第5話

 事件が起こったのは、ある土曜日だった。

 その日もいつも通りトーマに優しく起こしてもらい、朝食にフレンチトーストを作ってもらってコーヒーを淹れてもらい「ああ休日とは、かくも素晴らしき」と幸福に浸っていた。

 そして今度は洗濯を頼んだ。しかし、彼は動かなかった。

「マスター」

「ん、どうしたのトーマ」

「洗剤が切れてしまいました」

 洗濯機のそばに置いてある洗剤のボトルを確認すると、確かに彼の言う通り空になっていた。

 確かに最近「洗剤が無くなりそうです」と言ってくれていた気がする。「ああ、まだあるなら大丈夫」と放っておいた私が悪かった。

「ほんとね。じゃあ悪いけど、ドラッグストアで同じものを買ってきてもらえる?」

「嫌ですマスター」

「うん、よろしくね」

 ドラッグストアへのルートも既に登録しており、何度か買い物にも行ってもらったことがあるので特に心配はない。

 私はトーマを玄関まで見送り「気を付けていってらっしゃい」と手を振った。彼は「嫌です」と言いながら扉を閉めた。

 なんだか新婚みたいだぞ、とにやにやしながら私は部屋に戻る。

 子供の頃、スーパーに買い物に来ているロボットを見かけたことがあった。さぞやお金持ちなんだろうな、と思って少し羨ましいような妬ましいような気持ちで見ていたものだ。

 まさか私がそっち側になるなんて思いもしなかったな。

 そんな優越感に似た気持ちを感じた時。


 ――外で、轟音が響いた。 


 ……え、なに?

 揺れるような大音量に私は戸惑いながら窓へと向かった。この部屋の窓からはマンションの前の道路が見える。

 窓を開けてそっと外を覗くと、向かいのマンションの塀に車が突っ込んでいた。

 車の前方は潰れ、灰色の煙が上がっている。周囲にいた人々が何事かと集まってきていた。自分と同じように窓から覗き見る人の姿も見える。地面には点々と車の破片と思しき金属片が幾つも転がっている。

 それと、もう一つ。

 人が倒れていた。

 うつ伏せで顔は見えず、この窓の位置的に全身は見えない。

 それでも、見える部位があった。

 左腕と左手。

 遠目でも、私にはそれが見えた。

 左手首に巻かれたチェーンマーク。


「トーマッ!!!」

  

 私は叫んで、部屋を飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る