第33話 カウントダウン

「神様、ハク様、仏様〜だな」

助手席でふんぞり返って煙草をふかしながら、歌うような口調でハクがのたまう。

「ああ!?」

セキは運転しながら、その姿にキレそうな声を出した。さっきからニタニタしてるハクの顔が鬱陶しくてたまらない。

「数珠繋ぎ36連チャンで4時間出っ放し、4万発抜き、爽快爽快〜」

大勝したハクはテンション爆上がり中

「オメーはジョジョかよ」

「それ言うなら〈貧弱! 貧弱ゥ!〉じゃね?」

「それは〈ディオ〉だ」

「だよな。爽快〜ったら森高千里だよな。ジョジョは言ってねえわ」

森高千里の名前がヒョイと出て来る『時玄』の客層の為せる技を披露してししまうハク。

「ジョジョは〈オラオラオラオラ〉だったな」

「待てよ、お前、漫画詳しかったっけ?」

いつもなら漫画の話に乗ってこないセキの豹変ぶりに困惑するハク。

「オメーを待ってる間に、休憩所にあったの読んだだけだ」

大当たりの後の出球を全部注ぎ込み、その後打つ気がしなくなり、休憩所で時間を潰していたセキ。

「……結局いくら負けたん?」

「3000円……」

小さい声で言いたく無さそうに言うセキ。

「あーなんだ、勝ったみたいなもんじゃねーか」

「マスターみたいな事言うんじゃねーよ」

『小さい負けは勝ったみたいなもの』とする負けを認めたがらない謎のパチンカー論。

「まあとにかく、帰る前に流衣の行ってる教室経由で頼むな」

「またか」

「まあまあ、コーヒーぐらい奢ってやっからさ」

「……12万勝ちでコーヒーかよ」

ケチだなと呟くセキ。

「んじゃあ、今度賄い大盛りにしてやるわ」

「それはオメーじゃなくて、マスターの奢りじゃねーかよ」

「マスターの物は俺のもん俺の物は俺のモン。

……ん?」

ジャイアンみたいな事を言ってると、薬師堂通りのドラッグストアの前を通り過ぎた時、ハクは駐車場の片隅の白い物体が目に入った。咄嗟にいつも流衣が持ち歩いてるレッスンバックに思えた。

「どうした?」

何かに気がついたようなハクの声でセキが反応した。


——……あいつがバイトしてるドラッグストアってここなのか? バレエ教室に近いからそうかも知んねえけど、日曜日はバイトねえはずだし、なにより流衣がいつも命より大事そうに抱えてるカバン落とす訳ねえよな。


「何でもねぇ……」

ハクはきっと自分の見間違いだと思う事にした。



 薬師堂通りに向けて、宮城の萩大通りを自転車で走らせている一臣ほ、少し前から後ろを走る原付に違和感を感じていた。


——……国道を過ぎてだいぶ走ってるのに、自転車おれを抜かない。

その前から背後にいた気がする……ライトを消して。

追走されてる……?


 一臣は原付乗りの顔を確かめる為に、本来曲がる筈の交差点をスルーし、次の片側二車線の交差点に矛先をかえて、赤で止まるよう少しスピードを落とし、広い歩道に自転車を入れて歩行者用の信号を渡る算段で動いた。

 後をつけているなら、少し距離をとって信号で止まるはず、しかしバイクはそのままスッと一臣を追い越し、信号の一番前で止まった。

 一臣は歩行者用信号の前まで来るとバイクの男の真横に立った。男は何事もないようジッと信号を変わるのを待ってる様子に見えた。


——フルヘルで顔の表情は見えないけど、落ち着いてるように見える。

気のせいだったかな……。

……それより、流衣の仕事はもう終わってるはず。


 気を取り直して本来の目的地であるドラッグストアに向かうために、左に進路を変えようと自転車を動かし、さっき繋がらなかった流衣の携帯にもう一度掛けるために携帯を取り出した。

 するとバイクの男は目立つ仕草で左手をぐるっと動かすとヘルメットに手を当てた。

一臣はその動きが気に掛かりジッと見つめ、その男の左の手に巻かれている布、制服のスカートと同じストライプの模様に目が奪われた。

「!」

それはどう見ても流衣のスカートの一部だった。

一臣が手の布に気がついたと分かった原付の男は、コンコンとメットを拳で叩き、人差し指を前方に向け進行方向を指した。

明らかな挑発行為。

——こいつ……!

信号が青に変った瞬間、バイクは一気に走り出した。

一臣もそれに追付いしバイクを追いかけた。

 ふたりが向かった道路の先は問屋街。日曜日休みの会社が多く、営業店舗も閉店時間が早く今現在開いている店はない。会社の中に残っている人もほぼ居ない、その暗く静かな道をバイクと自転車が信号もお構いなく激走した。

 5、60メートル先を行くバイクが、今まで無視して進んでいた赤信号の交差点を突如左折した。交差点の右から車が来た為、接触を避けたのだ。行く方角を見た一臣は直ぐに後を追って交差点を左に折れた。そしてやはり50メートル先に同じ形の尾灯が見えた。その変わらぬ距離感から、一臣は誘導されていると悟った。


——走り屋の三人のウチのひとりか……。

“マサ” ならメット越しでも雰囲気で分かる、“圭太” ならバイクで分かる、バイクも人も印象が薄いなら、コイツは“大樹” だ。


 圭太のバイクは交番の横の空き地まで乗ったから覚えてる、顔もバイクも印象が薄いなら、最初にコンビニで気絶させた大樹に違いないと、一臣は判断した。誰なのか判明したあと一臣は直ぐに行動に移した。

 日曜日の問屋街の裏通裏は人の通りもなく、車も通らないまるでゴーストタウンのようだった。

一臣は右に曲がり路地裏より更に狭い通りに入っていった。

「ああ⁈」

バックミラーから消えた自転車に大樹は声を出した。

「ざけんな」

ブレーキをかけてバイクを反転させ急いで一臣の消えた場所まで戻った。そこは卸問屋の店舗の駐車場だが、どこを見渡しても一臣は居ない。

 進んで行って駐車場の反対側の道路も見渡したが、街頭で見える範囲には人影も車の往来も自転車も無かった。

「あのガキどこ行きやがった⁈」

大樹は原付を止めて跨ったまま悪態をついた。


——マズイ……。あの泣き黒子を1時間連れ回せって言われてんのに。

しくじったら何されっかわかんねえ……。


大樹はゲーセンの入り口で梶に蹴り上げられたことを思い出してゾッとした。

 

——折れたあばらがやっと治ったってのに……。もう痛い思いすんのやだって言ってんのに、マサの奴がやたら執着して手伝えって言って来て、あの泣き黒子はこっちから手を出さないかぎり手を出して来ないっていうから……確かに向こうから殴って来た事なかったし、だから誘い出す役ならって引き受けたのによ。


「……あいつ、マジでどこ行ったんだよ、計画が狂うじゃねーか」

「なんの計画?」

背後から声がした瞬間、大樹は後ろに引きずり倒された。

「うお!」

背中から原付バイク諸共に駐車場のアスファルトに叩き付けられ、ヘルメットはその勢いで脱げて転がっていった。

「……テメェッ、ごぁ!」

 倒れた体制を立て直そうと顔を上げた、その顔の左の頰を一臣に殴られ、反動で右の額をアスファルトの模様がつくほど打ち、強い衝撃で大樹は意識が飛んだ。

「起きろ」

一臣に揺すられて意識は戻った、けれど大樹の視界はまだボヤけていた。

身体が重い。

違う、動かない。

泣き黒子がハッキリと見え出した時、大樹は仰向けの体の上に自分の原付バイクが乗っているのが見えた。

「なん……!」

体を捩ったが動かない、仰向けの体がまるでアスファルトにめり込んだように錯覚した。よく見ると右腕は身体の下になりその上に原チャリが乗ってる。左腕は一臣が膝で押さえ付け、胸ぐらを掴まれたまま真っ直ぐに顔を見られた。

「なんの計画?」

一臣は相手の顔を凝視し、確かに新港で見た“大樹” だと確信した上で、同じセリフを繰り返した。

優位に立っていた筈なのに、相手から攻撃を仕掛けてくると思わなかった大樹は、予想外の出来事に言葉が出なかった。

 何も言わない大樹に一臣は質問を変えた。

「これなに?」

「ぎゃあああああ」

大樹の左手に巻かれたスカートの布を本人に見える様に掲げる為、二の腕を足で押さえたまま腕を捻り上げると、反動で肘の関節が外れ大樹はその痛みに大声を出した。

「うわっうわあー!」

骨の折れた感覚とは違う気持ちの悪い痛みに大樹はパニックになった。

「なんだよこれっ! うわああーっ」

「それは答えじゃない」

一臣は、質問に答えない大樹の腕を捻り上げた逆方向に回すと、大樹は更に悲鳴を上げた。

「ヒイイ!」

 パニックになった大樹を見て、痛みに弱いタイプだと感じた一臣は、面倒臭くなり元に戻したのだが、大樹は叫び続けた。

「元に戻したんだけど」

一臣の冷静な声で語り掛けられ、少し気が戻って来た大樹は恐る恐る腕を動かした。痛みはあるが動かせた。

「話す気になった?」

「……ざけんな」

涙目のままそれでも大樹はまだ一臣を睨むことが出来た。

「分かった」

挑戦だと受け取った一臣は、容赦は要らないと判断した。大樹の左腕を自身の右足で踏んだまま立ち上がり、左足を原チャリに乗せそこに体重をかけた。

「ぎゃあ!」

大樹の身体に、原チャリの形に沿った痛みが湧き上がった。

50ccの原付バイクは二輪車の中では軽いとはいえ総重量は70を超える。それに一臣の体重が加わってABS樹脂で出来たボディカウルが身体にめり込みミシミシと音を立てる。

 痛みより苦しみほうが恐怖心の感覚の効果が高いことを一臣は知っている。

大樹は悪夢を見た。

 ハンドルが首元に重くのし掛かり、殴られた頰や叩きつけられた頭部、関節を外された痛みを忘れるほど苦しくて声も出せない。


——死ぬ……!


 そう思った瞬間、ふっと重さがなくなり呼吸が出来るようになった。大樹は溺れた人間の程で必死で肺に空気を入れた。

やっと呼吸をしたと思った瞬間、まだ気道が圧迫され、息が出来なくなった。大樹が一呼吸したのを見るや、間髪を置かずに一臣は再び自分の体重をバイクにかけた。

「ううっ……」

 大樹は苦しそうな呻き声を出したが、それによって一臣が手を緩めることはなかった。大樹が気を失う前に一旦緩め、息をついた後また力を込める行為を、大樹から思考力を奪うため容赦なく繰り返した。

 自分の体の下敷きになってる右腕はもはや感覚はない、体は思う通りに動かせる状態ではなく、声も出せず助けを呼ぶことも出来ないと大樹は悟った。


——怖い……。

梶のイカレた怖さと違う。

……殺される……。


 泣き叫ぶ相手の姿を見てもて遊ぶ猫と、確実に息の根を止めに行く肉食動物ハンターの怖さの違いを理解した大樹は、ここで死ぬんだと思った途端に目に涙が浮かんだ。

 息をするタイミングが来た大樹は、大きく息を吸い込んだ、なんとか生き延びようと、なるべく早く沢山の空気を吸いこんだ。

……だが〈次〉が来ない。

大樹は訝しみ薄目で垣間見ると、一臣は憂い気な瞳を向けていた。


——仕事が終わって携帯を見たら俺の着信に気がつく筈、なのにかけ直して来ない……。

いや、まだ仕事してるのかもしれないし、携帯を見ずに家に帰ったのかもしれない。

そう思いたい……でも……それは無い。

バスで帰るのだとしたら携帯で時間を確認する……必ず。

もう既に囚われているのだとしたら……。


 自分の推測が外れて欲しいと願いながら、一臣は気持ちを切り替えて厳しい目をした。

「計画を全て話すなら解放してやる。いやならこのまま続けるけどどうする?」

「言う……何でも言うから!」

抑揚の無い喋り方が、無表情で人を殺すロボットに見えた大樹が頷いて答えると、応えるように一臣はバイクから足を退けた。

「これを見せれば奴がついて来るから、そのまま引っ張り回せって言われた、梶達に」

大樹は腕に巻いたスカートの切れ端を見せながら喋った。

「陽動作戦に出たところを見ると、拉致するつもりだな」

ぴしゃりと言い当てた一臣に、大樹は生唾を飲み込んだ。

「……女を拉致るから〈泣き黒子〉を引っ張り回せって言われたんだ、……泉ヶ岳に行くから別の方向に行けって……」

呼吸を整えながら上目遣いで話す大樹。

 何でも言うと言いながら口籠る大樹に、苛立ち覚えた一臣は大樹の前髪を掴み顔を持ち上げ自身の顔を近づけた。

「泉ヶ岳? ふざけるな。時間稼ぎするならもっとマシな嘘をつけ」

怒り口調の一臣は大樹の前髪を弾く様にはなし、再び足をバイクに乗せた。

「嘘じゃ無いっ! 車パクったら狩野流衣って女を拉致って、空き家に連れ込むから一時間は引っ張り回せって言われたんだよ!」

 大樹の口から流衣の名前が出た瞬間に、一臣の血の気が引いた。フルネームを知ってるということは調べ上げてる。しかも空き家に連れ込むという事が何を意味してるかも。

 頭に血が上るのを抑え一臣は考えた。

 拉致するなら車が必要で、自分の家の車を使わない所から、犯罪の足が付かないように立ち回ってるのが分かる。

一臣は原チャリをどかし、大樹を一旦解放すると、

大樹はほっとした顔をしてゆっくり起き上がり、身体の節々の痛みを確認した。

「で?」

逆らう気がないのを確認し、一臣は大樹の目の前にしゃがみ込んで真っ直ぐに顔を向け、全て吐くように促した。

「大和町の工事現場の駐車場に夏から無断で停めてる黒いシビックがあって、それなら上手い事チャれるって梶が言ってた、原チャ乗ってん奴でお前を引っ張るってなって、圭太の原チャ調子悪りぃからオレやるってなって、んで車をパクった後オレに連絡するからそのあと泉ヶ岳に向かう間、お前を連れまわせって言われたんだ、それで全部だよ」

 大樹は原チャリで動ける役割分担でその役に着いた事を、一臣に睨まれている恐怖からか軽いパニックを起こしながら、辿々しい言葉づかいで話した。

「無駄が多くて整合性がない、誰が嘘をついてる?」

 一臣は話の矛盾点に気がつき大樹を睨んだ。しかしそのまま全て話した大樹は、嘘は付いてないのに疑われてさっきの痛みがぶり返し、拷問はゴメンだと焦り必死に言い訳し始めた。

「オレが知ってんのはそれだけだって! マサの奴がこだわってお前に落とし前つけるってしつけえから、付き合っただけで、こんなっ……ご!」

 一臣は近づけた大樹の顔に頭付きを食らわせた。

「うっ、うっ!」

 勢いで後ろにひっくり返った大樹は、鼻血が噴き出す顔を手で覆いながら悶えた。

 梶が走り屋を捨て駒にしようとして、正しい情報を伝えてないのは分かる、けど言い訳がましい大樹の口調に一臣は耐えかねた。

「お前は何も分かってない。そこで寝てろ」

 立ち上がり大樹を上から見下ろして言い放った。


——これで7対1……。


一臣はそう考えながら、陰に留めていた自転車の元に走った。

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