お礼のキス

 大蔵は、事務所から緊急ですっ飛んできた関係者スタッフに連行された。


 静かな時間が戻って、俺は桜花を慰めていた。あの大蔵の件が相当効いたらしく、落ち込んでいた。腐ってもお世話になっていたマネージャーだったみたいだし、ショックだよなあ。


「桜花、その、大丈夫か」

「……うん、ありがとね。ショウくんがいなかったら、わたし襲われていたかも。だからね、感謝しているんだ」


「え」


「ショウくん、わたしのこと守ってくれたよね」

「あ、あぁ……でも、暴行の罪にならないといいけど」

「大丈夫、わたしが守ってあげるから。正当防衛だって」


 それなら良かった。

 万が一があったら、桜花に理由を話してもらおう。


「その、俺もすまなかった」

「ショウくんが謝る必要なんてないよ。本当にありがとね」


 ぎゅっと腕に抱きつかれ、俺はかつてない幸せを感じていた。脳がふわふわしてきた。これが女の子の感触か。


「さっそく役に立てて良かった」

「うん、ショウくんがいれば、わたしは頑張れる。そうだ!」


 ポンと手を叩く桜花は、なにか思いついたようだ。


「どうした?」

「ショウくんがこれから、わたしのマネージャーになってよ!」


「へ……俺が!?」



 VTuberのマネージャーとか、それは考えたこともなかったな。というか、普通になれるものなのだろうか。求人とか出てるのかな。



「そうそう、ショウくんなら信頼できるし、お互いのことも昔から知ってるよね。でねでね、一緒に住むなら、ショウくんみたいな頼りがいがあって、優しい人が丁度いいの」



 そんな風に絶賛されると照れるな。悪い気はしないし、そこまで頼れるなら、ぜひ引き受けたい。


 それに、これは大チャンス。

 こっそり桜花シズカを支援するという目的に大きく近づく。マネージャーともなれば、心置きなくシズカを全力でサポートできるわけだ。



「分かった。俺でよければ桜花の――いや、シズカのマネージャーをやらせてくれ。でも、どうすればいいんだ?」


「わたしがエコーの事務所に言っておくよ。きっと大丈夫。最近は、事務所もわたしの言うことを聞いてくれるし、融通もすっごく利くんだよ。このマンション暮らしだって、本当は許可が下りない予定だったのに、オーケーにしてくれたんだもん」



 そうだったんだ。

 シズカの影響力は、もはや世界レベル。そんな神様のような存在に事務所もあれこれキツイことを言えないのだろうな。


「分かった。今のところは普通に手伝えば良さそうかな」

「うん、そうだね。でも、基本的にはわたしがショウくんのお世話をしてあげるね」


「いや、だけど……配信とかで忙しいだろう。そこは逆だろ」

「大丈夫。家事洗濯、お料理とか得意なんだから。勉強もあるけど、VTuberのお仕事も両立しているし、普段通りでいけると思う。でも、少し支えてくれると嬉しいかな」


「もちろんだ。俺は桜花を、シズカを支えたい」

「ありがと。嬉しいよ、ショウくん」


 自然と見つめ合う形となり、桜花はまぶたを閉じた。……って、これってキスを待っているんだよな。


 その事実が今、目の前にあった。


 俺は当然、キスなんてしたことがないので急激に心拍数が上昇。ドキドキが止まらなかった。ついでに震え始めて、ヤバイことになっていた。



「……桜花」

「えへっ、ごめんごめん。つい、からかっちゃった」

「あー! なんだ、そういう事か」


 でも、桜花は俺の頬にキスしてくれた。

 しっとりとした感触が俺を包む。


「さっき助けてくれたお礼」

「……お、おぅ」



 俺は頭が真っ白になってしまった。まさか、頬にキスされるとは思わなかった。百万人のファンがいる最強のVTuberからキスをしてもらえるなんて。


 勇気を出して桜花を助けて良かった。

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