第32話 ノーリプライ

 冬至を過ぎた12月の仙台は、午後3時を過ぎた辺りから夕方の風情を出し始めた。

「……来た」

休日出勤中で不在の父親の書斎でPCの前に陣取り、一臣は動き始めた画面に食い付いた。

パスワードの解析が終了し、県立第二工業高校内部の個人情報のページに入り込んで行く。

梶竜二かじりゅうじ 平成三年十月七日生。住所・青葉区上杉8丁目3の23。三年機械科在学中。平成23年1月、道路交通法違反にて10日間停学処分。出席日数未満及び単位修得ならず留年処分とする。同年5月遊戯施設にて右足脛骨を複雑骨折にて三ヶ月の休学。9月復学』

 

——9月に復学。脛骨の複雑骨折。留年して三年生なら19歳、ハクと同い年。

……隣の八間はちけん中出身なのに今現在の住所が上杉町なのは、高校に入ってから引っ越したのか……何にしてもこの辺の地理に詳しい筈。


一臣はあの時に聴いた名前のもうひとりの「安原」を検索した。

安原やすはら隼人はやと 平成三年九月九日生。泉区西黒松一丁目7。平成23年1月から3月迄欠席。出席日数不足により3月28日付け留年処分。三学年機械科在学中』


——1月から3月まで欠席。

まさか同じく留年する為?

……あの時ハクに「舎弟かよ」と言われて露骨に嫌な顔をした奴が……。


一臣は梶達の仲間関係に底深い闇を感じた。


——目的を共有しない部活仲間と一緒だ。勝つ為に練習する人間と内申書の為に3年間続ける奴がいるのと同じ、同じ場所に居るのに、目的意識と動機付けが違いすぎる。


 中学の時の部活動は必修だったので、県大会などの出場で内申が上がり、前期の受験が受けられる特典目当てに、文化系より運動部に入ってくる人間を大勢見て来た。取り分けサッカー部と野球部が県大会常連だったので、ネームバリューに便乗して50人はいたと記憶している。

 今朝早くに車屋まで行って聞いた、渋谷の情報も頭をよぎった。


〈兵隊が集まりやがった〉


「兵隊?」

一臣が聞き返すと渋谷が頷いた。

「確かにそう言ったよ。離れてたから他の話は詳しく聞こえなかったけど、そこは嬉しいそうに声を張ったからね」


梶達のあのメンツは5人。

そこに走り屋が3人。


「あの梶って奴、大手建設会社の社長の息子なんだよね、問題行動しても停学で収まるのはそれなんだ、結局、工業高校は建設業界の繋がりあるからね」

渋谷は車検の為に預かった車のボンネットを開けた。

「社長の息子……それにしては品がない」

「愛人の子だからね」

「へえ……」

「それがさ、相手がキャバ嬢だったらしくて、若いのに入れあげたって奥さんがブチギレて、裁判起こして地元の話題のマトだったんだ、一時期だけで直ぐ静かになったから逆に色んな噂が飛んでね、結局は男子が奴だけだったから引き取られて、母親は金貰った後に男と逃げた、って噂で落ち着いたんだよね、10年くらい前の話だけど」


——10年前なら、アイツは10歳になってない。


その話が本当で小学中学年の頃に親に捨てたられたら、情操観念の無い人間に育つだろうなと一臣は思った。

「8人いて……仕掛けてこない……」

 点検シートに記入しながら、エンジンルームの中をチェックしていく渋谷。その迷いの無い動きに一臣は視線を這わせると、渋谷の動きとは真逆な、違和感しかない奴らの企みを見抜けない自分の苛立ちを声に出した。

「……それは過大評価じゃ無いのかな」

渋谷が一臣の疑問に答えた。

「過大評価?」

一臣は不可解な面持ちになった。

「綿密に計画を練る奴らじゃ無いよ、単純に動けなかっただけだと思う。つい最近まで常に要人が震災慰問に来てたから、パトカーは走り回ってるし、検問は多いし、要人警護の警察の目は厳しいから職質容赦なかったかんね、とにかく理由をつけて引っ張られるから、スネに傷持つ奴は大人しくなるよ」

 夏の風物詩の様に爆音で走り回る暴走族や、スピード狂ともいえる走り屋達が今年現れなかったのは、そういった事情が含まれていた。11月までは毎月被災地訪問で各国の要人が訪れて、警察も機動隊もかなりの数がでて警戒していたのだ。

 12月に入ると国内のスポーツ選手が専門分野で小規模なイベントを行う程度になって、警戒レベルが引き下げられた。

「そうか……」

「君みたいに本を1、2冊読んでバイクの修理出来る奴らじゃない、喧嘩上等も通じない、基準を下げて視点を定めないとダメだよ」

 渋谷の発言で、一臣の中の違和感。合わないパズルのピースが少し埋まった気がした。


 一臣はパソコンの画面を見て、梶の本来の同級生達四年生を検索した。

機械科が3名。

電子機械化が5名

その中から、梶達と同じ機械科の3名をクリックした。

今田優樹、後藤大夢、菊池亮介。


——元の同級生で年齢も一緒。5人しかいないクラスでふたり留年したのなら、この3人で合ってる気がする。


一臣は以前に解体現場で対峙した五人の顔を思い出したが、さすがに顔と名前は一致しない。名前が発せられたのは〈梶〉と〈安原〉だけだった。


——待てよ、工業の4年生なら春に卒業だ。おそらく就職も決まってる。

それが留年した梶達とつるむのか?

……あの女の子達の話では走り屋のマサ達は、元々学校のダチ5、6人とつるんで原チャリや単車を乗り回してたらしいけど、あの事件からマサ、圭太、大樹の3人は完全に走り屋から離脱した、というより単車乗りから除け者扱いされていると言っていた。

そこで梶達に会ったら話に乗るだろう。

走り屋の連中が3人、なら総勢5人……?

兵隊が集まったと豪語するなら少ない気がする。

やはり同級生も仲間のままなのか……。

その3人を仲間として留めているなら、脅してると考えるほうが自然かも知れない。

そんな連中の集団なら統率は無い。

集団心理も無い。

同調はしても服従では無い。

協調生が無い中で繋がる理由は報酬と強制。

暴力を使った強制の仕上げに行き着く場所は服従と報酬だ。

あいつらに服従に意味があるとは思えない。


奴らの報酬ゴールは……俺を潰す事だ。


真っ正面から来れば、奴らの気が済むまで黙って殴られてやるのに……。

けど……今は事情が違う。


流衣の姿が脳裏に浮かび一臣は思考が止まった。

 気を取り直して一臣は再びパソコンに向かい、今度は現在の同級生を検索し始めた。

三学年は全部で12名、ふたクラス6名ずつだった。

阿部海斗、佐藤隆太、関郷、赤嶺剛……。

せきの名前が出て来てそこに一瞬止まったが、その後の名前が目に入り一旦スルーした後脳内に戻ってきた。

「赤嶺……?」

何処かで聞いたことがある……と一臣は思った。


——赤嶺……何処で?


一臣は記憶の中を探り、思い出す為に意識を集中させた。


——赤嶺、赤嶺……

『赤嶺!』

南中の選手が叫んでるシーンが浮かんだ。

思い出した! 

中一の時対戦した南中の10番!

試合中に怪我して……俺からボールを取ろうとして、無理な体制で転んでそのまま途中退場した三年生のキャプテンだ。


 中学生になって初めての中総体で、地区予選決勝を思い出した一臣は、背中にざわりと伝う冷たいものを感じた。


——名字だけでは同一人物かどうかわからない。

でも〈赤嶺〉……珍しい苗字ではなくとも、何処にでもあるというわけでも無い。学校で一人いるかいないかのレベルで年齢が一緒なら同じ人間の可能性が高い。

恨まれてる……? 

……まさか……試合中のアクシデントは付き物だし、仕掛けて来たのは向こうの方だ。

でも……司令塔があの中に入ったら……どうなる。


 違和感という名のパズルのピースが、完成に近づき始めた。次第に気が落ち着かなくなり、騒つく心を抑えきれずに一臣は立ち上がって、パソコンの画面をログアウトしてから上着を手に取り部屋から出た。

 玄関でブーツを履きながら隅に置いてあるゴルフのキャディバックを眺め見た。

 震災後に燃費の消費を極力抑えるために車から降ろされた父のキャディバックが、年の瀬に今だにそこにある事に強い印象が残る。一臣はフードカバーを開けて中を覗いた、長年愛用している本間のゴルフクラブは、バックと共に大分使い込まれた物たちだったが、フルセットの中に全く使った形跡のないウッドクラブが2本あった。2番ブラッシーと4番バッフィ。その内の2ブラッシーをケースから引き出し、いつでも持ち歩けるようにウッドの小分け用のクラブケースに入れて、本体のフードカバーを元に戻した。

分けたウッドを使わなくて済むことを祈り、下駄箱の横の空きスペースの奥に立てかけて家から出ようとした。

その時、ガチャンと鍵が開き、扉が開いて母が買い物の荷物を下げて入って来た。

「ただいま。いってらっしゃい」

玄関で息子とバッティングした母は、今出ようとしていた息子を見て、咄嗟に口から出た。

「……おかえりなさい。行って来ます」

一臣も応え、玄関の扉を抑えて母が中に入るまで待った。

「夜ご飯は?」

母の紗織は日曜の夕方から何処に行くのか聞くのをためらい、いつも通りの問いかけをしてしまった。

「要らない」

一臣もいつも通りに答えて、入れ替わりに外に出ようとしたら、母親から話しかけられた。

「あ、そうだ、今日あの娘に会ったわよ。狩野さん」

「いつ……どこで?」

息子との会話を試みた母の紗織。案の定、足が止まった息子と、会話の食いつき具合に勝った気分になった。

「いつものドラッグストアが天井の補修中でお休みだったから、ちょっと足を伸ばして薬師寺通りのお店まで行ったのよ。そしたらそこでバイトしてたの、色んな所で働いてるなんて、狩野さん偉いのね」

だがそれは一臣にとってはギョッとする話題だった。

「日曜はバイト無いはずじゃ……」

 いつもならバレエのレッスンだけの筈。バレエ教室の立地は人目がある、それに今日は帰る時間を見計らってハクに行くように頼んでいたので、バイト先はノーガードだった。

「あら、良く知ってるのね。なんか今日は臨時で6時まで入るって言ってたわ」

「6時……」

一臣は携帯の時間を見た。

5時56分。


——あの馬鹿!


一臣はクラブケースを掴み外に出て行った。


「えーと……デートなら遅刻は厳禁よ〜」

あっという間に目の前から消えた息子に、残された母は寂しそうに呟いた。


 一臣はクラブケースを自転車のシャフトに付けてから、急いで走り出すと、その後ろに原付バイクがライトを付けずにゆっくりと付けた。

一臣は気が急いていてその事に気が付かなかった。

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