第25話 一夜明けて
土曜日の朝、流衣はいつもと変わらずホテルでのバイトに励んでいた。
12月24日はクリスマスイブ。一般的にはクリスマスより盛り上がるイブ。でも流衣はいつも通り自主練がある。発表会の次の日は生徒はみんなお休み。ローザンヌを控えてる流衣だけは休みはなかった。
「ありがとうございましたー」
8時30分、朝食バイキングの最後の客がホールから出ていき、後は片付けだけ。市川が復帰して来て清掃に戻って居た流衣だが、今日は市川の子供が熱を出してのピンチヒッター。そして朝食ラウンジ最後まで居られる土曜日は、流衣には嬉しい賄いの特典が付く。
バイキングの惣菜の残り物がメインだが、流衣にはそれで十分であった。
「狩野さん。いつもご飯だね」
最上は、厨房の片隅のスペースに腰掛け、バターロールにマーガリンを塗りながら、今まさに卵かけご飯を食べようとして、隣に座っている流衣に話しかけた。
「お米が好きなので……」
「それに結構大量だよね」
流衣は、金平ごぼう、ほうれん草の卵炒り、切り鮭等々、バイキング・オールスターズに囲まれている。
「すいません……欲張っちゃって……」
昨日の今日で朝寝坊して朝食抜きだった流衣は、お腹が空いて、ここぞとばかりに栄養を取ろうとした自分が、浅ましいと指摘されたと思った。
「惣菜は残ったら廃棄になるんだからそこは遠慮しないでいいよ。それより痩せてるよね、食べても太らないのタイプなの?」
ロールパン一個食べ終えて、妬ましそうに流衣を見ながらコーヒーをすする最上は、流衣がバレエをやってる事は知らない。
「そんな訳ないです……」
普段の食生活と運動量が反比例していて、肥る要素はない、それどころか、発表会でバタバタして昨日はろくに食べてない。あれだけ動いて朝はご飯と味噌汁だけなら、肥るどころか確実に痩せてる。
——そうだっ、なんかお腹すいてると思ったら、昨日遅めの朝ごはん食べた後、なにも食べて無かった! 24時間ぶりのご飯だっ。
「いただきまーす」
「どうぞ〜」
最上の返事は合言葉に近かった。
——わーん、卵かけご飯美味し〜い。お浸し、ポテサラも美味し、お豆腐の甘酢餡かけも〜、甘い金平も……そういえば、お父さんの作る金平ごぼう、辛くてしょっぱかったな、あれまた食べたいけど、お父さん最近疲れていつも寝てるし、作ってって言いづらい……。あ、そっか、自分で作れば良いのか!
今度作り方聞いてみよう。
久しぶりの食事なので、胃が痛くならないように、ゆっくりと噛んでる間に、流衣は最近の父親の疲れ切った様子が目に浮かんだ。農業一筋だった父が、慣れない派遣社員の仕事でクタクタに疲れ、家では常にうたた寝している姿を見ていると、声もかけられなかった、でもごぼうのおかげで話しかけるキッカケが出来て、流衣はちょっとだけ心が軽くなる。
「良いなあ、食べても太らない人……狩野さんて何キロ位?」
流衣の食べる姿を妬まし気に見て、最上はコーヒーカップを手で持て余した。
「キロ? ……えっと、どのくらいだろう40……1か2かな?」
痩せ型女子は気を遣って、大体1or2キロ多く申告するのを処世術と化していた。
「嘘だあ、その手首なら絶対40切ってるでしょ?」
「手首?」
流衣は思いがけない指摘にジッと手首を見る。
「足首の細いぽっちゃりは居るけど、手首の細いぽっちゃりいないでしょう? 手首で大体分かるじゃない、38とかじゃないの?」
足首の細さと手首の細さに付いて、
「えっと……測ってないから……よくわからなくて」
38キロと言われて流衣はドキッとした。
——ローザンヌの体重規定……BMI16以下がダメで、えっと38キロってギリギリ? アウト⁈。
「え〜だって、朝一で測るでしょ普通」
「うち体重計無くて」
「うそぉ、そんなウチある〜⁈」
「流されちゃったので……」
「ええ!?」
最上は流衣が被災者だと初めて知ったのだ。
「ごめん、知らなかった」
反省する様にシュンとする最上だが、流衣の頭の中はBMIの計算で手一杯だった。
「いえ。体重計ってわざわざ買わなくてもいいかな〜て思って」
「そうだよね」
「なんだなんだ.なんで体重の話してんの?」
唐突にマネージャーが大きな身体を揺さぶって現れた。
「ちょっと、女子の話に割り込まないでよ」
「女子?」
32歳の自分よりひとつ歳上の最上が自分を女子と言ったので、マネージャーは声と同時にプッと吹き出した。
「今、笑わなかった?」
最上は年齢の事を笑われたのだと悟り、ギッと睨んだ。
「すみません」
睨みが効いてマネージャーは頭を下げて謝る。
「狩野さんは細いなって話してたの」
「確かに痩せてるなあ」
——えっと〈体重〉引く〈身長〉二乗だから……。
「結構食べるのに肥らないの、羨ましい」
「最上さんは丁度良いくらいじゃない?」
マネージャーのフォローに慰めの効果はない。標準体重でも、女子の目指すところは美容体重。
——152.7だけど四捨五入して153だから、二乗で306? 違う違う! それ×2! 二乗は153×153だから……9、15で一くり上がって……。
携帯に計算機能がある事を忘却して暗算し始める流衣。
「私の事じゃなくて、痩せてる子の方が可愛いくみえるし、男の人だって痩せてる子が好きでしょ?」
「ぽっちゃりしてる方が好きな男の方が多いよ」
「男の言うぽっちゃりと、女の思うぽっちゃりはレベル違うんじゃない?」
——一段目が459で、次が15、25、5、で45。……ああっ違う、足しちゃダメ! 並べてっ、5、次、繰り上がり足して6、次、又足して7。で、567……違う、逆〜!
頭の中だけだと位置が定まらない、流衣は数字に四苦八苦してた。
「いやでもさ、狩野さんくらい細いと抱きがいないよな、折れちゃいそうだしさ」
「はあ⁈」
マネージャーがヘラヘラと言った事に、最上は露骨に嫌な顔をした。
「ちょっとさあ、それいう? あたしらならともかく、狩野さん高校生よ?」
「阿部ちゃん、それセクハラだかんね」
マネージャーの後ろから、仕事を終え着替えも済ませた清掃班の伊藤が立っていた。
「立場的にもパワハラって言われてもおかしくないよ! 流衣ちゃん気にしなくて良いからね!」
「足して、1377。ウソだぁっ、……え!?」
計算に夢中になっていた流衣は、伊藤に名前を呼ばれてようやく気が付き振り向いた。
「伊藤さん、お疲れ様です」
最上が挨拶で水を差した。
「ちょっと阿部ちゃん聞いてんの?」
「あははっ。僕はそろそろフロント行かないと、じゃあ!」
バツが悪くなったマネージャーは、太い胴体を感じさせない速さでフロントの方角に走っていった。
「逃げやがった!」
最上は国民的モビルスーツの足下にされた敵兵パイロットの口調で喋ると、一気にコーヒーを飲み干した。
「えっと……すみません、考え事してて気が付かなくて……」
流衣にはなんで最上と伊藤が起こり気味なのかも、マネージャーが走って行ったのかも分かってない。そんな流衣を見て、伊藤が口を開いた。
「いいのよぉ、流衣ちゃんは気にしなくて! それにしても阿部ちゃん逃げ足速いわね」
伊藤はフンッと鼻息を荒くした。
「あたし今日通しなんで、後でイジメときます」
「よろしくね最上ちゃん」
「はあい」
セクハラに関しては不思議な連帯感がある女子部達。
「あの……」
流衣は何をどう口を挟んで良いのかわからない。
「流衣ちゃん。まだ食べてた?」
「すみませんっ」
久しぶりの食事で、半分も行かないうちにお腹がいっぱいになり、スピードダウンしていた。種類は多いが量としては大した事はない。
「謝らなくて良いのよ。……今ねえ、旦那から電話あって、熱があるから帰って来いってのよ。だからさ、悪いけど今日先に帰っても良い?」
「ええっ。旦那さん大丈夫ですか?」
「勿論、大した事ないわよ。男って大袈裟なのよ、8度超えただけで死にそうな声出すんだから!」
「あれ9度超えたら〈遺書〉書き始めますよ」
ちょっと熱が出ただけで、死にそうな顔をする男が可愛いと思えるのは20代女子までと、呆れる主婦とそれで冷めた30代。
「あたしは大丈夫なので、気にしないでください」
「ごめんね。今日土曜日だから、病院午前中で終わっちゃうんだもの。流衣ちゃん、誰か迎えに来てくれる人居る?」
流衣はドキっとした。
「いえあの……バスで行きますから、平気です」
「そお? ごめん。お先するね」
土曜日は学校では無く、国道沿いのバス停まで送ってもらっていた。道路を渡れば『時玄』がもう目の前の位置。伊藤は流衣がバスに乗り、レッスンに向かうと思っている。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でーす」
ふたりから挨拶されて、伊藤は申し訳なさそうに帰って行った。
「さーてと、私もレストランの方に移動するから、狩野さんはゆっくりしてね、食べ終わったらいつも通り食洗機に入れといてね」
「はい」
最上も厨房から出て行って、流衣はポツンとひとりぼっちになった。
「……食べちゃお」
バイキング用の9分割されたお皿に残った惣菜の残りに少しずつ箸をつけた。
——『迎えに来てくれる人』って言われて、臣くん思い浮かんだけど、流石にここまで来てもらうの悪いし……。それに……何となく気まずい……。
流衣は物凄く長い一日だった昨日の事を考えた。
陽菜が倒れて、代役で踊った〈タランテラ〉が何故か秋山とのバトルになって、それからアドリブ合戦なって、トウシューズはダメになり、回避したはずなのにダメ押しのようにキスされた。最初は嫌だった秋山の言動も、理由が分かって理解出来た。〈春の精霊〉は拍手を貰い、〈四季の精霊〉は満場の拍手で称賛されて、最後に先生から花束貰って、しかもそれを一臣から渡されて、感動したまま一日が終わる筈だった。なのに……。
——……帰りの車の中で……臣くん……一言も喋らなかった。
車から降りて「また明日ね」の挨拶に返事をしたのはハクだけだった。
——セキはいつもそうだけど、「ああ」とか「んー」とかで、でも臣くん……何も言わなかった。ずっと外向いて視線も合わせてくれなかったし、あたしお花抱えて浮かれてたから、車を降りてから分かったし……。
一臣の乗った車が走り去り、角を曲がるブレーキランプの点滅が、時間遅れの寂しさに流衣の瞳に焼きついた。
「バレエ……つまらなかったのかな……」
流衣は最後のほうれん草を口に運んで、しょんぼりと下を向いた。
食事を終えて片付けた後、いつも通りに学校の制服に着替えてタイムカードを押す。とはいえ、会社は派遣の形態なので、時給には換算されない。あくまでも出勤確認のため。流衣はホテルの裏口から出ると、産業道路のバス停迄歩いた。
バス停の時刻表に書かれた時間は11:47分。ただいまの時刻9:45分。
「土曜日だもんね……」
車社会である仙台市は、街中でもない限りバス時間は貧弱である。平日は通勤時間以外は1時間に一本、土日は更に少ない午前中の今まさに〈魔〉の時間帯だった。
——歩こう……。1時間歩けば着くだろうし……。おっきい道通れば流石に迷わないよね。
そう決心して歩き出す流衣。
しかしながらバレリーナは歩くのが苦手、数分で後悔する事になる。
「……股関節がっ、膝がっ、めっちゃんこツラいっ! まだ10分しか歩いてないのに〜、荷物だってそんなに無いのに〜」
学校から一臣との待ち合わせの公園まで、毎日10分くらいは歩いているのだが、ゴール地点と通過地点との差が疲労感を爆誕させる。
——真っ直ぐ歩くのこんなにしんどかったっけっ⁈
それは他ならない、昨日の発表会が原因である。強い意志を持って、アンディオールを保ち踊り続けた結果、体がそれを覚えてしまったのだ。
体に染み付いた脚の旋回位置が、歩行の為に必要な脚の筋肉の邪魔をする。
——よく考えたらずっと自転車だったから〈歩く〉ってあまりなかったかも、自転車壊れてからは伊藤さんや臣くんに送って貰ってたから気付かなかった……。
ああでも、バス待つの嫌だし、タクシー乗るお金ないし……ゆっくり歩くしかないか。
決心して、レッスンバックを抱えて再び歩き出した。ほどなくすると、4車線の幹線道路沿いの脇道2車線からの交差点、幹線道路側には歩道橋が有る。真っ直ぐ目の前の横断歩道の赤信号と、歩道橋に書かれた文字に目が行き、足も同時に止まった。
——〈ヒノノニトン〉って何だろう……。
普段通らない道の横断歩道の真ん中、初めて見たロゴ。日野自動車のトラックの宣伝だが、流衣には〈日野〉も〈2トントラック〉もわからない。
——ヒノノニトン、ヒノノニトン。なんか面白い。呪文みたい。
広告戦略の狙い通りに見ハマり、素直に繰り返していると、いつの間にか横断歩道の向こう側に、一臣が自転車に乗ったまま立っているのが見えた。
「……臣くん⁈」
驚いた流衣は、咄嗟に名前を叫んで、一臣の所に駆け寄ろうとした。
それを見た一臣は手を突き出して流衣を止めた。
キキッー!
白い商用車のワゴンが急ブレーキで止まった。
「ヒャ!」
赤信号で飛び出そうとした流衣は、危なく車に轢かれそうになった。
「ごめんなさい!」
驚いた流衣は止まった車に全力でお辞儀して謝ると、車の中の中年の男性は、驚顔から怒ったようにムッとした顔をすると、流衣と一臣を見比べ、一変した笑顔で頷きながら走り去って行った。
青信号に変わり、車が来ないのを確認して、流衣は横断歩道を渡って一臣の元に駆け寄った。
「なんで? どうして臣くんここに居るの⁈」
さっきまでの気まずい思いも忘れ、横断歩道歩道を渡り切ってない位置で問いかける流衣。一臣はその流衣の腕を掴み、歩道の内側に歩いて誘導した。
「やっぱり」
一臣は溜め息混じりに言うと、保護した迷子の子犬を放す様に流衣の腕から手を離した。
「あの……」
いつもの一臣に、流衣は恥ずかしいやら嬉しいやらの感情を隠す間も無かった。
「いつも乗ってくる車、1209のローズピンクのワゴンRだよね?」
「……はい」
迷った。車種もナンバープレートも覚えてない、でも色は合ってる。
「その車が女の人ひとりで、学校の方に走って行ったから、おかしいと思って」
——え? ……それだけ?
流衣はまだ一臣がここに居るの事に合点がいかない。
「うん、あの……伊藤さんの旦那さんが具合が悪くて、病院行くから先に帰ったの」
「だろうね」
予測済の一臣の返事が返ってきた。
——って、ひょっとして臣くん、伊藤さんがひとりで車に乗ってるの見ただけでそれわかったの?
「なんで連絡しないの?」
流衣の考えが纏まる前に一臣が喋った。
「それはその、悪いかなって思って」
気まずい思いをしてたのは、自分の独りよがりだと思い、口に出せなかった。
「遠慮しないように、前に言ったけど」
「あ、はい。……ごめんなさい」
無表情のまま有無を言わさぬ一臣の声色に、思わず謝ってしまう。
——なんかあたしお説教されてる気がするけど
……なんで?
イタズラした覚えがないのに、飼い主に怒られてる柴犬の気分。下を向く流衣の手から一臣はカバンを持ち上げてもぎ取り自転車のカゴに入れ、サドルに跨った。
「乗って」
——乗って良いんだ……。
流衣は釈然としないまま、いつも通りに後ろに乗ると、一臣はゆっくりと走り出した。
——臣くん、ここまで迎えにきてくれたんだよね。でもなんか……ありがとうって言えないというか、言いたくないと言うか……。
でも……聞いときたい。
「……あのね」
複雑な感覚のまま、一臣に話しかけた。
「なに?」
背後から小さく聞こえてきた声に一臣は反応した。
「昨日、……つまらなかったかなって思って……退屈だった?」
辿々しく言葉を繋げ様子を伺った。
「そんな事ないけど」
「ほんと?」
救われる一言に明るくなった。
「バレエは分からないけど、流衣が上手いのは分かった」
秋山との踊りは比べようが無い。けれど4人で同じ振りを同時に踊れば、上手い人間は際立ちそこに目が行く。
「それは……」
嬉しい反面、技術的に褒められるのはちょっと微妙だった。
「流衣と、もうひとりレベルが違かった」
「もうひとり?」
「紫の服の子」
——リラの精! 美沙希ちゃん……
臣くんから見ても違うんだ……さすが。
「その子ね、美沙希ちゃんっていうの。美沙希ちゃんね……背も高くて、美人で優しくて、凄く上手なの」
自分の事は蚊帳の外に置き、流衣は身近な美沙希を自慢げに褒めた。
「そうだね」
——えっ……!
一臣が流衣の言葉に賛同した事で、流衣は刀で突き刺されるような衝撃を受けた。
——臣くんが、美沙希ちゃんの事、褒めた? 褒めたよね? 美沙希ちゃん綺麗だって、そうだねって言ったよね! ウソ……やだ、なんか嫌だ。 物凄くショック……臣くん、美沙希ちゃんがタイプなの? いやそれは違う……なんか違う、そういう感覚じゃない気がするけど、でも、でも……臣くんが女の子の事を褒めた、なんか、なんだか、胸が痛い……。
流衣は美沙希に嫉妬した。しかし、本来なら嫉妬から湧くはずの嫌悪と憎悪が美沙希には向かずに、やり切れない思いを自分に向け落ち込んだ。
——なんであたし余計な事聞いちゃったんだろう、自分に腹が立つ……。この落ち込んだ気持ちのまま今日一日過ごさなきゃならないのかな。ダメだ別のこと考えよう、さっきの計算の続きでも……153×153はえ〜と……。
「23409」
一臣がスンナリ答えた。
「へ?」
「153×153でしょ?」
また、いつの間にか声に出していたらしいが、落ち込んでる流衣は感覚がボヤけてそこは通り越してしまう。
「え〜と、じゃあ、38からそれ割るとどうなるの?」
「38だと……0.0016233073」
「ウソぉ、なんでそんなに早く計算出来るの? そろばん特級?」
そんな級はない。流衣の中ではウインナーのセレブ品質だった。
「そろばんとインド式計算法」
「インド式計算法?」
「掛け算というより、足し算での考え方で四角形の面積を求めるように、一旦分解してそれぞれ足していくやり方だけど、二乗ならそれが早い。割り算は掛け算の逆算するんだけど桁が違うとめんどくさい……」
桁の違う割り算はインド式より、そろばんを頭においた。便利な所を使い回すのが得策だと流衣に説明するのをためらった。
——掛け算なのに足し算?
四角形の面積を分解して足す??
「もう、日本語すら理解できない……」
計算などする前にその物の意味が分からず降参する。
「あたしでも暗算出来る方法ないかな……」
「あるよ」
「えっ、なに⁈」
一臣があっさり肯定したので、流衣は期待値を上げて聞いた。
「紙と鉛筆」
「……臣くん……それ、暗算じゃなく筆算では」
「そうとも言う」
一臣のその言いようは、冗談とも皮肉とも取れそうだが、判別できなかった流衣は悔し紛れに頭を一臣に押し付け宣った。
「……友よ原始に帰れ……」
——それを言うなら『心よ原始に戻れ』だけど……
流衣の微妙な言い間違いを、一臣は飲み込み黙って自転車を走らせた。
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