毛虫のトミー
鈴木すず
毛虫のトミー
毛虫のトミーは、彼についている毒の毛のせいで、怖がられたり、気味悪がられたりして、孤独な生活を送っていました。
そんなトミーには、好きなことがありました。本を読むことと、絵を描くことです。トミーはある日、手作り絵本のコンテストがあることを知りました。もしも自分の描いた絵本を多くの人に読んでもらえれば、僕が、本当は怖くないと分かってもらえるのではないかと、トミーはわくわくしました。
そして、トミーは、友達が欲しいパティシエが主人公の、絵本を作りました。
絵本が出来て応募してから、トミーは毎日わくわくしていました。いい絵本が描けたのです。そして、トミーに、コンテストの編集者から連絡が来ました。
「大賞、おめでとうございます。早速、書籍化の打ち合わせがしたいのですが。」
「書籍化、とは、なんでしょうか?」
「今回のコンテストの応募作品を、実際に絵本の形にして、本屋さんで売ってもらうことです。」
トミーは、嬉しくてたまりませんでした。
(この電話だって、僕が絵本を描いてコンテストに応募したから、もらうことが出来たんだ。それに、この絵本を通して、たくさんの人と関われる気がする。)
トミーは、早速、編集者と打ち合わせる約束をしました。普段、トミーはお洒落をしないけど、編集者と会う日には、身体中の毛にクリームを塗って、ツヤツヤした姿で打ち合わせに向かいました。帽子も、かぶってみました。
編集者は、トミーの家の近くの喫茶店まで、打ち合わせに来てくれました。トミーは、他の生き物のトミーへの視線が怖くて、コンビニと家との往復の生活を送っていたので、喫茶店に入るのも久しぶりで、メニューの見方を忘れていたほどでした。編集者には、
「帽子をかぶっています。」
と、連絡してありました。編集者は、時間通りに喫茶店に現れました。
「よろしくお願いします。」
と、トミー。編集者は、トミーの身体中を、ジロジロ眺めました。
そして、編集者は、
「賞金は払いますので、あなたが作者であるということを隠して、他の絵本作家の作品だということにしましょう。」
と、言いました。
「それは、どうしてですか。」
「あなたが毛虫だからです。」
トミーは、思わず、
「僕の描いた絵本を返してください。僕のことを受け入れられない人に、僕の作品を預けたくありません。」
「規定で、応募した作品は、返却できないことになっております。」
「返してくれないと、僕は、あなたを毒の毛で刺しますよ。」
編集者は、びっくりして、トミーに絵本の応募作品を返しました。
毛虫は、家に帰って、たくさん泣きました。自分が毛虫であるだけで、自分のことを否定されて、悲しい気持ちでした。それに、
(自分のことをみんなが怖がるのが嫌で、本当の自分は、他人に迷惑をかけたり怖がらせたりしないと思っていたのに、僕は、他人を自分の毒の毛でおどしてしまった…)
と、自分のことを責める気持ちもありました。
ある日、トミーと会った編集者の友達だった私は、編集者から、毛虫の絵本作家の話を聞きました。私は、いい作品を見つけて、それを世の中に広める仕事をしています。私は、彼と会うことにしました。
彼の描いた絵本の原稿を見て、私は思いました。彼は、本物のアーティストだと。
彼は私に、
「もう自分は、誰とも関わりたくない。」
と言いました。絵を描くことも本を読むことも、やめてしまっているようでした。
私はそんな彼に、
「この絵本を、作者をあなたのままにして、世の中に出してみないか。」
と、提案しました。私は思います。彼は、これまでの人生で、嫌な思いをしたことで、人と関わることを怖がりすぎていたのです。世の中に出れば、彼の毒の毛を嫌がる人もいるでしょう。でも、私には彼の毛は、彼の身を守る立派な鎧に見えました。
決めかねている彼に、私は、
「今、あなたが一歩踏み出すか踏み出さないかで、十年後のあなたの人生が大きく変わってくるかもしれない。それに、絵本が評価されなくても、あなたの人間性が評価されないわけではないのだから。」
と、付け加えました。彼を説得して、その日、私は、彼から原稿を預かりました。
トミーの絵本は、とてもよく売れました。絵本の内容は、彼の温かい人間性が上手く表れているものでした。絵本の帯には、笑顔の彼の顔写真とともに、こう書いてあります。
「毛虫の贈る、最大級に温かいストーリー!」
そんなある日、トミーのサイン会が行われることになりました。不安で緊張していたトミーでしたが、子供達が並び始めて、サイン会が始まると、トミーは、今までにないいい笑顔をしていました。子供達は、トミーが毛虫であることを、全く気にしていないようでした。サイン会の前に、
「トミー先生の毛には毒があるので、握手は禁止です。」
というアナウンスはありましたが、子供達は、素直に受け入れているようでした。子供達が少なくなってきた頃、トミーに見覚えのある人が現れました。
「絵本のコンテストの編集者です。僕は、イメージや利益ばかり求めてしまって、トミーさんを傷付けていました。お詫びします。」
トミーは、編集者に言いました。
「いいんですよ。僕も、毒の毛に頼って、色々ずるいことをしていたんだろうなと、気付くことが出来ました。これからは、自分が毛虫だからと、自分から独りになるようなことは、やめようと思います。」
トミーの絵本の主人公は、友達が欲しいパティシエです。主人公は、とても素敵なお菓子を作りますが、お菓子を作るのに忙しくて、なかなか友達を作ることが出来ません。でも、主人公のお菓子を食べた世界中の人達が、主人公に手紙を送ってくれるから、主人公は孤独ではないというお話でした。
私は、正直、トミーの描いた素晴らしい絵本を、自分で買い取って、自分だけのものにしたい気持ちがありました。それほど、素晴らしい作品だったのです。
でも、次の作品の締め切りに向けて一生懸命頑張っているトミーを見ると、これで良かったのだな、と思えるのです。
毛虫のトミー 鈴木すず @suzu_suzuki
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