第19話 想定外、そして仮面

(おかしいな)


秋山は最初のパートから上手かみてにはけた後、自分の考えと手応えが違う違和感を消化出来ずに、過去の経験と記憶を手繰り寄せていた。


(軽い……。

あの子、ローザンヌ。

何だあの軽さ……まるで羽みたいだ。

他の子と全然違う……⁈

少しでも手を引くと掴まれて重くなるのが普通なのに……。

特に日本の女の子は男子と組んで踊る機会が少なくて、不慣れだから、どこのスタジオの生徒達でもやたらと重い子が居るんだよね……ぶら下がってんのかって思うほどさ。

僕はバーじゃ無いんだけど。

本来なら男性と女性はお互いの位置を保つけど、ちょっと間合いがズレて引っ張ると、少しでも自分の位置をキープする為に力が入って、手繰り寄せられるんだ。

それをサポートするのも僕らの仕事だし、プロの世界でそこまで無理なダンサーは居ないけど、その中でも、今まで組んだ子の中でダントツで軽くて踊りやすい……。

なんていうか、イギリスのバレエ団でのコンテンポラリーダンスで、男子と組んで踊った時みたいな……?)


秋山は組んで踊った時の流衣の感触に、不思議な既視感デジャヴに襲われた。

タンバリンを持ち自分の出番を待ちながら、舞台の流衣の踊りを見詰めた。


(クラシックの〈春の精霊〉を見た時は、四人の中では目立ってたけど、なにかを感じる事は無かった。

〈タランテラ〉はバランシンが振り付けた特に設定の無いクラシックバレエ。

でもノーブルな古典とは違う、どちらかというとモダン寄りな踊りだ。

曲は速いし、振り付けも独特で個性がハッキリでる。

大抵のダンサーはこの速いリズムを追いかける事に追われるけど、この子は音にピッタリと寄り添ってる。

音を表現しようとしてるみたいに……)


「おい、秋山」

ずっと舞台を凝視してる秋山に、悪びれもしてない様子に溜まりかねた金田が、怒りを抑えた声で呼びかけた。

「わかってます」

秋山は顔だけ振り向いて答えた。

声の調子で金田が怒っているのも、その理由も本人が一番よく分かっていた。

「それならどう……」

「先輩。振り付け変えても良いですか?」

秋山は金田の言葉を遮った。

「ちょっと、確かめたいことがあるんです。舞台は壊しません」

さらに返事を待たずに付け加え、舞台に顔を戻した。

ゆとり世代の、のらりとした態度のいつもの秋山とは違う緊張した様子に、金田は唯ならぬ気概を感じた。

「コンクールじゃ無いから、変えるのは構わんが、パートナーに迷惑かけるなよ」

出番が来た秋山は、答えることなくスルッと舞台に出て行った。


(秋山のあんな真剣な顔初めて見たな、踊りも心なしか気合いが入ってる。 本番前まで飄々とマウント取りしてた奴が……何があったんだ?)


金田は舞台の秋山を見て益々首を捻った。


(それに……振り付けを変える?

  どこを変える気なんだ? 

   いや、でも……まさか……な)


踊る秋山を見て、金田に一抹の不安がよぎった。



秋山が華麗にジャンプをしたかと思うと、パワフルにターンを決める。

そうかと思うと、リズムに乗って細かなステップを刻み、タンバリンを使って客席を煽って手拍子をねだる。


「キャ〜ンっ」

「カッコいい〜」

手拍子と拍手を爆誕させながら、会場のあちこちから女子の声援が飛ぶ。


(盛り上げ番長だな)


(キャッチにいやがるな、このタイプ)


騒がしくて眠るに寝れないハクとセキは、微妙な嫉妬心から感想が斜めである。


(……全体的に筋肉が細いけど、ダンサーだから

 脚の筋肉はガッチリしてるな)


一臣は、秋山の身体の線から筋肉量を分析しだす。


ジャンプ技を繰り返し、舞台前方でのシェネからのジャンプ!

観客の拍手を受けながら、袖に引き上げる前に優雅にクルリと回った。

その時、交代で出るはずの流衣は、奥から舞台に走り出ると中央でグランジュテで飛んだ。

それまで秋山に拍手していた観客は、秋山に負けない高さのジャンプにワッと驚きの声が上がった。


「高っかーい、すご〜い」

「逆パッセの足でタンバリン音出してる」

「何で間に合うの?」

「神〜!」


(間に合う? 何のこっちゃ?)


横から聞こえるバレエ女子の会話が、ハクは理解できないで頭から「?」が飛び出す。


「なにが間に合ってるって?」

そしてつい隣の一臣に聞いてしまう。

「……俺に聞くより、後で流衣に聞いた方が確かじゃない?」

一臣も一旦考えてから、畑違いな案件に専門家に振る方を選んだ。

「餅は餅屋かよ」

「そうだね」

「けどあいつさ、餅を買いに来た客に団子のトリセツする奴じゃね?」

そうかもしれない……と一臣も思った。説明するのが下手なのはよく知ってる。

「曲と……音が動きに合ってるって意味だと思う」

正しいかどうかはともかく、ハクを黙らせるために答えた。

「ほーっ」


(ようわからんけど、すげ〜んだな? そう思っとけってこったな。まあいいや)


答えが欲しかったハクは、一臣のさっくりとした説明でなんとなく納得した。

落ち着いたハクの目に、アチチュード・ターンをする流衣が目にはいる。


(んなに足あげてんけど、意外にパンツ見えねー

 もんだな。まあ、あいつのパンツ見えても

 ドキドキしねーけど)


単純に衣装の種類の問題だが、チュチュの区別がつかないハクにはどうでも良い事だった。

ハクがスカートを覗いて小学生男子の気分を味わってる間、流衣は中盤の見せ所の前と後ろが交互に来るアチチュードターンを回り切り、最後をダブルのピルエットで締め、タンバリンを頭上で鳴らした時、客席から自然に拍手が湧いた。

更にタンバリンを鳴らしながらホップで移動して行くと、自然に手拍子が始まった。


「お客さん乗ってる!」

光莉が嬉しそうに声に出した。

「流衣ちゃんも乗って来たね」

「そだね。イライラ治った?」

「さすがやわ」

コレコレと言いたげに、評論家が予想を的中させた時と同じドヤ顔の理子に、光莉達も笑顔になった。



「凄い、音と動きが合ってる……」

黒田凛子が感動してる。

「この曲に乗り遅れない人、初めて観たかも」

庄子さくらも驚きを隠せない。

そして金田もまた、驚愕の表情で舞台見つめていた。

(リズム感が良いのは分かってたけど、ここまでだとは……。 しかも、曲に合わせる為にステップをカットした。その判断力、良い度胸だ。

クラシックのパを重視するあまり、音がズレる事は良くある事で、アレグロと称してラストが合えば収まる程で踊るバレリーナが多い、でもそれはバレリーナの性分ではあるが、ダンサーじゃない! )


 音楽がある以上、曲に乗らなければダンサーとは言えない。金田は心からそう思っていた。


「最初からよ」

金田が唸っていると、横から日野が答える様に声に出した。

「最初から?」

「そう。初舞台からね。ずっと音に合わせて踊る子なの、流衣ちゃんって」

「大事な事ですね」

「まあ、そのせいで繋ぎが雑になる事もあるんだけれど」

日野が苦笑した。

「それは大した問題じゃありません。ダンサーにとって音感は何にも変え難いものだ」

技術は練習すればいくらでも上達できる。大切なのは資質だと、金田は理解していた。


 流衣が2度目のソロのパートを踊り終えて、日野と金田の前に現れた。呼吸を荒げ、肩を上下させてる流衣に日野が近づいた。

「聞こえた?」

「え?」

「ラストよ、もっと全力で踊ってきなさい」

「はい」

日野は流衣を煽って送り出した。


舞台に出ると、あちこちから聞こえて来る拍手で、流衣は気分が高揚した。

片足パッセで反対の足を伸ばしたジャンプを左右繰り返し、後ろアチチュードのジャンプを左右繰り返す。


(ここ……お相撲さんみたいって陽菜ちゃんが嫌

 がって、通り過ぎるみたいに踊ってたけど、

 大袈裟にポーズを取れば、面白いよね)


流衣がイタズラする子供みたいな顔で〈四股〉を踏むと、会場から笑いが起こった。


(うん。だよね。

 さあ次は踊り比べ、交互に踊るバリエーション!

 ちょっと右に避けて、秋山さんが出てくるのを

 タンバリンで誘導する感じで、はい!)


流衣がひよこの行進な雰囲気で歩き、タンバリンで先を示す前に、軽いステップで流衣に向かって進んで来る秋山が見えた。

しかしその姿に、何か物足りなさを感じる。


(ん? 秋山さん? 

  タンバリン持ってない⁈

   うそっ忘れたの? そんな事ある⁈)


驚く流衣に、秋山はどんどん近づいてくると、差し出された状態のタンバリンをもぎ取り、ステップを踏み出した。


(えええ? あたしのタンバリン、なんで〜⁈

  もしやわざと? わざと忘れたんだよね⁈ )

 


 何の迷いもなくタンバリンを奪って行った秋山の行動で、ハッキリとわざとだと確信した流衣は、手拍子を貰ったお陰で気分が良くなり、折角薄まったイライラが再び炎上。怒りを面に出さないように、流衣は手ぶらで秋山の踊りをガン見してしまう。


 その流衣の憶測どおり、秋山はわざとタンバリンを持って出なかった。

秋山はある考えを実行しようとしていたのだ。


 高く跳躍しカブリオールを繰り返しながら、秋山は 右手に持ったタンバリンに意味ありげに視線を送り、流衣に促す。


(え、何? タンバリン? 

  それを私に受け取れって言ってる? こう?)


秋山の伸ばした腕から、置き傘を取るような速い素振りでタンバリンを受け取り、ピルエットを始めた。


「ナイス」

秋山は自分のアイコンタクトが通じた喜びをと小声に出した。


(いや「ナイス」も何も

 これ私のタンバリンですけど⁈

 でも、と、いう事は……もしや次も?)


流衣は自分のパート終わりを、秋山にタンバリンを差し出す形でポーズを取った。すると秋山はタンバリンをもぎ取ると、自分のパートの速いピルエットで会場を沸かす。


(ええっ?、何でそんなその取り方なの?

  私が悪いみたいでしょー⁈

   ゔ〜、なんかモヤモヤする〜っ)


秋山の雑な受け取り方と、その勝手な振る舞いに流衣はイライラがマックス。

ピキッと音が聞こえそうな程、笑顔が引き攣ってきた。



(ちょっと何やってんのこの人達?)


円舞を踊った出演者達は、舞台上にそのまま残り、招待客として椅子に座って舞台に華を添えている。険悪なムード漂うふたりに、優雅に椅子に座りながらリハーサルとは違うふたりを傍観していた。


(仁君、イカれた⁈ )


秋山の人となりを知ってる黒田凛子達は、らしくない秋山を奇異な目で見た。


(秋山め……どう収めるつもりだこれ)


舞台に口出し出来ず、傍観するしかない金田は、顔色が白くなりひとり冷や汗が背中を伝った。


「タンバリンをバトンみたいに使って踊り比べしてるよ」

「アレンジしたのかな?」

「おもしろ〜い」

タランテラを知っている客席のバレエ女子達は、アレンジした踊りだと思い楽しんで観ている。


これがアレンジではなく、アドリブだとわかるのは一部の人間だけ。


(アレンジ……かなんか知らんけど、喧嘩してる様にしか見えねー)


バレエ女子達の会話を聞いて、タンバリンのやり取りの後、踊りにやたら気合いが入ってるふたりを見てハクはそう思った。


(売られた喧嘩は買うんだ……)


真ん中の一臣は、流衣の意外な勇ましさを垣間見た。


(野郎の方やたらメンチ切ってやがんな。

  けどアイツも負けてねぇ……)


寝るに寝られないセキは、寝るフリだけは継続しつつ、ちょっと面白い展開を薄目で確認した。



(喧嘩上等)


(負けず嫌い)


(タイマン勝負)


目の前の踊りが、アドリブだろうがアレンジだろうがどうでもいい男子三人組は、あくまで自分目線の、バレエとは程遠い感想が出るのだった。。



「流衣ちゃ〜ん」

心配のあまり思わず名前を呼んでしまう光莉。

「あんなに怒った流衣ちゃん初めて見た。大丈夫かな」

柚茉も気になって声に出した。

「秋山さん、この後どうするんだろ」

美沙希は金田と同じく憂いた。

「オモロ」

理子はひとりワクワクしてた。


“も〜!”


“取れる?”


“返して!”


“あげないよ”


後半、秋山が取り上げたままで、タンバリンを持ちながらのピルエット応酬合戦が繰り広げられた。

怒りを増す毎に速くなる流衣のピルエットに、客席でどよめきが起こる。

ふたりのアドリブとは知らない会場内は、今までにない解釈の演出が気に入り、笑いと拍手が起こっている。


(……客席が湧いてる。

秋山さんこれが狙いだったの?

でも、これ続けたら喧嘩別れになっちゃうよ。

まさか毒蜘蛛タランテラの毒抜き設定の

踊り狂う方じゃないよね?

……とにかく合わせよう)


流衣はこのまま、秋山に合わせる決心をすると、お怒りモードを継続した。


“返すよ”


と秋山はゼスチャーするが、流衣はプイッと横を向きそのまま後ろまで、肩を揺らして小走りして行く。

それを見た秋山は客席に向かい


“本気で怒っちゃった”


と肩をすくめて見せると、客席から笑いが起こった。


(ここから舞台前方まで、問答無用のピルエットの連続技だ、タンバリン無いからアクセント無しね)

踊りっぱなしの後半で体力的に一番キツい場面。

そして一番実力が出る場所。

ここで秋山は、流衣の横の位置で膝を付いて

流衣が回転する度にタンバリンを大きく叩いて応援する。

元の振り付けと同じ演出に特化する。

客会場からは、タンバリンの音に合わせて手拍子が起こる。

流衣のピルエットが終わると秋山は流衣の前にタンバリンを差し出し


“ごめんね。返すよ”


とアピール。


“許さないけど、貰っとく”


拗ねた顔でタンバリンを受け取ると、会場からはもう遠慮なしの笑い声が起こった。


「二人とも凄い演技力だな……」

ボディランゲージだけで、客席に会話が伝わる様を見て、金田はさっきまでの不安は一旦取り置き感心した。


ここからの元の振り付けは、男子と女子が腕を組み、場所を入れ替えながら、仲良くツーステップで舞台を半周した後、交互にピルエットして下手しもてまで到達して、ラストに男子が女子にキスして退場である。


「もしかしたらさ、〈ラストのキス〉で〈仲直り〉設定なのかな?」

ユズが千尋達に向かって言った。

「あーなるほど、納得出来るね」

千尋が頷く。

「やるじゃん。秋山」

何故か呼び捨ての黒田凛子。

「あっ……」

カーテン越しに、隣の会話が聞こえた光莉が声を出した。


(キス……そういえばそれがあった!)


「どうしたの光莉ちゃん」

美沙希が様子のおかしな光莉に声をかけた。

「ううん、何でもないの」

光莉はフルフルと首を振り何でもないとアピールした。


(あの男の子来てるのに……。

    流衣ちゃん……平気かな)


秋山の無茶ぶりで頭が一杯の流衣は、その事を完全に忘れてたのだった。





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