第45話 3対1

 一臣が2階に降り立つと同時に、校長室の斜め向かいの視聴覚室の方向に飛び跳ねた、そこへ天井ボードが崩れてくる音と共に、粉塵と爆竹の煙も追いかけてきた。

白い煙は一旦下に向かって伸びたと思ったら、今度は階段を伝い、トルネード状で上に向かっていく様を一臣は眺めた。


——思った以上に手持ち花火の火薬が効いたな。


 爆竹と一緒に保管してあったロケット花火と手持ち花火を、仮設校舎のPTA室から持ち出した一臣は、爆竹を天井に貼り付けるガムテープに、手持ち花火の火薬を仕込み誘発させたのだが、思った以上の効果に一臣本人が驚いた。

 樺町小学校では毎年、夏休みに『学校に泊まろう』秋休みに入る前の終業式後に行う『PTAバザー』PTA主催の二大イベントが行われていたが、今年は校舎が被災して使えない為に中止になったのだ。


——爆竹も花火も新しい物が大量にあったけど、今年もPTAバザーをするつもりだったのか、来年のために買って置いといたのかな……? 校舎を建て直すまで4、5年は掛かるし、それ迄使わないんだから、なんで買い置きしたのか意味不明だけど……。


 一臣は自身が小学校に通っていた頃、母親がPTA本部役員で、既存の役員達が予算を毎年使い切るという悪習を改善しようとしないと、姉に愚痴っていたのをよく聞いていた。そしてその中のひとつである、“毎年買って残った花火” をPTA室に保管している事を聞いて覚えていたのだ。

どうせ廃棄処分になる物だからと全部持ち出し使ったが、ここまで破壊力が有ると思わなかったのだ。


そこへ、4人が口を覆い咳き込みながら、どやどやと下に降りて来たのが聞こえ、一臣は教室の中に入り様子を伺った。



 西校舎の配電盤を確認した菊池達は、昇降口に向かって重い足取りで歩いて行く。

「……何でオレらこんな事してんだろうな」

誰とも無く思ってることを後藤が口にした。

「仕方ねえだろ」

菊池がなだめるような口調で言った。

「この間さ、佐市に言われたんだよな、梶とは手を切れってさ」

後藤は先週、学校で先生に捕まって言われた事をボソッと言った。

「ああ、オレも言われた」

今田はを見返して言った。

「え? お前らもかよ」

菊池は改めて聞き返した。

「佐市って、怖えぇ……」

「最初はただウザいと思ってたけど」

「就職活動してたら、ウザい先公から面倒見の良いおっちゃんになったもんな」

「最初っから分かってたらなぁ……」

残念そうな言葉尻に哀愁が漂よい、今田と菊池もそれぞれの思いが視線を彷徨わせた。三人が昇降口の扉の前に来て、今まで懐中電灯を持っていた後藤が菊池に手渡し、自分は鍵を開ける為に鍵穴に集中した。

「お前は妹いるもんなぁ……」

今田が作業を見守りながら、菊池にいった。

「……今田は?」

開錠作業用のピックを差し込みながら後藤が聞いた。

「……親の会社」

「そこかぁ、……後藤は何で脅されてんだよ」

菊池は今田の家が工務店をやっていると知っていた、個人店なら幾らでも理由を作れると分かる。そして親が公務員で兄弟もいない、脅される因子が無い後藤にも聞いた。

「んー……。かーちゃんがAV出てたとか」

「は? 何だそれ!」

「お前の『しまむら』かーちゃんヤバくね?」

今田と菊池が驚きの声を出した。

「ウソに決まってんじゃねーか! フェイクだよ、幾らでも理由付け出来るって話だよ!」

「マジか〜! びっくりした」

「エグいな」

2人とも驚いて顔を歪めた。


——……本当は、菊池の妹を犯して、お前を犯人にしてやるって梶に言われたんだけど、言いたくねーし。


ふたりを前に事実を隠す後藤であったが、そんな事を考えて集中力を欠いた瞬間。

「あ、ヤベッ」

ガチンという音と共に後藤が小さく叫んだ。

鍵穴自体がすっぽりと向こう側に落ちた音だった。

「何だ鍵が壊れたのかよ……。脅かすなよ」

今田がびくついた。

「シリコン吹いて押しただけなのに……」

後藤が扉を開けて、落ちた鍵を拾って唖然とした。

「古いだけじゃねえの?」

菊池の一言はほぼ正解と後藤と今田も納得する。

「オレらの人生もこんなんかな。ひっ!」

後藤がその鍵を見せる為に振り返ると、ふたりの後ろに立っている人物に気が付き悲鳴を上げた。

後藤の顔を見て今田と菊池も同時に振り向いた。

一臣の姿を見た瞬間に、親にイタズラがバレた子供のように3人は固まった。

「何で、ここに……⁈」

今田がいうと、一臣に向かって身構えた。

「打球練習」

一臣はサラッと言うと、右手に持ったLWのアイアンのゴルフクラブをくるっと回して肩に担いだ。その仕草に3人は更に身を固め、力を込めた。

「んな訳ねえだろ、馬鹿にしてんのかよ!」

今田はありえないすっとぼけた返事に声を荒げた。

「今頃は新港にいるはずじゃ……?」

山へ誘うふりをして、海の方向に向かわせ迷わす筈だとウッカリ口にしてしまう後藤。

「証拠いる?」

しかし一臣は、予期せぬ出会いに驚き、興奮で身構える3人を尻目に、ポケットからゴルフボールを出して、ポトンと足元の地面に落とした。

すると何かに気付いた様に反対のポケットに気をやると、その場所から携帯を取り出した。

「失礼」

一臣は軽く会釈すると、何食わぬ顔で着信に出た。

「もしもし。……どうしたの?」


——はああ⁈


——このタイミングで電話出るか⁈

 

——……こっち無視かよ!


3人はそれぞれそう思った。



「知ってる、梶と話した。……ハクは何で分かったの?」

一臣は喋りながらゴルフクラブのインパクトを確認する。その行動と喋ってる内容に、何故か聞き入る3人。


——ハク……。あの時加勢に来たデカい男、長髪の……。


今田は、自分より10センチは背の高い男の事をよく覚えていた。名前は安原からの情報で最近知った。


「ごめん今まで切ってた。流衣のカバンはそのまま預かってて貰える?」


——流衣って拉致る子の名前だよな、何で女のカバンの管理お前がやってんだよ、嫁かよ? なんかムカつくな。


——後藤は僻みやっかみを心の中で消化した。


「言った? それいつ⁈」

一臣が急に声を荒げたので、3人は驚いて凝視した。

「……流衣なんて?」

何とも言えない一臣の表情を見た3人はそれぞれ目を逸らした。

「ビンゴ」


——は?


——何が?


急転直下。

何故ここで “ビンゴ!” とゲームのかけ声が出て来たのか分からない3人は、はからずもハクと同じ反応で逸らした目を戻した。

一臣は足で地面を慣らして、邪魔な小石を捌けるとクラブをテイクバックした。

「なななっ」

驚いた後藤は言葉にならなかった。

「何する気だ!」

菊池も今田もクラブで殴りかかってくるかと思った。

「貯水タンク」

「え?」

「……っ!」

声にならない全霊を込めた吐息。

力を入れ地面の土ごと一臣はボールを打ち上げた。

今田は咄嗟に懐中電灯で打球の後を追った、ボールは15メートル程上がると弧を描いて校舎の上で消えた。


ゴッ、カーン!


上から小さく聞こえて来た音は、コンクリートの地面に当たり、その直後に金属にぶつかったものだ、乾いた金属音は中が空洞である事を物語る。

「ちょっとズレた、難しいな」

一臣はクラブをクルッと回して、インパクトの角度を眺めて付いた土を指で拭った。

「プロかよ……」

 菊池は眉間に皺を寄せてつぶやいた。昔、父親に連れられて打球場に行った事があり少し打ったことがあり、打球の難しさを知っている。更にゴルフトーナメントの番組がBGMの家庭で育ち、土を拭うよく見る仕草がプロそのものに見えた。

「初めてだけど」

菊池のぼやくような呟きに、ゴルフクラブを触るのも今日初めてな一臣が正直に答えた。


——……初めてでボールに当てて、この距離打ち上げんのプロでも出来ねーのに、『難しいな』って何だよ。


菊池は屋上を見上げて呆れた。


——居るよな、何でもすぐ出来る奴……。


今田はモヤッとするものと、器用貧乏という言葉を同時に思った。


——こいつ嫌い……。


後藤は素直に嫌った。


「何でここで練習してんだ⁈」

菊池が聞いた。

「……懐かしの母校が解体される前に、窓ガラスでも割っとこうと思って」

心にも無い事を言ったので、全く感情がこもらなかった一臣に、あくまでもシラを切る気だと、3人は思った。

「……あの走り屋は?」

確かめる為に菊池は聞いた。

「何のことかな……。それより、あんた達こそなんでここにいる?」

一臣の返事は思惑を確信に変えた。

「ああ?」

後藤が凄んだ。

「おまえを潰す為だろうが⁈」

今田も凄んだ。

もう会話の意味などどうでも良い。

「じゃあ今やろうか?」

一臣はトランプでもするように言う。

それを聞いた三人は、一臣が自分らに勝てると思っての事だと、その余裕ぶりが癪に触ったが、5対1でも、手玉に取られたのだから、3対1なら余裕なはずと、心で思う3人だった。

「……おまえ “バルサユース” の藤本だろ?」

今田が聞くと一臣は小さく顎を引いた。

「3対1でやってケガでもしたら一生プレイ出来なくなんぞ⁈」

後藤が脅しとも取れない微妙なスタンスで言った。

「俺の人生の事より、自分の将来の心配した方が良く無い?」

「んだと⁈」

菊池が口を開いた。

「あんた達がやろうとしてる事は、一生涯纏わりつく人生の障害になるのはわかってるよね?」

「!」

3人はドキっとした。

「男同士の喧嘩なら、ケガをしても両成敗で済む。けど婦女暴行の幇助の前科が付いたら、人生終わりだ」

「それは……」

改めて言われると三人は黙り込んだ。

「まだ間に合う」

「なに?」

「流衣は未だ無事だ、車で連れ回されてるだけ、ここに着くまでは」

「マジか?」

聞いた後藤の声のトーンが変わった。

「何でそんなのわかるんだよ?」

今田が言った。

「梶と話した」

一臣が言うと皆驚いた。

「ウソだろ」

菊池が聞いた。

「流衣の携帯にかけたら奴が出た。『お前の女にはまだ手を出してないから喜べ』と言っていた」

「ええ?」

「……それ信じんのか?」

「嘘をつく理由がない、奴は俺にダメージを与える事が目的だから、“事” が済んでたら、事細かに笑いながら報告するはずだ」

3人は確かにその通りだと思った。

「たりめえだろ、梶を怒らせたんだかんな」

一臣への嫌悪感から後藤の口からそんな言葉が出た。

「だったら何故、俺に直接来ない! 始めたのは奴だ。気に食わないの一言で、何度も俺を痛めつけた。ただ一度、反撃した俺に頭に来たからと、人を集めてまで関係の無い人間を、それも女子を巻き込むなんて卑怯極まりない、外道のする事だ!」

一臣は怒りを露わにした。

「……」

菊池達は黙り込んだ。

「俺の望みは流衣を逃がす事だけ」

「自分はどうなってもってか? カッコつけてんじゃねーよ」

「カッコつけ?」

後藤が煽ると一臣は真っ直ぐに見つめ、見つめられた後藤の方がたじろいだ。

「今までと梶の温度が違う、こちらもタダでは済まない気がする、それは俺自身の問題だから刺し違えても納得する。でも巻き込まれただけの人間を助ける為にする行為を、カッコつけと言うならあんた達とは相容れない」

一臣の覚悟を決めた顔と深い声色に、皆は恐怖心さえ覚えた。

「……相容れない」

後藤が一臣の言った言葉を復唱した。

「こっちにもそれなりの事情がある、あいつを怒らせる訳にはいかないんだよ!」

そんな中、菊池が梶に逆らえない本音を叫んだ、後藤も今田も下を向いた。  

「しがらみがあるのかは想像に難くない、あんた達の立場は分かる。ただ少しでも情けがあるなら、流衣は見逃して欲しい」

一臣は静かに言った。

「……んな事、出来るわけねえだろ」

今田が戸惑いながら言った。

「見て見ぬふりをして欲しい、そして全部俺のせいにしてしまえばいい」

一臣は三人に目に力を入れて懇願した。

 味方は要らない、全部自分のせいにして良いから女が逃げるのは黙って見過後して欲しい、と言った一臣に、菊池も後藤も今田も、複雑な思いが心の中を駆け巡った。

「行こうぜ。……梶達が来ちまう」

一臣の言葉には答えずに、下を向いたままの菊池は、後藤が壊した鍵の扉から中に入って行こうとする、後藤と今田も何も言わずにそれに続いた。

一臣は何も言わずに3人を見ていた。

「なあ、防火扉を閉めるから、これから東校舎には外からは入れねーよな」

中に入る寸前に、菊池は足を止めてふたりに話しかけた。

「菊池……?」

菊池がこれからする予定行動を言い始めて、後藤はびっくりして菊池を見返した。

「……あー、そういえば、2階のどこぞの部屋が出入口が一ヶ所しかねえから、そこで鍵かけて逃さねえようにするとか言ってたもんな」

今田がった。

「そっか、……菊池が外の見張り役だけど、目え悪いから、何かが通り過ぎても気づかないかもな」

後藤も気がついて加わった。

「え? オレが見張りすんのかよ?」

「ダウン着てんのお前だけじゃん、おれジャージで寒いし」

後藤が首をすくめていかにも寒そうな素振りをすると、今田もそれに倣うように続いた。

「オレもパーカーだし」

「お前ら……一生恨んでやるかんな」

菊池は二人に背を向けて、ドカドカとで校舎の中に入って行った。

「なあおーい、菊池ぃ〜」

後藤が呼び止めた。

「んだよ!」

「今誰かと喋った?」

「オレらしかいねーのに喋る訳ねぇだろ」

「だよな、なんか聞こえたのかよ」

一臣のいる場所を、今田がキョロキョロと見渡して言った。

「怖っ」

菊池が寒そうな素振りをした。

「笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑」

「やめろって」

3人は話ながら校舎の中に消えて行った。


 そこへ、4人が口を覆い咳き込みながら、どやどやと下に降りて来たのが聞こえ、一臣は教室の中に入り様子を伺った。

 4人は2階まで降りるとゼイゼイとした呼吸を整い、ようやく落ち着いた様子を見せた。

「有り得ねえ……」

マサは粉だらけになった自分の現状に、イラつく気分を露わにしてぼやいた。

「後藤、今田、お前ら隣からあの女連れて来い」

最後の一段を降りた梶が、二人に命令口調で言った。

「女を?」

後藤が聞き返した。

「何でだよ、どうせ逃げらんないんだから、奴を潰してからでもいいんじゃね?」

今田も不快な顔をした。

「うるせえ、どうでもいいんだよ、あの野郎……オレをゲス呼ばわりしやがって、見てろよ……ゲスにはゲスのやり方があるって見せてやらあ……」

梶の顔から、いつものニヤつきは無くなっていた。

「ゲスなやり方?」

マサは興味を持った面持ちで聞いた。

「んなの聞いてどうすんだよ」

後藤は呆れ顔でマサを見た。

「女を犯す以外に、どうすんのか分かんねえから聞いてんだよ、殺すのかよ?」

マサは服の粉を叩きながら聞いた。

「おまえ何言って……」

そんなマサを今田が制するように言うと、さらに遮るように梶が喋りだした。

「バカ言ってんじゃねえ。殺して楽にしてやってどうすんだよ」

「殺して楽にするって、なんだよ」

後藤はギョッとして聞き返した。

「半殺しで苦しめるに決まってんじゃねーか、犯しながらめった打ちにして、死んだ方がマシだと思う気にさせんだよ」

梶はニヤけるではなく真顔で言った事で、残虐性がより一層浮き彫りになった。

「……分かったよ。じゃあオレらは、あの女をとっ捕まえてくるわ」

今田が言うと後藤は顔を見合わせて頷く。

「早くしろよ。手遅れにならないうちにな」

梶はニヤリと笑った。

後藤と今田は、梶の言った “手遅れ” の意味が分からなかったが、それを追求する事はせずに、逃げる様にその場を後にした。


——これで3対1。


 後藤と今田が流衣の捜索に向い、この場を離脱するのを見届けて一臣は心の中で呟いた。

しかし、何故か胸の奥の “しこり” にあたるような酷く不気味な感覚が漂った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る