第21話 プロフェッショナル

 会場は〈タランテラ〉のふたりの演技に感動の余韻を拍手で労っていた。


「……この後、メッチャ出にくいんだけど」


 次の出番のハードルがやたら上がってしまった

〈宝石〉達が、千尋の言葉に耳を傾けた。

「音楽も未だかかんないね」

拍手が鳴り止まない為、曲がかけられないでいる現状を嘆くユズ。

「収まるの待ってないでかけちゃえばいいのに」

強引に現実に戻すしかないと思う庄子さくら。

「気合い入れよう」

誘導する先生からスタンバイの合図が出て、黒田凛子は他の3人の目を見て言った。

「あたし達で雰囲気戻さないとね〜」

庄子さくらは、体を揺すると武者震いが起こった。

「激むずっ」

ユズと千尋は顔を見合わせてニンマリと笑った。


 走って退場した流衣の目に、美沙希達の姿がみえると流衣は走るのをやめ、ゆっくりと笑顔を向け歩いて近づいて行った。

「流衣ちゃん……」

今にも泣きそうなのを笑顔で隠した流衣を見て、美沙希はそれ以上声をかけるのを止めた。


「美沙希ちゃん……。皆んなも、ごめんね心配かけて、あたし……着替えてくるね」

声のトーンで、一人になりたいのだと察した光莉は

「うん。私達も後から行くね」

みんなにもわかる様に、その流衣の気持ちに寄り添ったセリフを言った。

ソデに置いていたトウシューズカバーを手に取り、履こうとすると舞台から〈宝石〉のバリエーションの曲と3人のトゥシューズの音が聞こえて来て、順調に進行し始めた事が分かった。

 ふと舞台の方を見ると、幕間から同じ様に舞台を見て、自分と同じにホッとしている顔の秋山が見えた。

秋山の姿を眺めた後、自分に侘しさを覚えて、流衣は小道具のタンバリンを持ち静かに楽屋に帰った。


「秋山さん!」

舞台が通常進行したのを見届けて自分の楽屋に引き上げようとしていた秋山のもとに、明らかに敵認証ビームを発している美沙希が近付いて来て、秋山はたじろいだ。

「美沙希さん……なんか怖いんだけど」

「当たり前や、自分、なにしとん?」

理子もずいっと近づいた。

その後ろの光莉も柚茉も同じ視線。

〈リラ〉と〈四季〉の精霊達に凄まれた秋山は息を呑んだ。

「一体どういうつもりであんな事したんですか? 流衣ちゃんは来月ローザンヌ行くんですよ?」

バランスを崩させる様な真似をした秋山に、一歩間違えば大怪我になりかねない事を、女性のサポートをするはずの男子がやった事に対して、美沙希は腹が立って仕方がなかった。


「あー……、アクシデントにどう対応するのか見たかったんだけど、途中で気が変わってさ、でもうまく行ったでしょ?」

笑顔でサラッと言う秋山。話が通じないことに美沙希達は唖然とした。

「クサヤ! 結果オーライでもの言うとる場合いちゃうで!」

理子が激怒。これには柚茉と光莉が止める。

「みっちゃん、抑えて」

「客席に聞こえちゃうよ!」

理子はハッとして、一度深呼吸した。

「それってあんまりです!」

すかさず美沙希がダメ押しで非難した。

「うん。それよりさ、君らここにいたら不味くない?」


 秋山の忠告にハッとして横を見ると次の出番待ちの子達がスタンバイしていた。美沙希達は自分達が出待ちの邪魔をしてる事に気がつき、急に黙り込んで後ろに下がった。

美沙希も理子達も出番が後なので、ここに居てはいけないのだ。

「僕さ、最終の新幹線に乗る為に、帰り支度しなきゃならないから、じゃあね」

「ちょ……秋山さん⁈」

美沙希が口を挟む間もなく、秋山は自分の楽屋に向かって行ってしまった。

「美沙希、うちらも出番まで楽屋戻ろう?」

柚茉がそれとなく話しかけた。

「……うん」

美沙希は秋山から何も聞けず、わだかまりがだけが残った。



 舞台裏に回り楽屋までの通路を、汗だくの衣装のブラウス裾をはだけながら秋山は歩いて行くと、楽屋の前に金田が待ち構えていた。

「先輩……。出番の準備は良いんですか?」

金田を見て、軽く冷や汗がでるのを感じた秋山は、嫌な予感を回避する為、要件を先取りさせようと促した。

「まだ30分以上あるから大丈夫だ。それより後輩に大事な話があるからな」

穏やかな喋りと笑顔が恐怖を煽る。

「それは残念ですね。僕は最終の新幹線乗らないといけないので急いでるんですよ〜」

話す時間はないと言う秋山に金田は全力で一言。

「仁!」

名前を呼んだ。

「……新幹線は本当なんで、着替えながらでお願いします。先輩」

取り付く島もない圧力を感じた秋山は、なるべく最小限度に止める様願い、説教部屋へと変わる楽屋の扉を開けて、顔を向け先輩に道を譲った。


「一曲なのに……」

楽屋に戻った流衣は、濡れてる衣装に5曲以上踊ったの汗を感じた。衣装を脱いでレンタル衣装返却用の袋に入れた。クリーニング込みの衣装はそのまま返却可能なのだ。

——予備のアンダーウエア持って来て良かった、早く着替えよう。


楽屋兼用リハーサル室は、出番待ちの生徒達が、緊張をほぐす為に軽く練習してる者と、出番が終わった人達が着替えて身の回りを片付けてる、合わせて十人程が居るがそれぞれ自分の事で手一杯で、片隅で着替える他人流衣を気にする者は居ない。

タオルで汗を拭い、カバンから取り出したアンダーウェアに着替えてから、汗拭きシートで肌が露出している部分を撫でた。無心で一連の動作を終えると、流衣は落ち着きを取り戻し冷静になれた。


——なんだろうこの感じ……。

さっきまであんなに腹が立ってたのに、キスされてショックで悲しかったのに、両方ともどっかに飛んで行っちゃった……。何も無い空間にポツンと居るみたいな……変な感じ。


流衣は今、全力を出し切った後の虚脱感に襲われていた。


「流衣ちゃん」

ボーっと考えてると光莉の声が聞こえてきた。

声のした方を見ると、いつの間にか光莉達が立っていて、その後ろから〈宝石〉の四人が近寄ってくるのが見えた。

美沙希達は、流衣がひとりで居る時間を稼ぐために、〈宝石〉たちが終わるのを待ってから、一緒に引き上げてきたのだ。一気に8人ヒトが増えて急に場が賑やかになった。

「大丈夫?」

「気にしたらあかんで? 向こうは今頃メッチャ怒られとる」

さっきよりも落ち着いた様子の流衣に安心した美沙希が聞くと、横から覗き込む形で理子も言葉をかけた。

「え? 怒られてるの?」

黒田凛子が驚きの声を出した。

「うん、多分ね。さっき金田先生と楽屋入ったの見たから」

美沙希が答えた。

舞台裏の通路で〈宝石〉たちを待っていた美沙希達は、その間に金田が秋山と個室の楽屋に入っていくのを見たのだ。

「えーっ、何言われてんだろ」

「気になるよね、行ってみる?」

「行くっ」

黒田と庄子が、好奇心を隠さずに、盗み聴きする気満々で個室に向かって行った。

「あ、行っちゃった」

あっという間に走り去って行ったふたりを、光莉が呆気に取られて見送った。


「……二人とも楽しそう」

ユズは二人がゴシップ好きなことを揶揄する。

「暇そうやな」

「二人とも息も乱してないしね」

さすがプロ志望だわと言わずとも思う理子と柚茉。

「流衣ちゃん。メイク直したげるね」

千尋がすでにリカちゃんハウスを片手に意気揚々と近付いている。

「ありがとう、千尋ちゃん」

流衣は素直に甘える。


「好きだね。千尋」

美沙希が言う。

「だって楽しいじゃーん」

身体を動かす千尋は本当に踊りより楽しそう。

「それにうちらも暇だしね。最後の舞台挨拶まで着替えもできないし、せいぜいトウシューズ脱いどくくらい? でも又履かなきゃならないし。

凛子さん達が〈ジョージにメアリー〉しに行くの

分かるわ〜」

暇を持て余すユズ。

「ジョージにメアリー?」

外人名が出て来たのが不思議で思わず聞く柚茉。

「それ『壁に耳あり障子に目あり』やない?」

「それ意味違くないの?」

密な発言は時と場合に注意せよが本来の意味であると言いたい美沙希が問い直した。

「何かの呪文かと思った。あ、そうだ、時間を止める呪文ってなに? 光莉ちゃん」

踊ってる時夢中で唱えた事を思い出して、光莉に向かって聞く流衣。ハリポタなら光莉に……そんな皆んなの視線が行く。

「時間? 動きを止める呪文なら

        『アレストモメンタム』!」

魔法のステックを、かざしてるつもりでポーズを取り。『何でも聞いて』と光莉は目を輝かせている。

「あれ? 間違っちゃった。

   『エクスペクト・パトローナム』は?」

「それ〈守護霊〉を呼んじゃうやつ」

「そうなの⁈」

「なに手伝うて欲しかったん?」

「止めるはずが加速させちゃった……」

どうりで止まらなかったと、呪文のせいにする流衣に、理子が語りかける。

「だったら『スタンド』呼んだらええやん、ここ

 仙台やし」

「何で仙台?」」

「本拠地やろ?」

「確かに『杜王町』は仙台市構想だし、『花京院』って地名もあるし、先生イケメンだけど、ジョジョはいないよ」

位置は分からんが地名は出てくる方向音痴女子。

「荒木飛呂彦の美魔女男子ぶりは、スタンド使

 こうてるせいやないの?」

「荒木先生は使えるかも知んないけど、仙台いっぱん人はスタンド使えないから」

美沙希まで乗り始めて答える。

「美魔女どころか『荒木飛呂彦』不老不死説ある」

柚茉が羨ましいそうな顔をした。

「スタンドってなに?」

光莉はジョジョを知らなかった。

「スタンド……守護霊?」

モヤっと流衣が答える。

「そうなの? 修行で能力身に付けるんじゃな

 いの?」

だいぶ誤解してる美沙希。

「修行でスキルアップはするけど、能力は生まれ

 つき?」

「そうなん? カプセル投げてそこから出てくる

 実を食べると能力がつくんやないの!?」

「それは〈悪魔の実〉では? それに〈ホイホイ

 カプセル〉には入ってないと思うよ?」

「エースの悪魔の実って誰が食べたの?」

「ルフィが毎週「エースー」って叫んでたのしか

 覚えてない」

「エースが死んで時が止まってる」

「震災の前後で記憶が止まってる」

衣食住に関する物以外は記憶が曖昧。

「日曜発表会の為のレッスンあったし」

「それな」

時間系列がバグる現地民。

「震災前に〈エース〉ド突かれて死んじゃった

 よね」

赤犬のマグマの威力は自転車の体当たりレベル。

「震災前……役に立たない男やな」

現実と空想の区別はいらない。

「いやでも、エースがレスキューしてるの見たくないなあ」

女子トークの話の行方は手探りのまま低空飛行を続ける。

「その後に、白くまさんと黒ヤギさんが戦った気がする」

雌雄を決する親父達の戦いは熊と山羊に変換される。

「それって手紙を食べちゃったから怒ったの?」

怒りのレベルは食いしん坊対決。

「多分違う」

「白くまと黒ヤギやのうて、白ひげと黒ひげや」

「剣で挿すと首がぽょーん」

「それは〈黒ひげ危機一髪〉」


話しがどんどんズレていく、……誰かなんとかしなきゃな雰囲気に、教室内での年長者の柚茉が、何となくバトンを渡された気分になった。

「とにかく、流衣ちゃんの本番はこれからなんだから、気合い入れ直してよね?」

柚茉が現実を口にした事で流衣はハッとした。

「やだ、そうだよね。あたしの本番これからだった!」

タランテラはあくまで代役。

春の精霊が本当の役所。

「忘れてたんかいな?」

「分かってたけど、分かってなかった」

「それ〈トトロ〉?」

「トトロ喋れないから〈サツキとめい〉だよ」

「それ言うなら『夢だけど、夢じゃなかった』だね」

「発芽玄米、食べてみたい」

「どんぐりの芽と玄米の因果関係をまとめよ」

「あれどんぐりだっけ?」

「なんで玄米だと思うたん?」

「美味しいのかな?」

「どんぐりはそうでもない」

「もー真面目に言わないで、流衣ちゃん!」

「さすが野生児やな、もうルフィしか勝たんっ」

「キャハハッ」

「やだ〜」

「もうやめて〜っ! 手が震えるっ、メイク直す

 手がっ」

やめたはずの脱線女子トークが再開された事でタガが外れ全員が吹き出して笑いだし、ひとしきり笑いあってしまう本質は間違いなく女子高校生のノリだった。


「あかん、うち、身体動かすわ」

理子か笑いすぎた身体に気合いを入れるために軽くバーを始めた。

「あたしも……」

笑を引きずりながら美沙希も隣についた、柚茉と光莉も後に続く、トウシューズを履きっぱなしのユズもお付き合い。


そして、アンダーウェアの上にジャージを羽織った流衣に、千尋はメイクを再開した。

「良かった」

一から直すには時間が足りない為、汗で崩れていた部分を一旦押さえて、バランス良くファンデーションを塗り直しながら声を出した。

「さっきの舞台を見た後だと、もっと落ち込んでるかと思ったの、でも良かった、笑ってて」

千尋が心配してくれたのが分かった流衣は、千尋だけじゃなく、皆んなにも心配かけたのだと、なんだか歯痒くなった。

「あの時は……その、確かに落ち込んでたんだけど、着替えてる間にどっかに飛んで行っちゃったみたいで……」

自分で言ってから、単純過ぎだと恥ずかしくなって赤くなった。

「プッ」

聞いた瞬間笑ってしまった光莉。

「えーっ、心配して損した〜」

一見非難してるようで笑ってる柚茉。

「なんだ」

美沙希はホッとした。

「流衣ちんらしいやん」

皆んな安心していつもの雰囲気に戻っていった。


淡い緑の衣装を着て鏡の前に立つ。


——んふふっ、春の精霊だ。


タランテラで燃え尽き、終わった気分だった流衣は、メイクを整え、可愛い衣装を身につけた途端、完全に精霊に切り替わった。


——単純だなぁ、でもこんなに可愛くメイクしてもらえて、綺麗な衣装着て、何にでも変われる……楽しい。でも……。


流衣はさっきまで履いていたトウシューズを、手に取り、ゆるまったリボンをクルッと撒き直した。


——今日一日頑張って欲しかったけど、ちょっとキツかったよね、無理させてごめんね。


タランテラで力尽きたトウシューズに謝ると、そっとカバンに仕舞った。

そして改めて足にフィットした状態の新たなトウシューズを、希望とため息混じりに見つめた。



「鈍感なだけだわ」

「え?」

ハクの呟きに対して、隣の一臣が咄嗟に声が出た。

「そいつ、よく寝れんなと思ってさ」

一臣は反対側で完全に寝ているセキを見た。


——オレは神経質じゃねーけど、さっきからゲンノウで板叩く音聞こえて気になって眠れねー。なんだよこの音⁈


流衣の出番が終わった後、睡眠を取ろうと深々と座ったにも関わらず、ときどき響く、『ガっ!』もしくは『ゴッ!』の音が気になって目が覚めてしまったハクは、何処でも寝れるセキに八つ当たり。

そして音の出所を探ると、舞台から聞こえるバレエリーナの足音であることが判明し、なんであんな音が出るのか不思議に思う。


「……アイツら、安全靴セーフティ履いてんのか?」


ハクにとってはその位の音の質であり、素朴な疑問が口から出た。特にジャンプの後の音が目覚ましい。

「鉄やセラミックは入って無いと思うけど、固めた部分に体重掛けて板に当たれば音はするよね」

以前に『時玄』で、これで3週間は持つかとかブツブツ言いながら、接着剤でトウシューズを補強してた流衣の姿を思い出した。


——3週間……合成樹脂で固めるとか、いっそセラミック入れれば、強度上がるし、長持ちするけど。

……多分そういうことじゃないんだろうな。


 トウシューズの伝統と歴史を重視して、現代科学で一年持つトウシューズが作れる、と論破しそうになるのを抑える一臣は〈板木〉の音が聞こえる舞台を無機質に眺めた。

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