第48話 アーメン


——やっぱり変……


 一階の家庭科室の流し台下、小さい収納棚に流衣はいた。ダンゴムシのように丸まって動けない状態では、例えどんなに身体が柔らかくても、坐禅を組んだように足が痺れ、手も肩から麻痺してくる。体の先端がジンジンと痺れ始め、何かを集中して考えることができない。しかし雑念が消えた事で、ある光景を思い出した。


——……あの人達があの位置の駐車場にいたの

おかしい……。

今日バイトするなんて誰にも言ってないど

……でもいる、言ってないけど知ってる人がいる……。

でもまさか、そんなはずない……。

あたしの気のせいだよね?

……そうだ!

車の中で知らない名前聞いた、赤嶺とか言ってた、その人が作戦考えた、って言ってなかったっけ?

その名前で呼ばれた人いなかったよね。

……ここには居ない。

なんで居ないの?

……それって、別の場所にいる必要があるから

じゃ……?

まさか、そんなはずないよね、でも、その通りなら赤嶺って……!


「うわっ!」


 外から叫び声が聞こえて来て、流衣は驚いて思考が停止した。


「うっわ、びっくりしたー」

菊池は胸を撫で下ろした。

「なんだ、どうした?」

今田と後藤が女を探すテイで東校舎を一周して、一階に戻った所で菊池の声が聞こえて、何事かと出てきた。

「あれが目の前に落ちてきてさ……」

菊池が指差した所を今田と後藤が見ると、地面に突き刺さったサバイバルナイフがあった。

「やばっ」

「あと一歩でも進んでたら脳天直撃コースじゃね?」


——え? 

なに? 

話し声がする⁈

ここに来る?

やだやだっ、どうしよう〜!

……話し声遠いような……少し離れてる?

でも、どうかこっちにきませんよーに!

ナンマイダブ、ナンマイダブ。

ナンミョーホウレンゲーキョー、

かんじーざいぼーさーぎょうじん、はんにゃーはーらーみーたー、えーとーなんとーかーかんとーかー、それかーらーんーと……チェーンジ。

あーめん、らーめん、ボクつけ麺っ! 

……なんか違うような……。


 流衣のいる家庭科室の隣、出入りができる教室の脇で話す三人、声は聞こえるが内容はわからない流衣はただひたすら祈るのみ。

 後藤と今田は、女を本気で探す気など更々無く、東校舎を一周して出て来た。女を見付けても見て見ぬ振りをする為、菊池は西校舎をメインに見張りをしていた所に、東校舎に近い場所でナイフが落ちて来て思わず声を上げたのだった。

 後藤がナイフに近づいて行くと、今田は懐中電灯でナイフを照らしながら、上を見上げ指を刺して呟いた。

「だよな」

「梶だろ」

菊池も頷きながら賛同した。

「こんなの持ち出したら、やべぇよな」

「てかさ、何でお前らだけ? あの女子は?」

後藤がナイフの前でしゃがむと、同時に菊池は手ぶらなふたりに聞いた。

「いなかった。逃げたんじゃねーの?」

今田が菊池に向かって、一階の鍵の空いてる部屋から出たんじゃないのかと、指差し確認して聞いた。

「いや、オレなるべく西校舎の側を彷徨うろついて、出やすい様にしたけど、見てねえぞ」

菊池は首を振って答えた。

「んじゃあ、まだ中にいんのかよ?」

「マジで隠れるところなんかねえよなぁ……どこ行った?」

3人がそれぞれ首を捻る。

「……これ、血じゃねぇ?」

 考えながら刃先でギリギリで土の上に刺さっているナイフを見て、黒い付着物を見た後藤が言った事に、今田と菊池が驚いた。

「は⁈」

「しかも結構な量……」

 切り傷程度で付く量ではない血の付いたナイフを後藤が触ろうとした。

「待て、ヤバイ!」

菊池が止めた。

後藤は毒虫でも見たように手を引っ込めた。

「触ったらマズくね?」

今田も菊池に賛成する発言をした。

「うっわ、ギリ」

迂闊な事をする所だったと後藤は思った。

 今田が灯りを向けて3人は更に近付いてじっくり観察した。

「……これ、どっから落ちて来たんだ?」

「それがさ、屋上っぽいんだよな」

菊池はナイフが落ちてくる時の音を思い出して、距離を頭の中で測った。

「屋上? さっきはみんな2階に居たよな、何で屋上に上がったんだ?」

今田は自分らが離れた後、一体なにがあったのか分からないと、つい疑問を投げた。

「知らね」

だってオレは女子高生を探すの任命されてるし、と顔に書いてある後藤。

「だよな」

自分は見張り役だから最初から分からん、と顔に書いてある菊池。

「つーかこれ本当に梶のか? こういうの買うの身分証明書要るんじゃないっけ?」

今田が不思議に思って言った。

「店ならな。通販でも買えるし、それだと年齢誤魔化せるしな」

菊池がそれに答えた。

「安原が渡したんじゃね?」

後藤が可能性の高い所をつく。

「そう言えば聞いた事あるわ、親父がマニアとかで、サバイバルゲームに行ってっとかさ」

菊池が答えた。

「待てよ、そういえば安原どした? 見てないよな、屋上に行ってから」

「屋上……」

それはキーワードのように響いた。

「あん時『安原は上で女探してる』って梶が言ったけど、よく考えたら、梶が懐中電灯持ってたのおかしいよな」

今田が今更ながらおかしい事に気が付いた。

「そう言えばそうだよな。灯り無しで人探しって……ここが遺体安置所じゃ無くても無理だって」

なにも出なくても、どうしても学校の怪談に繋げたくなる後藤。

「それより何でこれが、屋上から落ちて来たんだ?」

「上でなにがおきてんだよ……」

「……サッパリ分かんねえ」

屋上を見上げザワザワとした胸騒ぎをおぼえた。

「……しかねえよなぁ」

事と次第は屋上に行かないとわからないと、それぞれ意を決して顔を見合わせた。

「……行くか」

「おう」

3人は西校舎の昇降口に向かって足早に歩き出した。

「……藤本かな」

あの血の持ち主が一臣なのではと今田が予測する。

「走り屋かも知んねえじゃん」

マサの名前を言いたくない後藤が言った。

「そのふたりなら分かるけど、もし安原なら意味分かんなくて怖いんだけど……」

菊池が重々しく言うと、今田も後藤も同じ面持ちになった。

 昇降口まで到達すると、今田が指す懐中電灯の灯りに誘われる様に、校舎の中に蠢く影を見た瞬間、3人は息を飲んだ。

「おい、助けてくれ!」

声を出したのはマサだった。

 暗い中、何とか安原を担いで一階まで降りて来たマサだが、限界に近く足がガクガクしていた。

「安原⁈」

今田は灯りに照らし出されたのはマサと、担がれている腹部が血だらけの安原を見た。

「マジかよ!」

嫌な予感が的中したと後藤が声をだした。

「こいつが梶に刺された。救急車呼んでくれ!」

マサが叫んで、安原をその場に降ろそうとしたので、3人はそれを手伝い、安原が呼吸をしてるのをみて、生きてると確信し一旦胸を撫で下ろしたものの、事態が急を要するのだと分かると、全員が気忙しくなった。

「何で動かしたんだよ。安原、気を失ってんじゃん!」

落ち着かない後藤がマサに怒鳴った。

「梶がトドメを刺そうとしたから、連れてった。

上で藤本が梶を足止めしてる」

マサが必死の形相で言った事に、3人は全てを察した。

「いま車回してくるからまってろ!」

菊池が自分らが乗って来て、裏の幼稚園の駐車場に停めてある車にダッシュした。

「車? 救急車はよ⁈」

マサが言った。

「救急車呼んでも来んのに2・30分はかかる、ちょくで救急病院行った方が早い!」

今田が年末に近い季節は救急車の出番が多くて到着に時間がかかる事を知っていて叫んだ。

「安原……チキショウ、なんの恨みがあんだよ!」

後藤が安原の血が滲んだシャツを見ながら、梶に対しての怒りが込み上げ、震える声を出した。

「あ? 何でお前が泣いてんだよ」

涙を浮かべてる後藤に対して、仲が良かったどころか安原を嫌っていた筈だと思った今田が聞いた。

「確かにオレ、安原は好きじゃねーよ! けどよ、こんなんじゃねーかよ、ぜってー違うって!」

袖で無理矢理に涙を拭って後藤が言った。

「……うん、だよな」

今田も頷きマサは黙って聞いていた。

「とにかく、このまま車が来る場所まで運ぼうぜ、お前そっち側の上着持て、あんた足持ってくれ」

今田は安原を寝かせた状態で運ぼうと、後藤に担架の役割になる様に上着を持たせ、マサに足を持つようにと指示し、南門の道路まで移動すると、ほぼ同時に菊池が車で到着した。

 菊池が母親から借りて来た軽自動車から降りて、後部座席に安原を乗せる様にとドアを開けた。

「あんたさ、安原が落ちない様に抑えててくれ」

菊池がマサに言うとマサを後ろに乗せドアを閉めた。後藤が信じられないと言う顔になった。

「なんでだよ、オレらがやるよ」

「いや、後藤と今田は残って“あの子” 探して逃してくれよ」

菊池は運転席に乗り込みながらそう言い残した。

「え? あの子……」

「分かった」

今田が後藤の腕を引いて返事をすると、菊池は滑らす様に車を走らせた。


「ん?」

「あ?」

学校が目の前に見える道で、角を曲がる時に白いムーブとすれ違うと、ハクとセキは同時に声を出した。

「あれ、今の運転手どっかで見たぞ?」

ハクが眉間に皺を寄せて考えると、横でセキが名前を言った。

「菊池?」

「あー。確か、梶のバット当たって倒れた奴……。つーことは、やっぱビンゴだな」

運転するって事は、回復したんだと思うのと、やはり現場はここが正解だと思うハク。

「後ろに誰か座ってたよな」

「うーん。顔は見えなかったな」

後部座席は窓ガラスがスモークでハッキリとは見えなかった。

 後部座席中には、マサと刺されて気を失っている安原が居るなど、ふたりには想像出来ず、そのまま学校の門を通過して敷地内に静かに入る。

「なんだありゃあ……」

セキは目に飛び込んで来た “モノ” を見て、何なのか判断が付かず、車を止めて外に出てゆっくりと近付いた。

 それは窓ガラスが全て破壊され、フロントガラスは粉々に崩れ落ち、フロントのインパネも窓枠も曲がり、屋根とボンネットはボコボコに凹んでいる、みるも無惨な車だった。

「車かよ……」

「……ここにだけゴジラ来たんか?」

車が遭遇した惨状に思わずハクが言った。

「これを……一臣が?」

普段の一臣からは想像出来ない原動力にセキは呆然とした。

「……さあなぁ、つーか、あいつしかいなくね?」

車を眺めていつもの口調で話すハクだが、その顔は何故か暗く悲しげだった。

「一体、何がどうなってるんだ?」

ハクの物憂げな顔を見て、何をそんなに心配してるのかセキは理解できなかった。

 それよりも車が壊れてるのは何故なのか、7.8人居るはずの梶達あいつらはどこにいるのか、流衣は無事なのか……何一つ疑問が解けないでいる

ハクとセキ。

「静かすぎる……誰もいない? んなわけないよな」

ハクが学校全体を見渡して、人の気配がないと

更に懸念な顔に拍車がかかった。

「……いや、上から音がする」

微かな音をセキは聞き分けた。

 冬の乾燥した空気が、わずかに上からの音を響かせた。

「うん? ……ああ、確かにな。何かがぶつかる音がすんな」

ハクは上を見上げ、セキの言う通りに何かの音がするのが聞こえ、ふたりは屋上に上がる為に、昇降口を探して校舎の北側に向かった。

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