第9話 YRグループ株式会社

株式会社・・・なんとなくかっこいい響きだ。父さんが朝ニュースで株価をみたりパソコンで株価を調べたりしてすこし喜んだり、少し悲しんだりしている姿はたまに見かける。


「というわけでうちの会社も株を発行しようと思う。」


放課後の全社員会議。空き教室を一つ借りて机を並び替えて本物の会議室っぽくしてる。どうやら隣の教室でも別のクラスの会社の会議が行われているようで時折その声が漏れ聞こえる。

ぼくと蓮がならんでズラリと(とはいっても10人足らずの社員だが)並んで座っているYRの社員たちに説明する。


「うちはなんだかんだ金が飛んでいく会社だ。外注しているものもあるし取材費もある。他のクラスでの広告にも金をかけているし、他の会社との付き合いでもそれなりに金を使っている。」


そういって配ってある資料に目を通すようジェスチャーをする。小学校館社を傘下にいれたことでその人件費の急激な増加は結構苦しい。

まあ今の小学校館社の経営悪化はぼくの自業自得だしそのうち回復するだろうから今は耐えるときである。本当に苦しくなったらこのラジコンまがくんのクビの採決を取れば少しは楽になるだろう。

採決前の社員への事前の”説明”で少しお金を使うかもしれないけどね。


「すくなくともこの2週間は非常に厳しく他社から金を借りることも検討したが、どうやらほかのクラスではコレが出回ってるらしい。」


そういって村上グループの株券をランドセルから取り出して見せる。個人的に買った株券だ。紫色の紙にくねくねした英語でMURAKAMIと書いてあるところがキザったらしい彼をよく表している。


「取材部長の蓮から補足を。うちのクラスでもユーヤユーギやVIデザイナーズなどの有力企業が株式の発行を検討していると取材で明らかになっています。

またその村上グループの株は現在額面の3倍程度で取引されているらしく、取引は盛り上がっているだからこそ今がチャンスといえる。」


「だそうだ。株についての説明は資料に書いてある通り議決権を持っていることや配当があることが特徴だ。いままで重要な人事などは社員の多数決で決めることが慣例となっていたがそのシステムも見直していこうと思う。」


そういってすでに印刷してある株券の束をどさっとカバンから出す。これに偽造防止の会社のハンコを押したら正式な株券になる。


「全株式のうち60パーセントはぼくと蓮で買い取る。のこり40パーセントはすべて自由に売却する。一応いっておくが小学校館社の株式は100パーセントYRが持つことですでに真我くんとは合意してある。」


「明日昼休みに2組で株式の売買を仲介してくれている4組の加部くんたちのグループのとこにいってくるけど今株を買いたい人は申し出てくれ。今なら額面通りで買えるから。」


数人の社員が手をあげる。それぞれから何株買うか聞き明日お金をもってくれば株券と引き換えることを伝える。


「そして最後に、ぼくらは今まで新聞社としてやってきた。だがこれからは新聞や出版に囚われないあたらしい形の会社になろうと思う。そこで社名を『YRグループ株式会社』に変更しようと思う。今までありがとう。そしてこれからもYRをみんなで盛り上げていこう!!」


「いいぞ勇太社長」「おおっ!!」「やってやろうじゃないか」「YR万歳YR万歳!!」


会議室替わりの教室は一気に社員の熱気に包まれた。ぼくは気持ちが今までない高ぶるのを感じた。こんなこと初めてだ。





「なあ蓮、はやめに真我くんを小学校館社の社長から追い落とそう。」


あのあとひとしきり盛り上がったあと。ぼくは帰り道に蓮にそう話しかけた。


「どうしてさ?そんなに経営厳しかったっけ?」


「彼一人分ぐらいの余裕は全然あるけど漫画事業は正直新聞よりも他のクラスに売り込みやすい。そんな優良事業に彼一人かませてるのは実にもったいない気がするんだ。」


「たしかにそれはそうだね。でもどうするの?」


「来週金曜日に開く株主総会で彼の社長退陣の決議をする。そしてぼくが新社長になろう。それに社名も変更しよう。『YR漫画株式会社』に。」


「でもそれもともと真我くんの部下の人たちの離反につながらないかな?それがなければいいとおもうんだけど。」


「小学校館社の株はぜんぶぼくらがもってるんだ。そのうち3割ぐらいをタダ同然でくれてやる。自分たちの会社の株なんだから配当金も元は彼らが働いて得るものだしね。痛くもかゆくもないよ。」


「それに使うために全部の株を握ってたのか。6割もあれば十分だとおもってたんだけどそういうことね。」


「YR新聞に入る配当を増やしたかったっていうのもあるけどね。せっかくの優良物件をタダで手に入れたんだからさ。まあ今はちょっと経営厳しいけど。」


まあ乗り切れるさ。コンスタントに利益を上げる優良企業。それがいまのYRのイメージだ。株の発行で余裕もできるし、これを使って他のクラスの弱小新聞社を買収すれば他のクラスでの活動の幅も広がる。あしたが楽しみだ。



翌日昼休み


業間休み中に加部くんらのグループ、加部証券取引所に株式の公開の申し出を行い無事許可がおりた。

この数日で多くの会社が株を上場しているらしく彼らが取引所として使っている4組後方の移動式黒板の周りはごった返していた。


「YR新聞社の名前は聞いていますよ。自分も週刊文々はよく読ませてもらってます。」


加部くんがノートにいろいろ書きながらぼくに話かけてきた。


「それはうれしいよ。どうだろう買い手はつくかな?」


「そりゃつくでしょう。週刊誌は人気ですし3組でも有望な企業ってことで昼休みの抽選を待てずにそわそわしてる友達も結構いますよ。」


それはよかった。でもまだ『3組でも有望』どまりの評価にすこしがっかりする。


「ちなみになんだけど村上グループの株ってどうなの?先週買って少し持ってるんだけど」


「そうですね・・・今日最初に売るなら先週買った価格の倍で売れるでしょうね。1組のほぼすべてを掌握し、安定して利益を出し続ける村上さん。配当も非常に良いですし、値上がりも期待できるっていうのでみなさんこぞって買っていますよ。」


そう言って見せられた株価に驚愕する。な・・・そんなに値上がりしてるのか。正直ここまでとは思わなかった。



給食をあっという間に平らげエプロンを脱ぎ捨てるとすぐさま4組の加部証券取引所に向かう。取引開始まであと2分。続々と人が集まってきていた。


加部君らが椅子の上にたち手を上げる。昔みた魚市場の競りのようにして次々と売買が行われていく。時折カーンとかまぼこ板でつくった拍子木を打ちならす音も聞こえる。


ぼくらの株式公開で最初にYRの株を買える権利は抽選できまる。簡単な割りばしのくじを次々と引き50人ほどが額面通りの値段でYRの株を買った。


そのすぐあとに自分の希望する売買価格を加部くんらに提出すると取引が始まる。


「YR新聞社 620GDで成立!!」


取引の仕組みとしてはこうだ。10分ごとに売りたい側、買いたい側がそれぞれ何株をいくらで売りたい、または買いたいかを紙に書いて提出。また同時にお金に糸目をつけない成行注文もここで提出される。

それを加部くんらはまとめるとその取引が最も多く成立する値段を株価と決定そこで拍子木を打ち鳴らす。その値段で成行注文を最優先で売りなら安い価格で注文をした方が、買いなら高い注文をした方から取引が決定される。

次の取引からは前回の株価をもとにその価格の周辺に注文を出し同様のことを繰り返す。


結構複雑であるがこれでも現実の株の取引きには及ばないらしい。


「いやあ、おもったより複雑なんだね。」


「このシステムについては今後も見直していく予定です。YRさんの最初の取引きなかなかのものでした。株式公開の抽選での人数からして予想していましたがこれほどとは...、村上グループと並ぶ企業になるかもしれませんね。」


加部君はニコニコしながらそう言ってくる。だがちがうのだ。ぼくの目標は村上と並ぶことじゃない。トップに立つことなんだ。


キーンコーンカーンコーン


昼休み終了5分前を告げるチャイムがなって今日の取引は終了する。熱心にメモを取る者、思ったように注文が通らず悔しがる者いろんな人がいる。


「今日はいそがしい中ありがとう、加部くん。今後ともよろしくね。」


「こちらこそよろしくお願いします。」


その日の放課後発表された株価と発行している株の数を掛けることによって算出される時価総額でYR新聞社は村上グループの8分の1だった。




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