第2話 暗黒の木曜日

その日は朝から雨が降っていた。教室は登校してきたクラスメイトが上靴につけた雨水が床に雨染みをつくり、薄く開いた窓からじっとりとした風が入ってきて教室の空気は重苦しくなっていた。


一昨日の4つの会社の社長らによる臨時会談から二日がたち、YR新聞にも一日新聞にも今後のクラス内で連鎖的な倒産が発生するリスクや他クラスでも同様のことが起こっていることについて悲観的な記事が載るようになっていた。


業間休みに発行されたそれぞれの新聞を神妙な顔をして読むクラスメイトたち。経営が悪化している会社の社長たちは『倒産の連鎖』の文字に顔を曇らせる。


「俺倒産するわ。」


和樹ゲームズ社の社長和樹くんが唐突に教壇に立つとクラス中に宣言した。

その手にはYR新聞が握られている。


「売上は下がるしさ、俺のとこ社員多いだろ。結構給料払うのしんどかったんだ。でも今ならまだ会社のお金残ってるしみんなで山分けして倒産する。美月のとこに作ってもらったカードゲームのサブスク?の支払いも来週あたりからきつくなりそうだしな。」


ザワザワザワ


クラスの中に動揺が走る。

和樹ゲームズ社の社員は6人。インドア派な人間を男子女子関わらず社員としておりたしかに社員数でいえばクラスでもトップだろう。


「ちょっと、和樹あんたなにいってんの?うちらがほかのイラスト描くのより優先してつくってあげたのに・・・信じらんない。イラスト料の支払いどうなるのよ。」


和樹ゲームズに依頼されカードゲームをデザインしサブスクサービスを行っていた美月さんが和樹くんに文句を言う。


「会社にのこってるお金で払える分だけ払うよ。だからごめん。」


「わたしたち無職?」「明日から新聞買えないし、サッカーに参加もできない」「連載たのしみにしてた漫画もかえないじゃないか」


和樹くんに社員らの非難が殺到し、社員たちが教壇に詰め寄る。


その教壇前の修羅場を眺めていたほかの会社の社長たちからも口々に今後の不安の言葉が飛び出す。


「これでクラスの中であわせて16人が失業?」「漫画売れなくなるじゃん」「うちの会社もやばいわ、早めに倒産しようかな」「新聞のいう通りになったな」



遠巻きにその様子をみていたぼくはちょうどとなりで机の上に軽く腰掛けながら騒ぎをジッと見ている省吾くんに話しかけた。


「提案なんだけどさ、うちの会社と君の会社でみんなに無料配布する共同記事を書こう。先生にも提出するんだ。」


「どんな記事を書くんだ?」


「今の問題は生き残っている会社もお金が十分にないことなんだ。だから蓮のいうように余裕がなくて失業者が増えるばかりだ。これはもうぼくらにはどうしようもない。下手に今の状態でみんなのために失業した人を新入社員として雇っても共倒れになっちゃう。」


「たしかにな。そもそも今雇える余裕はない。」


「だから先生にいって新しくお金を発行してもらおう。クラスや学年にまわるお金が多くなればみんなもっと余裕ができてぼくらだって新しい人を雇えるよ。」


「そうすれば失業者も減って、給料がもらえる人が増えるから売り上げも増えるのか・・・」


ぼくはコクコクと頷くと机の中にしまってある原稿用の藁半紙を持ってくると大まかな枠をかく。


「ここに先生へGDをもっと発行してくれるように頼む文を書いて、その下のこの欄に賛同する会社の名前を署名として書いていこう。」


「ほかのクラスも同じような状況になってるんじゃないか?」


「ああそうだぜ。」


突然現れたのはユーヤユーギの社長裕也くんだった。


「俺たちと業務提携してる会社も周りでおなじように失業者が相次いでるって言ってた。これは俺たちだけのクラスの問題じゃない。全クラスで起こってる。だからホラ、その署名。俺らの会社のツテで別のクラスの奴らにも書いてもらおう。」


「それはものすごく助かる。ありがとう。」


そういうとぼくたちは各々で作業に取り掛かった。混乱し早々と会社をたたみ、いかに保身するかを考えている社長たちへは署名と先生による対策が講じられるまであと数日の辛抱を頼み込み、ただ不安になり買い控えをする人たちにはできる限り正常な買い物を行ってほしいと頼んで回った。



昼休みの頭に完成した複数の会社が連名で書いた先生への請願文は各クラスに掲示、そして昼食中の本田先生へ届けられた。


「・・・・なるほどな。こんなことが起こっていたとは。」


本田先生は職員室の机で請願文に書かれたクラスの現状と、蓮と僕で書いた今後予想されるシナリオとされるものをじっくり読み込むといたく感心したようでうんうんと頷いて見せた。


「たしかにこれなら倒産の連鎖が起こってもおかしくないな。よく考えられている。ところでアメリカのニューディール政策って知ってるか?」


請願文を届けにきたぼくと省吾くん、美月さん、後ろにいるほかのクラスの社長たちも首をひねる。


「昔アメリカでも君たちのクラスの中のようなことが起こってな、そのときにアメリカの大統領は大きなダムの工事をすることで工事現場の人たちに給料を払って経済を立て直そうとしたんだ。」


あたりをよく見るとほかの先生たちもやってきていてぼくらの請願文を回し読みしていた。すこし恥ずかしい気持ちになる。


「そこでだ。先生たちが君たちに大仕事を発注しようと思う。当然報酬は十分払うと約束しよう。その報酬は人件費となってみんなに配られるし、君たちの会社は余裕ができて新しく人を雇うこともできる。」


うまくまとめたなとざわつく職員室。本田先生は席を立ちあがり職員室の掃除ロッカーまでいくと雑巾を持ってきた。


「最近雨で床が汚れてるだろ。しかもなかなか普段の掃除じゃ取れない。明日の5,6時間目にちょうど全クラス学級活動の時間になっているからみんなでやってくれ。」


おおおおおぉ


周りの先生たちの声。


「6年生も同じようなことになっているでしょう。うちもやらせます。学校がきれいになって生徒の会社も喜ぶ。非常にいいですね。」


「あのでしたら低学年の棟もお願いしたいですね。まだまだ雑巾がけが下手な子が多くてひどく汚れているので。やりたい人だけでいいので、あっGDは払いますよ。それともここにいる社長さんたちの中で受けてくれる会社は・・・?」


この騒ぎをみていた低学年の学年主任の先生がいった。


「ぼくらYR新聞がやらせていただきます。」「一日新聞もやらせていただきます。」「俺たち村上グループにお任せを。」


「じゃあその3つの会社にお任せします。」


反射的に名乗りを上げてしまったが社員2名のうちに人手が足りるだろうか?となりの省吾くんも若干不安そうだ。


「これはこれは5年3組の2大新聞社の勇太社長と省吾社長。なんでもこの請願文を考え付いたのは君たちだそうですね。」


同じく低学年の棟の掃除に手を上げた村上グループの社長村上くんが声をかけてくる。


「申し遅れました。5年1組でイベントの企画、漫画の発行、掃除当番の交代ビジネスなどを行っている村上グループ社長、村上と申します。」


水泳で若干色素が抜けたのか茶色がかった長めの髪とすらりとした身長の村上は正直いけ好かないやつだった。


「村上くんの会社はずいぶん手広くやってるんだね。」


「まあうちは社員12人と大所帯なものだからいろいろできるものでね。ところでそちらは?」


「ぼくのYR新聞は2人だ。」「一日新聞は3人だ。」


そういうと村上は面白そうにくくっと笑う。


「ずいぶんと小さい会社ですが大丈夫ですか?もっと”大”企業かと思っていました。」


ギリリと奥歯をかみしめる。小ばかにしてくるじゃないか。


「まあ今はね。」


それ以外の言葉がのどからでなかった。



ぜったいにこの村上という男にぎゃふんといわせてやる。

職員室から解散し、クラスに請願の結果を伝えた。安堵するクラスメイトたち。ざっくりとどの程度のGDが全員に配られることになるのかも伝えられていたので皆の財布のひももやや緩まっていった。


ぼくらのYR新聞社は低学年の棟の掃除業務を先生から受注したことでこの先しばらくの間の資金繰りに余裕もできた。

社員を増やしてもいいだろう。



「なあ蓮、社員を2人ばかり増やそうと思うんだがどうだろう?」


5時間目と6時間目の間の休み時間に蓮に相談する。


「いいと思うよ。でも低学年の棟の掃除4人はしんどくないかな?1組の村上グループは10人ぐらい出すんでしょ。」


たしかに同じ金額を先生から貰っておいて人手不足ということで分担範囲が狭くなれば心象を悪くして今後の同様の公共事業(という名の掃除)の受注が難しくなることは目に見えている。


「あくまで一時的な仕事だし正社員を急激に増やすことはしない。2人の新入社員は目星をつけてあるからスカウトしてくるけど掃除の仕事については明日の新聞からアルバイトの求人広告を出すよ。どうせ掃除は放課後だろうしほかの会社の社員でも業務の妨害にならないからいいさ。」


「それもそうだね。じゃあ僕は明日の新聞を完成させるから勇太くんはスカウトに行ってきてよ。」


「たのんだよ。蓮。じゃあ放課後話つけてくる。」


ガラガラガラ。教室の扉が開いた。


「じゃあ6時間目の授業はじめるぞー」


本田先生が教室に入ってくる。あちこちで行われていたそれぞれの会社の行く末を考えていたクラスメイトたちは続々と自分の席に戻っていった。





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