第3話

 ――ダース=ダイヤモンド社。

 世界で初めて人に限りなく近い外見と音声、キャラ設定を搭載したヒューマンロボットを開発し、世界中に『人とロボットの自然な共同生活』を提唱した世界的大企業だ。通称D.D.社と呼ばれている。

「自然な共同生活。特に『自然な』を実現するためには、その存在の認識を”ロボット”ではなく”人”に近づける必要があります。ですので、私たちは技術の粋を彼らの表面に集めました。人間の五感のうち最も情報収集能力が高い”視覚”、次に高い”聴覚”を心地よく騙すために」

 これはD.D.社のCEOの言葉だ。

 その言葉通り、彼らの発明のおかげで『人の隣にロボットがいる日常』は違和感なく受け入れられていき、様々な場面でロボットたちは人間をサポートしてくれていた。

『申し訳ございません。それは弊社でも予期せぬ不具合、つまりバグの可能性が高いです』

「バグ?」

 右耳に当てたスマートフォンからD.D.社サポートセンター担当者の声が聞こえる。良く通る声の彼女は淡々とした口調で説明を始めた。

『はい。先程弊社プログラム設計担当に事情を説明しましたが、他の機種においてはその類のバグが見つかったことがなく原因の検討がついていない状態です。現在調査中ですが、おそらく多くの時間を頂くか、もしくは見つからない場合もあるとのことでした』

 ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません、とサポート担当者はもう一度謝った。まあ、そこまで迷惑と言うわけでもないんだけど。


 ――前代未聞のバグ。


 どうやらトーマは「かしこまりました」という了承の返事を「嫌です」と言ってしまうバグが発生したようだ。どんなバグだ。

 しかし確かに私が昼ご飯をお願いした時、トーマは「嫌です」と言ったものの、その言葉とは裏腹にスムーズな手際でオムライスを作ってくれた。

 彼としては「かしこまりました」と言っているつもりなのか。

『今回の件は初期不良ですので一週間後に全く同じ機種と無償で交換することも可能ですが、いかがでしょうか』

「あ、そうなんですか。じゃあ今まで登録したデータを引き継ぐことは可能ですか?」

『申し訳ございません。プライバシー保護の観点より他機種からのデータを引き継ぐことは不可能となっておりまして。お手数ですが、再度登録をしていただく必要がございます』

「なるほど……」

 私は悩んだ。この時点で私は様々な情報をトーマに登録してしまっていたからだ。

 料理をしてもらうために、キッチン家電の配置と食材・食器の場所を。

 洗濯をしてもらうために、洗濯機の機種と洗剤・柔軟剤の銘柄を。

 掃除をしてもらうために、部屋の間取りと家具の位置を。

 買い物をしてもらうために、最寄りのスーパーから自宅への道程を。

 確かにこれらの情報は自宅の内部構造とアクセスという極めて重要な個人情報だ。気軽に他機種に引き継げるような扱いをされては困る。

 しかし、これだけの情報を登録するのに私は丸一日の時間を使ったのだ。それをもう一回やるのは非常に骨の折れる作業である。

 と、なると。

「……いや、じゃあ大丈夫です。交換なしで」

『本当に宜しいのですか?』

 サポート担当者の再確認に、私は電話越しでは見えないだろうが小さく頷いた。 

「はい。他の個所は特に問題ないですし、大丈夫です」

『かしこまりました。恐れ入ります。弊社でも引き続き、そのバグの原因と対策を模索して参りますので、何かわかりましたらご連絡させていただきます』

「ありがとうございます。お願いします」

『本件ではご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ございませんでした。それでは失礼致します』

 最後にもう一度謝罪の言葉を重ねて、電話は切れた。

「ふぅ」

 私もスマートフォンを置いて、一息つく。

 そしてトーマのほうに目を遣った。

 やっぱりイケメンだなあ。こんなイケメンなら多少変なこと言っても全然許せちゃうよね。

 そう思うと、私はまたにやついてしまった。

「これからもよろしくね、トーマ」

「嫌です、マスター」

「トーマぁああ」

 私はなぜだかフラれた気分になって、少しだけ傷ついた。

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