第10話 教室でロッカー不動産事業を始めよう

今は大したことがない日本経済も90年代はそれはそれは華やかなものだった。それは線香花火の最後の輝きみたいだったけどな。


こんな話を父から聞いたことがある。日本中が余りに余ったお金で投資に熱狂していた時期があったらしい。そのなかでも花形だったのが不動産投資だった。

なんでも近所の今は寂れた中華料理店にその店と土地を3億円で売ってくれないかというオファーが来たとか、とても信じられない話だ。


不動産か……学校で自分が持っている“資産”といえば机と椅子。でもそれは絶対に売れない。授業を受ける場所を失えば存在そのものが揺らぐからだ。

じゃあ何なら売れる?――ふと視線を向けた先、教室後ろのロッカーが目に入った。そこには各社の資料や備品が詰め込まれ、しょっちゅう雪崩を起こしている。逆に勤勉な連中のロッカーはスカスカだ。

これを“権利”として取引できるなら……立派な不動産じゃないか。


これを買い取り、もしくは毎週お金を払って転売しよう。そう思いついたのは教室後ろの会社の書類棚をひっくり返して雪崩が起きたときのことだった。


「というわけでここに集まってもらったのはほかでもない。これから始める新事業に先立って市場調査をやってもらおうと思ったからだ。」


今回のような本格的な市場調査は初めてである。そこで、新たに「取材三課」を立ち上げることにした。条件は“広く浅い交友関係を持ち、偏らないこと”。つまり、誰とでも話せて、特定の色に染まっていない人材だ。

一課は日々の取材に、二課は情報工作に追われている。ならば、地味でも泥臭い市場調査の任務を担う三課が必要だった。


最初は蓮率いる情報機関である取材二課に頼もうと思っていたのだが蓮曰く


「これからも取材二課はいろんな調査をしていくのだから今回のような暗躍の必要がない場面でこの課の印象が残るのはよくない。」


と言われ、常日頃の新聞雑誌の取材で多忙を極める取材一課に頼むわけにもいかず普段は編集や製品開発にいそしむ社員たちを兼業という形で新設した取材三課に所属してもらいそこで市場調査を行うこととした。


調査の目標は

・空きロッカーの数の一週間推移

・空きロッカーに入れられる荷物の容量の推定

・不動産事業の需要に直結する荷物の総量の推定

・空きロッカー提供希望者の数とロッカー利用希望者の数

・どの程度の価格ならロッカーのやり取りが行われるか?

を調べて不動産事業に十分な勝算があるかの結論をだしてもらおうと思っている。


今回の事業でリスキーなのは空きロッカーをもっている生徒がYRグループを通さずに直接ロッカーの売買を行うことである。なので事業開始と同時にロッカーを売りたい人からほぼ同時多発的にロッカーを買い取ることでいわば市場を瞬間的に制圧することが求められるためことさら慎重な調査が必要となる。

それで時間を少しでも稼ぎ皆が直接取引の存在に気が付くまでの間にロッカー内の置き勉や清掃チェックなどの権限を有し、学校内のロッカーについての規則を所管する美化委員会にロッカー取引のルール設定を根回しするのだ。取材二課にはここの根回しの部分をすでに取り掛かってもらっている。


取材二課が獲得した協力者により美化委員会の重鎮らに接待ドッジボールや接待サッカー、賄賂に、カンニングの手伝い、部活の対外試合を対象にしたスポーツ賭博での八百長のお手伝いだったりを重ねに重ねて根回しを行うつもりだ。

なおこれでも首を縦に振らない人には美化委員会重鎮による不正として一大スキャンダルを紙面に書き連ねると予告した怪文書を送付し脅迫する。直接取材二課がこの工作を行わないのはそのためだ。いざとなったら協力者もろとも切り捨てる覚悟だ。


取材三課から十分な勝算ありとの報告を受け取ったぼくはロッカー買い取りに必要な資金の確保に奔走した。馴染みの会社から金を借りるために休み時間中各クラスを回り資金を集めた。

事情が事情だけにあまり借りる目的も詳しく話せないので渋られることもあったのだが多少金利が高くても不動産事業で回収できる見込みは十分あったのでそこには目をつぶった。


「勇太社長、うちのバランスシート……もう真っ赤だよ。」


徹が突き出した紙には、資産の横に並ぶ負債の数字がじわじわと会社を侵食していた。正直、このまま一歩間違えば吹き飛ぶ。

だが、ぼくは奥歯を噛みしめて言った。


「――今は耐え時だ。」


翌日

業間休みになった。十分金は用意してある。ロッカーの所有者に売買の交渉に赴くのはこの一週間の調査で鍛えられた取材三課である。今日の昼休みからの交渉に備えて業間休みはベランダの隅でミーティングを行っていた。


「これ、役に立つと思って僕たちで作っといた。」


いきなりやってきた蓮と蒲生君、三次くんの取材二課の面々がドサッと資料をぼくと取材三課の前に並べる。


「ロッカーを持ってる人たちはわりと堅物が多いからね。この一週間の市場調査の間にぼくたちなりに彼ら彼女らの性格とか人となりを調べといた。あとできる限りの範囲で交渉のときのロープレもしといたからよければ使ってくれ。」


なんてこった。美化委員会相手の工作を主導しつつ彼らは交渉相手の情報収集に加え、交渉のロープレ、想定問答まで組み上げていたのか。

もちろん市場調査の過程で取材三課も情報収集は行っていたけどそれを凌駕する内容に思わずため息が漏れる。


「はあ、すごいなこれ。とても助かるよ。」


「絶対成功させてくれよ。取材二課ができるサポートはここまでだ。残りは三課のみんなにかかってる。我らYRの荒廃はこの一戦にあり、と言ったとこかな。頑張ってくれ。」


「「「おう」」」




ガヤガヤガヤ


皆給食を食べ終わり昼休みに入った。みんな外に遊びに行ったり、株の取引のために教室を出かけたり、ボードゲームに興じたり、雑誌を読んだりと思い思いの過ごし方をしている。


取材三課の面々は散り散りになりロッカーの所有者を呼び止めるとロープレや今まで得てきた彼らの情報をもとにツボを押さえた。渉を次々とこなしていく


「心配はいらない。これは美化委員会の規則に完全に沿った契約だ。」

「もし現金だけじゃ物足りないなら……YR幹部向けのストックオプションを提示できる。」

「ちなみに、これが我々の“上限価格”だ。今売るのが一番得だと思うけど?」


ところどころ嘘に近いことも含まれているけど初動で売買の契約を結びさえすればいいのだ。

交渉は想定より順調にすすみ今回目をつけていたロッカーの7割の売買契約にこぎつけることができた。この数字なら十分に不動産事業で安定した利益を得ることができる。


予想より良くすすんだ売買の契約にぼくはさらなる一手を打つことにした。それはロッカー売却ブームを作ることである。

世の中には需要と供給がありそのバランスでモノの価値は決まってくる。需要が高ければ高いほど価値は高くなっていくのだ。

さらに人間には勝ち馬に乗りたい心理が働く。ほんの数分前まで、コツコツ貯めたポイントで消しゴムを交換していた真面目君。その彼が、ロッカーを売った瞬間に札束を握りしめて笑っている。

その光景が教室を一周するやいなや、「今しかない!」とばかりに列ができた。ロッカーを抱えて走る者、教科書を机に山積みにしてでも売ろうとする者――教室はまるで投機市場だった。

それを目にしたあわてんぼうは今がチャンスとばかりにロッカーの中の荷物をぎゅうぎゅうに机やランドセルに押し込み向こうからYRに駆け込んでくる。


「おれもロッカーを売ろう。」「わたしも売りたい」「僕のも買ってくれ。」


資金が潤沢にあるわけではないがぼくらは彼らのロッカーを笑顔で買い取った。


翌日、ロッカーという収納場所を失った荷物は教室の床まであふれ出し、美化委員会からロッカーを使用し適切に荷物の管理を行うよう通達が出た。

そこでぼくらはロッカーの個人への貸し出しを早々に行い空ロッカー率をロッカーの法人契約だけを見込んでいた当初の想定より3割も低くすることができたのである。ロッカーをあわてて売り払ったあわてんぼうは今まで自由に使っていたロッカーに使用料を支払う形になったのである。



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