第38話 さぐりあい

 ハクが携帯をかけ続けながら、チェーンスモーカーの限界に挑戦しているように見えたセキは、おもむろに口を開いた。

「オメーがチャレンジすんのは勝手だが、オレまでシバレ・チャレンジすんのおかしくねーか?」

「シバレチャレンジってなによ?」

眉間に皺を寄せて考えるハク。

「北海道で毎年やってる耐寒コンテストだ」

「知らねーそれ、おまえ出てんの?」

「何でだよ、出るわけねえ。オレは寒いの苦手だっつってんだ」

「更年期なんじゃねーの?」

「そりゃ、ホットフラッシュつって熱くなるのが更年期症状で逆だろうが! テメーがモク吸い過ぎて窓開けっぱなしだから寒いんだよ!」

セキの口から、ホットフラッシュが出てくると思わないハクはマジっと見つめた。

「おまえさ、最近賢くなってねえ? 一臣の影響か?」

「……完全にバカにしてんな?」

「おっや、バレテーラ、カステーラ、カンデミーヨ、ヤッテミーヨ」

ハクが喋ると、セキは大きなため息を吐いた。

「イラついてんな、一旦落ち着けや。おまえが焦っても何も変わんねーだろ」

「あー、わかってっけど出来ねえ。だって人間だもの」

「……おめーの人生訓かモットーかスローガンか知らねーけど、このまま新港に向かってんのはなに根拠だよ?」

「俺の野生の勘」

「ああ⁈」

セキは怒号と共に急ブレーキをかけた。幸いにも後続車はなく、セキは真横の営業してない事業所の駐車場に突っ込んで車を停めた。

「あっぶねぇなぁもう。後ろいなくてラッキー

 だな」

深く触ってたハクが、思わず前のめりになる程の勢いで止めたセキに、文句を言うハク。

「いねーから止めたんだ!」

「おおっ、さっすがだな、二種免取れんじゃね?」

「ざっけんなよ。おまえの茶番に付き合う気ねーぞ!」

ハクのダルい喋りについイラつくセキ。

「根拠はあるわ。あの走り屋どもが一緒だかんな、あの辺しか行くとこ無いやん?」

「確かにな、で?」

「なにが?」

ハクはきょとんとした。

「何がってか、根拠はどうした」

「根拠? あいつら冬山走る根性ねえだろ?」

「まさかそれだけか?」

「ほかになんかあるんか?」

ハクの答えを聞いて、セキはタバコの煙を鼻から吐き、冷たく言い放った。

「降りろ」

「は?」

「降りろっつってんだっ。おめーのお遊びに付き合ってられるか! ヒッチハイクでもして新港まで行け!」

「こんなとこで降ろされてもな……。ヒッチハイクなんて誰も止まんねーだろ」

「知るかよ。てめえの美貌でなんとかしやがれ」

セキは完全に呆れてヤサグレ状態になった。

「この美貌で女装でもしろってか、つかこんなでっかい女がヒッチハイクなんかしても、怖くて誰も止まんねーだろ……って、あー! 思い出した!!」

「ブホッ!」

ハクが急に大声で叫んだので、驚いたセキは煙草でむせ返った。

「ゲホッ、ゲホッ、何が……」

「ケンシロウだ! 『こんなデカいババアがいるか!』 って叫んだ奴! 思い出した! 北斗の拳! あーっっ、やっとスッキリした!」

 ハクは一臣とツマグロヒョウモンとやり合ったと時の事を思い出し、半年振りにスッキリ感を味わった。

『何だそりゃ』とセキは思ったが、ハクが自己完結してる事に突っ込んで聞くほど興味は無かった。


「ゲホッ。……いまさら遅くねーか」

咳をひとつして落ち着いた声でセキが言った。

「なにがよ?」

「もう2時間近く経ってんだ、無事なわけねーぞ、下手したらもうあいつは輪姦まわされてっかも知んねえ。大体だな、梶に捕まったら女は終わりだ、賢かったら無傷で解放されっけど、抵抗したら顔の形変わるまで殴られるぞ」

セキの話を聞いて、ハクは車のドアを開けてゆっくりと降りた。それを見たセキは車の換気をしようと自分も降りて、ドアを開け放し少し体を伸ばし、屋根に肘を付きハクを眺めた。

「ヒッチハイクすんのか?」

セキは無言でいるハクに話しかけた。

「なあ……、避難所で殺人事件あったの知ってっか?」

ハクは月の無い夜空を眺めて違う話をし始めた。

「ニュースで見た」

津波の被害の大きかった場所での事件だった。

「あんなに人死んでんの見てんのに、同じ場所で、まだ死体を見てーのかって、頭おかしいんじゃねーのかって思ったんだわ」

「あれは痴話喧嘩か何かが原因だったかな……」

「人間てな、死んだら終わりなんだよな」

 タバコの煙が苦くなり一本強い終わったのをキッカケに、携帯に何度目かの発信ボタンを押し、頭を傾けて流衣が出るのを待つ。

「……殴られてねえ方に賭けたいけどな」

「レイプはいいのかよ」

「良いわけねえだろ、けどそれ事故じゃねーか、んなの虫に刺されたみてえなモンだと思って忘れりゃいいんだ、初めての相手が好きな男じゃねえ女なんて世の中ゴマンといるわ」

車の屋根越しにセキを睨むように言い放った。

「すげえ持論だな。けど、体の傷は消えるけど、心の傷は消えねえって言うじゃねぇか」

 セキは車から体を離して、暗くて見えない足元をみながら喋った。

「生きてるから傷付くんだろ、人生に必要不可欠の経験値上げプレイじゃねぇの、だからひとに優しくできんじゃん? つーか、お前さ……」

 ハクは答えながら、セキの受け答えがいつもより根暗な気がした。問い詰めようとしたその時、7回目のコール音が聞こえなかった。ハッとして耳を澄ませ、切れたのではなく繋がったと分かった瞬間に、ハクは携帯に握る手に力が入った。


「流衣か?」

『……はい』

聞こえて来た流衣の声に、ハクは安心と不安が同時に胸をついた。

「おまえ……、今どこに居るんだよ⁈」

『はい』

 異様な緊張感がその口調から伝わる。

それは近くにいる奴の圧迫感からに他ならない、

蛭のような梶の視線に、怯えている流衣の姿が目に浮かんだ。

「そばに梶がいんの?」

『あ、あの、……今日のバイトは休むってマスターに伝えて下さい』

流衣がその問いかけには答えなかった事で、梶がそばに居るのは確定した。

「バイト?」

今日は『時玄』は休みでバイトなんてない、ハクは流衣の言葉の意味を考えた。

「あたし、行けな……!」

「……どうした⁈」

流衣が何かに驚いて言葉を切った。ハクは携帯越しに聞こえる音に耳を澄ますと、BGMのように重低音で長く鳴らす音がした、それはフェリーの出港を知らせる警笛だった。

「おまえフェリー埠頭に居るのか? だよな⁈」

『あの、あの、あたし……これからレッスンに行く、ので……』

流衣が何度も言葉を切り、すがりつくようにハクに話しかける。それを聞いてハクは、自分の声が相手に聞かれているのではと勘ぐった。

「……って、おまえのアイアンマンシューズ入ったカバン……俺が預かってるぞ、それ必要なら持ってってやるよ」

 カバンがなくてどうやってレッスンするか疑問に思うのと、梶が会話を聞いている事を視野に入れて、それ以上に不用意な発言をしないよう気を遣った。

『大丈夫……ありがとう』

緊張感が薄まったいつもの流衣の声に戻って通話が切れた。

「ちょっと待て、おい!」

ハクは呼びかけたが、携帯は沈黙した。

「掛け直したらどうだ?」

車の屋根に腕を乗せ考え込むように見ていたセキは、携帯が切られたのだと悟り、眉間に皺を寄せてハクに提言した。

「いや……このまま新港に行ってくれ、フェリー埠頭だ」

ハクは車越しにセキに言い放ち、ドアを開けて素早く乗り込んだ。

「どんくらいかかる?」

「こっからだと10分かかんないぜ」

「とにかく急いでくれ」

「テメーの野生の勘、役に立つじゃねーか」

「だと良いがな」

ハクは何かがチグハグな気がしたが、足掛かりがそれしかなく、そこに向かうしか無かった。


「へへっ、殴られたら少し利口になったじゃねーか。ん?」

 梶は流衣の顎を強く掴み自分に向け、余計な口を聞かなかった事を褒めた。流衣は抵抗するのを避けて視線だけを背け、無言で梶の圧迫に耐えた。

 流衣が携帯を切るとすかさず車は走り出した。

「安原〜、秒で着けよ」

梶は流衣のあごを乱暴に離すと、安原に言い放った。

「セナが乗り移っても無理だって」

圭太が横でゲラゲラと笑いながら喋った。

「樺小まで20分は掛かるよな」

普段バイクで走ってるマサ達は、〈樺小〉までの正確なタイムをだす。

「オレが〈秒〉と言ったら〈秒〉なんだよ、分かるよな安原」

「こうか?」

返事と同時に、安原はアクセルをベタ踏みした。

途端、車はグンッ! と勢いよく飛び出した。

「ひゃっほー!」

「マジかよ、サイコー!!」

猛スピードで走る車に圭太とマサは奇声をあげ手を叩いて煽り散らした。

「へっ、やるじゃん」

梶はどっかりと座ったまま満足げに言った。

一般道を猛スピードで走る車に、横道から来る車がブレーキを踏みギリギリで逸れ、対向車は驚いて停止する、道路の凹凸で車がバウンドし、横転しそうになる度に男どもは馬鹿騒ぎ。

「うっひゃー、チンふわポイント炸裂!」

「いっけーええっ!」

「ギャハハッ、おもしれぇ」

 決して広くは無い県道を100キロ超えで走る車に、何時ぶつかるか分からない恐怖に怖気付き、流衣は座席の背もたれにしがみ付いた。


 新港の入り口からセキの車は慎重に進んで行く。

バイクレースの場となったコースを回り、貨物船の発着所を経由してフェリー埠頭に着いた。車種が分からない為にその手段にしたが、フェリーが出航した後の駐車場に止まってる車は、皆社員や関係者の車らしく、流衣達が乗ってる車両は見当たらなかった。

「……居ねえな」

一周して見当たらないとセキは呟くようにいった。

「こんだけ目を皿のようにして見てんのに、居ねえってことは、すれ違ったか」

警笛が自分に聞こえたと読んで移動したのかと思うと、ハクは良心が咎めた。

「おまえの目は元々“皿” 見てえなモンじゃねーか」

「あ? 俺様の目は切れ長なんだよ和風で悪いか」

「良い方にまわんじゃねーよ、ただほっそいだけだろうが! “和風ヒッピー” ってどんなタイトルだ?」

「和風ヒッピー。近日公開未定。って、いや意味わかんねえ。この状況でケンカ売ってくるお前の神経がよ?」

「喧嘩なんて売ってねえ。んな時に冗談言える方がおかしいだろが!」

緊張感を感じないハクの受け答えに苛ついて、セキは車を止めた。

「うっせえな、アホな事言ってねえとしょんべん漏れそうなくらい緊張してんだよ!」

ハクの意外に繊細な一面に、セキはそれ以上突っ込みを入れなかった。

「……一臣にはまだ連絡つかねーのかよ」

「……電波が繋がらねーんだ」

「こんな時に山籠りか? あのギャルとホテル篭もりしてんじゃねーだろーな⁈」

「ありゃ、んじゃ呼ばねえ方がいいか?」

「思いっっきり、呼びやがれ!」

一旦抑えたはずのイライラメートルが上がるセキ。

「さっきから呼んでるわ! ……あ、お!!

 繋がった!!」

ハクの驚愕の声にセキはビクリと驚いた。

『もしもし』

いつものテノールでフラットな一臣の声が聞こえた。

「……おまえ今まで何してたんだよ!」

何回電話かけたと思ってんだよとハクは言いたかった。

『どうしたの?』

「流衣が拉致られた!」

『知ってる』

「は?」

落ち着き払った一臣にハクは聞き違いかと思った。

『梶と話した』

「はあ⁈」

『ハクは何で分かったの?』

一臣が聞いてきた。

「……流衣がバイトに行ってたドラッグストアにあいつのカバンが落ちてたんだよ。あいつがあのカバン落とすわけねーし、店に聞いたらとっくに上がってるっつーし、お前に電話しても出ねーし!」

 一臣のまさかの質問返しに、つい八つ当たり口調になるハク。

『ごめん。今まで切ってた。流衣のカバンはちょっと預かってて貰える?』

「預かる……そりゃ良いけど、流衣にもそう言ったし……」

『言った? いつ!?』

一臣が、切羽詰まった声出したので、ハクは面食らった。

「えっと、10分経ったかな、そのあとお前に電話してんのに繋がらなくて……」

ハクは思わず言い訳がましい口調になってしまう。

『……流衣なんて?』

「それがさ、今からレッスンに行くとか何とか言ってたけど、……変じゃね?」

流衣は朝レッスンに行って終わってるはずで、レッスンバックも自分が持ってる。ハクは狐につままれてる気分になるが、一臣の次の言葉はもっと変だった。

『ビンゴ』

「何が?」

が、ハクが聞き返すのを聞くまでもなく、一臣は

一方的に電話を切った。

「ちょっ、待てよ切るな! おい!」

切れた携帯を見ながらボー然とするハク。

「だから何なんだおまえら!! オレを外に出して、自己完結すんじゃねぇっ!!」

 ハクの怒鳴り声を聞いて、隣で聞いてたセキは声をかけた。

「オレが一番わかんねーぞ?」


 携帯を切りポケットに仕舞うと、一臣は持っていたゴルフクラブのフェースを確認して、ターゲットに向けて、テイクバック(スイング始動)した。

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