た二十代の男性が声をかけた。

「〈りんG〉にいなかったから探したぜ、なに一人で寂しく呑んでんだよ?」

〈輪G〉と呼ばれるショットバーは、店長が占い師であることから、占い好きの女子が集まる、ちょっとしたナンパスポットであった。

「暫く大人しくしてろって、オヤジから釘刺されちゃってさ」

 圭一はジントニックを口に含み、ゆっくり喉に滑らせた後に、親に叱られ拗ねた口調で話した。

「何で?」

「この前カラ即した子が、オヤジの知り合いの社長の娘だったんだよ」

「あー、あのニット女子? けど別に自由じゃ無いのかな、大人だし、それともまさか薬使った⁈」

「真司?」

 ギョッとした圭一は辺りを見渡し、『薬』と発言した真司を声で威圧し、カウンター席から辺りを見渡した。サシのソファ席に男がひとり、奥の四人掛けの席にカップルらしき男女がiPadを見ながら話に夢中で、こちらには気にしてないようだとホッとした。月曜日ということもあって、客は少ない事に救われた。

「気をつけろよ」

圭一は小声で更に釘を刺した。

「だって鞄に入れて、持ち歩いてんじゃん?」

真司は、圭一がいつも持ち歩いているビジネスマン仕様の本革トートバックを眺め、面白がる口調で話した。

「コレは自分のアリバイ作りのために持ってるんだ、医者の処方箋ありきでな。アイツらはネットで安い眠剤大量に買ってるから成分が違うんだよ、もう巻き壊れるのはごめんだからな」

「なるほど、同じヤリモクでも俺たちは楽しくいきたいだけだもんな」

セックスしか興味がないと、悪びれる事なく真司は言った。

「そうさ、ワンナイトの相手に使うほどバカじゃない」

「〈おかわり〉ならアリ?」

「たまに気分転換しないとつまんないだろ?」

向精神薬を量を調節して麻薬がわりに使う、一歩間違えば生死に関わることも、楽しみの為なら厭わない姿勢の二人だった。


「ところで何でオヤジさんにバレたの?」

「向こうがさ、俺とのメールのやり取りを見られたらしい」

発言に気をつけろよ、と目で合図を送りつつ話しを続けた。

「うっわ、親に携帯見られるなんて、とんだドジ!」

「ちょっと天然だったかな」

「うっわ、ご馳走じゃん、もう会えないんだろ? 残念〜」

真司は、天然な子は面倒くさいが致しやすいという意味で〈ご馳走〉と呼んだ。

「親父をこれ以上怒らせると、仕送り止められちまう、ナンパならひとりでやれよ」

「せっかく、いい女とアポ取ったのにな、ほら」

スマホの写メを見せる真司。

裏ピースをしてる三人の女子が写っていた。

「ふーん。中々だな、三人とも?」

「今日のアポは真ん中の娘。スゲ〜ノリ良くてさ、どっちの娘がわかんないけどもうひとり来るって、Wでどうって話し何だけどどうする?」

「それ即?」

「だからお前に声掛けたんだよ、どうせ禁欲生活なんかもたないだろ? この娘ら十九歳で、学生とフリーターらしい、グダって泣き出したらやめて、スタバ奢れば訴えられたりしないしさ」

「それもそうだな、で、場所は?」

「コート・ジボワール」

「カラオケか。Wってことは、真司と同じ部屋でやんのかよ」

「いや、ボックスでそのままかどうかは分かんないけどさ、けどそれ今更きにすんの? 前に同じ女に突っ込んだ事あんだろ? ほら、あの背の高い美人、あれいい女だったよな、おかわり出来ねーの?」

「ざけんなよ。お前が失敗したせいで、携帯の番号変えなきゃならない羽目になったんだぞ」

「だからこうして女紹介してんじゃん。それに圭一だって生でやっただろ? 俺だけのせいにすんなよ」

真司に言われて、圭一は黙り込んだ。

「……で、いつだよ」

「今から」

「超即じゃん」

小声で会話をしてた二人は、軽快な足取りで店から出た。

 一人でソファ席に座っていた男がゆったりと立ち上がり、咥え煙草の煙を燻らせながら、ふたりの姿をとらえながら距離を保ち歩いて行く。真司たちはこれから会う女達の話に夢中で、後をつけられてる事など露ほども感じていなかった。



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