第17話 バトル勃発

 二幕が終わり、舞台装置が城の中の披露宴会場へと早変わりする中、流衣と秋山は出番である一番後ろの位置に立ち、舞台の奥行きを確認した。

「ほんとはここからだけど、今は無理だからコッチから出よう」

裏方の仕事の邪魔にならないように、定位置より前から出ようとの秋山の誘導で、手を繋いで踊りながら舞台の真ん中まで向かった。舞台中央でステップの確認をすると、女子のソロパートに入る、秋山は捌けるフリをしてはじに避けた。流衣は実際にターンをするフリをして手だけ動かし、次の男子のパートに譲る。


——秋山さんリズム感良いな……。凄く音楽に乗ってるから観てて気持ち良い。でも踊りを残すために女子パートの出に被っちゃって、陽菜ちゃんの出のジャンプの印象が薄かったような……。


 普段なら相手に相談する事も、こと相手が秋山だとすると、言ったところで変わらない気がして、モヤモヤが収まらないでいる流衣の視界に、舞台袖にいる光莉が目に入った。一臣達に会って流衣の伝言を伝えた事を、光莉は流衣に向かって大きな丸を作る事で伝えている。


——光莉ちゃん! ありがとう〜‼︎

良かった、これで心置きなく舞台で踊れる。

 臣くん達に私の踊り見てもらえるし……。

……何だかいつもより高く飛べそう、えへへっ。


「君……楽しそうだね」

 ライバル兵士から、ブログで結婚報告をして浮かれた笑顔をアップしている芸能人と同じ表情の流衣に、秋山はその豹変に気味が悪くなり、思わずそう口に出た。


 流衣は秋山にどう返事をしたらいいのか迷った。


——楽しいと言ったら緊張感が無いって言われそうだし、違うと言ったら嘘くさいし、本当のことは言えないし……。


「ローザンヌでインプロビゼーションあるのは

 知ってる?」


流衣が何も言わないでいると秋山が話し出した。


「即興の事ですよね。金田先生から聞いてます」


数年前から即興で踊る力を色々な形で試されると聞かされていた。


「……君さ、僕の事驚かしてみない?」


「はえ⁈」


 余裕のしたり顔で、そんな事を言った秋山のセリフの意図が見えない流衣は、笑えない下ネタ親父ギャグを聞いてしまった。そんな時と同等の困った声を出し、足も止まった。


——驚かす? 何で⁈ どういう意味??


「あの……それって〈タランテラ〉を即興で踊るって言ってるわけじゃないですよね?」


疑心暗鬼が満載な顔で秋山を覗き込む。


「あーだよね、無理だよね、あははは」


秋山の乾いた笑いが、自分を嘲って笑っているのか、状況判断で無理だと言ってるのか、判断出来ない。


——? 

何で笑ってるの? 

……分かんない。

私、秋山さんのキャラクターが掴めない……

 この人とどうやって踊ったらいいの⁈

……いやでも、もう秋山さん事考察してる時間ないし、自分の事に集中して踊ろう……。

  


流衣は何気に自分のパートに戻って踊り出した。

秋山もラストのソロ、そしてコーダの部分に移ろうかという時。舞台設置が出来上がり、誘導員から下がるサインが出る。


「そろそろ時間か、下がろうか」


「はい」


「本番直前とはいえ、全然踊ってないけど

本当に大丈夫?」


「はい。振り付けは入ってるから大丈夫です」


この数ヶ月、陽菜と一緒に踊り込んできた流衣にとって、女子のパートも振り付けは定着してる。

「ふーん。きみは強気で自信家だね」

秋山は上から見下ろして流衣を眺めた。

「……そういうわけじゃ……」

自分の身長からだと大抵の男子は見上げる流衣だが、今は見下みくだされてる視線を感じ、喋るのを止めた。


——強気で自信家……そんなつもりじゃないんだけどな……。 

振り付けよりも、私の場合ポアントの温存の方が重要で……今〈タランテラ〉を二回本気で踊ったら持たない気がする……。

次のバイト代、本当は月末だけど、年末だから28日には入る、だからあと5日……何とかこの子に踏ん張って貰わないと、新しい子だけで5日は……何かあったら困る。


「……僕の時は舞台でのインプロビゼーションがあったんだよね」


金銭面のストレスを抱えながら、流衣は浮かない顔のまま上手に戻ると、秋山が独り言にも取れる言い方で話しかけてきた。


「え?」


「準決の前日、舞台でのコンテのコーチングの後にね、付き添いも取材も出場者当人以外は完全にシャットアウトして、一人づつ審査されたよ」


「一人ずつ⁈」


〈舞台で一人ずつの審査〉にドキっとした。何故なら、インプロビゼーションは〈審査〉の対象にはならないと金田から聞いていたからだ。ダンサーの個性を見る為で点数には関係ないと。


「そのくらいは当然でしょ?」


秋山は肩をすくめた。


「……はい」


流衣はうつむいて考え込んだ。


「その辺にしとけ秋山」


金田が秋山の肩を掴んで声を掛けた。


「金田先生」


流衣が顔を上げ、秋山の後ろに来ていた金田に気がついた。すぐ後ろにオーロラ姫も居る。

「先輩がローザンヌの事を言えと……」

「集中しろ幕が開くぞ」

秋山は不思議な顔で金田を見たが、言い終わらないうちに金田がとビシッと言い放った。

そして流衣に憐れみの目を向けて声を掛けた。

「頑張れよ」

「はい!」

元気に返事をした流衣の返事に凪いで頷くと、金田はオーロラと共に二人を追い越して舞台に近づいた。


 舞台は幕が開き、結婚式の披露宴のために円舞が披露されている。この後に主役の二人が出て挨拶し、リラの精がふたりを祝福してから招待客(タランテラから)の踊りが始まる。

「嫌味ばっか言ってたけど、秋山さんてローザンヌの彼女嫌いなんですかね?」

出番待っていると、オーロラの素朴な疑問が金田に投げかけられた。

「それよりラストなんだから気合い入れてくれよ姫さま」

「はーい。最後の見せ場、ちゃんと美しくキャッチして下さいね〜」

「それならちゃんと体重移動しなさい」

踊りに問題はないが、時々どっしりと体重を感じるオーロラ姫にリフトの度に気合いを入れてる金田。思わず本音が出た王子は気を取り直し、オーロラと手を繋ぐと、スタッフの〈出〉の合図と共にゆっくりと舞台へと進んでいく。



——正直、苦手なんだよね、天然タイプな娘って……。


秋山は流衣を見下ろして、ちょっとした嫌悪感を顔に出した。


——やたら謙遜してみたり、自信あり気に発言してみたり……。

ちょっと生意気なんだよね。

天然アピールの為の演技とも取れるけど、ローザンヌに出るからイキがってるとしか思えないなあ。

……コンクール出場者に選ばれるくらいだから、下手じゃ無いけど。

誰がみても美沙希さんのほうが有望株なのに……

まあ、彼女は家の事情で今回応募しなかっただけだけど。

本番の舞台で踊ったらすぐバレるってもんだよ。

……そうだな、悪いけど、化けの皮を剥がさせて貰おうかな。


 流衣が経済状況の逼迫から、ギリギリの部分で譲歩して、その事を考えるだけで手一杯なだけなのだとは知らない秋山は、流衣を生意気な小娘だと受け取り、本気で実力の差を思い知らせたくなった。

 ポアントを気にして足元ばかり見ている流衣を見て、自分の本気の踊りを余裕で見せ付ければ事は済む、秋山は密かに微笑んで、流衣に手を差し出した。


「出番だけど」

「はい」

秋山と横並びになり、差し出された手を取り、流衣は舞台に向いた。

「僕の動きよく見といてね」

「はい……」

返事はしたものの、秋山の台詞が引っかかった。


——今の……なんでそんなことを? 

合わせろって意味かな?


秋山の顔を覗いた瞬間、音楽が鳴り〈出〉の合図。

流衣はいきなり繋いだ手を引っ張られて、舞台に躍り出た。


——あれ? 

  ……出が遅れた?

        かな?


脚を送り出そうとした瞬間に、先走った様に手を引かれて出た事に流衣は首を捻った。


ふたりが舞台に出てくると、客席から秋山に対して拍手が贈られた。


「さすが〜」


「場が沸くね」


ユズと千尋が袖から舞台を見て言った。同じく〈宝石〉の庄子と黒田も見てる。


「……流衣ちゃんぐらついた……?」


幕を一枚挟んだ場所で、光莉達がいつもと違う流衣の動きに注目した。

 理子、柚茉と美沙希もジッと舞台の流衣を見る。


「違う。流衣ちゃんじゃない」


美沙希は、流衣が悪いんじゃないと思ったままを口にした。


「あ、また!」


お互いにアラベスクで手を叩き合う場面で、場所を交代する時に秋山は流衣の手を引いたのを柚茉は見逃さなかった。


「雑やな」


繋いだ手を、水滴を振り払うように放す秋山が、目につく理子。


「秋山さん、ずっとこうだったっけ?」


「違う気がする……」


「秋山さん、まさか……」


光莉と柚茉が首を傾げ、美沙希が何でそんな事をするのかと訝し気に声を出した。


「まさか……暴走?」


「……ミサキに座布団一枚やな」


 理子は真面目な顔で突っ込みをいれた。



「あいつ……舞台潰す気か⁈」


 上手側で見ていた金田が、秋山の常軌を逸した行動を見て取り思わず声を出した。

周りにはオーロラとスタッフがひとり、それに日野が控えていた。


「秋山さんはゲストですしね、責任感薄くても仕方ないですね」


今日は進行役スタッフの古川がそんな事を言う。


「彼女かわいそ〜」


出番まで体を冷やさないように、オーロラは上着を羽織りながら、可哀想だと同情するといった感情より、面白がってるようにあっさり言った。

 ふたりの言う事はもっともである、舞台上でのことは他人が助けられることではない。

 しかしプロにあるまじき行為に、金田は怒りに震えた。


——何が気に食わないのか知らないが、例え親の仇であっても舞台では笑顔でサポートするのがプロのダンサーだろう! それを……秋山は何を考えてるんだ⁈


 舞台では、独立した踊りだとしても、たった一つの踊りが先走る事で、崩れる事もある。

 まして全幕物は、発表会だとしても全体の調和が大切である。


「大丈夫ですよ。金田先生」


同じように舞台を見つめていた日野が口を開いた。


「すみません、日野先生。秋山の奴、後でキツく言って聞かせますから!」


後輩の不始末を謝る金田に、日野は笑いかけた。


「いいえ。逆かもしれませんよ」


「逆?」


「うちの流衣ちゃん。こんな事でメゲるほどやわじゃありませんから」


日野の自信あり気の微笑みに金田達は面食らった。


——さっきからタイミング合わないっ。

  何でこんなにズレるの? 


自分の意思で踊れない。

ポジションがおかしい。

それらが誰のせいか徐々にわかってきた。


——秋山さん音楽と合ってない⁈

というか、さっきまでと音の取り方違うよ。

 でもなんで?


理由が分からず、交差する時秋山の顔を見た。

秋山もまた流衣を見ていた、それは舞台での笑顔の演技とは違う笑み。流衣その意味を感じ取った。


——わざとなの⁈

じゃあさっきから引っ張ってたのって

 私にバランス取らせない為⁈

     本番なのに!


流衣が秋山の企に気が付いた時、秋山はさがってしまい、流衣は女子のソロのパートになった。


——「僕の動きよく見て」って、自分より目立つな……って事だったの?

そうとしか思えないんですけどっ。

それに「驚かして」ってもしかして、私の事試すって事?

何それ? 

何でそんなことすんの?

喧嘩売られてる⁈

ってか馬鹿にされてる⁈


もー!

  もー‼︎

    あったまきたー!!


『見返したり!』


不意に理子の声が浮かび、流衣から雑念が消えた。


——負けないから!


自己中の誤解からおかしな自尊心に鼓舞した秋山に、怒りが湧き出した流衣のライバル戦士の闘志が丸出しになり、踊り《バトル》が炸裂することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る