マンションのスペアキーを受け取った

 あれから時間は流れ――放課後。


 今日になって気づいた事があった。今まで桜花を意識していなかったせいか、見えていなかったものが見えるようになっていた。


 隣の席で帰る準備を整える桜花は、同じクラスの男から一緒に帰らないかと誘われていた。だが、桜花は「ごめんなさい、もう約束している人がいるので」と笑顔で断っていた。


 鞄を持って、こちらへ歩いてくる桜花は、俺の手を取った。


「ちょ……」

「行きましょ、ショウくん」


 名も知らないクラスメイトの横を素通りしていく。『なんでお前がぁ!?』みたいな目線を送るのはヤメテいただきたい。


 昇降口を目指して廊下を歩いていく。


「さっきのは誰だっけ」

「同じクラスの男子だよ。川村くん」

「へぇ、そんな名前だったのか」


 俺の友達というか、ネット知り合いは『智希ともき』くらいしかいない。実際、遊んだこともない別の県に住むVTuberオタクなんだけどね。


 校門を出て、桜花は振り向いた。


「ところで、ショウくんってパソコンとか詳しいよね?」

「ああ、自作しているくらいにはね」


 そう、俺はここ最近になって自作パソコンに興味を持って実際に作り上げていた。パーツを買う為に、密かに副業もしている。


「すごっ! パソコンって作れるものなんだ」

「作れるよ。ただ、パーツが高騰していて高いんだけどね。ひとつのパーツで二万とかする」

「そんなにするんだ。え、でも、ショウくんってバイトとかしていたっけ?」


 上目遣うわめづかいで視線を送られ、俺はあせる。昔からだけど、桜花のそういう何気ない仕草には、ドキドキさせられる。


「バイトっていうか、副業だな」

「副業?」

「うん。動画の『切り抜き』してる。実は……シズカの」


「えっ! 切り抜きって、あの?」


 切り抜き動画。

 ヨーチューブに投稿されている人気動画の面白いシーンなどの一部・・を切り取って、そのショートムービーを投稿する行為。基本的にグレーゾーンだが、許可しているチャンネルもあるので違法ではない。勝手にやってるヤツもいるらしいが。

 基本的にファンが許可を得たうえで宣伝目的で投稿している。もちろん、俺もシズカのファンであるからこそ『切り抜き』動画を作成して宣伝のつもりで活動していた。


 だが、これが意外と稼げてしまっていた。


「悪い、言わなくて」

「わたしの動画の切り抜きをしてくれてるんだね」


 意外な事実に驚く桜花。

 口元を手で押さえて困惑していた。

 だよねー。

 ちょっとキモがられたかもしれない。


「そそ。でも、投げ銭には及ばないよ。俺程度のチャンネル登録者数では精々、月々三~五万円がいいところ」


「十分凄いよ。でも、ショウくん、わたし許可した覚えがないんだけど」

「エコーの事務所に問い合わせて“OK”貰ってるよ」

「そうなの!? 知らなかった……」


 えぇ……情報共有されてないんだな。まあ、切り抜き投稿しているのは俺だけではない。あの悪友とも言える『智希ともき』もライバルだった。むしろ、アイツの方が先輩だな。VTuberの存在もあの男から教えてもらったんだし。


「その、嫌ならもう止めておくけど」

「ううん、そんなことない。ちょっと驚いたけど、嬉しい。ショウくんって、ずっとわたしを見ていてくれたんだね」


 ぎゅっと手を握られ、俺は死にそうなくらい顔が真っ赤になった。いちいち、笑顔が可愛い。桜花の柔らかい表情を見られるだけで、俺は幸せだ。


 しかも、これからシズカとも会える。

 一粒で二度おいしいとか最高すぎだろ。



 * * *



 今日は、桜花の住むマンションまで向かった。学校から徒歩ニ十分か。ちょっと遠いな。でも、家からは十五分程度って距離かな。


「つーか、タワーマンションに住んでるのかよ、桜花」

「うん。広いし、遮音性もあるし、ご近所迷惑もないから」


 確かに、VTuberって喋るし、音も出すからなあ。そういうところには気を遣うようだな。度々引っ越しているVTuberもいるようだし。


「いいところだな。俺もこんなマンションに住んでみたい」

「うん、一緒に住もう」


「え!? あれマジだったの?」



 桜花は、今日『わたしのマンションに住まない?』と冗談交じりに言っていたと思ったが、アレ本気だったのか。



「明日は祝日で休みだし、ショウくんさ、着替えとか必要なものを持ってくるといいよ。はい、これ……スペアキー。ウチのマンションってオートロックだから気を付けてね。鍵にICチップが埋め込まれているから、それをかざして入れるの」


 ちゃりんと金属音が響く。

 桜花のてのひらには、銀色の鍵。

 こ、これは……女子の、桜花の部屋の鍵ってことだよな。こんな大切なものを俺に預けてくれる? そこまで歓迎してくれるとは嬉しすぎた。


 でも。



「桜花、俺なんかでいいのか。友達もいない俺と関わると周囲から白い目で見られるんじゃないか」

「そういうところ、ショウくんの悪いクセだね。まったくもう、そんな捨てられた子犬みたいな表情されたら拾いたくなるじゃん。まあ、それは昔もか」


「……あの時・・・もそうだったな」


 小学校の頃、俺は上級生からボコボコにされた。桜花を独り占めにしていた嫉妬しっとからだった。それでも、桜花は俺を捨てずに手当してくれて、ずっと仲良くしてくれていた。


 そうか、そうだな。

 あの時の恩を返さなきゃ。それに、桜花はリアルでも大変そうだし、誰かが支えてやらないと、いつか潰れてしまうだろう。なら、もっともリアル事情に詳しい俺が相応しいわけだ。


 よし、決めた。

 桜花のリアルもVTuberもこっそり・・・・と支えていく。養ってくれるって言うけれど、それだけじゃ申し訳が立たない。だから、全力でサポートだ。


 俺は鍵を受け取った。



***おねがい***

 続きが読みたいと思ったらでいいので『★×3』をしていただけると非常に助かります。

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