VTuberの隣部屋で住めるようになった

 まだ胸がドキドキする。

 桜花を見ているだけで、こんなにも顔が熱くなるなんて。俺はどうしちゃったんだ。


「ぼ~っとしてどうしたの、ショウくん」

「い、いや! なんでもない。ところで、俺はどこで寝泊まりすればいいんだ?」


 ポンと手を叩く桜花は思い出したように言った。


「そうだった。ショウくん、わたしと寝る?」

「は……はあ!?」


 予想外すぎる提案に、俺の心拍数が急上昇する。これ以上は死んじゃうって!


「ほら、昔はよく一緒に寝てたし」

「それは子供の頃の話であってだな。今は、その……無理だ」

「そっか~。そうだよね。寝顔とか見られるの恥ずかしいもんね?」


 そっちじゃねえ~!

 桜花の全身が魅力的かつ性的なんだよ――なんて、言えるはずもなく。俺は喉から出そうになっていた言葉を押し返す。


 ふぅ、あぶない。

 本音が出るところだった。



「そ、そうなんだ。出来れば、空いている部屋を貸してくれないかな」

「うん、いいよ。それじゃ、こっちへ」



 桜花の背を追っていく。

 配信部屋から出て直ぐのところに空き部屋はあった。入ると広々とした空間が広がっていた。これはまるでホテルだな。


「綺麗な部屋だなぁ。ここ使っていいの?」

「もちろん。ショウくんの部屋だから好きに使って」


 ふかふかのベッド。その横にソファと液晶テレビ。更にハイスペックパソコンと本棚。冷暖房も完備か。うわぁ、冷蔵庫もある。


「凄いな。これって誰かの部屋みたいだぞ」

「言い辛いんだけど……大蔵さんが使っていた部屋なんだ。でも、大丈夫。二、三回しか使ってなかったから綺麗なはずだよ」


 アイツの部屋かよっ。

 だけどまあ、贅沢は言えないか。


 配信部屋以外は、物置部屋だった。かといって、他のフロアは遠すぎる。桜花いわく、このフロアしか使っていないようだし、家具とか電化製品も全然置いてないという。不便すぎるから他フロアに住むのは無理だった。


 実質、元マネージャー部屋しか空いていなかった。


 見たところ、ベッドもソファも未使用の新品だ。どうやら、パソコン作業しかしていなかったらしい。つまり、書斎として利用していたと。ならいいか。


「ありがと。でも一応、消毒とかはしておこうかな」

「うん、わたしも手伝うよ」


 さすがに少しでも大蔵成分が残留していると思うと、居心地が悪いからな。せめて、消毒して気分をリセットしておく。



 ひとまず、桜花の力も借りて部屋の消毒を行った。



「……ふぅ。こんなところか」

「ごめんね。気分あんまりよくないよね」

「構わないさ。毎日使っていたとかなら気が引けるけど、二、三度なんだろ。ならいいよ。ニオイとかも気にならないし」


「そう言ってくれるとありがたいけど、もし嫌だったら言ってね」

「いや、いいさ」



 配信部屋と隣だから、住むならこの部屋しかない。納得していると、スマホに着信が入った。ラインだ。


 えっと……円香からだ。



「あれ、ショウくん電話?」

「妹の円香からライン電話。すまん、ちょっと出る」



 タップして通話を開始。

 直ぐに泣き声がスピーカーから漏れた。



『お兄ぃ、お兄ぃってばああああ!!』

「泣くな、わめくな! 通話早々どうしたんだ、円香」

『メッセージ999件送ったのに、反応してくれないんだもぉぉん』


「――は?」


 一度、ラインのメッセージの方を確認すると【999件】という恐ろしい数字が表示されていた。って、泣いてるスタンプ送りすぎだろ。どんだけ連絡して欲しいんだよ、この妹。ていうか、怖いわっ!



『ねえねえ、お兄。桜花お姉ちゃんと一緒にいるの?』

「まあな。……あ、そうだ。桜花に言ってなかった。ちょっと待ってろ」

『うん?』



 俺はラインを一度切った。

 向き直って、桜花に事実を話した。


 妹の円香に、桜花がVTuberの『シズカ』であると言ってしまったことを謝罪した。よくよく考えたら、これは情報じょうほう漏洩ろうえいには変わりなかった。相手が妹とはいえ、信用問題に関わる。


 これから、一緒にやっていくなら尚更だ。



「桜花。俺は妹の円香と数年ほど険悪だったんだ。それで、仲良くなりたい一心で……シズカのことを言ってしまったんだ。この通りだ、許してくれ」


 頭を下げて真実を伝えた。


「えっ、円香ちゃんでしょ? なら、いいじゃない」


「でも……」


「円香ちゃんと仲良くなってくれる方が嬉しい。それに、わたしも久しぶりに円香ちゃんと会いたいな。昔は姉妹のような仲だったもん」


 昔から桜花は俺に優しかった。それは今も変わらない。……良かった。もし仮に、昔馴染みでなければ許されなかったかもしれないし、下手すりゃ、訴えられて損害賠償とかあったかもしれない。


 ここは、桜花の寛大かんだいな心に感謝だ。


「本当にすまなかった」

「そんな謝らないで。でも、円香ちゃんだけにしておいてね。知らない人に情報がれると大変だから」


きもめいじておく」


 そうだ、これ以上の身バレは相当にリスクが高い。俺と円香だけの秘密だ。そんなわけで、この後直ぐにキツめに釘を刺しておかねばな。兄として。

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