第40話 捨て駒
「なんだこりゃ」
校内に足を踏み入れた瞬間、梶たちはその暗闇に動きが止まった。今田たちが鍵を壊しておいた場所、いま自分達が入って来た昇降口は、まだガラス張りの扉でぼんやりと見えるが、廊下は真っ暗で自分の足元すら見えない。
「灯りをつけろって言ったじゃねえか! 何してやがる! 今田ぁ!」
梶がイラついて、暗闇でどこにいるか分からない相手に怒鳴った。
「入口塞ぐからちょっと待てよ!」
梶の尋常じゃ無いイラつきを、安原は厄介に感じ
流衣から手を離して、自分の携帯を開いて辺りにかざして見るが、梶を満足させるほどの明かりではないとがっかりし、一臣が入ろうとしても時間が掛かるように、側にあった壊れたロッカーをガタガタと運び鍵が壊れている扉を塞いだ。
流衣は片側が自由になったと想いきやマサが流衣の腕を掴んだので、また身動き取れなくなった。
安原は女をマサに任せて、自分はそのまま携帯を前にかざし前方を照らした。
「梶? 安原か? さっきの音は何だよ!」
後ろから声が聞こえ振り向くと、今田が階段を滑るように降りて来た。
懐中電灯の灯りが4人を照らすと、まず眩しそうな安原がみえた。その横に怒りに満ちた梶の顔と、梶の後ろに捕まってもがいている流衣とその腕を掴んでるマサが見えた。
「遅いじゃねーか!」
梶は怒りの矛先を今田に向けた。
「怒んなよ、こんなに早く着くと思って無かったんだから」
今田は携帯の明かりよりは頼りになる、懐中電灯の灯りを廊下に向け、皆んなに自分の居場所を把握させた。
「そうじゃねえ! 奴が来て、車を破壊しやがった!」
梶の怒りは、予想外の一臣の奇襲のせいだった。
「泣き黒子が⁈ じゃあさっきの凄い音はそのせいか!? 」
校舎の中に金属を叩く音が響いていたのだ。
「今、圭太が泣き黒子に捕まってる」
今田の問いかけに正確には答えなかった。安原もまた一臣の有無を言わさない攻撃にショックを受けていた。受け身だった以前とは、何か違う一臣の動きに戸惑いを隠せない。
「あの茶髪のちっさい奴か? それよりツーブロの走り屋が、泉ヶ岳まで引っ張ってるんじゃなかったのかよ」
今田は圭太も大樹も名前を覚えておらず、見た目で判別していた。
「大樹はやられた」
安原は言った。
「それツーブロ? でもそれが失敗したら新港に行くように仕向ける筈だろ」
「……あの野郎、なんにも引っ掻からないで、真っ直ぐにこっちに来やがった」
梶は忌々しそうに言った。
「は? 意味わかんねえ、なんでわかったんだよ?」
「知らねーよ。それより圭太が、少し時間稼いでくれてるといいけどな」
安原はあまり期待してない本音を言う。
「生け贄かよ」
今田は走り屋が気の毒に思えた。
「そんぐらいしか使い道ねえだろうが」
梶は走り屋達をパシリにしか考えてない事を隠そうとはしなかった。それに対してマサも何も反応しなかった。
「でも、泣き黒子がここに来んのは時間の問題じゃないかよ! どうすんだよ⁈」
「女がこっちに居る以上、奴は手を出せねえ、こっちが優位に立ってる事を忘れんな」
梶は女を盾にして余裕の笑いを浮かべているが、今田は笑えなかった。安原も笑えなかった、一臣の行動が分からないが故に、自分達の人数を踏まえて、さらに人質も取っているにも関わらず、何故かリードしてる気がしない。安原はザワザワする感覚を覚えた。
「明かりは無理だったか」
明かりをつける為に、電気技師の資格を持つ菊池を先発させた筈が、懐中電灯を持っている今田に安原は聞いた。
「菊池が配電盤開いて確認したけど、建物自体が受電してない。仮設から引っ張るのはケーブル50mはいるけど無いしさ、充電式の照明を学校からパクろうとしたけど、佐市の奴が管理してっからムリだった。懐中電灯で我慢してくれよ」
今田が事情を説明した。
「佐市か、あいつナットどころか、ワッシャーひとつなくなっても気付くからな」
安原は学校一管理の厳しい佐市にため息をついた。
「ケッ。まあいいだろ、暗くても穴の位置ぐらいわかるからな、へへへっ」
梶は流衣に向けていやらしい言葉を投げると、流衣はその腕から逃れようともがいたが、“暴れるな” という意思表示なのかマサにグイと腕を持ち上げられて、流衣はただ身を捩ったに過ぎなかった
階段を登り終えて二階まで来ると、今田は左側に懐中電灯を向けた。
「こっちが校長室だ、ここなら入口がひとつだから、ドアさえ塞いでおけば逃げらんねえよ」
“逃げらんねえよ”
聞いた瞬間、流衣の背中に冷や汗が伝った。
流衣は腕を引かれて歩き出すと、処刑場に引き出される罪人の様に暴れ出した。
「いやっ!」
油断したのか、急に暴れ出した流衣の左腕がマサの手から離れた、流衣は自由になったその手で、梶から逃れるべく懸命に腕を引き抜こうと、梶の体を押した。
「暴れんじゃねぇ! このクソアマ!」
梶は流衣の両手を鷲掴みにして、持ち上げて運ぼうとする、その手に流衣は思いっきり噛み付いた。
「ギャー!!」
梶の悲鳴で何事かと、安原と今田は声のする方に照明を向けた。
しかしそれよりも早く、梶は激痛と驚きとで頭に来た梶は、後先考えずに流衣の頭を掴み、階段方向へ投げ飛ばした。
「!」
暗闇の中、流衣は投げられて階段から落ちると覚悟した時、横にいたはずのマサにぶつかり捕まった
その瞬間、いつも嗅いでいるフレッシュグリーンの香りが流衣の鼻をついた。車の中で隣から漂う男臭い匂いとは別物だった。
——……え? まさか……。
ぶつかったのではなく、抱き止められている事に気が付いた流衣は、反射的に自分を掴んでいる手に触れると、その手を強く握り返されて確信した。
——臣くん!
いつの間にかマサと一臣が入れ替わっていた。
「おい?」
今田は、梶の動きに間に合わず、懐中電灯を向けたが、流衣の姿が消え周りを探し、電灯をぐるぐると回してマサの前にいる流衣を見つけ、明かりを向けてその人物の顔を見た。
「泣き黒子!」
安原が叫んだ。
「なに!?」
直ぐ横の梶も振り向いて叫んだ。
「遅い」
一臣は一言発すると、梶達に何かを投げ付けた。
「うわ!!」
懐中電灯の灯りが一臣を照らし出し、安原と梶は得体の知れない物体が来たと、気持ち悪い仕草でそれを跳ね除けた。
その間に一臣は踵を返し、流衣を掴んだまま階段を登り出した。
「なんだこりゃ!」
梶と安原は、得体の知れない何かがマサが着ていた上着だと分かると丸めて床に投げつけ、直ぐに後を追った。
「待ちやがれ!」
叫びながら後を追った。
しかしほんの1、2秒の出遅れが、詰められないほどの距離を開けた。
流衣の手を引き躊躇なく走る一臣は、まるで昼間の学校の中を行くように、暗闇を思わせず進んで行く、流衣は必死に合わせるが、追い付かないとみるや、一臣は流衣の脇を抱えて階段を走り出した。流衣は地に着く足に体重を感じないほど抱えられて、あっという間に三階にまで到達すると、一臣は廊下に置いてあった机を、流れ作業の様に手で階下に押しやりまた走り出す。
ガン、ゴン、ゴンッ。
「動くな今田! 照らしとけ!」
階段上から異様な音がして、こっちに向かって来ているのを危惧して梶が叫ぶと、今田は音のする方に明かりを向けた。
音を立てて転がり落ちる机は、梶達を階段の手摺から引き離し、踊り場の壁に当たって止まった。
「机?」
「どこにあったんだ⁈」
2階と3階の間の踊り場で、ひっくり返って止まった机を見て、今田はさっき階段を上がって行った時見当たらなかったと思った。
「あのガキがふざけやがって! 今田! 安原! とっとと行ってあいつとっ捕まえてこい!」
梶の怒りが込み上げて来る、足がままならない為に早く階段を上がることができない苛立ちを、そのまま今田と安原にぶつける。
「おい、どうしたんだよ!」
その時、梶の怒り心頭の声が響き渡った、階下から後藤が懐中電灯を照らしながら駆けつけて来た。
「奴が女さらって逃げた!」
「は? マジか!?」
梶の声を聞き付けた後藤が、持ち場である校長室を離れたのだ。今田は一旦は後藤の声のする方向に向けたが、懐中電灯の矛先を上に戻し、上に進んでいる一臣達を照らし、後藤もまた同じく明かりを向け、一臣の動きがおかしいと気が付き口を開いた。
「……あいつなんで上に行ってんだ? 逃げるなら下だろ」
後藤が口にした事で、その場の全員の動きが止まった。
「……」
後藤の疑問で梶は冷静になった、泣き黒子が袋小路である筈の、上に向かってるのは、何かが有ると考えた。
「そういえばあいつ、いつ中に入ったんだ? 入口はすぐ塞いだのに……」
安原もおかしな事に気がついた。マサと入れ替わったの事を考えると、自分達と同時に入って来たとしか思えない。
しかし今度は安原の発言に今田が疑問を持った。
「塞いだ? どうやって? 鍵は壊したんだぞ」
「直ぐ横にロッカーがあったから、それを入口に置いてバリケードにした」
安原が答えると、今田と後藤が顔を見合わせた。
「ロッカーって……そんなもんどこに? オレらが入った時は、何もなかったぞ?」
「なに⁈ お前らが置いたんじゃ無いのかよ!?」
安原はギョッとして、声に出した。
訳がわからない薄気味の悪さが、その場にいる全員に浸透した。
「……奴はこの中に何か仕掛けてやがるのか、今田、お前達より先にこの中に、奴がいたんじゃねえのか」
梶が言うと、今田がすぐさま反論した。
「いやまさか! オレら7時にはここに来てたんだぜ?」
「来てすぐに一周して確認したんだ、窓も出入りできる一階のところは全部鍵かかってたし、配電盤見てる時だって見張ってたかんな。それに昇降口の鍵を壊して中に入ったのだって、お前たちが来る数分前だ」
後藤も一気に捲し立てた。
「7時っていうと奴と話す前じゃねえの?」
泣き黒子と携帯で話す前の時間だと、安原が梶に向かって言った。
「なんかできるならその数分間だけど、何の音もしなかったぞ?」
今田は梶の顔色を見ながら、後藤と頷き合って、
自分達の落ち度は無いと説明する。
梶は傀儡人形さながら、ぐぐぐっと首を捻り、
ゆっくりと上を向いた。
「菊池が見張ってんなら、外に出たらわかる筈
だな。今田と後藤はマサを探して連れてこい。
オレと安原は奴を追う」
梶がここでマトモに指示を出し始めた。
「マサ? なんであんな奴……泣き黒子に秒でやられた奴に何のようだよ」
今田がここまでの経緯と、以前に会った印象から使い物にならない奴だと思っていた。
「だから使うんだよ。いま奴は泣き黒子にやられて、頭に血が昇ってる筈だ、鉄砲玉にゃ持ってこいじゃねーか」
「やっぱり、捨て駒だな」
安原は笑って頷いた。
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