第5話 リークリークリーク
YR新聞社が週刊誌事業の成功で乗りに乗っていた一方、うちのクラスでひとつ沈みゆく会社があった。
そうYR新聞社と同じ新聞社である一日新聞社である。
このところ社長の省吾くんは熱心に定期購読者を募っているが実を結ぶことはない。
一日新聞社は当初ユーヤユーギ社との業務提携などでぼくたちのYR新聞社を一歩リードしており羽振りもよく、そしてその情勢ももともと新聞の購入者なんて相当な固定層であるからクラス内新聞市場はこのまま維持されるであろうというのが大方の見方であった。
しかしここにきてぼくたちの週刊文々でのコンテンツ負け、さらに週刊誌と新聞のセット購読割引などのサービスでYR新聞のシェアが確実に伸びはじめ一日新聞社の定期購読者は確実に減少していた。
彼らもまた週刊誌の発行をもくろんだものの社員数3人ではさすがに厳しく、せめてイラストだけでもとVIデザイナーズに助けを求めたが
「だめよ。私たちはYR新聞社さんと独占で契約を結ばせてもらってるから。」
と美月さんに軽くあしらわれ、彼らの幻の週刊誌発行計画はついえたのである。
「なあ、勇太社長。おまえ請願文の仲だろう。顧客譲ってくれよ。」
社長の省吾君が放課後に話しかけてきた。とんでもないがそんなことできない。
「無理だよ。どんなお願いしてるかわかってるの?これはぼくたちが手に入れた顧客だ。欲しかったら自分で獲得するんだね。」
「週刊誌で成功したからって調子にのるなよ。本業の新聞では負けてるくせに。」
「調子に乗ってるわけじゃない、自分らは淡々と利益を出しているだけだ。あと特別に教えてあげるけど、新聞についても今日の昼の時点でうちが定期購読者数ぬかしたぞ。」
そう言ってYRと一日新聞の定期購読者数を数えたメモをピラピラと見せる。
これは次の週刊文々の記事で『徹底検証ほこたて対決』と銘打って各クラスの同業他社同士を比べるために調べたものだ。
「そんな・・・このペースだと今月末には給料を払えなくなるじゃないか。いやでもここから巻き返してみせる。」
「まあがんばってくれよ。」
とは言ってみたものの次の週刊文々とYR新聞にはある記事を同時掲載するつもりだ。それで一日新聞は命脈を絶たれるだろう。いつかみた歴史の教科書に載ってる風刺画のようにぼくらは今あるパイを山分けなんてするつもりはない。パイは一人で独占するものだ。
そろそろぼくらYRも積極的攻勢にうって出るときだろう。
省吾君はぼくから受け取ったメモをポケットに突っ込むとぼとぼとした足取りで教室から出て行った。
翌日昼休み
「週刊文々とYR新聞売ってまーす。最新の情報、学年に流れるあの噂。ちょっとでも気になったらぜひどうぞ」
康くんと誠くんが駅弁売りスタイルで廊下を回りながら週刊文々とYR新聞を売っている。
彼らの周りにはあっという間に人だかりができ、主力事業となった文々のほうが飛ぶように売れていく。
「え、なにこの記事。」「こんなことやってたの?」「省吾くんひどい」「一日新聞ってこんなことで稼いでたんだな。」
読者から次々とこのようなざわめきが広がる。彼らの視線が一日新聞社社長省吾くんに向いた。
「な、なんだよ。一体なんだっていうんだ。」
たじろぎながらそう言って彼は彼の社員が持っていた文々をひったくるようにして手に取ると当該のページを見て驚愕した。
「・・・そんな、え、なんで???」
そこには『一日新聞社、廊下掃除受注でバイトに超低賃金労働。懐に入れた多額のお金』
の文字がマジックで太く太く書かれていた。
握りつぶされぐしゃぐしゃになった週刊誌を机にたたきつけると省吾君はこちらに向き直る。
「おい勇太。てめえどういうつもりだ。そもそもこれは裕也の会社がやったことだろう。俺らは関係ねえよ。」
顔を真っ赤にして怒鳴ってくる省吾くん。そこに後ろからすました顔をした裕也くんがやってくる。
「俺は”個人的”に『バイトを探してくれ』としか言われてないし関係ないぜ。ほら、新聞にも週刊誌にもそう書いてあるじゃないか。」
そういって人差し指でトントンと新聞と週刊誌を指さす。
ちなみに裕也くんと末端で廊下掃除をしていたクラスメイトには事前に蓮が”取材”をして裏を取ってある。
まあなぜか会社の資金から割と多めの取材費が出ていたが特に関係はないだろう。
「・・・ふざけんなよ勇太。おまえら俺らの会社潰そうとしてるだろ。ふざけんな、おいみんな今から訂正記事をうちの新聞で書くから買ってくれ。な、頼むよ。」
「新聞記事を書こうとしてるところ申し訳ないんだけど省吾君。君のとこ退職者2人出てるけど書けるのかい?」
「は・・・?」
省吾君はとなりでばつ悪そうにしている”元”部下を唖然とした表情で見つめる。
「今、一日新聞社は社長君しかいない会社になってる。あ、そうそう退職したけど2人とも転職先見つかってるから。一人はうちに、もう一人はVIデザイナーズに転職するってさ。きみのとこより給料がいいからだってね。」
「嘘だろ・・・おい・・・じゃあもうおわりなのか・・・」
「よく頑張ったんじゃないかな?君が会社畳むなら省吾くんの再就職のお手伝いぐらいしてあげようか?請願文のよしみとして。」
「・・・余計なお世話だ。しばらく一人でやっていけるぐらいの金はある。」
省吾くんはガクリとうなだれるとそのまま自分の席に戻っていった。
一日新聞社が無期限休業を宣言したのはその日の放課後のことだった。
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