第42話 出来損ない
「うわっ!」
駆け寄り後藤が明かりを向けて見えたのは、下駄箱と壁の間の床に、大の字でガムテープで貼り付けられてるマサだった。
マサは足音を聞きつけ、必死に助けを求め訴えて居た。
たかがガムテープで貼られてるだけなのに、動けないのか意味が分から無いと、後藤は全体をよく照照らして観察した。すると粘着質の高い布テープが使われており、そして足は内股状態に、腕は手のひらを床につけ、額、首、と関節の部分に、力が入らないように計算されて貼られていた。
「マジ……?」
ゾッとした今田と後藤は顔を見合わせて頷き合い、マサのガムテープを二手に割れて剥がし始めた。
手足のガムテープが剥がされると、マサは額と首に貼られたガムテープを自分で剥がして起き上がった。
「大丈夫かよ?」
「くそっ!」
後藤が聞いたが、マサはそれに答えず、口のガムテープをバリバリと剥がして、痛さで涙目になりながら悪態をついた。
その様子を見て、周りの髪の毛まで抜けている痛そうなマサに、今田は同調して同じ顔になるが、声に出していたわるほど、目の前の男は好きでは無かった。
「やられたなー、何があった?」
今田の声には同情心では無く、好奇心が入り混じっていた。
「……分かんねえ」
マサは思い出そうとするが何もでて来ない。
「ここまでやられて、分かんねえは無いだろ?」
「ウソじゃねえ、走ってきたら、扉が開いてたからそこから入って、勢いで廊下まで来たんだけどよ、真っ暗で見えねえ、そん時、外から梶達が来た足音がして振り返ったんだ、そしたら後ろから口塞がれて……その後」
マサはそこから先は真っ白になった。
「殴られて気絶したんじゃねーの?」
後藤がマサに言った。
「まさか! 殴られたら気付くだろ、んなのあり得ねえよ」
マサは即座に否定した。
「……いや、ありえる。人間って目で見てない事が起こると、脳が混乱してなかった事にするらしい。『殴る』ってモーション見てから殴られると、痛みが増すらしいぞ」
「すげ、おまえよくそんな事知ってんな、賢いな」
後藤が尊敬の眼差しで今田を見た。
「佐市が言ってた」
それの腰を折る様に、すまなそうに今田が答える。
「なんだ、佐市の脱線授業か……そういえばオレも聞いてたかも……」
言われてから居眠りしてた授業を思い出した後藤。
「衝撃で脳ミソが、自分の経験値から記憶を総動員して、その中から近い理由付けるとか言ってたやつな」
「寝てたくせに覚えてんじゃん」
二人の早口でのやり取りは、マサは蚊帳の外で口を挟む余地はなかった。
「藤本はここでおまえと入れ替わって、素知らぬ顔で、女をさらって逃げやがったぜ」
「なんだって⁈」
梶が言ったことを助長して、後藤が発言するとマサはすぐさま反応した。
「おまえ、泣き黒子に殴られて気絶して、服を剥取られたんだよ」
後藤が懐中電灯で、今田が持っていた上着を照らした、今田はマサに『ほれっ』て言いながら、放る仕草でミリタリー調のジャケットを返した。
「ウソだろ、あの野郎いつのまに……」
マサは自分のジャンバーを渡されて、初めて着てないことに気付いた様子だ。そんな鈍感な奴なのに、気絶した事を認めない男に、面倒くさいと感じる後藤だった。
「これ着てたからてっきりお前だと思った。なんせあの暗闇だからな」
懐中電灯を当てて、手で顔を隠したのは眩しかったせいだと思ってた、今田はジャンバーをマサに渡しながら、今考えると違和感があったと思うも、それは心の中だけに留めた。
「……おまえが入ってきたのはこっち側か?」
後藤はバリケードの部分を指差して聞いた。
「ああ、開いてたからそこから入った」
やっぱりなと後藤と今田は思った。
「圭太も逃げたっぽいしな、走り屋で残ったのは
お前だけじゃね?」
後藤はマサにけしかかける。
「圭太が逃げた……あいつ……」
ボソリと言うと目付きが変わった。
圭太が泣き黒子に吊し上げられてる姿を見てる、そのまま逃げたのだと思った。
「……許さねえ」
残された恨みはそのまま一臣に向けた。
一臣は屋上から4階のフロアに降り立ち、足を止めて一旦後ろを振り返り、二人が追い駆けて来ない事を懸念した。
——俺が時間稼ぎしてるのがバレてるとしても、人質が居なくなっても気にしない、あの余裕はどこから来る?
一臣は樺小に到着した時、見覚えのある三人が校舎の配電盤を開けて調べている姿を見た。そこで即座に車でここまで来るメンバーも特定した。車の免許は18歳以上、無免許運転は視野に入れない、何故なら四輪と二輪では感覚が違う、走り屋メンバーが、原チャリしか乗った事ないのは調査済みで、女を拉致して事故る可能性は出来る限り避ける筈と考えた、ならば運転するのは安原か梶、二人の関係性から言っても、運転するのは安原と分かる。そう車中の様子を推測しながら、プレハブの仮設校舎に忍び込み、ある物を手に入れたあと西校舎に戻り、そこで昇降口の右側の扉の鍵を壊してる三人に出くわした。中に入って3人が話しながら防火扉を閉めて行くのをみて、2階から東校舎に行き、屋上の扉の鍵を開けたあと4階から西校舎に戻り、昇降口の左側の扉の鍵を壊して、扉を開け放したままにした。そして門のところで待ち構え、入ってきた車を襲撃し、圭太を吊し上げて脅して逃し、その後にダッシュして四人を追い抜き右の扉から入り、マサの後ろから口を塞ぎ気絶させて、安原がロッカーを動かす音を隠れ蓑にして床に貼り付けた。そしてマサの上着を羽織り流衣の腕を掴んだのだ。
——残ったマサは今頃、殴られた事に気がついて、頭に血が上ってる筈だ、興奮しているスペイン人やドイツ人達と試合してたから、そういう相手なら慣れているけど……。
……待てよ。
梶の妙な存在感に、過去に想起させる物を感じたが、ここで一臣はハッとして現実に戻り、フロア内で一番手近な教室の中に入り、窓から外を見渡して、外で見張りをしてる菊池の姿を見た。
——なるほど、迂闊だったな。
けど、出られないにしても、奴等が入れなければ安全は確保出来る。
今メール打っても気付かないだろうな。
……こっちを先に片付けるしか無いか。
梶の冷静さの理由を察した一臣は、流衣が〈逐一携帯チェックする女子〉では無い事が分かっている為、目を瞑ってても歩ける校舎の階段を、急いで走り降りて行った。
「まずい、残り9パーセント……」
流衣は充電残量を見て携帯を閉じた。鍵を閉めたのは良いがその為に携帯で灯りを取り、モタモタしてる間に、残り少ない充電が目減りした。
——何も見えない……確かこの辺に手摺があったよね……。
え〜と、あ、あったコレだ!
コレを伝って一階まで行こう。
流衣は携帯を制服のポケットにしまい、暗闇の中を手摺りを頼りに、ゆっくりと降りて行く。
——暗い、見えない、怖い……の3点セットで
進むの遅いっ。
……こんな牛のお散歩みたいな、ゆっくりで大丈夫
なの?
今ここ何階?
もう3回はぐるっと回ってるから、2階には来てるよね。
流衣は、各階のスペースの事しか頭に無く、踊り場スペースを忘れている。
いま居る場所は、3階と4階の間の踊り場だった。
——携帯の残りの充電で警察に電話出来るかな?
9%ってどのくらい話せるんだろ?
『もしもし』
で切れたら意味ないし、要件を手短に言ってしまうのはどうだろう。
例えば。
『樺小までパトカー一台!』
……いや、タクシーじゃ無いし、それじゃあイタズラ電話だと思われるし、流れ星に『金、金、金!』って叫ぶのと同レベルで、内容が伝わらないよね。
携帯で灯り取って鍵をかけるより、先に警察に電話した方がよかったかな?
でもそれだと、あたしが鍵閉めないでいたら、臣くんの事だから音で気がついて、鍵の閉め方を教えに来ちゃう気がする……。
あ、そしたら一緒に逃げてくれたかもっ……!
なんで今頃気がつくの、あたしのバカ!!
いやでも待って……その前にあの人達に追いつかれたかも知れない……、そしてあたしがヘマして捕まったりしたら……。
……あーっ、もうわかんないっ!
正解ってどれ?
真相ってなに⁈
真実はひとつ!
それはコナンくん!
何でこんな時にコナン君?
金田一君の方が好き。
違うって!
もっと真剣に考えなきゃダメなのに、脳みそ腐ってるかも知んないっ。
お星様にお願いした方が良いかも知んない……
『臣くんが、刺されたりしません様に。そしてあたしもうまく逃げられます様に……!』
あれ?
なんか忘れてる様な……。
それより、もっと早く進まないと、捕まったらまた臣くんに迷惑かけちゃう、でもこれ以上早く歩いて階段踏み外しそうで怖い……なんかもうやだっ。
流衣は現実に戻った自分に叱咤した後、現実逃避な思考回路が炸裂し、うまく事を運べない自分に苛立ちを覚える。
——あたしの足が遅くてまどろっこしかった、にしてもずっと支えて走ってあの速さ。
臣くん足速いよね。
その後にダメ押しで抱えて飛べる……凄いな。
あんなスパイダーマンみたいな事しといて、そのあとに背中に合図された手が優し過ぎて、めまいがしそうだった。
生卵を持つみたい……じゃなくて、赤ちゃんを扱うみたいに優しかった……。
あれ?
まさかあたし臣くんに自分の子供だと思われてる⁈
……なんか違うな。
んと、親戚の子って感じかな?
あれ? じゃあ、あたしの立ち位置って……姪っ子では……。
……違う違う、そうじゃない! そこじゃ無い!
落ち着けあたし、しっかりしろ自分!
あたしって本当に出来そこないだな、もうっ、
腹立つーっ!
あ……〈出来損ない〉なんて言ったから、お母さんにそう言われた時の事、思い出しちゃった……。
……うん。
とにかく、臣くんの言った通りに、一階まで行って逃げなくちゃ。
流衣は、非現実的な出来事に遭遇した自分に、そのストレスから別の視点で回想し、ギャップ萌えで惚れ直し、母を思い出した事で我に帰り、ようやく現実に戻り、手摺りを抱えるように掴んでぐるぐる回る進むスピードを上げた。
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