第15話 タランテラ

 私は踊るのが大好きな町娘。お祭りではいつも仲良しの男の子と踊るの、その子も踊るのが大好きで、お祭りがあるといつも二人とも最後まで踊ってる。ムキになって踊り比べをしてしまうけど、何故か決着はつかないの、それが何故なのかこの前のお祭りの時に気がついちゃった。それは彼が私に合わせてくれてるからだって、今日のお祭りはどうなるんだろう?


「……流衣ちゃん、いつもそうやって踊ってるの?」

千尋が春の精霊から町娘バージョンにメイクを変えつつ、流衣の話を聞きその意外性に驚く。

「変かな……」

眉毛を角度を変えて少し太めに、黄色のシャドウを目立たないまでごまかして唇が濃いピンクに塗られると、確かに町娘に見える。最初はわざわざメイクを直さなくてもと思っていたが、これなら「なるほど」と手を打ってしまうくらい説得力がある。

自分の顔が妖精から人間の娘に変身するさまが面白く、つられるように踊りながら考えてる事を喋ってしまった。

「ううん、面白い。そうやって役を作って成り切ってたんだ〈春〉もそうなの?」

「うん。私が木に触ると次々と花が咲いて行くイメージで踊ってた」

「あっなるほど、それで動くたびに手をひらりと返してたのね!」

光莉は手を叩いて納得した。

「風に舞う花ビラの表現してるのかと思ってた」

練習中の流衣を回想する柚茉。

「木を触りながら……か、花ビラとも、どっちとも取れるし、指先の動きが綺麗なのは変わらないね」

 手の動きを軽く真似しながら、同じ様にできない歯痒さが顔に出て、眉毛を吊り上げるユズ。

「花咲か爺さんみたいやな」

対象的ないつも通りの理子。


——役の設定はあっても、その役の生い立ちの説明があるわけじゃないから、そこを作ってたのね。想像力が豊かな流衣ちゃんらしいわ。


 リハーサル室の一角は流衣達と、千尋とユズで占めていた。Sスタジオの生徒達が入れ替わり立ち替わりと出入りするが、本番が始まってからは自分の事で手一杯で、その一角を気にする者はいなかった。日野はその様子を傍観する様に見守っていて、ふと思うところがあった。


——流衣ちゃん、良かった楽しそう。代役でしかも初めてのパドゥドゥだから、緊張してあがったらどうしようと思ったけど、とんだ取り越し苦労だったわね。強い子。

……その強さも、全部あのお母さんに対しての反骨精神から来てるとしたら……気の毒だけど、これで良かったのかも知れない……世の中は複雑ね。


日野は一呼吸置いてから、流衣に話しかけた。

「あと少しで二幕が終わるから、舞台袖に行ったら秋山さんと打ち合わせしてね。三幕の幕が開く前に時間があるから舞台での立ち位置を二人で確認して頂戴」

「はい、先生」

流衣は落ち着いた声で返事をした。


 千尋に町娘メイクをしてもらった後、細いラッピング用のリボンで、髪飾りの代わりにを柚茉に編み込んでシニョンを作ってもらった。衣装に合った髪飾りは陽菜がそのままつけて行ったからそうした。


時間が経つのが早く感じる。

数十分で出番。


 衣装を身に付けると、鏡に映った町娘の自分に笑顔を向けた。しかし外見とその微笑みとは別に、怒りにも似た嫌悪感が湧いていた。

その矛先は秋山仁に向けられていた。


——あんなに綺麗に踊れるダンサーなのに、パートナーが倒れても気にしないなんて……なんか合わない。そりゃバレエ団のパートナーとは違うし、今回は発表会のゲストで、陽菜ちゃんとは1回か2回合っただけだけど……けど、道端で倒れてる人を知らん顔して通り過ぎるみたいで……やだな。


「そろそろ行くね」

「私も行く、舞台袖から見てて良いかな?」

流衣が舞台に向かおうとすると、光莉が続いて動いた。

「大丈夫じゃない? ウチらもスタンバイするし」

「知らん顔して混ざっとけば良いよ」

ユズと千尋が笑いながら同意してくれた。

あれからスタッフと金田は話し合い、更に〈宝石〉ととも順番を入れ替え〈タランテラ〉は三幕の一番最初に持ってくることになった。〈宝石〉は二番手

本当は次の出番でなければ楽屋で待つ、もしくは邪魔にならないよう裏で待つのがルール。

「うちらも混ざってまお」

理子と柚茉もニヒヒと笑い、リハ室を出る流衣達の後に続いた。

部屋から出て舞台裏の通路に出た所で、個室の楽屋から出てきた秋山に遭遇する。

「よろしくお願いします」

流衣は何かを言われる前にすかさず挨拶した。時間が経ったせいなのか、香水の香りは大分柔らかくなり、近づいても顔を背けるほどでは無くなっていた。

「ふーん、さっきとはまた雰囲気変わった。君メイク上手いね」


けなされた訳ではないのにカチンときた。


「……メイクは千尋さんにやってもらいました」

「千尋……?」

秋山はその名の主を探して視線を回した。千尋は秋山に見られると視線を外して顔を軽く上下した。

「ああ、エメラルドね。凄いな、人は何かしら取り柄があるんだね」


カチン。今度は千尋から音が聞こえる。


「すみません。バレエが得意じゃ無くて」

千尋はムッとして答えた。ユズ達からメイクの方が得意と言われたら褒め言葉だけど、秋山に言われたら嫌味に聞こえた。

「あれ? 怒ってる? 僕、エメラルドが下手だなんて言ってないよ?」

秋山は否定しているが、言ったみたいなものだ。表現方法がかけ離れている。

 

——いいから、お前は黙っとけ——


一同共通の想いの中、我が道を堂々と行く秋山。

「金田先輩に幕間の時間はふたりで使って良いって言われたけど、全部通せるわけないから、出だしと最後のコーダの所を軽く流してみよう。曲無しだけどそれで良い?」

「お願いします」

秋山の提案に異論はなく、流衣は淡々と返事をした。

ぶっつけ本番なのに動揺してない流衣を見ると、秋山はローザンヌに挑戦するだけの事はあると思った。

「君、いい度胸してるね」

「緊張しないと駄目ですか?」

「まさか。その位肝が座ってないと欧州では通用しないよ。最初はそのスタイルの良さで選ばれたのかと思ったけど、その度胸の良さが出てるんだね、納得したよ」


——スタイルで選ばれるわけないし……。でも褒められてる……んだよね? ……って素直に喜べないのなんで⁈


「スタイル……身長が低いですけど」

流衣はどうしても否定したくなった。

「手足が細くて長いし小顔だから頭身バランス良いよ。君さ正座したことないでしょ?」

「正座……」


——は、した事がないかも……。お父さんの膝が悪くて、家では昔から椅子の生活だったし、お母さんにもそこは注意されなかった、それが良かったのかな……?


「だからだね。膝に余計な肉が付いてなくて、脛も長くて綺麗な脚してるよ」

「えっ?」

流衣は耳を疑った。


——今……脚が綺麗って言った? 

ウソでしょー! 

なんでそんなこと言うの⁈

せっかく、臣くんが褒めてくれた脚なのに。

やめてよ! なんで私の記憶の上書きするの〜‼︎

もう、この人嫌い!


秋山は、空気が読めないというよりも、思ったことを口に出してしまうただ正直な男なだけであった。それ故に、褒めたはずの目の前の女子が、敵対するライバル国の戦士みたいな視線を投げてくる理由が分からず、結果、流衣の八つ当たりは変な子だと受け止められることになる。


——いやーん、どうしよう……。臣くんに褒められたままで居たいのに……。もう一回言ってくれないかな……無理かな。言わせるように仕向ける〈技〉持ってないし……ってそんな技あるのかな? 女子力高い子なら持ってそう、臣くん……臣くんに。ってあれ? なんか私……。


「あーっ!」

流衣の突然の叫び声に一同驚いて、一斉に視線を向けた。声が舞台まで聞こえたかと、流衣は咄嗟に口に手を当てた。舞台袖に居るスタッフに睨まれたが、口頭での注意まではされなかった。


——やだーっっ、時間っ‼︎

すっかり忘れてた! 

3人共もう来てる⁈

どどどっ、どうしよう〜‼︎


「流衣ちゃん、どうしたの?」

〈夏休みの宿題〉を登校日に忘れてきたような流衣の顔を見て、光莉は聞いた。

「いま何時⁈」

「時間? 時計持ってない……」

携帯を持つようになって、時計をしない習慣が出来てるが、例えあっても本番に付ける子はいない。

肝心の携帯は荷物の中なのは全員同じ。

「もう二幕終わるとこやから、8時ちょい過ぎやない?」

幕の隙間から〈リラの精〉の導きで、目覚めるオーロラが見て取れた。


——本当だ! やだもう、絶対8時過ぎてるっ!


流衣は周りを見渡し、光莉のところで止まった、

「光莉ちゃん! ちょっと」

「え? なに?」

流衣は光莉の腕を引っ張って、皆んなから離れて入口の所まで移動した。

「どうしたの?」

「一生のお願い!」

流衣は速攻で光莉を拝み倒した。



「流衣のヤツ、約束はどうした」

「まだ着いてから3分しか経ってないけど」

マックでの喫煙も飽きて8時早々に到着した3人。

「予定じゃ、10分からだろ? 早く来ちまったんだからしゃーねぇじゃねーか」

いつもセッカチなセキが、今日はゆったりと構えて立場が逆転してる。

「時間前に出て待ってる約束なんだけど、遅くねぇ? あいつ、後で説教だな」

流衣からの連絡が来てないか、メールをチェックする一臣に文句を言うハク。

「もう直ぐ来ると思うけど」

流衣からのメールはなかった。一臣は携帯を閉じると、柱の影から自分を覗き込むような仕草で、遠回しにこちらを伺って見ている女子に気がついた。


 光莉は一臣を見た瞬間に、あの時に暗がりから見た男子に間違いないと確信して声を発した。

「あの、流衣ちゃんのお友達の藤本さんですか?」

「そうだけど」


「私、流衣ちゃんと同じ教室のひか……」


その時、光莉はおそらく人生の中で、関わる事が無であろう人達との出会いに、真っ白に固まった。


 

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