第3話-白石家襲来②

「待たせたな」

「ううん、一花も居たから大丈夫よ」


 最近は琉亜と一花と私の三人で下校する事が多くなった。同じマンションに住んでるから、というのが大きな理由の一つだ。でも、それ以上に私のことを羨まないというのも理由の一つね。


「今週は仕事は無いのか」

「今週は無いね。元々不安定だし、何より高校は卒業したいから減らしてるしね」


 前に一花に聞いたことがある。先々週はまるまる一週間居なかったから尚更に気になったのよ。


「そっか」


 彼はそれ以上は聞く気も無いようで、そこで強引に話を打ち切った。


「それにしても、流石に視線を集めるね」


 帰り途中で集める視線に嫌気が差したのか、彼女は“うげぇ”って顔をしていた。アイドルがして良い顔じゃない。

 いつもそうだけれど、私と一花、それから琉亜が一緒に帰ると学校内の視線を集めるだけでなく、街の住民の視線すら拾ってしまう。


「琉亜が居なかったらゾッとするわね」

「そんなに意味あるか?」

「私は少なくとも多少安心出来るわ。ナンパとか無いし」

「琉亜って、ガタイ良いからね。時折、琉亜のことを見て舌打ちしてる男も見るし」

「あれは良い気しないなあ」


 私達に視線を向けてから隣を歩く琉亜に視線をずらして、舌打ちをしたり恨みがましい視線を向けたりする男がかなり多い。


「ほんとに、ごめんなさいね」

「仕方ないだろ。彼女だし」

「ん……」

「はーい、唐突にイチャイチャしない」

「そんなつもりは」

「無いわよ」

「傍から見たらそうとしか見えないって」

「「……」」


 一花にそう言われて、身体が熱くなったのを感じて口を噤んだ。

 

「流石に家に帰ってからにしてね?」

「……そうするわ」


 正論百パーセントで殴られている気がして、私としてはもう何も言いようがない。


「ま、お邪魔虫はこれで退散するから、後は二人で楽しんで。いつもありがとね」


 一花はエントランスで私達から離れて、階段の方からひょいひょいと登って行った。


「エレベーターで良いか?」

「そうね」


 私達は備え付けられているエレベーターで四階まで登った。そして、彼の部屋の前に着いた。


「あっ」


 スマホが鳴った。私のだ。


「もしもし、母さん」

『そろそろ着くんだけど、今はどこに居るの?』

「ちょうど帰ってきた所よ。エントランスで待ってた方が良い?」

『そうねえ。じゃあ、お願いしても良い?』

「わかった。じゃあ、待ってるね」


 通話を切った。


「ごめんなさい。じゃあ、行ってくるわ」

「一人で大丈夫か?」

「大丈夫よ。心配性ね」


 あまりにも心配性な彼に苦笑交じりに答えた私は、手をひらひらさせてさっきとは別で階段で一階に降りた。


**


 一人、玄関扉を開けた。部屋の中に生活感はあるが、確かに人の気配は無かった。


 キッチン前に鞄を置いてインスタントコーヒーを作る。カップに黒い液体を注ぎ終えて軽く小さなスプーンで回して、スプーンを突っ込んだまま鞄を腕に引っ掛けてリビングのソファに座った。


 美冬が居ても居なくても変わらない。いつも通りに今日の授業の復習を始める。あんまり難しいと感じた所はなかったから、復習も特に困ることなく進むだろうと思っていた。

 詰まった。英語の解説の和訳と俺の和訳が決定的に違った。何を読み違えたんだろうな。えっと、これが過去形でこの前がbe動詞だから、ああ、って事はこれは過去形じゃなくて過去分詞か。

 納得。あんまり俺にしてはやらない間違いをしたな。時間が有ったら今日の内に過去分詞の復習をしておこう。


 程々に復習を終えて、一息をつくのと同時に夕飯の準備に取り掛かろうとした矢先に、テーブルにおきっぱにしていたスマホがけたたましく振動した。


 着信の相手は美冬だった。


 今は一家水入らずで楽しんでる筈なのにどうしたんだろう?

 ちょっとした疑問を抱えながら、俺は電話に出た。


「もしもし」

『琉亜? もう夕食って食べた?』

「ううん、今から作ろうかなって」

『良かった。もし貴方が良かったらなのだけれど、私達と一緒に外食に行かない?』

「え? いや、折角なのに良いのか?」


 彼女が家族に会いたがっていたのは知ってるからこそ、俺なんかがそこに入っても良いのかと思う。


『私はぜひ来てほしいのだけれど……』

「美冬が言うなら、俺は良いけど」

『じゃあ、決まりね。十分後にエントランスで待ち合わせね』


 そこで電話が切れた。


 ……外食か、身なりには一応気を遣った方が良いよな。


 制服のまま彼女の両親に会うのは流石に気が引けて、だから、黒い細めのチノパンに上に白いTシャツを着た。その上で薄手のジャケットを本来なら美冬が居るはずの部屋に勝手に入って取り出した。

 流石にリビングには普段使いするだけの服しか置いてないから、本来は俺の自室であるクローゼットを開けざる得なかった。

 流石に着ていくのは暑いから、左腕にジャケットを引っ掛けて家の外に出た。


「琉亜」


 エントランスで待っていると、美冬がエントランスの向こうから出て来た。

 美冬は制服のままで、その後ろには美冬の両親と思われる男女が歩いていた。


 あー、俺も制服で良かったのか。気を遣って損したな。


「初めまして、白石美穂って言います。こっちが夫の猛。いつも娘が世話になってます」

「あ、初めまして、倉本琉亜って言います。こちらこそ、美冬さんには良くしてもらってます」


 前に電話で話したであろう人物に軽く頭を下げた。こういう時ってどうするのが正解なのか正直な所よくわかってない。変なことしてないと良いな。

 美冬のお母さんだけあってとても美人な人だった。こんなことを考えるのは失礼だけど、本当に年齢が読めない。


「先程、紹介にあった美冬の父です。琉亜くんは美冬のどういう所が好きなんだい?」

「ちょっと、父さんっ!?」


 逆に美冬のお父さんはキレイ目の中年男性って感じで、ダンディーさを漂わせていた。


「優しいところです」

「琉亜も答えなくて良いからっ!」


 素直に答えたら美冬に胸板をぽこぽこと殴られた。物理的に手が出る程に照れてるのなんて初めてだと思う。


「美冬、止めなさい。嫌われるわよ」


 美穂さんの優しい声で美冬の動きがピタリと止まった。


「……ごめんなさい」

「いや、悪い。答えない方が良かったか?」

「ううん、私が悪いから、その、ごめんなさい」


 親が居るからか美冬の精神年齢が少しだけ下がっている気がする。いや、本来はこうなのかもしれないな。


「良いよ。気にしてないから」

「ん」


 いつもの調子で軽くぽんぽんと頭を撫でた。


「あらあら、若いって良いわね」

「あ、すみません」


 あまりに気まずくてすぐに謝った。流石に相手の親の前でする事じゃない。


「いや、良いと思うよ。少なくとも僕は嫌いじゃない」

「それは、その、そう言って貰えると気が楽になります」


 猛さんのフォローに心が救われた。やばい、俺らしくないが結構緊張している気がする。いや、してるなこれ。

 緊張とは無縁だと思ってたが、流石に彼女の両親と会うってなると流石に俺でも緊張するらしい。


「少し離れた所に車を止めてるから、そこまで歩こうか」


 猛さんの言葉に素直に従って、俺は少し離れた所にあった月極駐車場に案内された。そこには灰色でセダンタイプの高級者が一台止まっていた。俺の親父が好きそうな車だな。


「緊張してる?」


 彼女はいたずらっ子のような表情で俺の顔を覗き込んだ。


「してる自分に驚いてる」


 隠す必要も無いから素直に彼女には打ち明けた。きっと隠してもバレるだろう。


「そっか。誘ったら悪かった?」

「ううん、それは無いよ」


 事実、ここまで緊張するとは自分でも思ってなかった。


「乗ってくれ」


 猛さんが車を駐車場から出してくれた。


「失礼します」


 俺と美冬は後ろの席に乗り込んだ。俺達が乗り込むとすぐに車は走り出した。


「食べれない物とかあったりする?」

「特に無いです」

「そっか、じゃあ、少し遠出になるけど付き合ってくれるかな」

「はい、大丈夫です」


 車でってことは、どれくらい遠くに行くのか想像も出来ないな。美冬の御両親もそこまで気張った格好はしてないから、ドレスコードが必要な場所に行くことは無さそうだ。ちょっと安心してる自分が居る。


「ほんとに、前は来てくれてありがとう」


 俺の実家に来た時に、美冬はこんな感じだったのかと思うと何度感謝しても頭が上がらない。


「結構がんばったのよ? もっと褒めてくれて良いのよ?」

「っぽいな。ちょっと自分の浅はかさを後悔してるよ」


 あの時の我儘は相当に常識知らずで、彼女に大きなストレスを掛けていたことを思い知らされる。


「そこまで考えなくて良いわよ。貴方の実家に行って、私は琉亜のことを沢山知れて嬉しかったから」

「そっか、ありがとう」


 彼女はこういう優しさと強さを兼ね備えている。俺はそれに救われている。これはどうしようもなく事実だから仕方がない。


 外見の関係ない所が俺は好きなんだよな……


「……どうしたの?」


 俺の内心に気が付いたのか、彼女に訝し気な視線を向けられた。


「いや、何でもない。いつもありがとう」


 肩を竦めて誤魔化す。間違いとも限らない嘘を混ぜた。


「これって、何処に向かってるか知ってる?」

「私も聞いてないのよ。でもまあ、そんなに変な所じゃないと思うから大丈夫よ」

「今日はね~、焼肉よ~」


 俺達の声が聞こえたのか、美穂さんが答えをくれた。


「母さん、娘の彼氏を連れて行くのに焼肉なの?」

「育ち盛りの男の子は美味しい焼肉が一番だろう?」

「父さんまでっ!?」


 美冬の言わんとしていることもよくわかる。


「俺は気にしないし、むしろ嬉しいです」


 フォローするつもりで、彼女にも気にしなくて良いとアピールする。


「……そう言う事じゃないのよ」

「ええ……、他に何が……?」

「……沢山食べても引かないでよ?」

「いや、引かないよ。何で?」

「気にしてるのよ。沢山食べるとほら、引かれるって言うし」

「……あー」

「わかった?」

「まあ、うん」


 世間的な話にはなるが、沢山食べる女性を苦手とする男性が居るらしいというのは知ってる。俺にはその気持ちがよくわからないから、それについては気にしようがない。


「高いな……」


 ふと外に見えた景色は地上から離れていた。橋のような場所を車は走っていた。


「あ、琉亜って横浜の高速道路は初めて?」

「ああ、これが高速道路なのか」

「ここは大黒ふ頭って言って、横浜だと有名な所よ」

「このグルグルしてるのが? 目が回りそうだな」

「ふふっ、そうね」


 なんだかよくわからない場所だが、美冬が楽しそうだから良いか。

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