第11話 謝罪
年嵩の婦人たちにとって、若者の恋愛話というのはそれだけで話の種になるものなのだろう。それでもまだ、職員たちが興味津々と言った様子で質問を重ねようとしてきたため、エリーゼは「わたし、お芋の皮むきをして参りますわ!」と少し強引にその場を離れた。
洗い場では既に、半数ほどの芋が泥を落とされ、綺麗な状態でボウルに放り込まれていた。
「お芋の皮を剥きますので、お隣失礼いたします」
そうしてギデオンの隣に立ち、芋の皮むきを始めたエリーゼだったが、何かやたらと視線を感じる。
見れば彼が芋を洗う手を休めて、じっとこちらを見つめていた。
「……何かご用ですか?」
まだ嫌味でも言いたいのかと眉間に皺を寄せれば、青い瞳がふっと明後日の方向へ逸らされる。
彼はエリーゼから視線を逸らしたまま、どこか気まずそうな顔で問いかけた。
「いや……。君はこの孤児院を支援し始めて、長いのか?」
「自分ひとりでこうして訪問し始めたのは、二年前からです」
「そうか……」
ふたりの間に沈黙が流れ、タワシでシャカシャカ芋を洗う音と、包丁で皮を剥く音が響く。
それきり会話は終わりかと思えたが、ひとつ芋を剥き終えるなり、それを見計らったかのようにギデオンが再び話しかけてきた。
「ひとりで、ということはかつては誰かと共に訪ねていたということか」
「ええ、両親と」
「そうか……」
それきり、また黙り込んでしまう。
芋を洗いながらチラチラと物言いたげな視線を向けてくる面倒臭い彼を、どうしたものか。
エリーゼはため息をひとつつき、包丁を扱う手は休めないまま皮肉たっぷりに告げた。
「アレンビー卿は、わたしの行動に興味がおありなのですか? 根掘り葉掘り聞き出したくなるくらい、わたしが気になると?」
「なっ……! ち、違う!」
嫌味ばかり言ってくる偏屈な公爵さまをちょっとからかってやろう、というくらいの気持ちだったにも拘わらず、ギデオンは想定外に動揺し真っ赤になっていた。
さも女性人気の高そうな見た目をしているが、同時に、いかにも女性を寄せ付けなさそうなお堅い雰囲気もしている。存外女性との軽口の応酬には慣れておらず、初心なところがあるのかもしれない。
(ちょっと可愛いかも)
自分より十ほど年上に見える男性があたふたする様子は、小憎らしかった彼の印象を多少回復するのに役立った。
「わ、私はただ……!」
「〝守銭奴悪女〟が孤児院で慈善活動なんて、意外だと思われたのでしょう」
からかうのをやめて真面目に問いかければ、彼は軽く目を瞠って黙り込む。
どうやら図星を言い当てたらしい。
(どうせそんなことだろうと思ってたけど)
社交界の人々は皆、エリーゼがこんな田舎の孤児院を支援しているなど、想像もしていないだろう。
けれど、それでいい。『悪女』と関わりがあるなど知られれば、きっと院長やここで暮らす子供たちに迷惑がかかってしまう。
とはいえ、ギデオンには一応弁明しておくべきかもしれない。彼には、奉仕活動をしている場面をしっかり見られてしまった。余計な誤解を招いては困る。
「信じてくださるかわかりませんが、この活動には下心など一切ありません。両親が奉仕活動にとても熱心な人で、わたしも小さな頃からふたりの背中を見て育ちました。母が伏せりがちになり、父が彼女を側で支えているために、代わりにわたしが孤児院を訪問するようになったのです」
「そうだったのか……。きっとご両親も君を誇りに思っていることだろう」
てっきり『これも男性の気を引くための作戦か』とでも言われると思っていただけに、エリーゼは最初、その褒め言葉を素直に受け止めきれずにいた。
何か裏の意味があるのかと逆に疑ってしまい、けれどどう考えても純粋な賞賛だと気付き、困惑してしまう。
(ノースフォード公爵がわたしを褒めるなんて)
つい先日、エリーゼをふしだらな悪女と罵り、なんとしてでも解雇してやると息巻いていた彼がだ。
目を丸くしていると、ギデオンは眉間に皺を寄せて「あー……」と唸った。怒ったような顔にも見えるが、多分違う。
ちょうどひと月前、いたずらっ子の少年が院長の誕生日に野花を贈る際、こんな顔をしていたのを思い出した。
孤児院で多くの子供たちと接してきたエリーゼだからこそわかることだが、これは恐らく、照れている時の表情だ。
「院長が、君はとてもいいご令嬢だと言っていたし、子供たちも君に懐いているようだ。正直、驚いた。自ら孤児院に赴き、読み聞かせや調理の手伝いをする令嬢など初めて目にしたから――」
「ええ、と。ありがとうございます」
「いや、そうではない。そういうことが言いたかったのではなくて、その、つまり私は」
もごもごと当を得ない発言を繰り返した後、ギデオンはほんのりと頬を赤く染めたままエリーゼを見る。そして、早口で言い放った。
「――すまなかった」
「え?」
「君を誤解していたようだ。きっと何か事情があっただろうに、噂だけを信じて一方的に責め立て、解雇するなどと脅した。紳士の風上にも置けない、無礼な態度だった。君へのこれまでの非礼を、謝罪する」
つまり先ほどから彼がどうにも尻の座りが悪そうな雰囲気を出していたのは、エリーゼにそれを言おうとしていたがためなのか。
彼は国王の甥で、公爵で、男爵令嬢のエリーゼなんかよりずっとずっと偉い人なのに。
深々と頭を下げるギデオンの姿に呆気にとられながら、感心してしまう。
きっと、相当な勇気がいったことだろう。彼のような立場の人間が誰かに頭を下げるなど、普通はほとんどないはずなのだから。
(ああ、でも、女性もののエプロンを着けて真面目に芋洗いをしてる辺り、〝普通〟の公爵さまとは言えないかも)
エリーゼは小さく笑った。
芋を片手に、フリルのエプロン姿で頭を下げている彼の姿はなんとも牧歌的で、毒気がすっかり抜けてしまう。
(それに、確かにあの時は腹が立ったけれど。冷静になって考えたら、あんな婚約破棄の光景を見ていたのなら、警戒するのも無理もないわ)
いくら理由があったとはいえ、『お金持ちにしか興味がない』だの『貧乏生活はまっぴらごめん』などと、大勢の人の前で元婚約者を貶めたのだ。そんな女が身内の屋敷で働いていれば、誰でも不審に思うだろう。
「公爵さま、どうか頭を上げてください」
はっとしたように、ギデオンが顔を上げる。
心底自分を恥じているような表情からは、彼の誠実な人柄が伝わってくるようだった。
そこでエリーゼは初めて、自分も彼のことを一方的に誤解していたことに気付く。
「――わたしも、公爵さまのことをただ傲慢で嫌味なばかりで、すごく融通の利かない人だと思い込んでいました。だから、お互いさまですね」
正直に自分の考えを伝えれば、ギデオンは目をしばたたき、呆けたような顔をした。
やがてじわじわと、エリーゼの発言の意図を察したのだろう。
「ああ、お互いさまだな」
そう言って、緊張が解けるような笑みを浮かべた。
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