第16話 部外者の言い分
「流衣のヤツ、約束はどうした」
二幕が終わり、休憩中に喫煙ルームに向かう人達の奇異の視線が飛ぶ。
イズミシティホールのエントレランスの柱の影で、ハクは手持ち無沙汰が余計な挙動不審を呼び、怪しい三人組の親玉のような位置になる。
「まだ着いてから3分しか経ってないけど」
マックでの喫煙も飽きて、8時早々に到着した3人は、柱の影に立って流衣が来るのを待っていた。しかし、いつまで経っても現れない。
「予定じゃ、10分からだろ? 早く来ちまったんだからしゃーねぇじゃねーか」
いつもセッカチなセキが、今日はゆったりと構えて立場が逆転してる。
「時間前に出て待ってる約束なんだけど、遅くねぇ? あいつ、後で説教だな」
流衣からの連絡が来てないか、メールをチェックする一臣に文句を言うハク。
「もう直ぐ来ると思うけど」
流衣からのメールはなかった、着信も無い。約束を破る訳はない……もし時間まで来なかったら、不測の事態が起きたのだろうと思った。
「お願い! 3人をなるべく他人のいない、二階から回って、目立たない席に案内して欲しいの」
流衣は光莉を拝み倒しながら話す。
「流衣ちゃんが言ってるの出入口に沿った狭い席の事でしょ? それはいいけど、それだったら電話とかメールでも良くない?」
三人をよく知らない光莉は
いつもの感覚でものを言った。
「……それが、みんなバレエ知らないし、周りが女子だらけで……付き添いがいないと恥ずかしくてダメらしいの」
〈明らかな場違いな容貌の為〉とは流衣も言えない。
「えー、今どきそんなに素朴な人たちなの?」
「背が高くて目立つから、ちょっと遠慮してるとこがあって……えっと、ロープレで勇者と逸れて道に迷ってる一行みたいな……?」
言いながらもちょっと違うかな?
と想像力が追いつかない流衣。
「勇者と逸れたって事は、魔法使いの一行ってこと? FFっぽい? それともハリポタかな」
ファイナルファンタジーとハリーポッターが大好きな光莉はちょっとワクワクして来た。
「あー、そう。そんな感じ……で、ちょっと異次元な香りがするかな?」
まるで光莉を騙しているようで胸が痛む流衣だが、時間がなくてもうそれどころではない。一臣を見た事があるのは光莉だけで、唯一の頼みの綱なのである。
「とにかくお願い!」
もう光莉しか居ないと、拝んで頼み込む流衣。
「分かった。行ってくるね」
光莉は笑顔で答え
颯爽とエントレランスに向かった。
光莉は一臣を見た瞬間に、あの時に暗がりから見た男子に間違いないと確信して声を発した。
「あの、流衣ちゃんのお友達の藤本さんですか?」
「そうだけど」
振り向かれて、初めて正面から見る一臣は、ホクロが特徴的で一瞬見惚れてしまうほどだった。流衣が言うように異次元かもと思った。
「私、流衣ちゃんと同じ教室のひか……」
一臣が会話し始めたので、ハクとセキがゆっくりと振り向いた。
その時、光莉は固まった。
異次元はコッチだった事が判明。
柱の影で、それまでシルエットしか見えなかったふたりの強面の巨人が、光莉の目に飛び込んできた。
「あの……わた、わたし、ひひ、ひか、ひか……」
恐怖のあまり声が引き攣って上手く喋れない。
「ヒカッ? おたく、ピカチュウの仲間なん?」
一方でハクとセキは、白い衣装の上からジャージを羽織り、ガッチリとした厚塗りの舞台化粧をした小柄な女子をみて、普段の生活をしてたら、あなたの知らない世界で理解不能な面妖ないでたちに引きまくっていた。
——どんだけ厚塗りしてんだ、地顔わかんねぇけどまさか流衣じゃねーよな。何でガキが着てるみてーな服着てんだ⁈ ピアノの発表会かよ? バレエじゃねーんか?
——こりゃあアイブラックだよな、野球の試合すんのか? んなわけねーよな。
——流衣ちゃん! この人達が流衣ちゃんの友達なの? こっちの二人怖いよ!
この人なんでこんなに背が高いの?
2m級⁈
背が高いのに、ロン毛に革ジャンスタイルの目立つ格好してるのに、何でおねえ言葉っぽいの⁈
それにこっちの人めっちゃ怖いっ!
刈り上げの短髪に室内でサングラスってっ……
893さん⁈
裏の世界の人にしか見えない〜‼︎
ハリポタどころかリアル・クローズに驚愕する。
恐怖に怯える女子を見て、
——だよな、セキを見たら普通の女子はこの反応だよな、やっぱり流衣が普通じゃねーわ。
自分のことは棚に上げてハクは密かに喜んだ。
「で? 何だって?」
セキが痺れを切らせて声を出す。
「あのっ、すす、すみません!」
ドスの効いた低い声に、脅されたとしか思えない光莉は、柱にすがる勢いで逃げ腰になった。
「……取って食わねーから、落ち着け」
「は、はいっ!」
上官に返事をする光莉二等兵。
「流衣に何かあったの?」
一臣は気になっていた事を聞いた。
「あ、はい、いえ、その……流衣ちゃん、急遽代役で踊ることになって」
——良かった……聞いてくれて。どうしようかと思っちゃった。
まともな男子が様子を尋ねたお陰で、光莉はようやく話せた。クラスの女子から怖いと噂されてる一臣だが、ハクとセキに挟まれていると普通を超えて〈優しさの精〉に光莉は見えていた。
——けど、それはそれで、イケメンって明るいところで見ると迫力あって、恥ずかしくて真っ直ぐ見れないし、こっちの人達は怖くて見れないし、私どこ見て喋れば良いの〜!?
「代役?」
一臣は怯えて引き攣った顔の光莉に聞いた。
表情は動かないが静かに喋る一臣に安堵しつつ、光莉は視線を彷徨わせて続けて話し出す。
「うちの教室の子が倒れちゃって、流衣ちゃんがパドゥドゥを踊ることになっちゃったんです」
「ぱ・ど・どう、ってなんだ?」
ハクが怪訝な顔をする。
「あ、パドゥドゥって二人で組んで踊ることで、普通は男女のふたりの踊りのことです」
——なんか大変なことになってるっぽいな。バレエの男って白いタイツ履いてもっこりした奴のことだよな。外人の一物はパねぇけど、あれ本物なんかな、流衣のヤツあれと踊んのか……待てよ、外人じゃなきゃそうでもねーのか?
——チッ、アホめ……。
バレエ知識を総動員しての、やらしい笑を浮かべてるハクを見て、大体の予想がついたセキは、そのくだらない妄想に突っ込んでやろうと思ったが、目の前の女子にさらにビクつかれるのが面倒で自重する。
「流衣ちゃん、プロのダンサーと組んで踊るので休憩中に合わせてるので、ここに来れなくなっちゃって」
なんとか事情を言い切ってホッとする光莉。
「それを伝えに来てくれたの?」
「はい。流衣ちゃんに頼まれて」
光莉は頷きながら答えた。
メールも電話も出来ない位の緊急な事なのは容易に想像出来た。ギリギリで友達に頼むのはいかにも流衣らしいと一臣は思った。
「ごクローさんだな。やっぱあいつは説教だわ」
「説教⁈」
ハクのセリフを光莉が復唱した。
——やだ、流衣ちゃんお説教されちゃうの⁈
光莉が心配そうな顔をしたので、ハクは戸惑った。
「いやまぁ……。んな大した事じゃねーか」
——って、なんか調子狂うな……。
「んで、オレらどうすりゃいいんだ?」
ハクが饒舌に喋らないので、代わりにセキが光莉に視線を合わないようにソッポを向きつつ、なるべくの小声で喋った。
「あの、席に案内します。二階から入った所に穴場の場所があるので」
光莉は三人を誘導して歩き出した。案内されたその場所は、後ろの方で出入口の横を三席ずつ列をなしてる、今は休憩中で照明が明るくよくわかるが、暗ければ分かりにくい確かに座って良いのかどうかよく分からない席だった。案の定、列の後ろが空いている。
「良かった、空いてる」
「良い席じゃん」
ハクは喜んだ。後ろで目立たない、しかも出入口の直ぐ側。
「あんただって出るんだろ? 忙しいのにサンキューな」
ハクは当たり障りなく礼をいった。
「いえ。じゃあ私戻ります」
役目が終わってホッとする光莉。
「悪いね」
その光莉に向かって一臣も礼を言った。
「……」
光莉は、無表情で淡々とした一臣を見て、流衣が片想いだと言ってたのを思い出した。戻ろうと行きかけたが、つい援護射撃をしたくなり、足を止めて振り向いた。
「あの……流衣ちゃん、友達が見に来てくれるって、すごく喜んでたので、終わったら声を……褒めてあげて下さい」
一臣は一瞬間を置いた。
「分かった」
意外にも簡単に承知してくれたので、光莉はふわっとした感覚になり嬉しくなった。
「流衣ちゃん、最後の方でも私達と踊るので、しっかり観て下さいね!」
光莉は言い残して、軽い足取りでその場を後にした。
「……しっかり見ろとさ」
ハクは奥にどっかりと座ると一臣に語りかけた。
「何で俺にいうの?」
一臣は反論し隣に腰掛ける。
「こん中で観て理解できんのおめえだけだろ?」
セキはもう寝る気満々で通路側のハジの席に座った。
「理解する必要はないと思うけど」
責任転嫁に一臣は反論する。
「オレさ『眠りの森の美女』って、王子が美女にチューして目が覚めて結婚する。しか知らねーけど、寝てる女にキスしたら強制わいせつ罪だよな」
理解がザックリしすぎてるハク。
「目が覚めて見た男に惚れる女もどうかしてるけどな」
顔なのか服装で身分がわかったのか、どっちにしろ女は怖いと思うセキ。
「……訴えなければ犯罪として成立しないけど、同じ境遇で王子のキスで目覚める『白雪姫』だと更に罪状は多いよ。強制わいせつ、拉致監禁、強制労働、殺人未遂と、原作の7歳説でいくなら児童虐待も顕著なのに児童図書代表だよね」
「それ18禁じゃねーか?」
「白雪姫って弁護士の資格試験の問題集かよ?」
七人の小人のおかげか『白雪姫』はさすがにセキも何となく知ってる。
「童話で学べる六法全書とかあんのか?」
知らないことはとりあえず一臣に聞くハク。
「知らないけど、あってもおかしくない」
世の中は広い。と解く一臣。
「んで、お前ら『眠りの』なんちゃらはどんな話か知ってんの?」
「知ってるわけねぇ」
「俺も知らない」
三人ともハクの知識とほぼ一緒のザックリ系だった。
「一臣もかよ、オレら話になんねぇな」
「流衣が言うには、三幕は結婚式の披露宴らしいけど」
「なにか? んじゃオレら犯罪系バカップルの披露宴を延々一時間見せらんの?」
「……」
ハクの疑問に応えようがなくて黙り込んでしまうふたり。
男子達の不毛な会話の中、三幕開演のブザーが鳴り、ゆっくりと暗くなると静かに幕が上がっていった——。
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