第9話 孤児院にて

 限られた者しか知らない情報だが、ここオルテミアの王族は、生まれつき身体のどこかにくっきりとした羽の形の痣を持って生まれてくる者が非常に多い。

 ギデオンは『生き別れた妹を探している』と嘘を付き、いくつかの施設の院長や職員に、片っ端から痣を描き写した紙を見せて回った。

 髪や目の色は両親と異なっていたとしても、痣が自然に消えることはないからだ。


 それらしい娘がいないか。あるいはどこかへ養女に出されていないか。

 しかし残念なことに、年格好は一致するものの、特別な痣を持つ娘はひとりも見つからなかった。

 

 グレイフィールド領内に残る孤児院はあとふたつ。

 そこで、なんらかの収穫を得られればいいのだが――。


(明日、遠乗りへ行くふりをして一軒訪ねてみるか)


 王女に繋がる手がかりが見つからないことを考えると気が重かったが、今あれこれと考えていても仕方がない。

 ギデオンは取り出した書類にもう一度しっかり目を通し、残された孤児院の所在地を頭に叩き込むのだった。



§



 明けて翌日。ギデオンは『領主の遠縁のアレンビー卿』として、孤児院の門を叩いた。

 すぐに職員がやってきて、ギデオンを応接室へ案内してくれる。

 建物自体は古いが、院内は清掃がよく行き届いており清潔で、雰囲気もいい。


「――というわけで、生き別れの妹を探しているのです。もしかすれば、こちらにお世話になっているのではないかと思い、伺った次第でして」

「それはお気の毒に……是非、お力になれれば幸いですわ。こちらが、女子入出所者の名簿です」


 院長は六十がらみの柔和そうな修道女で、実に親身になって協力を申し出てくれた

 人のよさそうな院長を騙している罪悪感に胸を痛めながらも、ギデオンは差し出された名簿に目を通す。


 名簿には孤児の髪や目の色などの身体的特徴に加え、生活態度や性格、どのような経緯で孤児院へ入ったのかが詳細に記されている。

 孤児院という場所は、その特性上非常に人間の入れ替わりが早い。これほどしっかりした記録が残されているのは、実に珍しいことだ。

 現にこれまで訪ねた修道院や孤児院では、名簿すら存在しない所もあった。


(ここでなら、なんらかの手がかりが見つかるかもしれないな……)


 小さくはない希望と共に名簿を捲っていったギデオンだったが、結果はこれまでと変わらず、残念なものだった。

 それでも、一縷の期待をかけて痣のことを聞いてみる。


「こちらで世話になった子供たちの中に、羽の形をした痣を持つ娘はいませんでしたか? 妹は、左の股辺りにそのような痣を持っていたのです」


 しかし、院長は申し訳なさそうに首を振るだけだった。


「初めてここに来た子は、必ず職員がお風呂へ入れてあげるのですが、生憎とそう言った特徴を持つ子は……。お役に立てず、申し訳ございません」

「いいえ、とんでもない。こちらこそ、突然お邪魔をして申し訳ありませんでした」

「早く妹君が見つかりますよう、お祈りしております。どうかアレンビー卿に、神のお導きがありますように」


 そうしたやりとりを経て応接室を出たギデオンは、外へ向かう廊下の途中、賑やかな子供たちの声が聞こえてくることに気付いた。  


「楽しそうな声ですね。ここの子供たちは、随分と生き生き過ごしているようです」


 先日訪問した孤児院では、子供たちはどこか暗い雰囲気を纏っており、笑い声どころか笑顔すら見られなかったものだ。

 その時はさすがに見かねて、監査の手を入れるべく早急にしかるべき機関に根回ししておいたが、同じ孤児院でも随分と印象が違う。


「今日は、月に一度の慈善訪問の日でして。当院の支援者である貴族のお嬢さまが、子供たちのためにお勉強を教えてくださったり、新しい衣類や贈り物などを届けて下さるのです」

「それは……今時珍しく、素晴らしい心がけのご令嬢ですね」


 貧しい人や病人など、助けが必要な人々に対する支援は貴族の義務ではあるものの、そのほとんどは使用人などを介して行われるものだ。

 貴族の中には、己の特権階級を鼻にかけ、貧困層を見下す者も少なくはない。

 自ら施設まで赴き、平民と触れ合うような貴族は滅多に存在しないため、ギデオンは心底感心するのだった。

 

「ええ。本当に、とても優しく素敵なお嬢さまで、よく贈り物も下さって……。子供たちにも慕われているのですよ。ほら、あの方です」


 院長が指し示した窓の向こうには広間があり、大勢の子供たちが輪になって、行儀よく椅子に腰掛けていた。

 丁度、読み聞かせをしている最中のようだ。子供たちの中心には、シンプルな生成りのドレスを纏い、栗色の髪を編み込みにした若い女性の後ろ姿が見える。


 彼女が読んでいるのは、当たらない占い師と笑えない道化師が、姫君を救うため悪い魔法使いに立ち向かう喜劇だった。

 一時期貴族の間で流行した有名な物語で、ギデオンも幼い頃、寝しなに乳母から読み聞かせてもらった思い出がある。


 それにしても、なんと魅力的な声だろう。

 玻璃のように繊細でありながら優しいぬくもりがあり、時折おどけたように道化師の真似をする様子に、『鉄仮面』と呼ばれるギデオンすら思わず笑みを浮かべてしまうほどだ。

 子供たちも皆、彼女の話す物語にすっかり没入し、大笑いしながら話に耳を傾けている。

 

 邪魔をしてしまっては悪いと、気配を消して部屋の隅に佇みながら、一緒になってついつい聞き入ってしまう。

 そして物語が終わり、子供たちが惜しみない賞賛の拍手を送る中、初めて女性がギデオンたちのほうを振り向いた。


「まあ、院長さま――」


 女性の声が不自然に途切れ、水色の目が丸くなる。

 ギデオンもまた、彼女の顔を認めるなりこれ以上ないほど大きく目を見開いた。


「エリーゼ・プリムローズ……!?」

「ノースフォード――ッ」


 彼女が危うく自分の身分を暴露しそうになったので、ギデオンは身振り手振りで慌てて制止した。

 幸いにして彼女は察しがいい方らしく、すぐに両手で口を塞ぎ、声を呑み込んでくれる。

 

「あらあら、まあまあ。アレンビー卿とエリーゼさまはお知り合いでしたの?」

「ええ。先日某所で開かれた夜会で、初めてお目にかかりましたの。ですわよね、アレンビー卿、、、、、、?」

「え、ええ、まあ……そうです」


 完璧な微笑みを浮かべ、ふたりの出会いを院長に説明するエリーゼの姿に、ギデオンは図らずも感嘆を覚えた。嘘やごまかしが苦手な自分には、到底真似できない芸当である。


「まさかこんなところでお目にかかれるなんて。そうですわ、よろしければアレンビー卿も是非、子供たちの昼食作りを手伝ってくださいませんこと?」

「――は? いや、私は――」

「殿方の手があれば、きっと職員の皆さまも助かりますわ。優しく、、、思いやり深い、、、、、、アレンビー卿なら、きっと頷いてくださいますわよね?」


 一々、当てつけがましい言い方をするものだ。

 エリーゼの笑顔になんとも言えない圧を感じ、ギデオンは顔を引きつらせた。

 要するに彼女は、自分を口止めしたいなら言うことを聞けと言っているのだ。

 極秘の任務で来ている以上、ここで己がノースフォード公爵だと知られるような行動をするのは得策ではない。


「……もちろん。喜んで、手伝わせていただこう」


 ギデオンは苦々しい思いを押し殺しながら、精一杯の笑みを浮かべた。

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