第22話 晩餐
その後しばらく部屋でヘザーと談笑した後、エリーゼは晩餐のため食堂へ赴いた。
想像以上に正式な晩餐の席が用意されており、長いテーブルの奥にギデオンの席が。その向かい側である手前側に、エリーゼの席が用意されている。
ギデオンは既に椅子に着いていたが、エリーゼが現れると紳士らしく立ち上がって出迎えてくれた。
「遅れて申し訳ありません」
「……いや、私が早く来すぎただけだ」
彼はすかさず椅子を引くと、そこにエリーゼを座らせた。流れるような動作は、さすが公爵さまと言ったところか。
そのまま自分の席に戻っていくので、少々拍子抜けしてしまう。
ドレスについて、何か感想を貰えるものだと思い込んでいた自分に気づき、急激に恥ずかしくなった。
別に、褒めてほしいなんて思っていたわけではない。ないけれど、何かしら一言あってもいいのではないかと思う。
(別に、別に、全然褒めてほしかったわけじゃないけど!)
なんとも言えぬ屈辱と羞恥に見舞われ、乱れた心を落ち着かせるためにカトラリーを観察する。よく磨かれたシルバーのナイフやフォークは、細かな細工が施された一級品だ。この屋敷の執事は勤勉な働き者らしい。
エルドラン家ではシルバーのカトラリーなどは、客が来た時くらいしか使われなかったが、この屋敷ではきっとそんなことはないのだろう。
改めて、自分がこれまで生きてきた世界との違いに驚嘆する。
そして間もなく運ばれてきた料理は、エリーゼを更に驚かせるものだった。
牛すじ肉のシチューに、ベーコンとほうれん草のキッシュ。飴色にローストされた鶏肉に、山羊乳のチーズ。分厚いハムに、ふわふわの白パン。
そして何より、デザートにと出されたチェリータルトの表面の、つやつやしてなんと美しいことか。
(今日は女神の降臨祭か何かかしら……?)
使用人の目がなければ思わず口に出してしまっていたであろう一言を、なんとか心の奥に押しとどめる。
こんな贅沢な料理は、自身の誕生日ですら口にしたことがなかった。
「お嬢さま、ワインをお注ぎいたします」
「あ、ありがとう」
ふらふらと料理に手を伸ばしかけたエリーゼは、給仕係の言葉にはっと我に返ってその手を引っ込めた。
危うく、食い意地の張っているところを見せつけるところだった。
ふと視線を感じてぱっと顔を上げると、ギデオンが笑っているのが見える。どうやら彼は、エリーゼのたった今の失態に気づいていたらしい。
(何よ、笑うことないじゃない……!)
ドレスについてはまったく意にも介さなかったくせに、余計なところだけ注目する彼に軽く腹が立つ。
エリーゼは、食前の祈りと乾杯を済ませた後、ギデオンにほんの小さな意趣返しをお見舞いすることにした
「そういえば、ヘザーが面白い勘違いをしていました」
「なんだ?」
「わたしがギデオンさまの、花嫁候補だと」
パリン、と軽やかな音と共に、ギデオンの手にしていたワイングラスが割れる。
「だ、旦那さま! お怪我はございませんか!?」
「す、すまない、大丈夫だ」
そんなことは初耳だったのだろう。ギデオンが面白いほどに焦っているので、エリーゼは少しだけ溜飲を下げた。
零れるワインから逃げるように席から立ち上がったギデオンが、汚れた手元や服をナプキンで乱暴に拭うそして何度か咳払いをした後、仰々しいほどに深々と頭を下げた。
「失礼な勘違いを招いて申し訳ない」
「別に、気にしていません」
動揺するギデオンの姿が面白くて忍び笑いを漏らすと、彼も困ったように眉を下げながら苦笑する。
「それより、こちらの席に来ませんか? 椅子が汚れてしまったでしょう?」
布張りの椅子には、きっと大量のワインが染みこんでいる。ガラスの欠片が落ちている可能性も考えると、席を移動しておいたほうがいいだろう。
「では、お言葉に甘えて」
エリーゼのすぐ隣の椅子を引いたギデオンが、そこに腰掛ける。
家族で小さなテーブルを囲むのに慣れていたエリーゼにとっては、遠い席同士に座るより、このほうがずっといい。
心持ち、自身の椅子をギデオンの方向に向け、給仕がよそってくれた牛すじ肉のシチューにスプーンを沈める。
「孤児院で作ったシチューより美味いかはわからないが、うちの料理人の腕も中々のものだ。気に入ってもらえると嬉しいのだが」
「公爵さまが手ずから剥いたお芋の入ったシチューほど、贅沢な食べ物はありませんからね」
冗談で返すと、ギデオンがふっと口元を緩めて笑う。
「あの子たちは元気にしているだろうか」
「そうですね。グレイフィールドに帰郷することがあったら、また立ち寄ってあげてください。きっと喜びます」
自分がいなくなった後は、チェルシーが孤児院訪問を引き継いでくれることになっている。妹に任せておけば、心配はいらないだろう。
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