第18話 調査

「はぁ……」


 すごすごと家に帰ってきた私は、ため息をつきながらソファに倒れ込んだ。一応ひよりちゃんのお父さんにも電話をしたが、忙しいみたいで繋がりもせず、折返しの連絡もない。舞歌ちゃんの高校にいたっては言わずもがなだ。彼女にも何か事情があるみたいだが、このまま放っておくのはどう考えても危ない。明日一ノ瀬さんに連絡をして、何かあった際には彼女を保護してもらうつもりだ。


(でも本当にそれが正解なのかな)


 ソファで脱力しながら舞歌ちゃんの顔を思い浮かべる。ひよりちゃんの話では、舞歌ちゃんは毎日ふらふらとどこかに出掛けて夜遅くまで帰ってこないらしい。もしかすると家にいたくないのかな、と私はぼんやり思った。だが、かと言ってどうしたら良いのかはわからない。

 具体的な解決案が思い浮かばず、私はガラガラと窓を開けてベランダにでた。なんとなく夜風にあたりたくなったのだ。そのままベランダの柵にもたれかかって、未だに眠らない街を眺めた時だった。


「こんばんは」


 突如声をかけられ、ハッとして顔を上げる。視線の先には一ノ瀬さんがいた。黒いスポーツシャツを着てラフな格好をしている所を見ると、今日はお休みの日なのだろう。


「一ノ瀬さん。こんばんは……」

「どうしたんですか? あまり元気がないように見えますが」


 ベランダの柵に腕をのせて夕涼みをしていた一ノ瀬さんが怪訝そうな顔をする。慌てて笑顔で誤魔化そうとしたものの、ふと今日は彼に話を聞いてもらいたい気持ちになった。


「一ノ瀬さん、大人の男性と金銭を伴った交際をしている高校生の女の子がいるんです。今時の言葉で言うとパパ活っていうやつだと思うんですけど。このままだと危ないことに巻き込まれてしまうかもしれません。夜遅くに彼女が出歩いている所を見かけたら保護してもらえませんか?」

「パパ活ですか。ええ、それはもちろん。該当の女の子の特徴を教えてもらえますか?」

 

 彼の言葉に私は頷き、舞歌ちゃんの特徴を伝えた。一ノ瀬さんに保護してもらえば、きっと彼女は大丈夫だろう。一息に言い切ると、私は心を落ち着かせるかのように目を伏せた。


「何かまだ気になることがあるようですね」


 静かな声色につられるようにして顔を上げると、二つの精悍な瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。その気遣うような視線が、私の胸の奥にあるモヤモヤとした思いをゆっくりと掬い上げてくれる。


 ――ああそうか。私は気付いているんだ。これが正解じゃないことに。

 

「はい。多分彼女――舞歌ちゃんは一度保護されてもまた繰り返してしまうと思うんです。今会っている人とは別の人と」

「どうしてそう思うんですか?」

「彼女は家に帰りたがらず、妹ともあまり会話をしていないようです。もしかすると、家以外の場所に居場所を求めているのかもしれません。そこが満たされない限り、きっとまた同じ結果になってしまう」

「なるほどそういうことでしたか」


 ベランダの柵に腕を載せた一ノ瀬さんが考えるように口元に手を当てる。


「確かにその場合根本的な解決が必要ですね。一度保護をしても、また同じことを繰り返して補導される子は自分も何度も見てきました」

「ええ……でも、どうしたらいいのかわからないんです。私が話しかけてもうまくいきませんでしたし。真木先生や酒井先生に頼んでみようかと思っているんですけど」

「そうですか? 自分はあかりさんが一番適任だと思いますよ」

「え、どうしてですか?」


 驚いて聞き返すと、一ノ瀬さんが微笑する。


「教師の仕事をしているあかりさんを見て思いました。あなたは子供のことが好きなんですね。よく子供達のことを見ているのがわかる。きっとあかりさんなら彼女の心を導いてくれるでしょう。彼女に必要なのは保護よりも対話です」

「そんな。私にできるでしょうか……」

「ええ。自分が彼女を保護することはできます。ですが、彼女の心を救うのはあかりさんにしかできないことですよ」


 きっぱりと言い切る力強い言葉がスッと胸に染み入る。すがるように目線をあげると、一ノ瀬さんが勇気をくれるように頷いた。


「一ノ瀬さん」

「はい」

「ありがとうございます」


 両手を揃えてペコリと頭を下げると、一ノ瀬さんが笑いながら敬礼で返してくれた。




※※※


「ひよりちゃんこんばんは! ぴよぴよ仮面参上!」

「わー! ぴよぴよ仮面、また来てくれたの?」


 私が決め台詞を言うと、ひよりちゃんが嬉しそうにベランダの窓を開けてくれた。いつも通りパチンと黒手袋をはめて中に入らせてもらうと、部屋の中は散らかっていて、朝の慌ただしい家の様子がそのまま残っていた。案の定、舞歌ちゃんの姿は無い。


「ぴよぴよ仮面、今日は何して遊ぶ?」

「今日はね、ぴよぴよ仮面と一緒に極秘任務を遂行してもらうよ」

「ごくひにんむ?」


 言葉の意味がわからなかったのか、ひよりちゃんがキョトンとしながら首をかしげる。そう、私は初めて本格的に「怪盗」の仕事をしに来たのだった。

 シーッと人差し指を口に当てると、ひよりちゃんが慌てて両手で口を塞ぐ。子供はこうやって形から入るのが大好きだ。大袈裟に辺りをキョロキョロと見回してたっぷり雰囲気を作った後、私はそっと子供部屋を指さした。

 

「よし、今から極秘任務に取り掛かるわよ。ひよりちゃん、普段お姉さんが使っているパソコンはあそこにあるもので間違いない?」

「うん、そうだよ」

「ひよりちゃんと共有で使ってるもの?」

「うん! たまにひよりも使ってる!」

「じゃあパソコンの起動をお願いできるかな」


 私が声を潜めながら言うと、ひよりちゃんも人差し指に手を当てながらゆっくりと頷く。私達の他には誰もいないのだけど、ひよりちゃんはすっかりこの「怪盗ごっこ」が気に入った様子だ。

 ビシッと敬礼をし、ひよりちゃんがパソコンの電源を入れる。すぐさま起動音と共にパスワードを入力する画面が現れた。後ろから見守っていると、ひよりちゃんが自信満々に「1111」と入力する。


「つけたよ!」

「ありがとう。じゃあ今から調査に入ります!」


 ビシッと敬礼を返すと、私は場所を代わってもらってパソコンの前に座った。

 そのまま迷わずブックマークをクリックする。スクロールしていくと可愛らしい女の子服のサイトの名前がいくつかあり、その中に有名なSNSのサイト名があった。カーソルを合わせてクリックすると、ログインしっぱなしだった為かパッとタイムラインが表示される。私は無言のまま書き込み履歴をクリックした。


「16歳、○○住み、1時間4000円前後、延長15分ごとに1000円、お触り、えっち、録画禁止」


 内容を読むうちに私の顔がどんどんと曇っていく。当たってほしくは無かったが、予想通り彼女はパパ活をしていた。ただ、やり取りを見る限り本当にご飯をたべるだけの関係で、パパ活を始めたのも先月からのようだった。

 だけど、日付が最近になるにつれてどんどんと投稿数が増えていっている。このままでは犯罪に巻き込まれるのも時間の問題だろう。

 私は最新のツイートを確認し、リプライの欄を覗いていった。


 ――明日八時に○○駅でご飯を食べようか。1.5でどう?


 ――1.5いいよ。帰りが遅くなるとまずいからもう少し早めでもいい?

  

 ――じゃ七時で。駅前のコンビニの所で黒い帽子被って立ってるから。


 ――私は目印にウサギのヘアピンをつけていきます。  


 私は慌てて腕時計に目をやって時間を確認した。時刻は6時40分。駅前ならまだ十分に間に合う。


「ひよりちゃん、この極秘任務のことは誰にも言ってはいけません。お約束してくれる?」

「うん! 絶対に言わない!」


 ひよりちゃんが口をキュッと結んで両手でばってんを作る。彼女の頭を優しく一撫ですると、私はスマートフォンを取り出して電話をかけ始めた。

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