第8話 買収への工作
取材二課に三好くんと蒲生くんの二人が正式に取材二課に所属してから2週間がたった。
蓮くんは取材のやり方と称して休み時間に取材一課の二人とともに学校をふらふらしているが裏では取材二課の第一の標的とその工作方法を考えているらしい。
康くんと誠くんがいろいろ取材のアドバイスをし、それをうんうんと聞いているが本当は別のことに頭を使っているように見える。
編集部の礼音くんと一緒に記事を仕上げながらふと廊下の様子を教室の窓からのぞくとちょうど通りかかった蓮率いる取材二課のメンバーがぼくのほうを見てニッコリとほほ笑んだ。どうやらいい感じの標的をみつけたらしい。
ぼくは蓮に取材二課の初仕事としてうちのクラスの会社のうちVIデザイナーズとユーヤユーギ以外の適当なものを潰してYRの傘下に組み込むことを提案していた。
「勇太社長。最初のターゲットはこれだ。」
そういってつらつらとメモ用紙に文字を書く蓮。周りに目立つこと配慮して会社の名前など記憶や印象に残りやすい固有名詞はできるだけ声に出さないようにこころがけるらしい。
『小学校館社』とメモには書いてある。
真我くんが経営するうちのクラスの漫画発行部数最多の会社だ。
「うちの会社と事業的に共通な部分も多い。それに新聞事業、週刊誌事業ともにこの会社の人材を投入すればそれぞれの質は高まるし、彼らの事業をそのまま引き継いで収益を上げることができる。」
「それで具体的な方法は何か考えてあるんだろうね?」
「まあ正義の味方のフリでもしようかなって思ってるよ。」
ここでYRの看板を汚さないように心がけてくれるのはとてもありがたいね。
まああんまりひどいものだったらぼくから止めるけどね。
そこで彼らが行う工作というのがこうだ。
ざっくりいえば小学校館社の評判を下げて会社が立ち行かなくなったところで助けを差し伸べるYR。実に正義の味方らしいがやってることは最低だな。
1週間後の昼休み
「えっ、3週間休載させてほしい?」
小学校館社社長の真我くんが漫画を描いている部下の一人に尋ねる。その部下は小学校館社の漫画雑誌『ガラガラコミック』でも人気のシリーズを書いている実力派の社員らしい。
ちなみにこの一週間彼らの会社は1か月臨時のアシスタントを追加で3人雇うなど経営へ追加投資を行っており社内の資金に余裕はなかった。
「真我くん。いや、社長。俺さ今裕也からクラス対抗サッカー大会の助っ人で呼ばれててさ。なぜか俺をやたら推してきてすでにほら・・・」
そういって彼が教室の後ろを指さすと代表メンバー表と書かれたやけに立派に作られたボードに彼の名前がしっかり書かれてあった。
「もうこれで断りにくいんだ。休載は申し訳ないけど俺にも都合あるんだ。」
「いやでもそのサッカー大会昼休みだけだろ。まだ業間とか描ける時間あるじゃんか。」
「あとさそれにVIデザイナーズのほうからも人手が足りないから手伝ってくれってきてて。」
「は?それは断れよ。ほかの会社じゃないか。」
「ごめん。もういいよって言っちゃったから。」
これでガラガラコミックに連載されている3本の漫画のうち1つが3週間休載となった。
さらに次の週
「売上が落ちてる・・・」
3本しか連載がないのにそのうち1本の人気作の連載が止まったことで売り上げが下落するのは当然のことだろう。
そこに臨時アシスタント分の人件費が嵩み、資金に余裕のない彼の会社の経営は急激に悪化していた。
「まずいまずい。このままだとつぶれる。」
6時間目前の休み時間に一人で頭を抱え込む真我くん。
「真我くん、どうしたのさそんな顔して。ぼくでよければ話聞くよ。」
人懐っこい笑顔をしながらひょっこり横から顔を出した蒲生くんが真我くんの相談に乗った。
もちろんこれは蒲生くんの善意からではないけどね・・・
「なるほどね・・・結構そっちの会社厳しいんだ。」
「そうなんだ・・・臨時アシスタントが意外に集まってさ、一括で1か月分の給料渡す契約だったからいまさら給料の一部返してくれとも言えないしほんとこまってるよ・・・。会社に金残ってないしどうすればいいんだろ。」
はあ、とため息をつきながらそう語る真我くんに蒲生くんがはっと何かを思いついたかのような顔をしながら一つ提案をする。
「うちでよければ勇太社長に掛け合ってみようか?漫画と新聞なら親和性高いし助けてくれるかも」
「本当?俺まだ社長としていれるのか?」
その提案に一筋の光を見出した真我くんが身を乗り出して蒲生くんに尋ねる。
「うん。多分ね。じゃあ今日、勇太社長に相談しとくね。」
工作の計画段階から見ていたが予想以上にうまくいった。
まず真我くんのとこの社員をサッカーの代表メンバーに加え、さらにVIデザイナーズの助っ人に加える工作を行ったのは三好くんだ。
三好くんは計画が実行に移されてからすぐに裕也くんといかにも自然を装ってサッカークラス代表の話をした。
代表メンバーのうちの一人に選出されていたYR新聞社編集部の礼音くんをYRの仕事で忙殺させることで半ば強制的に辞退させることと組み合わせて『礼音を代表から入れ替えてあげた方がいいな』と裕也に思い込ませることに成功した。
サッカー大会の会話の中で三好くんはそこでふと思いついたように真我くんの部下の名前を出し裕也にその部下を印象付けたがそれだけではない。
翌日蓮もその部下の名前を裕也とのサッカー談義の中で出した。
それからも第三者の会話を装いながら裕也の周りで真我くんの部下の名前を繰り返し出し裕也にその名前を印象付けた。
人間は無関係の人物から共通の話を複数回聞くとそれを信じやすくなるものだ。『豊川信用金庫事件』などでもこれが原因として指摘されている。
裕也は自分で代表メンバーを礼音くんから入れ替えたと思っているが取材二課に踊らされていたのさ。
また臨時アシスタントを雇わせたのも三好の工作だ。
YRが以前低学年の棟の掃除を請け負ったときのアルバイトの話を記事に乗せ、いかにそれがよいことであったかの記事をやや誇張気味に三好は書き綴った。
さらに特別な社長たちへのダイレクトメールと称して求人広告掲載の営業のチラシも真我くんの机に放り込んである。
そうして小学校館社だけの求人広告が載った新聞は『日頃の感謝』として無料で発行された。
職を探している金のない人がわざわざ新聞を買うとも思えないしな。
またうちは週刊誌の発行をしているという仕事柄様々な情報を匿名で投稿してもらっている。大して価値もないゴシップが多いが今回はそれが役に立った。
例の真我くんの部下がVIデザイナーズ副社長の美香さんに思いを寄せていることを密告するものがあったのだ。
会社の社長クラスのゴシップならまだしもそんなゴシップと別に気にも留めていなかったが、情報収集に走っていた蒲生くんがそれをうちの会社の資料の中から発見。例の彼はVIデザイナーズからの仕事なら断れないんじゃないかということで徹底的に彼を追い込むことにした。
取材二課の途中報告を聞いたぼくは懇意にしている間柄でもあるので特に気を遣わずにVIデザイナーズに大量の広告デザインを納期短めで発注。
「VIデザイナーズにはほんと申し訳ないよ。こんなに大量の仕事頼んじゃってさ。うちからは助け出せないかわりに助っ人探しておくよ。」
と美月社長に蓮が説明すると真我くんの部下を勝手に紹介したのである。
まあ好きな人がいる会社に頼まれたらどんなに忙しくても断らないだろう。
さらに三好と蒲生は売り上げを少しでも下げるため小学校館社のブランドイメージ低下も平行しておこなった。
根も葉もない噂の吹聴、連載漫画の次号の情報リーク。
いずれも別に普段なら経営に決定的ダメージをいれることもないものだし数週間もあればみんな忘れる。
が、今喫緊で経営危機を迎えているという真我くんには無視できない。
取材二課の調査曰く『権力欲が強く』『今の地位に固執して』『かつての倒産騒ぎを乗り切ったプライド』がある真我くんの経営を徹底的に痛めつけ、「社長」であり続けられるという好条件を与えられた今、彼はYRの傘下に下ることに、ここ最近の急激な経営悪化と都合よく差し出された救いの手になんの疑問も抱いていなかった。
そして翌日。YRの社長のぼくから正式に提示された条件に真我くんはうんうんと頷き、しめてYRグループ小学校館社社長の社員証を受け取ったのである。
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