ぼくらの小さな財閥経営物語:
@karisuke
YR新聞社設立と拡大編
第1話 会社設立と最初の暗雲
「おはよう和樹」「おっはよう」「あみかー、おはよう」「優一来るの遅いって」「ランドセル投げんなよ」「リコーダー持ってきた?」
朝の会の前、ここ5年3組の教室はザワザワと喧騒に包まれていた。
6月に入り雨の日が多くなってきて薄曇りの日の今日でも心なしか教室の中の湿度が1ヶ月前より高い気がする。むっとする空気を払い除けるように手をパタパタさせながら一人でぼんやり考え事をしているとついさっき教室に入ってきた男子、、一番の幼馴染でもある蓮に声をかけられた。
「おはよう。勇太社長」
そうぼくは社長なのだ。野望に満ち溢れた社長なんだ。そしてぼくはポケットの中にある札束をぎゅっと握りしめた。
1ヶ月ほど前....
クラス替え後のお互い手探りのような空気感もそろそろ無くなり教室の中での会話も弾むようになってきていた。
僕は幸い幼馴染の蓮と3年連続同じクラスになり友達の心配はそこまでしていなかったが、それでも新しいクラスというのは慣れないものである。
「なー蓮。今日はグラウンドに水溜まりもないし裕也たちとサッカーしに行こうよ。」
「勇太くんごめん。ぼく今やりたいことがあって....」
そういうと蓮は机の中から自由帳と理科の教科書を取り出すとせっせと教科書の写真を模写していた。
「もー、蓮。ぼくさきに行ってるからね」
「おーい、勇太も来るんだろ早く来いよ」
真っ暗に日焼けした裕也とそのグループ5人が早くグラウンドに行きたくでウズウズしている。ぼくは蓮のことは諦めてグラウンドにかけていった。
「だけど勇太はほんと足が遅いな。」
業間休みも残り5分になって教室に戻るまでの道で裕也の友達の理玖が声をかけてきた。一緒のチームになって彼にはとても迷惑をかけて申し訳ない気持ちと、
活躍できず悔しい気持ちで俯いてしまう。
「まー足の速さだけが全てじゃないからね。」
無理やり笑いながら言ったぼくの目に涙は浮かんでいなかっただろうか?
去年の夏、好きだった女の子が足の速い転校生と付き合って公園で手を繋いでいたと聞いた時僕は家に帰って速攻で陸上教室を調べたほどだ。コンプレックスというやつだ。
教室に戻ると次の時間は学級活動らしく担任の本田先生が黒板に表を短いチョークで器用に書いていた。
「みんな先週配った名前マグネットは机に貼ってあるな?机の上に出しておくように」
一瞬振り返りってそういうと本田先生はせっせと作業に戻った。
「次の時間は係と委員会決めらしいよ。絵描いてる時に先生が言ってた。」
「そうなんだ。ところで蓮は何の係とか委員会やりたいとかあるの?」
そういうと蓮は首を横に振って言った。
「特に何もないかな。休み時間は好きなことしたいし、係とか委員会で休み時間減っちゃうの嫌だよ。」
「それもそうか。」
黒板に書かれてる係は授業準備係や黒板係、電気係などよくあるやつばかり。
去年から始まった委員会活動も代表委員や生活委員、美化委員など特に変わったものはない。
「はい。じゃあクラス活動やっていくぞー。というわけで係と委員会を決めていく・・・・訳なんだが、今年から5年生と6年生で新しい活動をやっていくことになった。」
クラスがちょっとザワザワする。
カッカッカッ
先生がチョークで黒板に何か書いてあるが大きな背中でまだなんて書いてあるかわからない。
「はいこれ。会社活動だ。みんなにはクラスのみんなを楽しくする活動をする“会社”をやってもらおうと思う」
クラスに歓声があがる。楽しそう。やりたい。一緒にやろう。みんなワイワイしてる。
「はい静かに。じゃあ今から会社の決まりを説明するからな」
・会社は2人以上で作ることができる
・みんなで楽しく過ごせるような、役に立つようなものにすること
・得意なことを生かすこと
・給料は1週間に一回配るガッコウドル(GD)を使うこと
・他の会社のモノを買ったり利用したりするのにGDは使えること
・その他委員会活動や係活動でもGDはもらうことができること
を説明した。
そして本田先生は会社の例として新聞会社や漫画会社、イラスト会社、レクリエーション会社などを挙げた。
「なあ蓮。絵得意でしょ。僕らで新聞会社を作ろうよ。そして大きな大きな会社にしよう。」
「いいよ勇太、新聞づくり任せてくれ。」
ここからぼくらの会社、のちに先生たちから『財閥』と呼ばれるようになり卒業から数年間の伝説になる物語が始まる。
まず僕たちはクラスの後ろの掲示板に貼り付ける看板の制作に取り掛かった。会社名は『YR新聞』勇太のYと蓮のRを組み合わせたいたってシンプルなものだ。クラスの他の人たちも続々と看板を作りはじめていた。
裕也が作っていたのは『ユーヤユーギ株式会社』
正直なかなか面白い名称だと思った。
活動内容は休み時間のサッカーやドッヂボールの企画運営と彼の人脈を生かしてチームを組みやすくするそうだ。
5人で2チームに分かれてサッカーしてもつまらないもんな。
少しぽっちゃりとした少年和樹くんがつくったのは『和樹ゲームズ社』
本田先生がクラスで保管しているトランプやオセロの管理をするらしい。
裕也の会社とは対照的にインドアな会社だ。
美月さんと美香さんが作った会社は『VIデザイナーズ』
2人とも美術クラブに所属していることを生かして絵の販売をするそうだ。蓮が誘われていたが僕との約束があるということで断っていた。
真我くんが作ったのは『小学校館社』
地域の漫画クラブに所属する彼が作ったのは学校なのか館なのか会社なのかよくわからないが漫画を描く会社だ。
そして僕らのYR新聞のクラスでのライバルとなるのが省吾くんが作った『一日新聞社』
彼もまた絵の得意な友達を誘っており新聞の出来には相当な自信があるらしい。
そのほかにもいくつか会社が作られ、次々と完成したところから看板が教室後ろの掲示板に貼られていく。
「絶対に学校で一番の会社になってやる」
「定期購読者を集めよう。新聞の価格はそうだな10GDなんてどうだろう?」
ちなみに10000GDを先生のところに持っていけば文房具と交換することができる。というのがGDのしくみの一つだった。ずいぶんあとに気が付いたことだがこれが初期のGDの価値の担保となっていた。
「一日新聞も10GDみたいだしあまり価格の違いを作るのも良くない気がする。それがいいと思う。あとざっくりとした内容なんだけどクラス内ニュース、クイズ、4コマ漫画とかでいいかな?」
「いいと思うよ。僕がメインで文章を書くから蓮は別の紙にイラストを描いてくれ。後で貼り合わせたら効率的に新聞を作れる。」
「おっけー。ぼく友達に宣伝してくる。」
新聞の内容はサクサク決まる。頭の中に新聞が飛ぶように売れて儲かるイメージが容易に浮かんできて思わずにやけてしまう。
ちなみに一日新聞社の方も同じような構成で完全に同業他社というやつだ。なんとしてでも購読者を多く獲得したい。
周りを見渡せば他の会社も社員たち(であると同時に他の会社の顧客たち)がぐちゃぐちゃになりながらつたないながらも営業トークを繰り広げている。
裕也たちの会社は今まで無料だった休み時間に料金が発生するとなって少し非難を浴びているような気がしなくもないが、毅然とした・・・というか悪ガキ面した五人の社員たちが反発を抑えている。
その後自分も営業に飛び込みにいき蓮と合わせて12人の購読者を獲得することに成功した。
2日に1回の新聞の発行で1枚10GDであるから2日で120GD。
1日あたりにすると60GDの利益である。
ライバルである一日新聞社は3人の社員たちで15人の購読者を獲得していた。
ちなみに発行は2日に一回らしい。詐欺じゃないか。
ぜったい負けてられない。
最初の発行日。同じ日に一日新聞社も発行するらしい。
業間休みにそれぞれの本社(社長の机)には新聞待ちの列ができている。
みんな最初のクラス活動で5000GDづつ配られているのでそこから出したお金を握りしめていた。
「はい新聞いっちょう」「まいどっ」「次もよろしくね」
ぼくらの新聞は飛ぶように売れた。もともと定期購読を申し込んでいた12人以外にも1部15GDで売ることになっており、定期購読者以外でもクラスの多くの人がぼくらの新聞とライバル社の一日新聞社の新聞を買っていた。
藁半紙に印刷されたイラストや手書きの文字は本物の新聞とはくらべものにならないほどぐちゃぐちゃで稚拙なものだが、自分たちで作り上げたものをほかの人が手にしているということに猛烈な達成感を感じた。
他の机ではイラストや毎週定期的に発行されるクイズ。連載小説などもそれぞれの会社が売り出し教室の中は盛況だった。
一通り自分の好きな買い物をしたひとたちは裕也のユーヤユーギ社主催のクラス対抗ドッヂボール大会にエントリーしていく。
そんな日が2週間ほど続いた。
ここ最近の新聞の見出しにはやや不穏な文字が並ぶ。『倒産』や『経営危機』など。
会社活動がはじまってすぐはみんな我も我もと会社を乱立させ、みんなそこから商品やサービスを購入したが次第に売れるもの売れないものに差がついてきたのである。
そしてついに倒産する会社が現れた。康くんが率いる『ねりけし工業』は社員総勢4名でねりけしの製造と販売を行うという会社だったが会社設立から数日後にはねりけしの買い手がつかなくなり倒産、社員4名は失業することとなった。
ちょうどそのころ、会社のお金と自分のお金をちゃんと区別するため、たとえ社長であっても一定の給料を会社の利益の中から受け取るということが本田先生からお達しが出ていた。
そのため人件費の増加を嫌うほかの会社は彼らを雇わなかったのである。
このような倒産が最初は3社ほどで、ぼくらのYR新聞、一日新聞の幼稚な経済欄でもただの他人事のように面白おかしく取り上げていたのだが問題が顕在化しはじめたのは翌週の火曜日であった。
3社の倒産から5日たった火曜日・・・
「なあ、なんか売上減ったよな。」
昼休みの新聞販売をしているとライバル社である一日新聞社の社長省吾くんが話しかけてきた。社員総出で売り込みをしていたが全員その手をとめぼくと省吾君の会社のトップ同士の会談の様子を遠巻きに見ていた。
「たしかに。いままではどっちもの新聞買ったりほかの会社のものも買ったりしてた人もいたんだけどな。」
「わたしの会社も売上激減よ。新商品の筆箱カバーでなんとか持ちこたえてるけどね。給料を払うのでカツカツ。給料さげようかしら?」
VIデザイナーズの敏腕女社長を自称する美月さんも社長会談に加わる。
彼女の会社もクラスの女子をターゲットにして、少しリッチで上質な商品を売り込むことでそこそこの売上をたたき出していた。
話は少しそれるが、ちょっと前に蓮の画力と比較しようとイラスト(何を描くかは依頼できる)や筆箱を装飾するビニールカバーで覆われた筆箱カバーをポケットマネーで購入して観察してみたが、蓮とは違う感じの絵のうまさがある。
例えるなら蓮は理科のスケッチのようなものが得意であるが、彼女らの会社はアニメやキャラクターのイラストを得意としている。そしてその技術力はとても同じ小学生とは思えなかった。
ここでその彼女が給料削減を持ち出してきたのは先日明確化された人件費が売上を圧迫していることは確かだった。
「ねえ、それってあの倒産のせいじゃないかな?」
蓮がぼくの後ろから社長たちの会話の中に入ってきてポツリと言う。
「どういうこと?」
「あの倒産した3社の社員の数ってあわせて10人ぐらいでしょ。でその10人は給料が0になってるから当然買い物もサービスの利用もできないわけだよね。クラスの人数の1/4が失業してたらそりゃ売り上げもさがるよ。」
「たしかに・・・」「そうだね・・・」
「そして売上が下がったら当然自分たちも経営は苦しくなるから倒産するところも出てくるはず。倒産の連鎖がおきるよ。」
「でも俺たちはずっと稼いでるぜ。最近は売り上げも伸びてきたし。」
グラウンドから泥だらけになって戻ってきた省吾くんが突然会話に入ってくる。
彼らは他クラスとの交流昼休みサッカー大会のため他クラスに存在する同様の会社と業務提携をしていた。ぼくらのクラスではほぼ唯一のいわば多国籍企業だった。
「それは君たちのエントリー料が安くてエントリーしやすいし、他クラスの人たち相手にも商売をしているからじゃない?それに売り上げが伸びてるのは給料が下がったから安い君たちの会社のモノしか買えなくなったからじゃないかな?この倒産の連鎖が続けばやがて君たちの会社も立ち行かなくなるよ。」
「いわれてみればたしかにそれはそうかもな・・・」
その時ガラガラと教室の引き戸が開いて本田先生が入ってくる。
「みんな席につけー授業始めるぞー。」
集まっていた社長たちは一抹の不安を抱えながら自分たちの席にバラバラと戻っていった。
やがてその不安は学年を襲うことになる。
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